第421話 資格とか関係ねーから
何じゃい、資格って……。
「本来、俺にはもはやあの人のそばにいる資格すらないのだ……」
声を詰まらせ、顔を苦々しく歪ませて言うケンゴだが、何言ってんだ、こいつ。
「……え、何言ってんの、あんた?」
ほら~! ミフユもこんな反応じゃんさ~! 意味わかんねぇっての!
「お嬢さんには、俺などよりも相応しい男がいるはずだ。その人物と結ばれることこそが、お嬢さんにとっての幸福。俺ではダメだ。俺では、あの人を幸せにすることなどできない。お嬢さんを守り切れなかった、ふがいない俺などでは……」
「何なんだよ、そりゃあよォ~~!?」
思わず、俺は声を荒げてしまった。
今までと打って変わり、握り締めた拳を震わせるケンゴに、顔をしかめる。
「守り切れなかったってどういうことよ?」
「…………」
ミフユに問われても、ケンゴは苦悶の表情のまま無言を返すだけ。
何が何やらわからないが、どうやらこいつは自分を低く見ているようである。
「ふぅ~~む?」
ここで、何やらクラマがケンゴの方を覗き込んでくる。
そしてあごに手を当てて、顔から笑みを消して、
「なぁ、ケンゴちゃんよ、一つききたいんだがねぇ~」
「……何だ?」
「ケンゴちゃんにとってさぁ~、その夢莉ちゃん? ってのはどんな人なんだい?」
「お嬢さんは――」
あごをなでるクラマに、ケンゴが語り始めようとする。
その瞬間、いかにも硬骨漢といった風貌をしているこいつの頬が、朱に染まる。
「あの方は……、光だ」
うわぁ。
と、声を出しそうになってしまったが、何とかこらえた。
「うわぁ……」
ミフユは、我慢しきれなかったようだった。
「異世界でのこともあり、俺は独りであることが当然だった。俺の身と心は闇に沈んでいた。深淵。暗黒の底。夜の片隅に落ちる黒い影。それが、かつての俺だった。そこに射し込んだ一条の光こそが、お嬢さんだ。あの方は、佐村勲の妹という立場ながら、大学を卒業してから護衛の仕事を始めた俺を選んでくださった。その出会いに、俺は運命の旋律を聞いた気がした。あの方と過ごすことで、闇の中にあった俺の心が、光によって照らされた気がした。そう、あの方こ俺にとっての光。救いの光明」
「つまり女慣れしてなかったケンゴちゃんが実質初めて接した異性だったから、免疫がないまま、あれよあれよという間に惚れちゃたってコトだねぇ~」
クラマ! 身も蓋もないぞ、クラマ!?
ケンゴががんばってポエミィに自分の想いを綴っていたところだったのに!
「うんうん、わかったよぉ~。ケンゴちゃんは夢莉ちゃんにベタ惚れってことだねぇ~。それはよくわかったよぉ~。じゃあ、次の質問なんだけどねぇ~」
「む……」
あっさりと次の質問に行くクラマに、ケンゴは若干居心地悪そうにうなずく。
こいつ、さては今さら我に返って恥ずかしくなったな……?
「守り切れなかった、ってのはどういうことかなぁ~?」
そして、クラマの次なる質問は、本当に単刀直入だった。
「何かあるんだよねぇ~、ケンゴちゃんがそう思う理由がさぁ~。でも、こちはそれを知らないと話を進められないんだぁ~。教えてほしいなぁ~?」
「それは……」
「ケンゴちゃんが教えてくれないと、オカミちゃんが夢莉ちゃんをブチ殺しちゃうかもしれないぜぇ~? いいのかな、それっていいのかなぁ~?」
親身になっているようで、しかしクラマはケンゴをきっちりと脅す。
こいつ、本当に元聖職者か? とか思ってしまう光景である。
だが、その誘導も、しっかりと効果は上がったようだ。
「俺は――」
ケンゴが語り始めた。
「俺は、そこにいるミフユ・バビロニャの手から、お嬢さんを守り切れなかった」
「あ~……」
「ああ、あのときかぁ」
その言葉に、俺とミフユは同時に思い出した。
ミフユの後見人を決めるときの一件か。
確かにあのとき、ミフユはブチギレて一度夢莉を殺した。金庫の角でブン殴って。
そして、ケンゴは夢莉にそれを知られないため、俺達と口裏を合わせた。
こいつがすんなり乗ってきたから、こいつの中でも決着した話かと思っていたが、
「俺は、浅ましい」
ケンゴの声に悔恨がにじむ。
「お嬢さんを死なせた事実をあの人に知られないため、俺は悪魔との取引に応じてしまった。その俺が、お嬢さんの隣にい続けること自体、本来であれば許されない」
「誰が悪魔なんですかねぇ……」
しかし本来であれば、とか、そういうのさっきから多いな、こいつ。
「あれってさぁ――」
ミフユが口を開く。
「ケンゴの判断がベストだった気もするんだけど」
「そっすね」
当事者の一人である俺も、それには同意する。
だってあそこでケンゴがこっちに抵抗してたら、もちろんブチ殺してたよ、俺は。
あのときの夢莉の言動は到底許せるものじゃなかった。
ケンゴの対応によっては、二人とも殺して蘇生せず終わらせた可能性もあった。
夢莉を蘇生させたのは、あいつ自身が謝ったのと、ケンゴの対応もあってのこと。
諸々考えるに、ケンゴがとった選択は夢莉にとってもベストだったんですよ。
「だが、俺がお嬢さんを死なせてしまったことに変わりはない」
ところが、この初恋地蔵は納得してないワケだ。
しかも、それをかなりの重大ごとと捉えていらっしゃる模様。何だかなぁ!
「つまり……」
と、再びミフユのターン。
「叔母様を死なせたあんたは、本当ならそばにいるべきじゃないと考えてるのね」
「そうだ」
「でも、叔母様恋しさから離れることもできず、ズルズルと護衛を続けてるのね」
「そうだ」
「そして、そんな浅ましい自分が夢莉叔母様と結ばれるなんて言語道断なワケ、と」
「そうだ」
みたび尋ねるミフユに、みたびうなずくケンゴ。
こうしてまとめられるとわかりやすいなぁ。
このデカブツが『資格がない』とかのたまった理由。さすがはミフユさんだぜ。
「ふぅ~……」
しかし、ミフユは長々とため息をついて、その顔を烈火の如き怒りに染め上げる。
「この、クソ童貞がッ!」
「何と言われようと、俺にはあの方の隣にいる資格など――」
ピンポ~ン。
ケンゴが言葉を紡いでいる真っ最中、鳴り響くチャイム。ミフユが髪を振り乱す。
「ああ、もう! 何だってのよ、忙しいときに!」
言いつつ、すぐに表情を笑顔に変えて『は~い!』と対応に出る辺りはさすがだ。
そして、玄関が開いて、聞こえたのは何やら余裕を欠いたヤツの声。
「ちょっと、団長! いますかぁ、団長!」
ケントの声だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これは抗議ですか? それとも懺悔ですか?
「聞きましたよ、タマちゃん死んだってどういうことすかァ~!?」
ミフユに部屋に入れてもらうなり、響き渡ったケントの怒声であった。
「ああ、三が日のね……」
タマキ、死んじゃったなぁ、そういえば。
茅野希美の異能態に挑んでいった結果、死のまなざしを喰らったんだよな……。
「クッソォ~、そうなるってわかってればウチの方に連れて行けばよかった。クッソォ~、ぬぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~!」
その場にいる俺達など眼中にない様子で、ケントは後悔の歯軋り。
目に涙が浮かんでる辺り、ガチで悔いていらっしゃるけど、
「俺達に対する文句はないの?」
「言いたいですよ! 何してくれてんですか、あんたらって! でも俺はそれを真っ先に俺自身に言わなくちゃいけんでしょ? 守り切れなかったのは俺ですよ!」
ダンダン! ドンドン! ガツンガツン!
ケントが床を殴って柱を叩いて、壁に頭を打ちつけている音です。
「ちょっと、ケント。そういうのはアキラの部屋でやってよ」
「同じアパートやろがい!?」
騒音は結局騒音のままだろうがよッ!
いきなり現れて派手に暴れ悶えているケントに、タイジュなどはポカンとなる。
「オイオイオイオ~イ、ケントちゃ~ん、随分と荒れてらっしゃるじゃないの~」
「は、あんた誰だよ?」
額に青筋バッキバキのケントへと、クラマがなれなれしく話しかける。
「あ~、そいつクラマ」
「え、クラマさん? ……クラマさんっすか!?」
「そそそそ。久しぶりだねぇ~、タマキちゃんと結ばれたんだってぇ~?」
驚くケントの肩に腕を回し、クラマがニタニタ笑ってわざわざ声をひそめる。
いや、小声にする必要ある? クラマさん、すっげぇ胡散臭いよ?
「う、そ、それは……」
タマキのことを言われて口をモゴモゴさせるケントに、クラマはニヤニヤ。
「いやぁ~、しっかしいいところに来てくれたよ、ケントちゃんさぁ~」
「はい? どゆことです?」
首をかしげるケントに、クラマが何やらゴニョゴニョと話し始める。
その視線がケンゴを見ている辺り、何となく、話の内容については想像がつく。
そして――、
「…………はぁ?」
ケントが見せた反応は、非常にわかりやすい呆れ顔だった。
「オイ、クラマ。ケントに何話した?」
「え、そりゃもちろん、現状についてですよぉ~」
夢莉とケンゴの一件について、ですよね~。で、ケントがこの反応ってことは、
「ちょっと、場所借りますよ、女将さん」
「あ、ケント……」
部屋の中をドカドカ歩くケントをミフユが止めようとする。
しかし、俺はミフユの肩を掴んで『任せろ』とだけ告げ、成り行きを見守る。
「ええと、ケンゴ・ガイアルドっての? ……何か、名前だけ俺と似てるな」
「……何だ?」
ケントがケンゴの真正面に腰を下ろした。――うん、似てるね、名前。
「クラマさんに聞いたけど、好きな人がいて、その好きな人を一度死なせた自分にはその人を好きでいる資格なんてない。そんな風に言ってるんだって?」
「いきなり何だ。部外者は――」
「いいから答えろよ。どうなんだよ?」
ケンゴを直視して、ケントが再度尋ねる。
まなざしから放たれるのは、有無を言わさぬ強烈な圧。俺の肌にも感じられる。
「――そうだ」
自分に向けられた視線の圧力に無言を貫き切れず、ケンゴがそれを認める。
「俺にとって、あの人は俺を照らす光に等しき人。だが、あの人を守り切れなかった俺は、あの人に寄り添い守る影となる資格を失ったのだ。俺は、あの人には……」
「資格とか関係ねーから」
奥歯を噛みしめて口惜しげに言うケンゴだが、ケントが平たい声でそれを潰した。
「それに、おまえの感傷なんぞ、知るかぁ!」
そしてキレた。
「おまえがその人についてどう考えて何を感じてるかなんて、これからその人が遭遇する色々な問題には何の関係もねぇんだよ! クッソ! 俺だってタマちゃんが光だわ! 最高に愛してるわ! 守りたいと思ってるわ! けど今回も守り切れなかったんだよォ! ああああああああああああ! 腹立つ! メチャクチャ腹立つ!」
「お、ぉぉ……?」
自分そっちのけで己にキレまくるケントに、ケンゴは珍しく戸惑いを浮かべる。
「守れよ!」
ケントが、そう叫んでケンゴに指を突きつけた。
「好きなんだろ? 守りたいんだろ? じゃあ守れよ! 次は守れよ!」
「な……」
「俺は守るぞ。今回は失敗したが、次は守るぞ。絶対だ。クッソ、次も守れなかったとか、そんなことあっちゃならねぇんだ。クッソ、次は、次こそは……!」
好きな相手を守れなかったという事実。
それに対して自らに絶望しているケンゴと、次の機会に執念を燃やすケント。
実に対照的だ。名前似てるクセに。
「だ、だが俺はお嬢さんを……」
「うるせぇなぁ。そのお嬢さんとかいう女、今も生きてんだろ?」
「む……」
「だったらいいだろ。謝って、次は守れ。それで仕舞いだ。何か他にあるのかよ」
「だが、あの人を守り切れなかった俺に、あの人を守る資格など……」
「アホか、おまえ。くだらねぇ自己嫌悪にそのお嬢さんとやらを付き合わせんな」
「じ、自己嫌悪……!」
「そうだろうが。おまえは単に自分が許せなくて、許せないままで放置して、あとは責任放棄しようとしてるだけだろ。そういうのは死んだあとにしろ」
ケントさん、ムチャクチャ言いよるわ。
「好きな相手を守り切れなかった後悔やら罪悪感なんてのはな、他人に押しつけるものじゃねぇんだよ。そういうのは自分の中に押し込んでおけ。償えない、贖えない、だから一生苦しみ続けろ。そして、守るべき人は守れ。それだけの話だ!」
「それ、は……」
ケンゴが気圧されている。
勢い任せの言葉を振りかざし、だが、それを当たり前のように叫ぶケントに。
「おまえはそのお嬢さんが好きなんだろ?」
「……ああ」
「おまえ以外に、そのお嬢さんを守れる人間はいないんだろ?」
「……今は、いない。だが、俺ではなくとも、いつか」
「そのいつかはいつだ? 今日じゃなきゃ明日か? 今日中にそのお嬢さんが死ぬような目に遭う可能性はないのか? あるよな? ないとは言い切れないよな?」
「ぐ……」
行け行け、ケント! 強情っぱりのケンゴの面の皮をブチ貫いてやれ!
「だが、俺の存在がお嬢さんの迷惑に……」
「それでも守れ」
「ッ!」
ケントが告げたその短い一言に、ケンゴはこれまでになく大きく目を見開く。
「おまえの中にそのお嬢さんとやらを守りたいという気持ちがあるなら、守るんだよ。俺は守るぞ。タマちゃんは俺が絶対に守る。失敗したからこそ、次こそは。取り返しがつくうちは俺は諦めない。取り返しがつかなくなったら、俺も死ぬ」
実に潔い発言である。
見れば、タイジュもうなずいてるし、ヤジロもうなずいていた。
そして俺もうなずくし、ミフユもうなずく。これがウチの面々である。エッヘン。
「チッ、俺としたことが、初対面の相手に自分を重ねちまいましたよ……」
「いや~、いいと思うけどねぇ、熱い! 熱い言葉だったぜ、ケント!」
「うるせぇ、そんなことよりタマちゃん死なせちまったァァァァァァ~~~~!」
まだまだ後悔が尽きそうにないケントが、天井を仰いで頭を抱える。
さてさて、その一方で――、
「それで、あんたはどうするの?」
ミフユが、改めてケンゴに問う。それはきっと最後となるであろう質問。
たっぷりと間を空けて、やがてケンゴは、顔を赤くして答える。
「……俺は、あの人を守れる男でありたい」
座ったままのお地蔵さんが、やっと自分に正直になれた瞬間だった。
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