第419話 この一件がめんどくさいことに今さら気づく小二
俺は気づいてしまった。
この一件って、実は相当に、相ッ当ォ~~~~に、めんどくさいのではないか?
「あれ、今になって気づいたの?」
ミフユに表情を読み取られてしまった。
「やっぱり? やっぱりそうなの?」
「そうよ~。この一件、頭抱えたくなるほどめんどくさいわよ」
言って、ミフユはにっこり笑ったあとですぐさま笑みを消してハァとため息。
周りにいるタイジュ達もそれを聞いて、うんうんとうなずいている。
さて、現在俺達はアパートのミフユの部屋にいる。
タマキは、なんか今日も例の『
宙色と天月のジムとか道場、そろそろコンプリートしてんじゃねぇか、あいつ?
これは、ケントさんの今後が楽しみですねぇ!
タマキの全てを受け止めきってしまった男、ケント・ラガルク。
今や『喧嘩屋ガルシア』の彼氏にして『黒鉄の風紀委員長』の師匠である。
いやぁ、そろそろあいつも忙しくなってくるんじゃねーか?
がんばれよ『
「で――」
ひとしきり現実逃避を終えて、俺は、目下の問題の方へと視線を戻す。
ミフユの部屋の中、薄ピンクのカーペットの上に正座している黒スーツの巨漢。
高市堅悟――、ケンゴ・ガイアルドである。
こいつは、ミフユに指摘された。
実は佐村夢莉のことが好きなんじゃないか、と。
それについてケンゴは一切何も答えず、結局、俺達はここまで退却してきた。
撤退の決断を下したのは、もちろんミフユ。随分とあっさりとした決断だった。
「しっかし、よかったのかい、オカミちゃんよ~。お二人さん、まだあの喫茶店でダベってるところなんじゃないのかねぇ~。いや~、何を話しているのやら」
クラマが心配とも煽りともつかぬ物言いをする。が、この場合は心配である。
こいつ、年がら年中こんな風にしてっから、言動が煽りに見えるんだよな……。
――ギッ。
と、またしても聞こえる軋む音。
ケンゴが正座したまま、右拳を握り締めていた。
「クックック――」
ここで、頭にスズメ乗せっぱなしのヤジロがせんべいをくわえたまま笑い出す。
ちょっと、そのせんべい、ミフユと食べようと思って差し入れたんですけど!?
ゴリゴリに分厚い堅焼きの醤油せんべい。
ミフユがお気に入りのブランドのをわざわざ買ってきたんだよ!
「別にその心配はなさそうだぜェ、ミスター・クラマ。見ろよ、マミィのご尊顔を。さっきまでとはまるで違ってやがるぜ。いかにも憑き物が落ちたって感じさ!」
と、わかったように言うウチのTS六男は、カーペットの上に寝そべっている。
しかも足を組んでいるので、短いスカートがめくれ上がってんよ?
「ヤジロ、足を閉じろ。見たくもないものが見えそうだ」
「ごもっともだぜ、ブラザー・タイジュ。しかし、そんな安全な選択を安易に掴むようじゃあ、孤高のアウトローとは呼べねぇな! そう、必要なのは叛逆さ!」
そして、ヤジロが足を組み替える。
その際にスカートが派手に動くのだが、しかし、その中身は決して見えない。
「クックック、アウトローは常にラインのギリギリを攻めるモノさ。安全圏に身を置いたってつまらねぇだけだぜ! そう、下着などという安全圏に、俺は頼らねぇ!」
「オイ待て、まさかおまえはいてな……、いや、いい。聞かないでおく」
「クックックック! 利口な判断だぜ、ブラザー・タイジュ!」
「そこで『だが叛逆だ』って言ってM字開脚とかするなよ、おまえ……?」
ふと思い至った劣悪な予感を、俺はそのまま口にする。
すると、ヤジロがバッとこっちを振り向いた。
「ダディ、あんた……!?」
「『あ、その手があったか!』みたいなツラしてんじゃねぇ!?」
「笑えないわねぇ……」
ミフユがヤジロの頭を軽くペチンとはたきつつ、深々とため息をこぼす。
いやはや、脱線してさらに脱線しましたねぇ!
「で、実際どーなのよ、ミフユさん。バビロニャ・チェックは」
「あ~、そうねぇ……」
俺が話を本筋に戻すと、ミフユは言葉では何も言わず、ただ肩をすくめるのみ。
まぁ、俺にはそれで十分なんだけどね。
「あ、そう。ひとまずはこのままでOK、と」
「いいんですか?」
タイジュが俺に確認してくる。
「納得してるかまでは知らんけど、ミフユはこれ以上は追いかける気はなさそうだ」
「まぁ、そうねぇ。あっちはね。……それよりもこっちよ」
と、ミフユが向き直った先にいるのは、正座したまま無言の大男、ケンゴである。
「いいかげん、観念してゲロしなさいっての」
「…………」
「あんたが夢莉叔母様を好きなのはわかってんのよ、ケンゴ・ガイアルド」
「…………」
「この話は、あんたがそれを認めないことには先に進まないのよ」
「…………」
無言。徹底的に無言。どこまでも無言。そして鉄面皮な、ケンゴ・ガイアルド。
正座したまま微動だにしないその様子は、まるで『座ったお地蔵様』。
しかし、話が先に進まない。ねぇ……。
それは一体どういう意図のものに発せられた言葉なのやら。
「なぁ、ミフユさんよ」
「何よぉ~?」
話しかけると、唇をとんがらせたミフユがこっちを向く。何その顔、面白ッ。
「ケンゴのそれを知って、話がどう進むっての?」
「は? 決まってるじゃないの。こいつと夢莉叔母様をくっつけるのよ」
「あっれェ!?」
何か、話そのものが根本から違うものになってませんか、それェ!
「女将さん、あの、今回は夢莉さんとリリスさんの……」
タイジュも俺と同じような反応を見せて、ミフユに確認しようとする。
だがミフユさん、何と『わかってないわねぇ』と言わんばかりの無情の首振り。
「その話だったらもう終わってるわよ」
終わってたァ――――ッ!
何か知らんうちにリリス義母さんと夢莉に関する話、終わってたァ――――ッ!?
「え、終わってたの?」
「終わってたわよ。ジ・エンドよ。ミッションコンプリートでリザルトよ」
いつの間に? いつの間にッ!?
「まぁ、それはいいのよ。それについては追々説明するから」
「今してよ!?」
「じゃあ簡潔に。ママと叔母様は結ばれません。全部、杞憂。はい、おしまい!」
マジのマジに簡潔に完結させやがったよ、ウチのカミさん。
だが、ミフユがそう断言する以上、そういうことなんだろうなぁ……。
何でミフユがそう結論づけたのかは知らんけど。
あとで聞かせてくれるなら、まぁ、今はきかなくてもいいか。……いいのか?
「――待て」
だが、そこで異を唱える声があった。
これまで、ずっと無言を貫いてきたケンゴであった。
「お嬢さんとリリス・バビロニャが結ばれる可能性はない、と……?」
「何であると思ってんの、あんた?」
やすりを擦りつけるような低い声を出すケンゴに、ミフユが呆れ声で鼻を鳴らす。
ミフユの確信度合いがすごい。これは、本当にその可能性はないってことかぁ。
「では、リリス・バビロニャは何故……」
「それってあんたが気にすること? あんたはもっと別のことを気にしなさいよ」
疑問を口にするケンゴに、ミフユがピシャっと告げる。
すると、それだけでケンゴは再び押し黙ってしまう。ううむ、これどういう状況?
「あのねェ、ケンゴ・ガイアルド」
と、ミフユが軽く髪を掻きつつ改めて話しかける。
「わたしはね、夢莉叔母様は苦手だけど、別に嫌ってるワケじゃないのよ。できれば関わりたくないけど、死んでほしいとかは思ってないの。あの人が幸せになってくれるなら、それはきっとわたしにとっても嬉しいことなのよ」
「…………」
語り始めるミフユに、ケンゴは依然として、無言のまま。
「で、今は叔母様、ママにちょっとヒートアップしてるけど、それは叶わぬ夢でしかないワケ。でも、あの人は今回のことで『人に恋する甘み』を知ってしまったわ」
「…………」
語り続けるミフユ。黙り続けるケンゴ。
「『恋の甘露』に抗える人間はいても、逆らえる人間はいない。だってそれは人が人になる前から本能に刻まれた、人という存在が味わえる最も甘い蜜なんだから」
「…………」
語り続けるミフユ。黙り続けるケンゴ。
「予言してあげる、ケンゴ・ガイアルド」
「…………?」
顔つきを神妙なモノに変えるミフユに、ケンゴが眉間にしわを寄らせる。
「あんたが叔母様をモノにできなかったら、あの人はワルい男に騙されて確実に身を滅ぼすわよ。このミフユ・バビロニャが、絶対の確信をもって断言してやるわ」
「…………ッ!」
ケンゴの無表情が、その予言によって崩れた。
「あの人や勲がどんな環境で育ったかまでは知らないけど、片や娘を餌食にするようなクソペド野郎で、片や三十路になるまで初恋もしたことがない年代物の処女。まぁ、ロクな家庭事情じゃなかったんでしょうねー。ホント、笑えないわねぇ」
言いつつも、ミフユはケッ、と鼻で笑う。
そういえばこいつの佐村家側の祖父と祖母は、もうとっくに死んでるんだっけか。
「世の中、ガワがよくてナカがクソな男と、ガワがクソでナカがイイ男なら、圧倒的に前者の方が多いのよ。そしてそういうヤツほど、表面上はイイ人に見えるのよ」
「……お嬢さんは、騙されると?」
「コロッと行くわよ。そういうヤツほど、オンナの転がし方を知ってるからね」
ミフユが語り続けていると、徐々に徐々に、ケンゴの顔つきにしわが増えていく。
眉間など、谷間ができつつあるほどだ。
「そして、わたしはそうなった叔母様を助ける気はないわ」
「何故だ」
「さっき言ったでしょ。叔母様には関わりたくないのよ、なるべく」
ミフユと夢莉はなぁ~、とことん相性がな~、まぁ、合わないからなぁ~……。
「それがなくても、自分から転落するような女にかける情けなんてないわね」
「…………」
ケンゴは無言。しかし、無表情ではない。
ミフユの言葉がいかにも不満という感じで、厳しく睨みつけている。
「けど、今回だけは手を貸してやるわよ。ママが関わってるワケだしね」
「それでは――」
「だから、あんたに夢莉叔母様を任せようってのよ!」
ビシィッ!
と、ミフユがケンゴに向かって指を突きつける。
「現状、あんたしかいないのよ。叔母様を任せられそうな男。わたしはあの人の交友関係を全部知ってるワケじゃないけど、初恋もしてなかったってことは、今後もそういう関係に至りそうな異性の知人友人は皆無ってことでしょ? ……笑えなすぎ」
「むぅ……」
「とにかく、まずはあんたの本心を聞かせなさい。全てはそこからなのよ」
唸るケンゴに、ミフユはズイズイと指を近づけていく。
そこで、軽く挙手したのは、ヤジロだった。
「マミィの独壇場に、ここで俺が叛逆だ! もしその男がミス・夢莉への好意を持っていなかったら、マミィは一体どうするつもりなんだい?」
「そんな可能性はないから答える必要のない質問ね」
だがミフユ、ヤジロの問いかけをバッサリと一刀両断。快刀乱麻を断つが如し!
「フフ……、そういうことらしいぜ、ミスター・ケンゴ」
「…………」
ヤジロが楽しげに笑いながらケンゴを見る。
そしてタイジュも、クラマも、俺も、ヤジロの頭のスズメさえもがケンゴを見る。
やがて――、
「俺、が……」
ケンゴが、やっと口を開いた。
かと思えば、そのいわおの如きゴツいツラが、みるみるうちに赤く茹っていく!
「俺が、お嬢さんに抱いている感情――、これが恋、なのか……?」
だが続く言葉はかすれそうな小声での、何故か疑問形。
そして、ミフユが『うわっちゃ~』という感じに軽く頭を抱えてしまう。
「ど、どしたん、ミフユさん……?」
「ヤバイわ、想定外。これは最悪の事態だわ、アキラ」
「え、最悪? 何が?」
思わず聞き返す俺に、ミフユはどこか遠くを見つめつつ、答えてくれた。
「これ、ケンゴの方も初恋だわ」
「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」
今回の一件が、これ以上なくめんどくさくなることが確約された瞬間であった。
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