第417話 バビロニャ・ストーキング!/転

 さて、リリス義母さんが夢莉を連れて駅前を歩いている。

 それを、俺達はヤジロの先導に従って、距離をあけつつ追いかけている。


「こっちは、どこにむかってんだ?」


 スマホで地図を確認しながら、俺は誰にともなく問いかける。

 駅前から伸びる繁華街のある通り、とは別方向。どっちかというと何もない方だ。


「あー、これは……」


 反応したのは、ミフユ。


「何だよ、心当たりがあるのか?」

「あるわよー。多分だけど、ママはママのお店に連れていくつもりね」


 リリス義母さんのお店とな?


「え、リリスさん、ご自分の店を持ってるんですか?」


 俺と同じ疑問を感じたらしいタイジュが、ミフユの方を向く。

 だが、ミフユはそれを「違うわよ」と一蹴。


「ママが『出戻り』する前に働いてたカフェがあるのよ、二人が歩いてる先に」

「ああ、そういう……」


 そっか、そういえば『出戻り』前の興宮凛々人は、バイト青年だったモンな。


「何か、ものすごい数の仕事してたんだって?」

「らしいわよ。高校卒業から十年近く、ずっとお仕事掛け持ちの日々だって」

「うへぁ……」


 俺は思わず呻いてしまった。

 年末、ハンボーキとかでクタクタになって帰ってくるシンラとか見てるからだ。


 仕事一つでも大変だってのに、それを常に複数とか、どんな体力してんだ……?

 いや、それ以前に、何でそんな仕事幾つもやってたんだ、義母さんは。


「リリスママの住んでるお屋敷って、維持するのにお金かかるらしいのよ」

「ああ、デケェモンなぁ、あの家……」


 俺も何度かお邪魔したことあるが、まぁ、立派なお屋敷だった。

 さすがに金鐘崎本家屋敷ほどじゃないけど、一人で住むには広すぎるだろ。


「あんな家、手放しちゃえばいいのに、ママ」

「それで、アパートで一緒に住みたいな、って?」

「そうよ、悪い?」


 ミフユは全く悪びれない。こいつならそう言うだろうけどさ。


「おまえがあっちに住む選択はよ?」

「は? 何であんたから離れなくちゃいけないのよ? 笑えないんだけど?」


 それもまた、まったく悪びれることなく、言われてしまった。


「……笑うわ」

「ちょっ、何よ! いきなり撫でてくるの、やめなさいよ~!?」


 俺が撫でようとすると、ミフユが走って逃げていく。

 待てコラ、撫でさせろッ! おまえのッ! その頭をッ! 撫でさせろッ!


「平和ですね」

「平和だよねぇ~」


 近くから、俺達を眺めるタイジュとクラマの声が聞こえる。


「クックック……!」


 頭にスズメを乗せたヤジロが笑いながらスマホをいじっている。

 俺は直感した。こいつ、ちょっと寂しくなってトモエにRAINしてるな。と。


「…………」


 そして残る一人、ケンゴ・ガイアルドは、やはり黙したまま何も語らず。

 同時に、相変わらずこいつは気配が薄い。

 足音ないし、この面子の中で最もいかついガタイをしているのに全然目立たない。


 ともすれば、これだけ近くにいて見失いそうになってしまう。

 その、陽炎のようにも思える掴みどころのなさ、俺には心当たりがあった。


「――『無音にして無残』」


 俺が口に出したその異名に、ケンゴが軽く反応を示す。

 彫りの深い顔が、こっちを向いた。


「どこで、その名を?」

「ちょっとな。俺が『出戻り』したてのときにやり合ったんだよ」

「そうか」


 ケンゴは言葉少なで、その表情にも変化はない。

 だが、こうして反応していることが、すでに一つの証明となっている。


「あいつの関係者か、おまえ」

「異世界では、血縁だった」


 オイオイ、よりによってそのパターンかよ。


「え、ウソッ、あんた、未来みくの家族だったの!?」

「弟だ」

「ウソォ!?」


 ミフユ、二度ビックリ。


「だが繋がりは薄い。俺は技を修めたのち、故郷を出た」

「ああ、それで俺らがいる地方に来て、タマキなんかとやり合ったワケか……」


 人に歴史ありとは申しますが、これはまた意外な繋がりだわ。


「姉は――」

「俺の恨みを買って、仕返しした」

「……そうか。わかった」


 ケンゴの答えは、それだけだった。

 表情のない顔からは、考えていることが読み取りにくい。まさに『岩にして草』だ。


「枡間井未来、ねぇ……」


 久しぶりに思い出したな、あの女のこと。

 いやはや、もはや懐かしくすらありますなぁ。『まーくん』の一件も。


 ミフユとこっちで再会するきっかけになった事件でもあったな。

 あのときは、ミフユが俺の敵か味方か、判断つきかねてたんだよなー……。


 思い返してみると、そのときの俺はアホじゃなかろうか。

 ミフユが俺の敵に回るはずねーのになー。とか、しみじみ思っちゃうわ。


「誰のことですか?」

「こっちに『出戻り』したばっかりのときにね~、ちょっとね~」


 タイジュに問われ、俺は雑にはぐらかす。

 別に話してもいいんだが、吹聴するようなことでもないからなー。


「おっと、その世間話に、叛逆だ」


 ヤジロが俺達の会話をもはや恒例となったキメゼリフで遮ってくる。

 それに早速応じたのは、ミフユだった。


「着いたわね」


 鳥の目を介して、俺達はリリス義母さんと夢莉が入っていった建物を見る。

 それは、一見するとただの古びた洋館のようにも映る。


 半ばを伸びた蔓に覆われた、茶色い洋館。

 だが、よくよく見てみるとただの洋館ではなく、それはカフェだった。

 小さい看板が、目立ち過ぎない程度に存在を主張している。


「知る人ぞ知る本物の隠れ家カフェ。あそこが、ママが働いてた『一本杉』よ」

「あ、もういねぇ。行動早ッ!」


 内部調査を任せるはずだったケンゴの姿が、早速消えていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 鳥カメラの向こうにケンゴが現れたのは、一分後のことだった。

 早いし速い。さすがは忍者ってコトですかねぇ……。


 俺達は、そこから数百m離れた場所にいる。

 ここならさすがにリリス義母さんには見つからないだろう。


 あの人は勘は鋭いが、戦う人じゃない。

 やはり感覚的な部分では、俺達の方に分があるからな。


「で、あいつはどうするの?」

「RAINの通話機能をONにして佇むって」


 佇む……。

 そうか、そうかぁ……。まぁ、忍者だからなぁ……。でも、佇むのかぁ……。


 俺が『それは笑うわ』と思っていたところに、ミフユのスマホに着信が来る。

 番号は、ケンゴのスマホだった。

 早速、ミフユがそれに出てスピーカーをONにする。


 するとカフェ『一本杉』の中の音と思われる雑音がかすかに聞こえてくる。

 かすかに、本当にかすかにだ。

 女性店員の『いらっしゃいませ』という声も、耳に心地よい感じ。


「ほぉ、いいじゃねぇか……」


 聞こえる音から想像できる店の雰囲気に、ヤジロもそんなことを呟く。

 それからすぐ、いきなり夢莉の声が聞こえてきた。


『あの……ッ、本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございまちゅッ!』


 …………笑うわ。


 随分とテンション高いですねぇ! その店、おまえの店じゃねーけどな! 

 あと、噛むな! 噛み方が見事すぎるんですよ、どうにも!


『こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます』


 次に聞こえてきたのが、リリス義母さんの涼やかボイス。

 こちらは、実に落ち着き払っている。泰然自若にして冷静沈着、みたいな。

 夢莉のテンパりがひどすぎて、いつも以上に義母さんの声が男前に感じられる。


「ママ……」


 聞こえた義母さんの声に、ミフユが小さく反応する。

 そちらも気になったが、俺が動く前にタイジュに呼ばれてしまった。


「あの、親父さん」

「どうした、タイジュ」

「夢莉さん達の声、やけに近くありませんか?」


 ――言われてみれば。


「え、いや……」


 若干困惑していたところ、再び夢莉の声が聞こえてくる。


『それで、あの、その! これから先の、私達のことなんですけど……!』


 早い! 早い早い早い! 思考の展開が早いって!?

 それはさすがに色々と前のめりすぎるだろ、佐村夢莉! 脳内結婚済みか!?


「……って、ホントに近いな、声」


 改めて聞いて気づく。

 これ、間近と呼べるくらいにすぐ近くで二人の声を拾ってるぞ。

 ケンゴ・ガイアルド、あいつ、一体どこに佇んでんの!?


「忍者ってすごいんですね」

「いやぁ~、これはさすがに俺ちゃんもビックリ~」


 タイジュとクラマが、口々にケンゴを称賛する。

 これも、夢莉とリリス義母さんが戦う人間じゃないから可能な芸当、か……。


 いや、それを差し引いてもケンゴの気配の殺し方がすさまじいんだが。

 これがタマキが決着をつけられなかった『岩にして草』、ケンゴ・ガイアルドか。


『夢莉さん、ひとまず注文を済ませてしまいましょう。お話はそのあとで』

『あ、はい! そうでした……! すみません!』


 う~ん、夢莉が緊張にカチコチですねぇ。見事に声に出ておるわ。

 リリス義母さんの方は堂に入ったモンだわ。声に全く淀みがなく澄み渡っている。


「…………」


 ミフユは義母さんの声を聞きながら、スマホを食い入るように見つめている。

 夢莉とリリス義母さん、二人ン会話がぎこちないながらも続く。


『コーヒーはお好きですか?』


 と、リリス義母さん。


『へ? ぁ、ああ! はい、好きです。だ、大好物でひゅ!』


 と、夢莉。また噛んだ。


『では、ここのオリジナルブレンドがおすすめですね』

『あ、そうなんですね! じゃあ、それを!』

『俺も、同じものにしようかな』


 二人は注文を済ませて、今度こそ夢莉がリリス義母さんに迫る、もとい、尋ねる。


『それで、あの、興宮さん!』

『これからの俺と夢莉さんのこと、ですよね?』

『…………ひゃい』


 途端にトーンダウンする夢莉の声。これは、義母さんのスマイルにやられたな。

 考えるまでもなく確信できてしまう、夢莉の声の脱力っぷりである。


「ご愁傷様なこって」


 夢莉は随分と義母さんの態度に希望を持ってるようだが、さすがに無理だぜ。

 義母さんにとっての家族は、厳密にはミフユだけ。


 異世界での、あの人のミフユの可愛がり方はそれこそ溺愛そのものだった。

 この人に頼んでよかった。俺はつくづくそう思わせられたよ。


 そのリリス義母さんが、ミフユのイヤがることなんてするワケがないんだなー。

 夢莉にはお気の毒なことだが、この女の初恋は泡と消えるさだめなのだ。


 俺は、そう思っていた。

 ところが――、


『夢莉さんは、どういったご家庭をお望みなんですか?』


 聞こえてきたリリス義母さんの言葉は、俺の中の確信に亀裂を入れるものだった。


「……え?」


 それは、まんざらでもなさそうにも聞こえる声音。声色。

 俺は、咄嗟には信じられず、ミフユがそうしているようにスマホを凝視する。


『もし結婚したら、俺は、娘が欲しいと思ってるんですよ』


 そこから聞こえてくるのは、にわかに弾むリリス義母さんの声。


『娘、ですか。いいですね……』


 それを受けて、夢莉もどことなしうっとりとした調子でそう返す。

 俺にとっては信じがたい二人の会話。

 それはまるで今後訪れるかもしれない未来の想像を語り合っているようだ。


「……ママ?」


 ふと、声が聞こえて、俺は隣のミフユを見る。

 その瞳は、大きく揺れていた。

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