第416話 バビロニャ・ストーキング!/承

 リリス・バビロニャをストーキングするに辺り、注意点が幾つかある。


「ママには『隙間風の外套』も『偵察用ゴーグル』も通用しないわ」


 いきなり尾行の難易度爆上がり。笑うわ。


「え、それはまた、どうしてです?」


 当然の疑問を口にしたのはタイジュだった。

 そういえば、こいつはリリス義母さんの経歴について知らないんだったか。

 ミフユが一言で説明する。


「リリスママはジンギの師匠よ」

「……うわ」


 それだけで、タイジュには十分伝わったようだった。

 魔法アイテムの分野ではマリクを凌ぐのがジンギで、義母さんはその師匠だ。


 娼館の女将であると同時に、実は名うての錬金術師なんだよな。

 だから、魔法アイテムを使ったら、逆に嗅ぎ付けられてしまうかもしれない。


「ついでに言うとな、タイジュ。最初にマリクに魔法の手ほどきをしたのもリリス義母さんなんだよ。あの人は、魔法の分野については飛びぬけてんだ」

「それはまた……」


 タイジュが感嘆の息を漏らす。

 元々、ハイエルフという人間よりも遥かに魔力が強い種族だからな、義母さんは。


「人間より魔力が強い種族に生まれて、人間よりはるかに長い寿命を生きた人だ。魔法に関する蓄積が違う。普通の魔法でも錬金術でも。――さらにだ」

「まだ何かあるんですか?」


 眉をしかめるタイジュに、ミフユが引き継いで続ける。


「あるのよ。とびっきりのがね。……ママは魔力限定の『敏感肌』持ちなのよ」

「え……」


 タイジュならば、それだけで伝わるだろう。

 リリス義母さんは、魔力の活動に対して異常なまでの敏感さを持つ。

 その精度は、ラララの『敏感肌』を想起させるレベルだ。


「じゃあ、もしも『隙間風の外套』なんて使ったら……」

「姿消してても、魔力の働きで一発でバレるわね。ちょっと離れても悟られるわ」

「ああ、それは『敏感肌』だ」


 ミフユの説明を受け、タイジュも納得したようだった。

 距離をあければ察知されなくなるだろうが、それなら最初から着る必要もないわ。


「じゃあ、どうやってストーキングするんですか?」

「ブラザー・タイジュ」


 俺が答える前に、タイジュの前に出たのは、モデルガンを抜いたヤジロである。


「その疑問に対する返答は――、『叛逆』だ」


 ヤジロが右手のリボルバーを空に突き上げて、トリガーを引き絞る。

 直後、真冬の透き通った空に、リボルバーの銃声が高々と爆ぜて響いた。


「え、ホンモノ!?」


 轟く音にミフユが驚きを見せるが、もちろんそれは本物ではない。

 銃声は高らか、硝煙の匂いもしっかりと漂っているが、実弾は出ていない。


「異世界じゃ音の出る矢を使ってやってたアレだろ?」

「クックック、『叛逆』へのカウントダウンだ。ダディ。3、2、1――」


 俺には答えず、ヤジロがリボルバーをホルスターに収めて数える。

 すると、急に辺りが陰った。

 それは曇ったとか、そういうことではない。


「お~、こりゃすごいねぇ~」


 紅茶を飲みつつ、クラマがヘラヘラと笑う。

 空が陰った理由はヤジロめがけて飛んできた大量の鳥の群れだった。


 鳩、スズメ、カラス、あと何か知らない大きな鳥、小さな鳥。

 とにかくさまざまな種類の鳥が、一斉に飛んできてヤジロへと群がってくる。


「そうか、テイムしたのね。この子達!」


 やっとそれに気づいたミフユが、パンと手を打った。

 頭上と両肩、それを軽く広げた両腕に鳥達を留まらせて、ヤジロがニヒルに笑う。


「なるほど、これがリリスさんを追いかける『目』ですか」

「そういうことさ、ブラザー・タイジュ。言っておくが、魔法じゃあねぇぜ?」


 鳥まみれギャルになってるヤジロの言葉通り、テイミングは魔法とは別技術だ。

 生命波長の同調とかいう俺もよくわからん原理に基づいたものらしい。

 そういう特殊な才能と技能が必要だから、異世界でもテイマーは少なかった。


 今、ヤジロが使ったリボルバーも、テイミング用のアイテムである。

 ジンギがササッとこさえたもので『喚び声の魔銃ガルムズ・ロア』というらしい。


「天然の監視カメラねー……」

「こいつらで、ビッグマザー・リリスとミス・夢莉を追いかけるぜ」


 ヤジロが言うと、それを指示と受け取った鳥達の群れが一斉に飛び立っていく。

 だが、一羽だけヤジロの頭の上にスズメが乗っていた。


「闇深き大海原、閉ざされし航路へと今、船は漕ぎ出した。行こうぜ、マミィ。『叛逆』をか細きしるべとして、今こそ艱難辛苦の嵐の海へ、行ってきます!」

「何で九割方カッコよくキメといて、最後の最後に普通なのよ?」


 俺も思ったことを、先にミフユが口にした。


「フッ、それもまた、叛逆だ!」

「言っとくけど、どんだけキメても頭にスズメ乗せてるあんたはカワイイだけよ?」

「――ッ、さすがはマミィ。この俺が意図していなかった叛逆に気づくとは。さすがはマミィだぜ。そして、さすがは俺。孤高のアウトローは叛逆せずにはいられない」


 変な感心をしているヤジロの頭の上で、スズメがチチチと鳴いていた。

 冬だからか、スズメは丸っこくて、俺から見ても可愛かった。


「ヤジロ君は女の子になっても面白いよねぇ~」

「フ、俺を褒めたところで出るのは叛逆だけだぜ、ミスター・クラマ」


 褒めたら逆らわれるとかイヤすぎる。

 だが、この場で最も頼りになるのはヤジロの能力なのも間違いはない。


「クックッ、早速だが見つけたぜ。ビッグマザー・リリスをよ」


 ほらな。


「それじゃあ、行くわよ。バビロニャ追撃部隊、作戦開始!」


 ミフユの号令に、俺達は一斉に声を揃えて返事をする。


「おー!」 ←俺

「「おー」」 ←タイジュとクラマ

「だが、その号令に叛逆だ!」 ←ヤジロ

「…………」 ←ケンゴ


 ごめん、何にも揃ってなかったわ。

 協調性さぁ……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――宙色市、駅前広場。


 週末の土曜日、午後一時。

 昼時ということもあってかなりの人がそこに集まっている。


 仕事から解放された連中が、老いも若きも自由でラフな服装で歩いている。

 ま、一番寒い時期なんで、みんなして着込んでいらっしゃるのだが。

 寒空に肌を出せるのは、年末獅子舞男か頭にスズメ乗せた女ガンマンくらいだよ。


 しかし、今日はよく晴れていて、冬にしては気温が高い。

 だからだろう、外で待機していてもそれほど苦には感じない。寒いは寒いが。


 さて、駅前広場には待ち合わせの目印に使われているものがある。

 それが、宙色市マスコットである謎の生物『ソライッロー』の等身大の銅像だ。


 宙色市のHPで存在を確認できる『ソライッロー』は、とにかく謎が多かった。

 まず、モデルの生き物がわからない。

 公式イラストが黄土色のナマコっぽい何かで、つぶらな瞳が全く愛らしくない。


 こう、横向きの円柱形で、表面に七色の斑点が浮かんでいる。

 前側に二つの目と▽の形の口。ニュニュッと伸びた触覚が質感からして生々しい。


 下側には手足が生えている。

 前足と後ろ足ではない。二本の手と、六本の短い足である。率直にキモい。

 しかも二本の手はしっかり五本指っていうね、何だよその造形。


 異世界でもなかなか拝めないクリーチャーを無理矢理可愛くしたかのようだ。

 が、可愛くない。何ッにも、可愛くない。

 ミフユもこいつについては『笑えないわねぇ』以外はコメントしなかった。


 そんな、前衛芸術めいたフォルムのマスコットの銅像が駅前に鎮座している。

 一説によると、銅像には『宙色埋蔵金伝説』のヒントが隠されてるとか。笑うわ。


 さて、そんな個性的と呼ぶには若干毒気が強めの銅像の前に、ヤツはいた。

 佐村夢莉である。

 リリス義母さんを待っているようで、非常にソワソワしている。視線が右往左往。


 ちなみに、スーツ姿だよ。

 濃紺の、いかにもな感じの、女性用スーツ。上に寒色のコートを羽織ってる。


 いや~、逆の意味でスゴい格好だ。休日にする服装じゃないって。

 傍から見れば、ただの『休日もお仕事ですね』な感じのお姉さんなんですけど?


 あ、髪型も、化粧もね。

 もう全体的に、バチバチのバリバリな『ビジネスマンッ!』っていう印象。


 少なくともこれからデートする格好じゃねーわ、ありゃ。

 佐村夢莉なりの『着飾る』なんだろうけどなぁ。

 と、思っている俺の隣にいるミフユの額に青筋がすごい数浮かんでおります。


「……ママとデートするのに、何て格好よ」


 とか言ってるの、笑えるけど、笑えないよなぁ。

 ちなみに俺らは今、銅像からかなり離れたところにいる。直線距離1kmくらい。

 こんだけ離れてりゃ魔法使ってもリリス義母さんには気づかれまいよ。


 俺達は、ヤジロがテイムした鳥の視界を魔法で共有しております。

 視界は人間用にカスタマイズされているので、夢莉の姿が非常に鮮明に見える。


 チチッ、と、ヤジロの頭の上のスズメが小さく鳴く。

 続いて聞こえたのは、ヤジロの小さな笑い声。


「フ、来たか」


 テレビを見ている感覚で駅前広場を覗いている俺達にもわかった。

 リリス義母さんがやってきたのだ。


「うぉ……」


 現れた義母さんの姿を見て、俺は小さく唸った。

 何ということか、リリス義母さんもまた、スーツ姿だった。


 それは、夢莉にも劣らぬほどのビジネスマンっぷり。清潔感の塊か?

 夢莉と並べばあら不思議、若社長と敏腕秘書の組み合わせの出来上がりだ。

 なお、どっちが社長役になっても問題なし。


「へぇ~、こりゃあ堂々たるお姿で」


 クラマが無精ひげの生えたあごを撫で、そんな感想を漏らす。

 相変わらず何着ても似合うってか、どんな服装も着こなす人だ。リリス義母さん。


「……夢莉叔母様に合わせたのよ、ママの方が」


 ミフユがそう分析するが、だろうなぁ。

 夢莉がどんな服装で来るか読み切ってたワケだ。義母さんの人間観察力の高さよ。


「何か話してますね」

「さすがに声までは聞けないか」


 タイジュが気づくが、残念ながら二人の話す声までは聞き取れない。

 夢莉は、リリス義母さんを前にした途端、表情を輝かせつつも恐縮してしまう。


「はぁ~? 何なの、叔母様のツラ。三十路のクセして、そんな『好きな人に会えて嬉しいけど、私、変じゃないかな? おかしくないかな?』みて~なツラァしてんじゃねぇわよ! 処女か! ……あ、処女だったわ、あいつ。クッ、ムカつく!」

「本日のミフユさんはいつもの三割増しで表情豊かだぜ。笑うわ」

「な~んも、笑えないのよォ!」


 と、俺とミフユが話している間にも、夢莉とリリス義母さんは何かを話している。

 そして、ほどなくして二人はいずこかへと歩き出す。


「移動開始ですね。手は繋がないようだ」

「そんな報告はいらないのよ、タイジュ!」


 何故かタイジュが叱られてしまった。今のはちょっと理不尽だと、俺も思う。


「今現在の流れに叛逆して、俺から一つクエスチョンだ。マミィ」

「ん? 何よ、ヤジロ?」


フレンズ鳥達の追跡は屋外が限界だぜ。二人が建物に入ったらどうする?」

「あ~……」


 あ~……。

 確かにそれについて、考えてなかった。どうしようか。


 下手に追いかけてもリリス義母さんに見つかっちまうだろうしな~。

 と、俺とミフユが考えているところに、答えを示したのは、クラマだった。


「エヘヘヘヘ、困りましたねぇ~。こんなとき忍者でもいればいいのにねぇ~」

「忍者……」

「ああ、忍者……」


 そして、俺とミフユの視線は、無言を貫き通していた巨漢へと注がれたのだった。


「…………」


 視線を注がれたケンゴ・ガイアルドは、やっぱり、どこまでも寡黙だった。

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