第173話 静けさの中、夜の教会で、二人
どうも、本日の座右の銘は『無難でGO』な占い師、シイナ・バーンズです。
これから、結婚するらしいですよ。私。
…………。…………。…………。
…………。…………。…………。
…………。…………。…………。
――――!?
な、何が起きてるんでぃえぇ~す?
いけません、動揺が過ぎて日本語が崩壊しかけました。
日本語は日本人の文化の最たるものです。大事にしなくちゃ。
いや、違いますそうじゃないです。あ~~~~、正気を保つのが大変~~~~!
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、何でも……」
と、眼鏡をかけた優しいスタイリストさんが私を気遣ってくれます。
はい、そうですよ、スタイリストさんですよ。
私ことシイナ・バーンズ、今現在、おめかし中です。
すでに、アレを身に纏っていますよ。アレですよ、アレ、アレ。
――ウェディングドレスッ!
ひぃやぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ~~~~ッ!?
ついさっきまですっぴん芋ジャージだったんですけど、私ィ――――ッ!
どうして、どうしてこうなった……。
いや~、考えるまでもなくあの野郎のせいなんですけどね……。
はい、ユウヤさんです。
あの男、すでに数日前から全ての手配を終えておりまして。
ちょっと振り返るとですね、元々は本日はホテルでお泊り会だったのです。
母様もその予定で二日間ほど、ホテル最上階を貸し切っていたそうです。
でも、そこでユウヤさんが言ったのです。
「夜中前までには戻りますので、シイナさんをお借りしてよろしいでしょうか」
ってな感じで。
私、何も聞いてなかったのでちょっと驚いたワケですよ。
まぁ、この男はサプライズ大好きですから、また何か画策してるのでしょう。
当時の私はそう考えて、乗ってやることにしましたよ。
……ちょうど、タクマ君とも離れられるいい機会でもありましたしね。
タクマ君は、自分からは何もしない抜け殻になってましたね。
それでも、話しかけられれば『普通』に受け答えしてましたよ。
ああ、やっぱり、あの人はおぞましいほどに『普通』なんですね。
己の中の不安を紛らわすため『普通』であることを気にしてる私とはワケが違う。
自分以外、いえ、きっと自分すら信じきれていない不信こそが、あの人の本質。
だから『普通』の仮面を被って、人間の形をかろうじて保っている。
今さら、そんな真実が見えたところでもう遅いですけど。
あの人は家族のタクマ君です。今後、永劫。……そうです、永劫に。永遠に。
――って、そうじゃなくて!
ユウヤさんですよ、ユウヤさん、今の話題の主題は!
そう、そして私は彼の車に乗ったワケです。芋ジャージのまま。死ねと申すか。
「あの、ユウヤさん。一体、どこに?」
と、車中で私もきいたワケです。
さすがに何も聞かされてないのは不安でしたからね。
ところがユウヤさん、何も言いやがらないワケですよ。
いくらきいても「楽しみにしててくれ」の一点張り。不安しかないんですがッ!?
そして、車は宙色市の郊外に入って、到着したのが夜のチャペルでした。
はい、礼拝堂、ってヤツですね。それも結構大きくて立派でした。
「わぁ……」
最初にそこを見たときは、ちょっと感動しました。
こんな場所で結婚式を挙げられたらいいなー、って、素直にそう思っていました。
「ここで、今から二人だけの結婚式を挙げよう」
思っていたところに、ユウヤさんのこの爆弾発言です。
「…………はい?」
「実は、少し前から準備はしてたんだ」
と、彼は目配せすると、その先にはスタイリストさん含め、数名のスタッフが。
何ですか、この準備の良さは。何なんですか、この用意周到さは。
「ああ、ちなみにこのチャペルは、今日のために買い取った。俺達の貸切だ」
買い取った? かかか、買い取ったァ!?
「そういうのは貸切って言わないんですよォ~~~~ッ!」
「あれ、違ったか。ごめんごめん。そうだな、貸切じゃなくて買取だったな」
それも何だか違う気がしますが……。
ああ、もう、これだから金持ちのイケメンってヤツはぁ~!
大体そんな感じで、急遽、二人だけの結婚式を開くこととなりました。
もちろん本当の結婚式ではありません。市役所に婚姻届け提出してないですから。
つまりは結婚式の予行練習。ってことですね。
今回は、その頭に『本番さながらの』とかつきそうですけど……。
「はい、終わりましたよ」
花嫁の控室。鏡台の前に座る私に、スタイリストさんが言ってくれます。
さっきまですっぴん芋ジャージだった私が、この一時間で見違えてしまいました。
正直、鏡に映っているのが自分とは到底思えません。
だってそこにいるのは、本当に綺麗な花嫁さん。
純白の、プリンセスラインのウェディングドレスを纏った、完璧に整えられた私。
髪型も可愛らしくセットされて、その上にレースのヴェール。
お化粧は派手になりすぎない程度のナチュラルな感じで、でも口紅は鮮烈な赤。
「新婦様が元からお綺麗でしたので、それを引き立たせるメイクにしてみました」
え~、そんな、またまたぁ~。
こちとら哀しき26歳のアラサーすっぴん芋ジャージオタ喪女ですよ~?
真に受けますよ?
いいですか、真に受けますからね! 自信持っちゃいますからね!
「それでは、私はこれで失礼しますね」
と、スタイリストさんはそのままそそくさと出ていきました。
そして私は、一人、花嫁控室に取り残されて……、え、どうなるんですか、私!?
あの、何だか一気に緊張してきたんですけど。
これは一体、どういうイベントなんでしょうかね。もしかして、盛大なドッキリ?
いや~、それはないかぁ~。
ユウヤさん、多少天然は入ってますが、あれでツボは外しませんからね……。
この二人だけの結婚式も、純粋に私を喜ばせるための催しでしょう。
クッソ~、これに少し浮かれてる自分がいるのが悔しい。
あの男の手のひらの上で踊ってる感すらあります。むぐぐぐぐぐぐぅ~~~~!
「新婦様、新郎様のご準備が整いました」
今度はスーツを着た男性のスタッフさんが、私にそう言ってきます。
来ちゃったぁ~、来ちゃいましたぁぁぁぁぁ~~~~。
私を襲う緊張がここで倍からさらに倍ッ!
もう、全身カッチコチです。のどが、のどがカラッカラですよぅ!
「こちら、ミネラルウォーターになります。どうぞ」
スタッフさんが私にお水をくれました。気が利くゥ! ベストタイミングです!
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げて、せっかくのメイクが乱れない程度にお水を頂戴します。
そして、それからついに、スタッフさんの案内でチャペルへ――、
「このたびは、おめでとうございます」
「あ、どうも……」
丁寧にお辞儀をしてくれるスタッフさんに、私はそう返すことしかできません。
だってまだ、入籍してないんですから。婚約はしましたけど。
控室を出てから、礼拝堂に繋がる大きな扉の前へ。
本来は、父親が随伴するところですが、さすがに私一人です。
っていうか、仮にこれが本当の結婚式の場合、父様が私の手を引くのでしょうか。
あのチビッ子父様が? ……あ、想像するとちょっと面白いかも。
と、現実逃避もこのくらいにしておきましょう。
私は扉の前に立ちます。周りは夜の暗さに沈んでいて、音もなく、静かです。
今、私の耳に届いているのは、自分の呼吸の音と鼓動だけ。
とんでもないことになっちゃったなぁ、と、我ながらぼんやり考えています。
でも、これがユウヤさんの贈り物だというのなら、受けとって差し上げましょう。
再会してから今日まで、彼には様々なモノをもらってしまいました。
どれも、私にとっては嬉しいモノばかりで、困ってしまいます。
今のところ、私から彼に返せたモノは何もありません。
さすがに、これはいけないと思うのです。
だから、この機会に彼に返せるモノを考えようと思うのです。ユウヤさんに。
「新婦様、ご入場です」
スタッフさんがそう言って、両開きの扉を内側に開かれていきます。
再び緊張に身を硬くする私を、隙間から漏れる光が照らしていきました。
「わぁ……」
思わず、声を漏らしてしまいました。
礼拝堂の中は、まさに絢爛の二文字です。見事な飾り付けがなされています。
そして、照明も煌びやかで、まるで礼拝堂そのものが輝いているよう。
一種、神々しささえ感じさせる白い空間に、立っているのはユウヤさん一人だけ。
並ぶ座席に人の姿はなく、また、BGMなんかもかかっていません。
さすがはユウヤさんですね。本当に外しません。
ここまでキラキラとした空間に音楽まであっては、さすがに派手すぎます。
そこに参列者がいたならば音楽もあってしかるべきでしょう。
しかし今回は、私と彼の二人だけ。
軽く周りを見れば、すでにスタッフさん達もどこかにいなくなっています。
なら、音はいりません。光だけで、もう十分です。
そして私は用意されていたブーケを手に、礼拝堂の中へと歩み始めます。
その先には、黒いタキシードをバシッとキメたユウヤさんが立っています。
ここで黒を選んでくる辺りも、花嫁を主役と捉えているからでしょうか。
まぁ、それでもユウヤさんは実に爽やかイケメン新郎さんなんですけどねー。
これを独り占めできるなんて、これは役得ですよ。確実に。
「待ってたよ、シイナ」
「はい、ユウヤさん……」
私は、壇上に上がって、彼の前に立ちました。
辺りに静けさが満ちる中、私とユウヤさん、二人だけの結婚式が始まります。
「綺麗だ」
ユウヤさんが、今の私を見て、そう呟きました。
「本当に綺麗だよ、シイナ。いつもは可愛いけど、今日は綺麗だ。見違えた」
「またそういう歯の浮くようなことを……。ユウヤさんもカッコいいですよ~だ」
「そうかな。嬉しいな」
私の言葉を素直に受け取って、ユウヤさんは照れ笑いを見せます。
そして、彼は私を向き合い、ブーケを持つ私の手に自分の両手を重ねてきます。
「本当は、お義父さんやお義母さんにも見てほしいけど、でも、ごめんな。今日だけは、今回だけは、俺に君を独り占めさせてほしい。二人の思い出にしたいんだ」
「わかってますよ。ええ、あなたはそういう人です。本当、独占欲の塊ですよね」
「そう言わないでくれよ……。それだけ、君が好きなんだよ」
ユウヤさんが軽く苦笑します。
そうしたいのは私ですよ。はいはいって感じで。ええ、全く。
「で、ユウヤさん、アレやるんですか、アレ」
「アレ、とは?」
「健やかなるときも~、病めるときも~、みたいなヤツです」
私が言うと、ユウヤさんは一瞬真顔になって、直後にプッと噴き出しました。
「何でですかァ!?」
「いやぁ、そんな綺麗な格好してても、君はシイナだよな、やっぱり」
「当たり前じゃないですか! それが違ったら私は誰ですか!?」
「いや、ごめん。ごめんよ。そうだよな、君は俺が唯一愛する人、シイナだよな」
「ま~たそういう……。まぁ、いいですけどぉ~」
お互い、こんな恰好になってまで、私と彼の会話は変わりません。
そうですね、あなたとは一回添い遂げていますからね、今さら変わるはずないか。
そこに安心感もあり、懐かしさもあり、でも――、
「私達、結婚するんですね、ユウヤさん」
「そうだよ、シイナ。いつかまたここで、本物の結婚式を挙げるんだ」
「はい……」
私がうなずくと、ユウヤさんは柔らかく微笑んでくれます。
「今日のこれは、君に喜んでもらいたくて企画してみたんだが、どうかな?」
「最高です。本当に嬉しいです。私、ユウヤさんにもらってばかりですよ」
「そんなこと、気にしないでくれ、シイナ」
そして彼は、私の顔を覆うヴェールを上げて、私を見つめてきます。
「俺の妻になってくれる君を、俺は心から大事にしたい。それだけなんだ」
「ユウヤさん……」
ユウヤさんは私をまっすぐなまなざしで見つめて、ゆっくり顔を近づけてきます。
けれども、私はそれに応じる前に、彼に言いました。
「聞いてほしいことがあります、ユウヤさん」
「……シイナ?」
間を外されて、ユウヤさんは少し驚いたようでした。
でも、すぐに表情を引き締めて、聞く体勢を作ってくれます。
「私、ユウヤさんとこっちで再会してから、本当にもらってばっかりです。それに、二度も助けてもらって、私、あなたに何も返せていません」
「バカだな、そんなこと気にしないでいいって言ったろ。シイナ」
「ユウヤさんはそう言うでしょう。でも、私だってこれからはユウヤさんの隣に立って、一緒に歩いていくんですから、何もできないのは心苦しいんですよ……」
私が少し顔を俯かせると、ユウヤさんは「シイナ……」と私の名を呟きます。
「だから、ユウヤさんのために、私ができることを考えてみたんです」
「それだけでも、俺にとっては本当に嬉しいことなんだけどな……」
多少の困惑を交えつつも、声に嬉しさをにじませるユウヤさん。
そんな彼を見上げて、私は決意を込めて言います。
「ユウヤさん。私に、あなたのお手伝いをさせてください」
「お手伝い……。まさか」
私の言ったことの意味を、彼はすぐに察したようでした。顔に驚きが浮かびます。
「君は、俺の仕事のことを占ってくれるっていうのか、シイナ!」
「そうです。私にできることの中で、それが一番ユウヤさんのお役に立てますから」
私が提案したのは、彼の仕事の吉兆を占うこと。
異世界では、彼から頼まれて何度もやっていたことです。
「シイナ、本気なのか……?」
ユウヤさんが、眉根を寄せて尋ねてきます。
異世界では私はそれを苦痛と共にやっていました。かなり辛かった記憶です。
でも、ユウヤさんはそれを謝ってくれました。
二度と、私を商売の道具にしないと、誓ってもくれました。今だってそうです。
「ユウヤさんは反対するかもしれませんけど、私にできることって、本当にこれだけですから。ここまで私に誠意を見せてくれたあなたに、私も誠意を返したいんです」
「シイナ……」
言葉を重ねる私に、ユウヤさんはしばし唖然となっていました。
そして、瞳を潤ませて、彼は私に身を寄せてうなずきます。
「ありがとう、シイナ。本当はそんなこと、させたくないけど。君がそう言ってくれるなら、俺は君からのその誠意を、ありがたく受け取ることにするよ!」
「ユウヤさん……」
私の手に重ねられた彼の手に、グッと力がこもるのがわかりました。
本当に嬉しそうに笑ってくれる彼を見上げ、一緒に笑顔になって、告げました。
「これで、計画達成ですね。おめでとうございます。このクソボケ野郎」
「え……?」
ユウヤさんの顔から笑みが消えるのが、少し、爽快でした。
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