第174話 人生に妥協は必要だと思いますか?

 私が見上げる先で、クソボケ野郎が呆けております。本当にクソボケですね。

 どうも、ウェディングドレスだけは少し嬉しい占い師のシイナ・バーンズです。


 今回も引き続き、こちら、夜のキラキラ絢爛教会よりお送りいたします。

 いや~、それにしても、本当に私ってナメられてたんですねー。


「俺は、君を二度と道具にするつもりは……」

「知ってます知ってます。あなたからそれを求めてくることは二度とないですよね。二度と。だって、私からそれを言わせるのが、あなたの計画なワケですから」


 そう、そうなんです。

 自分から言うではなく、私から『占いをすること』を提案させる。

 それが、目の前のクソボケ野郎の目論見だったんですよ。


「そんなワケがないだろう! 俺は、君を本気で愛して……!」

「じゃあ今のだって断ってくださいよ! それが筋でしょ? 厚意だけ受け取っておくとか、そういう感じで締める流れだったでしょうに。喜色満面で受け取るとか!」


 いやぁ、わかり切っていた展開とはいえ、実際に立ち会ってみると浅ましいなー。

 わかってたけどー、こうなること、わかってはいましたけどー。


「き、君がそうしたいと言ってきたんだろう!」

「そうですよ。あなたがそう仕向けた通りにね。ええ、そこもわかってます」


 取り乱すユウヤさんを、私は白けた目で見つめます。


「あなたと再会してから今日まで、ユウヤさんは私に色々してくれましたよね。プレゼントに、デートに、二回も私を助けてくれて、プロポーズに、この結婚式に」

「それは、君が好きだからだよ。喜んでもらいたくてしたことだ!」


 と、ユウヤさんは反論してきますが、それもまぁ、間違ってはいないのです。

 そして同時に私は思うのです。ものは言いようって、真理ですねぇ。


「ユウヤさんが私を喜ばせようとしてたのは本当でしょう。でも、狙いはその先ですよね。私に恩を感じさせること。それが、あなたの本当の目的だったんでしょ?」

「な……」


 ユウヤさんが、私の指摘に絶句します。

 でも、どうリアクションされても、私の中の確信は揺らぎませんよ。


「私って、押されると弱いタイプですから。恩を受けてばっかりの状況じゃ、絶対に何かお返ししなきゃって思いますよ。ユウヤさんはそこにつけ込もうとしたワケですよね。私に恩を着せて、そのお返しとして、私に占わせようとしたんです」

「そんなことはない。それはさすがに穿ち過ぎだ、シイナ!」


 一度は取り乱したユウヤさんですが、ここはさすがですね。

 早々に立ち直って、真っ向から私の言葉を否定してきました。大したものです。

 でもね?


「私だけで、この結論に至ったと思いますか?」

「な、何……?」

「さっき、ホテルでご挨拶したときに、母様も見抜いてましたよ。ユウヤさんのクッサい三文芝居。あの人、世界最高値の娼婦だった人ですよ? 演技に関しては一線級の大女優だって足下に及びませんよ。本気で騙せると思ってたんですか?」


 もし本気でそう思ってたなら、おめでたい通り越して憐れんじゃいますよ、私。

 アレです。もののあはれってヤツです。ちょっと違うかもしれません。


 ま、その母様まで騙し通すのがタクマ君の『普通』の仮面だったワケですが。

 それを踏まえて考えると、ユウヤさんのダイコンっぷりがいっそ面白いですねー!


「惜しかったですね、ユウヤさん」

「…………」

「もし、さっきのやり取りの中で私の提案を蹴っていたら、私、あなたを見直してましたよ。そして、時間はかかるかもしれないけど、あなたに今と同じ提案を、今度こそ本気でしていたかもしれません。引っかけでなく、あなたへの感謝の証として」


 ま、そんなモノ、実際はなかったワケですけどね。


「でもこれで、私があなたに感謝を覚える未来はなくなりました。自分の手であり得たかもしれない可能性を握り潰したご感想はいかがですか、ユウヤさん?」

「何で……」


 にこやかに笑って告げる私に、ユウヤさんは呆然となりながら問いかけます。

 その意味を一瞬で察せれたのは、一度添い遂げた仲だから。


「二回目ですよ」

「に、かいめ……?」

「そうです。私が駅ビルの屋上で、ジルーの手下に追い詰められたとき、ユウヤさんはいち早く駆けつけて、私を助けようとしてくれました。そのとき、気づきました」


 私は連絡していないのに、この人は最高のタイミングで駆けつけてくれました。

 そこに、私は喜びよりも先に大きな疑念を抱いたのです。


「あれはいくら何でもやりすぎですよ、ユウヤさん。十代くらいの子なら、運命を感じるのかもしれませんが、生憎私はそこに夢を見ちゃうお年頃じゃないんです」


 残念ながら、非常に残念ながら、そんなお年頃はもうとっくに過ぎました!

 私は、内心をグッとこらえながらユウヤさんの言葉を待ちます。


「……感じたんだよ。胸騒ぎがしたんだ。君が危ない、って」


 わ~、臆面もなくよく言えますねぇ。そんなこと。


「あのですね、ユウヤさん。仮にあなたの言う通りだったとして、どうして私が屋上にいることがわかったんですか? 飛んで駆けつけた、とかはなしですよ? あなた自身、強くないんですから。あのときは飛んでるヤカラがたくさんいましたよね?」


 これが、父様とかタマキ姉様だったらまだわかります。

 ヤカラ程度、あの人達には雑魚にもなりません。でもユウヤさんは違います。

 モンスターの巣に自ら飛び込むようなモノです。ただの自殺行為ですよ。


「あのとき、あの場所に、あのタイミングで駆けつけた。それ自体が、すでに怪しいんです。私からすると。……ユウヤさん、実は裏でジルーと繋がってましたよね?」

「な、そ、それはさすがに飛躍しすぎだろう、シイナ!」


 ユウヤさんが気色ばんで私に向かって声を荒げます。

 はいはい、しらばっくれるのもわかってましたよ。じゃ、証拠出しますかね~。


「はい、これ、どうぞ」


 収納空間から取り出した数枚の写真を、ユウヤさんにお見せします。


「ジルーの工房の中を撮影したものです。設備、色々揃ってますよね~。私は錬金術はわかりませんけど、それでもこれだけのものとなれば、大変な金額ですよ~?」

「それはあの男が麻薬の密売で稼いだ金だろう? 俺の知ったことじゃない!」


 ですよね。そういうかわし方はしてきますよね。もちろんそれも、知ってました。


「十億ですって」

「何が、だ?」

「ですから、この設備の値段です。スダレ姉様に調べていただきました。総額十億円ほどになるそうです。いくら密売人でもその金額は無理ですよ」


 ここ、麻薬天国の南米じゃなくて、日本なんですよ?


「誰かが、ジルーに多額の資金を供給してたんですよ。それは誰なんでしょうね?」

「……お、俺は知らない」


 しかし、ここまで詰めても、ユウヤさんは認めようとはしませんでした。

 あくまでも自分は、私を思って行動した。そう言い張るつもりなんでしょうね。


「わかりました。仕方がないですね。最後の手です」


 私は小さく息をついて、切り札を切ることにしました。

 これは、私以外には知らないこと。

 父様も母様も、スダレ姉様ですら知らない、ユウヤさんの秘密です。


「実は、私を商売の道具にすることで、バーンズ家に見えない復讐をする意図もあったんじゃないですか。ねぇ、ユウヤさん。――ユウヤ・クレヴォスさん?」

「…………ッッ!?」


 ユウヤさんが、目を丸くして息を飲みました。

 その反応、もはや言い訳のしようもありません。彼は、逃げ場を失いました。


「何で、それを……ッ」

「あのですね、私とあなたは一回添い遂げてるんですよ? あなたが秘密にしてることくらい、知る機会はありましたよ! ええ、掃除中に日記を見つけちゃったんですけどね! ちょっとそれを覗いちゃったんですけどね! それはごめんなさい!」


 まぁ、そこについては思い出したのは本当につい最近です。

 父様に『浮気騒動』の話を聞いて、クレヴォスという名前に既視感を覚えました。

 そしてユウヤさんと再会して、三日くらい前でしょうか、思い出したの。


「あなたは、バルボ・クレヴォスの愛人の子。それも、生まれたのはバルボが父様に仕返しをされたあとの話。直接はバルボを知っているわけじゃないんですよね?」

「ああ、その通りだよ。こうなったら、もう隠し通せないな……」


 そう言って、ユウヤさんが顔に口角を吊り上げます。気配が、変わった?


「まぁ、いいか。計画を知られていたのは意外だったけど、だからって何が変わるワケでもないしな。俺は、依然として君の彼氏で、婚約者だ」

「……何を、言ってるんですか?」


 え、ここまでやらかしておいて、この人は何をのたまってるんです?


「いやぁ、考えてみてほしいんだよ、シイナ。俺は君の能力を欲している。今もだ。でも、前世での教訓は生かすべきだ。同じことを繰り返したら、今度こそバーンズ家を敵に回すことになる。だから、君から言ってくれるよう仕向けたワケだ」

「ついに認めましたね。ええ、知ってましたけど。それがどうしたんですか?」

「それは俺のセリフだよ」


 は?


「俺は君から『占いたい』と言わせるよう仕向け、失敗した。……で? だからなんだっていうんだ。それがどうしたんだ? 俺は君に何か不利益を与えたのか?」

「……はぁ!?」


 な、何を言い出しやがりますか、この大根役者は……!


「今のところ、俺は君を大事に扱ってる。その事実は、君も認めてくれるはずだ。確かに俺の目論見は外れて計画は破綻したが、その上で誓うよ。俺は、今後も今までのように君を大事にし続ける。最高のパートナーとして、君に幸福を贈り続ける、と」

「ななな、何を今さら! あなた、ジルーとの繋がりがあるでしょ!」


「ん? 知らないな。何か確たる証拠でも? いやぁ、密売人は儲かるらしいね!」

「い、いけしゃあしゃあと!? じゃあ、クレヴォスの息子だったことは? そこもシラを切る気ですか! 自分はクレヴォスじゃない、は通用しませんよ!」


「会ったこともない父親の仇を討つためにバーンズ家を敵に回すような愚を、俺が犯すと思うのか? それはさすがに俺を侮ってるよ、シイナ」

「くっ、ユウヤさん、あなたは、この期に及んで何を企んでいるんですか!」


 さすがに、ここでユウヤさんがここまで粘るとは思っていませんでした。

 おかしいなぁ、流れ的には私の勝ち確だったはずですよねぇ!?


「企みなんかないよ。今後も君を継続的に大事にして、恩を着せていくだけさ」

「あ、あなた……ッ!?」


 私の背筋を、戦慄が駆け抜けました。

 ユウヤさんの狙いがわかりました。この野郎、私と根競べするつもりですね!


「俺がこれからも変わることなく君を一人の女性として愛し、そして大切にする。すると君はどうなるかな? やがて着せられた恩の重さに耐えきれずこう言い出すはずだ。『わかりました。私の負けでいいです。お手伝いさせてください!』とね」


 む、むむむむむ、むぅ~……。

 確かに、そんなことを続けられたら、私はいつか根負けするかもしれません。

 私、ヒメノ姉様みたいにつよつよメンタルじゃないので……。


「だけど、それをわかっていて、私があなたと一緒にいると思うんですか?」

「逆にきくけど、俺を逃して、俺以上の優良物件を見つけられると思うか、シイナ」


 ぐふぅぅぅぅぅぅぅ~~!? い、痛いところを串刺しにぃぃぃぃぃ~~ッ!


「俺は超優良だぜ? こっちじゃ、あっちよりも成功してる。この先も、俺の人生は順風満帆そのものさ。さらにそこに君の占いが加われば、それこそGAFAをも凌ぐ可能性だってある。世界的な大富豪だ! 最高に特別な人間さ!」

「わ、私は『特別』になんてなりたくありません。『普通』でいいです!」


 そう反論すると、ユウヤさんは私を小馬鹿にしたような顔を浮かべます。


「またそれか。君は本当に小さい人間だな。真に特別な能力を持って生まれた、真に特別な人間なのに。何がそんなに嫌なんだ? 普通なんてつまらないぞ?」

「余計なお世話ですよ! 私は『普通』で十分。みんなと一緒でいいんです!」


「それは無理だろ」

「え……」


 ユウヤさんにそう断言されて、私は、大きく目を見開きました。


「シイナ。君以上に『特別』な人間なんて、この世界にはいないんだよ。上手く扱えば世界を握れるほどの能力を持って生まれた君が『普通』でなんていられるものか」

「ぅ、あ……」


 ィ、イヤ、そんなこと、言わないで。

 私は『普通』でいいんです。みんなと同じで、一緒で、いいんです。

 それなのに、何でみんな私を『特別』扱いしたがるんですか。何で……。


「それは、君が本当に『特別』だからだよ」


 私の表情から考えを読み取ったのか、ユウヤさんがさらに私を追い詰めます。


「君は『普通』にはなれない。神に通じる力を持つ君は、生まれたときから『特別』で、他の誰とも違う。君は『特別』で、『異質』で、『異端』なんだよ、シイナ」

「ち、違います! 私は『普通』、です。わ、私は――、私は……ッ!」

「君は『特別』だ」


 ――――ッ! 私、は……、とく、べ、つ……。


「だけど不安になることはない。俺がいる。君は『普通』じゃなく『特別』だけど、君だけが『特別』じゃない。俺がついてる。俺も君と一緒に『特別』になるよ」

「ユウヤ、さん……」


 ユウヤさんの言葉を聞いて、私の頭の中が徐々に白んでいきます。

 感覚がマヒしていって、物事を上手く考えられなくなっていきます……。


 でも、ぃ、いや、いやです。

 私一人だけが違うなんて、いやです。私は、みんなと一緒がいいです。


 だってみんなと違うことは『気持ち悪い』ことなんです。

 あの日、寝ている私にあの陰影カゲが言ったんです。


『変な子ね。気持ち悪いわ』


 ――って!


 その声が、いつまでも耳に残っていました。

 それが怖くて、とても怖くて、私は泣いてしまいました。


 人と違うことは、変なことなんです。

 そして、変なことは、気持ち悪いことなんです!


 だから、私は変じゃなくなりたいんです。気持ち悪い子になりたくないんです。

 私は、私は『特別』はいやです。いやなんです……ッ!


「君は『特別』であることからは逃れられないよ、シイナ。だからせめて、俺と一緒に『特別』で在り続けよう。俺は、決して君を一人にはしないよ」

「ぁ、あ……」


 痺れ切った頭の中に、ユウヤさんの言葉がスッと入り込んできます。

 そうなんですね。私は『普通』にはなれないんですね。


 でも、私にはユウヤさんがいてくれる。

 彼が一緒に『特別』でいてくれるなら、それでいいのかも。妥協、できるかも。


「さぁ、シイナ」

「はい、ユウヤさん」


 私と彼は、向かい合います。

 この人のしたことは許せないけど、でも、やっぱり人生には妥協も必要ですよね。

 そうですよ、私は、この人と一緒に――、『特別』に……、



「させるか、ボケがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」



 教会の扉が開け放たれて、大きな声がして、突風が吹き荒れます。

 そして、そして――、……って、あ、あれ? あれェ!?


「シイナ、このバカ野郎! 床に走ってる魔法陣に気づけよ、おまえ!」

「え? あ……、あぁぁぁぁぁぁああああああああ――――ッ!?」


 ほ、本当です!

 タクマ君の言う通り、よく見れば床に魔法陣が走ってます!


 この魔法陣、術式からして催眠効果を持つ魔法ですね。

 そして、この礼拝堂に配置されている幾つかの照明器具からも魔力を感じます。


 照明から放たれる魔力光で魔力を充填して発動する仕掛け、ですか……。

 魔力光も一つ一つは微弱で、意識しなきゃ魔力を感じとれないようなレベルです。

 それを一か所に束ねることで魔力を供給していたのでしょう。


 あ、危なかったァ~~~~!

 タクマ君が、魔力供給用の照明を風で吹き飛ばさなきゃ、どうなっていたか。


 ――って、


「タクマ君ッッッッ!?」

「おっそ! 逆にこっちがびっくりするわ!?」


 本当に、父様そっくりの物言いをして、彼は苦み走った顔を見せます。


「な、何で? 何をしに、ここに……?」

「何って、決まってんだろ」


 戸惑う私に、タクマ君ははっきりと通る声で言いました。


新婦おまえをさらいに来たんだよ」

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