第160話 新進気鋭の若き社長、仁堂優也!

 ああうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあぁぁぁぁぁ~~~~ッ!


 や、やってしまいました……!

 よ、よ、よりによって、お仕事中にとんでもないミスをォ――――ッ!


 ぁぁ。

 しにたひ。


 はい、そんな感じで皆さん、どうも。

 お仕事を終えたばかりの、一般的な無能占い師のシイナ・バーンズです……。


 今は、お仕事を終えて宙色の駅ビルを出ようとしているところです。

 最近すっかり日が暮れるのが早くなりました。


 9月も上旬の終わりに差し掛かっています。

 ここから、もっと気温も下がって、過ごしやすくなるのでしょう。


 はぁ~、それにしても、やってしまいました。

 占い師ミスティック・しいな、最大にして最悪の失態をやらかしちゃいました!


 それは、今日の夕方頃のことです。

 いつも通り私は、自分のお店で占いをしていました。


 私の占いは、自分の能力で見た未来の断片をもとにしています。

 お客様からいただいた情報とその未来の断片を組み合わせ、解釈するのです。

 そして、お客様が知りたがって部分について語っていく。


 大体そんな感じなのですが、そこでやらかしたのです。

 やってこられたのは、若い女性の方でした。


「あの、恋愛運について占ってほしいんです……」


 とのことで、いつもならば内心やさぐれながら話を聞いたことでしょう。

 しかし、今現在は私も彼氏を得ようかという身。

 そうなると、不思議と嫉妬の念は沸かず、親身に話を聞くことができました。


 その上で、寄せられた相談は身につまされるものでした。

 何でもこのお客様、現在、とある男性にプロポーズを受けているとのことです。


 プ、プロポーズッ!

 あの伝説の、プロポーズ! 日本語に訳すると『求婚』になる、アレです!


 見たところ、お客様は私より四、五歳は若く見えました。

 そうかぁ、そんな年齢なのにプロポーズされちゃうのかー、すごぉ~い。


 と、話を聞いていた当初は思ったのです。

 しかし、ここからです。


 プロポーズしてくれたお相手は、何と、二人いらっしゃったのです!

 ま、眩しィィィィィィイ!? そんな人類が、存在しただなんてェ――――ッ!


 内心に嫉妬ではなく驚愕の絶叫を上げつつ、私は話を聞いていました。

 すると、その二人の男性が、お客様を悩ませていたのです。


 片や、お客様の幼馴染で、彼氏ではありませんが最も近しい友人だった方。

 片や、お客様の今の彼氏で、外資系の一流企業に勤める商社マンだそうです。


 先にプロポーズをしたのは、彼氏さんの方。当然ですね。

 そして、その話を幼馴染にしたら、何と幼馴染さんの方からもされた、と。


 何ですかソレ、その、異次元のリア充具合は。クソァ!

 と、少し前までの私ならば、そう思っていました。確実にね!


 でも、話を聞いているうちに、何というか、共感がモリモリになっていきました。

 彼氏さんの方は、懐事情が豊かで生活面で不安がないのが大きいようです。


 幼馴染さんの方は年収は並ですが、気持ちの面でお客様は彼に傾いています。

 何でも、ずっと幼馴染さんを好きだったけど、言い出せずじまいだったそうです。


 それで諦めて、今の彼氏さんと付き合い始めた、という経緯があるそうでした。

 だったら彼氏さんを選べばいいじゃないか、という向きもあるでしょう。

 しかし、人の心は単純なようで複雑で、だから占いなんてものがあるのです。


 彼女は悩んでいました。とても悩んでいました。

 今の彼氏さんに対する義理もあるし、自分の気持ちも大事にしたい。

 結局考えた末に、板挟みになって私のところに来たのです。


 こういった、今を悩む方に道筋を示すのが、占い師の役割の一つです。

 だから私は一生懸命占おうとしました。

 そして、私の頭の中に浮かんだのは――、タクマさんとユウヤさんの顔でした。


 あああああああああああああああああああああああああああああ~~……。


 だ、だって、だって、お客様の状況がちょっと私にかぶって見えたですモン!

 そして、私はやっちまったのです。私はお客様に尋ねられました。


「あの、あたしはどうすれば……、どちらに応えればいいんでしょうか?」


 私は切実に答えを求めるお客様に、こう返しました。


「……どっちがいいと思います?」


 真顔で、そう言ってしまいました。

 そのときのお客様の顔を、私は、一生忘れないと思います。


 ああああああああああああああああああああああああああああ!

 やっちゃったぁぁぁぁぁぁぁ~~、やっちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ~~!


 失態です。大失態です。

 ミスティック・しいながミステイク・しいなになった瞬間でした。


 いえ、そのあとでちゃんと占いはしましたよ。

 結局のところ、あのお客様は彼氏さんを選びます。そういう未来が見えました。


 自分の気持ちよりも安定した生活。

 それだって、もちろん正答の一つです。人は食わねば生きていけないのです。

 そして同時に、私も今の自分の立場を思い知らされました。


 ユウヤさんから告白されて、私は未だに返事をできずにいます。

 一方で、このことを考えるとどうしてもタクマさんのことが頭によぎるのです。

 つまり私はタクマさんとユウヤさんを天秤にかけているということです。


 ……最低では? 私、実は最低の女なのでは!?


 ち、ちゃんとしっかりとユウヤさんに向き合うべきなのに、私という女は……。

 スダレ姉様が東京に行っちゃってるのがかなり痛いです。どうしろってんですか。


「はぁ、と、とにかくちゃんと考えないと……」

「何を?」


「もちろん、ユウヤさんのことです。いつまでもお返事を保留にはできません」

「あ、俺のことちゃんと考えてくれてたのか。それは嬉しいな」


「当たり前じゃないですか! ちゃんと考えてますよ!」

「だよな。シイナは表向きヘンだけど中身は割と真面目だからな」


「そうですよ!」

「そうだよなぁ」


 …………あれ?


 と、思って隣を見ると、笑顔のユウヤさんが立っていました。

 それを知覚した瞬間、冗談ではなく、私はその場で跳び上がりました。


「ふんぎゃあ!? ユウヤさん、い、いつの間にィッ!」

「ふんぎゃあって……」


 目を真ん丸にする私を見て、ユウヤさんはおかしそうに笑みを深めます。

 こ、これは恥ずかしい。顔があっという間に灼熱の様相を呈します。

 きっと、今の私の顔面は触れれば火傷するダメージゾーンです。あっつぅい……。


「そんな、真っ赤になることないだろ?」

「真っ赤になるに決まってるじゃないですかぁ! 何なんですかぁ!?」


 恥ずかしいのをごまかしたくて、私はついつい大声でわめいてしまいました。

 ぐはぁ、恥に恥を重ねているようにしか思えません。


「いや、仕事で駅まで来る用事があったからさ、そういえばシイナが駅ビルで働いてるって聞いたから、もしかしたら会えるかなって思って来てみたら、な」

「れ、連絡くださいよぉ~……」


 今の私、めちゃめちゃ普段の格好なんですけど?

 ユウヤさん、前のデートの時と同じくらい、ピシッとしてるんですけど!?


 もうね、格差ですよ、格差!

 経済格差、センスの格差、服装の格差、人としての格差、全ての意味で格差です!


「うん、イイな。やっぱりシイナは、普段の姿でも綺麗だ」


 泣きたくなってる私に、ユウヤさんはあごに手を当てそんなことを言ってきます。

 何ですかソレェ、新手のいじめですかァ!?


「ああ、そうだ。それと、これを渡してなかったよな」


 もはや身動きが取れなくなっていると、ユウヤさんが私に名刺を差し出しました。

 そういえば前回はもらってませんでした。社会人として、受け取っておきます。

 そこには、企業名と共に『CEO 仁堂優也じんどう ゆうや』とありました。


 CEO!

 私、この肩書きをリアルで使ってる人、初めて見ましたよ!


「うわぁ、本物のしぃーいぃーおぉーなんですねぇ~」

「やめろよ、そのベタなひらがな読み……」


 何ですか、何が悪いんですか!?

 こう見えて私、英語の授業は苦手な部類なんですよ! 現国が得意でした!


 それから、私はユウヤさんと一緒に街を歩きます。

 ここは、前回デートした場所とは違う、いつもの繁華街。私のグラウンドです。

 つまり今回の主導権はほかならぬ私。そう、考えていました。


「なぁ、シイナ。今日は答えを期待していいのか?」

「ああうあうあうあうあうあ~~~~!?」


 私が得ていたはずのイニシアチブが、一瞬にして消し飛びました。

 途端に余裕をなくした私は、人の姿をしたアシカになってしまいます。


「あの、それは……」

「もちろん、答えが出るまで、いつまででも待つつもりでいる。でも、答えてもらえるなら、早くそれを知りたいと思ってる俺がいることも、わかってくれると嬉しい」


 ユウヤさんは、少しだけ眉根を下げて言ってきました。

 急かしているのではないことは、その様子から理解できます。

 同時に、切実に私の答えを欲していることも、伝わってきてしまうのです。


 私は、彼に何と答えるべきなのでしょう。

 こんなとき、タクマさんならどんな風に対応するでしょうか。


 あの人は、本当にコミュ力の鬼ですからねー。

 誰とでも仲良くなれる才能、本当に羨ましいです。タクマさん……。

 でも、あの人とは8月の終わり以降、会うどころか連絡も取れていません。


 彼とは結局、何も話せないまま、今日です。

 いえ、そもそも連絡を取ったところで、まともに話せるかも怪しいです。

 だって、今、彼のそばにはマヤさんがいるのです。


 マヤ・ピヴェルさん。

 異世界で、タクマさんの奥様だった人です。


 事情は、母様から聞いています。

 厄介な錬金術師に目をつけられた、可哀相な被害者である、と。


 でも、何でタクマさんに預けるんですか。それが、私にはわかりません。

 だってマヤさんとタクマさんは、夫婦としては一度破局を迎えているんですよ。


 なのに、どうして――、

 なんていうこと、思いはしても、口に出せるはずがありません。


 今の私に、タクマさんとマヤさんをどうこう言う資格なんて、ありませんよ。

 こうなれば、私が一人で答えを出すしかありません。ああでも、どうすれば……。


「わっ」


 俯きながら歩いていたら、人にぶつかってしまいました。


「す、すみません。ちょっと考えごとを……」

「……オンナ」

「へ?」


 急に聞こえた変な声に、私は顔を上げます。

 するとそこに、血走った目をした、背の高い男の人が立っていました。


「何だ、こいつ……?」


 明らかに様子のおかしい男性に、ユウヤさんも眉根を寄せます。

 男性は、いきなり身体をガクガク震わして、大きく剥いた目を光らせ――、え?


「ま、魔力、そんな……!?」

「ヘラ、ヘヘヘ、ヘヘ、ォ、オンナ、血、血ィ、よ、よこ……、せ!」


 よだれを垂らしながら、その男性が私に向かって手を伸ばそうとします。

 その身から溢れる、大量の魔力。もしかして、これ、母様が言ってた……!?


「おまえ、何をする気だ!」


 ユウヤさんが、男性と私の間に割って入ってきました。

 すると、笑っていた男性の顔がいきなり憤怒に歪み、ユウヤさんの胸倉をッ!


「邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 絶叫と共に、男性がユウヤさんの顔を殴りつけました。

 ガツッ、という鈍い音が、私の耳朶を打ちます。


「ユ、ユウヤさんッ!?」


 私は悲鳴をあげると、男性はこっちを向いて私に近づいて来ようとします。


「させるかぁ!」


 それを、立ち上がったユウヤさんが横からタックルをして阻みます。

 男性は剥いたままの目をギョロリと彼に向けて、さらにもう一度殴りつけました。


「邪魔、すんなっつってんだよォォォォォォォォォォォ――――ッ!」

「ぐぅッ、あ……!?」

「そんなに死にてぇなら、おまえから殺してやるよォ~~~~!」


 男性が、倒れたユウヤさんに馬乗りになって、動けない彼を殴り始めました。


「イヤァァァァァァァァァ!? ユウヤさァ――――んッ!」

「シ、ィナ、に、逃げ……、ぐ、うぐぁ……! がはッ……、ぁ……!」


 暴漢に幾度も殴られながら、でも、ユウヤさんは私にそう言ってくれました。

 だけどそんなの、できるはずがありません。

 私は、周りに人がいることも忘れて、大声で叫んでいました。


「――縛れッ!」


 私の収納空間アイテムボックスから飛び出した魔法の鎖が、暴漢を縛り上げました。


「な、ぅ、ぉ。動け……、な……!? 何だよ、これェェェェ……!」

「え、何、今の鎖、どこから?」

「何で、あの男の方が縛り上げられてるんだ!?」


 もがく男の声に、周りの人々が驚く反応。

 でも、今の私にはそんなものは目に入りません。耳に届きません。


「ユウヤさん!」


 私は、地面に倒れたままのユウヤさんを抱き起こすと、飛翔の魔法で、空へ。

 そのまま、誰もいない駅ビルの屋上まで上がっていきました。


「ぅ……」

「何でです、ユウヤさん、どうしてあんな無茶を……!?」


 屋上の一角で彼を寝かせ、私は急いで回復魔法を使おうとします。

 散々に殴られて、ユウヤさんの端正な顔が血と腫れですっかり歪んでいます。

 本当に、何でこんな……!


「シィ、ナ……」


 目が見えているかもわからないユウヤさんが、虚空に向かって手を伸ばします。

 私はそれっを両手で握り締め、声を張り上げました。


「私は、ここにいます! ユウヤさん、すぐに傷を治して……!」

「シイナ、君が、好きなんだ……」

「え――」


 その言葉に、私の呼吸が、止まりました。


「君が好きなんだ、シイナ……」


 ユウヤさんは、意識が朦朧としているようでした。

 顔の形が変わるまで殴られたのですから、そうなるのは当然です。


「俺は、今度こそ、君の本当のパートナーに、なりたいんだ……」

「ユウヤ、さん……」


 なのに、何でです?

 どうして、そんなことを言うんです?


「私なんかの、どこがいいんですか……」

「シイナだから、好きなんだ」


 涙ぐむ私に、まるで応じるかのような、ユウヤさんのその言葉。

 これはもうダメだと思いました。私はもう、これ以上、抗うことができません。


「――待たせてごめんなさい、ユウヤさん。私、あなたとお付き合いします」


 彼の手を強く握りしめて、私は答えを告げました。

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