第158.5話 君もこれを飲んでトクベツになろう!

 マヤがタクマとアキラに保護されてから、数日が経過した頃のこと。

 ケントとヒメノが通う宙色第一中学校にて。


「なぁ~んかよ……」


 校舎裏、どの教室からも死角になっているそこに、不良達のたまり場はあった。

 ちょっとした広さを持つそこには、今は三人の中学生が集まっている。


「面白ェことねぇかぁ~?」


 言ったのは、三人の中でのリーダー格。

 この学校の三年生、沢木勝義さわき かつよしであった。


 中学生にしては大柄で、頭も悪くはない。

 そんな彼は、事実上、この第一中学でアタマを張っていた。トップということだ。


「またそれかよぉ、カッちゃん……」

「こないだからず~っとそればっかじゃね? どしたよ?」


 勝義と同学年の舎弟二人が、ややうんざり顔で彼を見る。

 どちらも髪を染め、耳にはピアス。中学生にしてはイキった恰好をしている。


 三人とも三年で、受験を控えているが、そんなモノに時間を割きたくなかった。

 特に勝義は今しかできないことを今楽しみたいと思っていた。


「どうしたもこうしたもよ~、二学期になってから何もねぇじゃんか」


 煙草に火をつけ、勝義は言う。

 積み上げたタイヤを椅子代わりにして、彼はプハァと煙を吐いた。


「ちょっと前はよぉ~、色々あったじゃねぇか。この街」

「あ~、まぁなぁ、本当に色々あったけどさ……」


 彼らが言う色々とは、宙色市の裏側を騒がせた数々の事件のことだ。

 要するに、アキラがやった諸々を指している。


「それがおまえ、夏になったらパタッと消えてさ~、つまんねぇんだよ」


 ありていにいえば、刺激が足りない。ヒマ。退屈。でも勉強はゴメンだ。


「別にカッちゃんが当事者ってワケじゃないじゃん……」

「う~るっせぇなぁ、俺はそういう事件を俯瞰するのが好きなんだよ。考察勢なの」


 また無駄に識者ぶる。

 何かにつけては訳知り顔で講釈を垂れようとするのが、勝義の悪いクセだ。

 しかもおおよそ、その内容は大きく的を外れている。


「事件っていえばさー、ウチの二年がアサチューに絡まれたって話、聞いたか?」

「あ~ん、何だそりゃあ?」


 舎弟の一人が言い出したのは、勝義にとっては初耳となる話だった。

 アサチューとは、第一中学からほど近い学区にある朝星中学あさぼしちゅうがくのことだ。


「ほら、一年にいるじゃん? あの『眞千草の姫君』」

「いるなぁ、あのクソ可愛い女な。一年じゃなけりゃ、俺のオンナにしてたぜ」


「何で一年じゃダメなんだよ?」

「バ~カ、おまえ、中一なんて小学生に毛が生えたガキだろ。オンナは中二からだ」

「そういうもんかなぁ……」


 何か釈然としないものを感じつつ、舎弟は話を続ける。


「で、その姫君を狙ってるアサチューの三年が目撃したらしいんだよ」

「何を?」

「姫君がオトコと一緒に歩いてるところ。そのオトコってのが、二年らしいぜ」


 単純に、帰り道の方向が同じだったヒメノとケントが一緒に歩いていただけだ。

 が、そんな事情を知る由もない不良達は、口々に勝手な妄想を喋り立てる。


「オイオイ、マジかよ、姫君にカレシってか!?」

「しかもウチの二年かよ。誰だよ、その野郎」

「それがさー、そのアサチューの三年が突っかかったらしいんだよ、その二年に」


 なるほど、その二年がアサチューの三年にボコられたってことか。

 さもありなん。

 かの『眞千草の姫君』を射止めるような男だ、他の野郎に狙われて当然だ。


 しかし、勝義はこの学校のトップとして、その二年の仇を討つ使命があった。

 当然それは彼自身の独りよがりな使命感でしかないのだけど。


「そのアサチューのヤツの名前わかるか? ちょいと俺が叩いてやるよ」

「あー、それがさー、カッちゃん」


 だが、半分以上は退屈を紛らわすことが目的の彼に、舎弟が待ったをかける。


「あ? 何よ?」

「ボコしちゃったらしいぜ」


「ああ、だからアサチューの三年が、ウチの二年をだろ?」

「いやその逆」

「逆?」


「その二年が、アサチューの三年をボコして泣かしちゃったらしい」

「……マジで?」


 思いがけない舎弟の話に、勝義は目を丸くする。

 アサチューは第一中学よりもグレードが低いヤンキー校として知られる。


 その三年ともなれば、相応に喧嘩慣れしているはずだ。

 なのに、負けた。どころか泣かされた。それは勝義にとっても意外すぎた。


「よし、その二年に喧嘩売ろうぜ。俺の後継者の器かもしれねぇ」

「何でそうなるんだよ、この脳筋野郎は。暇つぶししたいだけだろ、絶対」


 舎弟の言葉がまさに正鵠を射てるのだが、勝義は「違ェわ!」と否定する。

 そこに、四人目の男がやってくる。

 サングラスをかけた、よれたシャツを着た背の高いロン毛の男だった。


「あ。沼澤さん、チーッス!」

「「チーッス!」」


 座っていた勝義含む三人は立ち上がって、深くお辞儀をした。

 現れたのは、去年まで第一中学のアタマを張っていた沼澤という高校生だった。

 宙色市の不良の憧れの的であるマガコーに進んだ、エリートヤンキーである。


「よぉ、おまえら。元気してっか?」

「元気ですよー、俺は! ほら、この通り!」

「何でわざわざ力こぶ作ってんだよ。おまえ成績悪くないクセにバカだよな」


 グッグと力こぶを作る勝義に、沼澤が呆れつつ言う。

 舎弟は心の中で「もっと言って、もっと!」と訴えていた。二人とも。


「今日はよぉ、おまえらのために面白いモン持ってきたぜ」

「え、何すか何すか?」


 何だかんだ言いつつ勝義同様にヒマをもてあましていた舎弟も、沼澤に注目する。

 沼澤がポケットから出したのは、ゴムでまとめられた錠剤入りのシートだった。

 何やら、毒々しい赤い色の錠剤が、そこに入っている。


「こいつは『再誕の赤リボーン・ブラッド』っていうんだ」


 笑ってそう説明する沼澤だが、勝義達は揃って反応を寄越さなかった。

 ただ、その錠剤を食い入るように見つめて、顔色を青くしている。


「何だおまえら、その反応」

「いや、沼澤さん、あの、これ、その、ク、クスリ……」

「ああ、そうだが?」


 こともなげに、沼澤はうなずく。

 中学校にドラッグを持ち込む卒業生。そんな異常事態を、まるで気にもせず。


「ヤバイっすよ、こんなの……」

「お、俺ら、知らないっすよ? 俺、関係ないから……!」


 勝義達三人が、腰を浮かせてその場から逃げようとする。

 さすがに、ドラッグの危険性は精神的に幼い彼らでも理解している。


 関わり合いになどなりたくない。早々に立ち去るのが吉。

 勝義までもがそう判断し、この場を離れようとする。

 だが、沼澤は彼らに向かって、ヘラヘラ笑いながら明るい調子でこう告げる。


「何だおまえら、つまんねぇなぁ。その反応、まるっきり『普通』じゃねぇか」

「……何ですって?」


 取るに足らない挑発だったが、勝義はそれにカチンと来てしまう。

 彼は『普通』扱いされることを嫌う。

 周りの連中と同じであると断じられることに、怒りを覚えるタイプの人間だ。


「ち、ちょっと、カッちゃん……」

「オイ、沼澤さん、あんた、今なんて言った。去年、俺に負けたクセに」


 舎弟が止めるのもきかずに、勝義はズカズカと沼澤に近づいていく。

 彼は、自分の強さに自信があった。そして何より、本質的に相手を下見ていた。


 最高学年といえど、彼らは中学生。

 まだまだ、腕っぷしこそが強さであると勘違いしている年代だ。


「忘れたなぁ、そんなこと」


 それに対して、沼澤はあくまでも余裕だった。

 手にしていたシートから赤い錠剤を一つ取り出し、彼はそれを口の中に放り込む。

 ガリ、という噛み砕く音が、勝義達にまで届いた。


「何、のん気にオクスリ飲んでんだよ、沼澤ァ!」


 キレた勝義が、沼澤に殴りかかろうとする。

 しかし次の瞬間、拳を振りかぶった体勢のまま、彼はピシッと硬直してしまった。


「…………は?」

「ぇ、か、らだ、が……?」


 勝義だけではない。

 止めに入ろうとした舎弟二人までもが、その場から動けなくなっていた。


「クックック、去年おまえに、俺が、何だって……?」


 逆側のポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、沼澤がその刃を外に出す。

 そして、彼は笑いながら勝義の前に立って、ナイフの切っ先をかざした。

 ジリジリと、その刃が勝義の眼前に迫っていく。


「ぅ、ぁ、あぁ……ッ」


 動けない。勝義は動けない。動けないまま、迫る切っ先を間近に見るしかない。


「逃げられるか? 逃げられないだろ? 泣きたいか? 泣けないよなぁ? クックック、おまえ達は今、俺のチカラで動けなくなってるんだぜ。この俺の力でな」


 ドラッグをポケットにしまい込み、沼澤はサングラスを外す。

 勝義達は見た。沼澤の瞳が、ハッキリと赤く輝いている、そのサマを。


「ほらよ、動けるようにしてやるよ」


 沼澤の瞳から光が失せる。

 と、同時に、勝義達を束縛していた目に見えない力は消えて、彼らは解放される。


「いてッ!」


 そのまま投げ出されて尻もちをついた勝義を、沼澤が見下ろした。


「どうだ、去年、俺に勝った勝義君よ。俺のチカラはすげぇだろ~?」

「な、何だよ、今のは……、何なんだよ、あんたはッ!?」


 勝ち誇る沼澤に、勝義はイキがることも抗うこともできない。

 ただ、自分を見下ろす先輩が、人ではない怪物のように思えて仕方がなかった。


「全部、こいつのおかげさ」


 言って、沼澤は再び赤い錠剤を勝義達に見せつける。

 そして彼は、後輩三人の目が錠剤に釘付けになったのを確認してから、告げた。


「もう一回だけ言ってやる。こいつは『再誕の赤』――」


 沼澤の顔にけだものめいた笑みが浮かぶ。


「『普通』の人間のおまえを『トクベツ』にしてくれるクスリさ」

「とく、べつ……」


 勝義の目に羨望の光が宿ったのを、沼澤は見逃さなかった。

 すでに『赤の汚染』は、少しずつ広まりつつあった。

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