第158話 こうして彼はスマホを契約することになった
アパートに戻ると、ミフユが玄関前で待っていた。
「あれ、起きてたん?」
「タクマから電話があったのよ。一応、ザッと話は聞いたわ」
腕組みしながらミフユは言うと、軽くあくびをして俺の家のドアを開ける。
「タマキは寝てるから、こっちで話しましょ」
「もうなんか、ウチって普通におまえの家でもあるよなー」
「お義母様のお許しももらってるからいいのよ」
「そーね、今日はお袋もいないしね」
本日、お袋はシンラの家にお泊りである。
シンラが立てた交際計画の一環として、週一で風見家にお泊りに行っている。
これはシンラとお袋ではなく、ひなたとお袋を慣れさせるためだって。
「シンラとお義母様、少しずつ進んでるわよねー」
「前世の息子がこっちで義父とか笑うんですけど、心底」
「反対しないあんたが悪いわね」
「まぁね。別に反対する理由もねぇしな~」
そう軽くダベりつつ、俺とミフユは家の中へ。
そして、今で向かい合って座る。
「で、タクマからどこまで聞いてる?」
「本当に触りだけよ。追われてたマヤちゃんと遭遇したことと、匿うってことだけ」
マジで最低限のことしか伝えてないの笑うわ。
俺は、ミフユに今夜出くわした事件の内容を改めて詳しく語って聞かせた。
「う~わ~、ジルー・ガットランとか、屈指に関わりたくない名前じゃないのよ~」
「残念ながら対決は決定で~す。ブチ殺してやろうぜェ!」
「……どうやって?」
ここで冷静にきいてくるミフユ。いいね、惚れちゃいそう。あ、惚れてたわ。
「スダレは、今は東京でしょ? 呼び戻すの? このために?」
「いや~、さすがにそれは酷でしょ。それに話を聞いた限りジルーの活動範囲は宙色じゃなくて天月が中心だ。あっちにゃまだスダレの情報結界も敷ききれてないだろ」
情報結界については、俺達も協力して徐々に広げてはいる。
しかし、さすがにまだ天月市全域を覆うには程遠い。
「つまりは、地道に探さないといけない、ってことよね~。笑えないわねぇ」
「そゆこと。見つけ次第、即時ブチ殺しだけどね。後顧の憂いをなくすためにも」
だが、ジルーが動いたとして、その片鱗を見つけることは難しくはない。
ジルーは自分が作った薬品によって起きる騒動を見るのが大好きな人格破綻者だ。
狡猾で、保身に長けている部分もあるが、根っこの部分では目立ちたがり。
自己主張の強いあいつは、必ず自分の犯行だという目印を残すはずだ。
かつて俺が『異階放逐』した、枡間井未来のように。
「ジルーのヤツ、どんな手で来ると思う?」
「まぁ、間違いなくドラッグ絡みだな。異世界でもヤツの常套手段だった」
戦乱の時代ってヤツは、とかく非合法の薬物が出回りやすい。
それは何故か。
戦乱がもたらす終わりのない不安や死の恐怖から、一時的でも逃れられるからだ。
そして、次に薬物が出回りやすいのが、長らく平和が続いた環境下だ。
こちらは逆に、退屈を紛らわす娯楽の一つとして、薬物の需要が高まりやすい。
要するに、異世界も令和の日本も、ジルーにとっちゃ動きやすい場所ってことだ。
おそらくだが、近々、天月か宙色で薬物被害が増加するはずだ。
俺達はそれまで静観するが、動きが見え次第、すぐに対応するつもりだった。
「マヤの腕には注射痕があった。ジルーはすでに一定量の『魔血』を入手してると見ていいだろうな。さて、どんなブツをこさえるんだか、あのマッドな錬金術師」
俺が遭遇した四人を見る限り、ロクでもないのは確定してるよなー。
「この話、菅谷真理恵には?」
「あ~、どうするかね……」
菅谷になら、話を通すことはできるだろう。
それで相手方の動きを少しでも牽制――、
「いや、無理か。警察は知らせるだけ無駄な可能性が高いな」
「何でよ?」
「おまえがジルーだとして、魔法も取り入れた新ドラッグを作ろうってときに、わざわざ警察に見つかるようなクスリ作るか? 俺だったらそんな間抜けはしないぜ?」
「……薬物検査にひっかからない薬物にする、ってこと?」
その通り。
俺が考えつくことを、専門職のジルーが考えつかないはずがない。
マヤの『魔血』で造られるのは、確実に『薬物検査をパスできるドラッグ』だ。
そうなると、警察は動けない。頼りにはできない。
「うわ~、こすいわねぇ~……」
「当然の備えだろ。ジルーが今回だけじゃなく、今後もこの国で動くなら」
「ホント、笑えないわねぇ。……それで、方針は?」
ミフユが、今後の俺達の動き方について改めて尋ねてくる。
俺も、状況を整理する意味でそれに答えることにする。
「まず無視する、ってのはナシ。ジルーが俺達を認識したら、確実に何か仕掛けてくる。異世界であいつを仕留めたのが、ウチの人間だからだ。ジルーは執念深い」
「あんた程じゃないけど、そうね」
ミフユの返しから負の信頼を感じるけど、気のせいかな?
まぁ、いいや。続き。
「ジルーのやろうとしてることを先んじて潰すのも、ナシ。そんな枝葉の部分に関わって、俺達の存在と対決方針を知られたら、ジルーは逃げる。そして今後にデカイ憂いを残すことになる。ジルーは今回、確実に潰しておくべきと俺は考える」
「うん、それも同意ね」
ここで俺達の存在に気づかれた上で逃げられるのが、最悪のパターンだ。
ジルーみたいな、何をしでかすかわからないヤツは早々に始末するのが一番いい。
「俺達がとる手段は『後の先』。ジルーの計画が動き出して、それが表面化した時点でこっちが速攻動く。そして、ジルーに気づかれる前に追い詰める」
「つまり、ジルーの計画の準備については見過ごすのね?」
「わざわざ動く理由、ある? 家族の誰かが巻き込まれたとか起きない限り、積極的に関わるのはマイナス要因の方がデカイだろ。なので、そこは好きにやらせるさ」
俺は肩をすくめて、ミフユにそう告げた。
これにて方針は決定。
マヤとジルーに関することと、この方針については明日の朝にでも皆に連絡する。
「う~ん、方針はわかったけど。そうなるとアレね~」
ミフユが、腕組みをして何やら難しい顔をしている。
「何ですかね、ババア?」
「こうなるといよいよあんたにはスマホが必要ね、ジジイ」
えっ。
「何よその『えっ』って顔は。あんたが今言った方針で動くなら、いつでも連絡取れる状態にしておかないと素早く動けないじゃない。それに、準備を見過ごすっていっても、重要な情報を掴めたらすぐに動くつもりなんでしょ、あんたなら」
「それは、そうだねぇ」
「じゃあスマホ、いるじゃない。スマホじゃなくても携帯電話」
む、むぅ、確かに。ミフユの言う通りではある。
魔力による念話も相手の顔が見えてないと使えないからなぁ……。
「ぐ、な、何かスマホって無駄に難しい印象あるんだけど、大丈夫かな……?」
「どこのお年寄りよ、あんたは……」
うわー、思いっきり白い目で見られてしまったー!
な、何だよー! 人はいつだって未知に恐怖を抱く愚かな生き物なんだぞ!
って、俺が思った、そのときだった。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
その音に、ミフユは身構え、俺はガルさんを取り出してミフユの前に立つ。
そうして数秒、玄関の向こうから、声が聞こえてきた。
「あ、あの、夜分遅く、ごめんなさい……。私、です……」
声は、シイナのものだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
妙におめかししたシイナが持ってきた話が、またビックリなものだった。
「男から告白されたァ!?」
「しかも、相手はあんたの旦那だった、あのユウヤさん?」
俺達がそれぞれリアクションを返すと、シイナは神妙な面持ちでうなずいた。
「……はぁ~、これはまた、何とも」
「それで、シイナ。あんたはユウヤさんに何て答えたの?」
「さすがに、すぐには答えられなくて、少し時間をください、と……」
散々カレシ欲しいとか騒いでたシイナが、今日ばかりはやけにしおらしい。
いや、まぁ、当然か。あっちでの旦那と再会した上、告白までされたとなれば。
そりゃあ、心穏やかじゃいられまい。
今は隣に座ってるミフユだって『出戻り』してすぐの頃は俺を遠ざけてたしな。
「…………」
俯き、固い顔つきのまま押し黙っているシイナ。
それに、ミフユが切り込んでいく。
「で、あんたはどうしたいの? 付き合いたいの? そうじゃないの?」
「――わかりません」
うなだれたまま、シイナはかぶりを振った。
「本当に、わからないんです。自分が、ユウヤさんのことをどう思ってるのか。彼が、どうしてこっちでも私を選ぼうとしてるのか、何もかもわからなくて、考えても混乱するばっかりで、自分だけじゃ、どうにもならなくて……」
「そう――」
ミフユは一度うなずき、腕を組んで考えこむ。
ユウヤ。ユウヤ・ブレナン。
シイナがお見合い結婚した商人の男で、異世界では二人は添い遂げたと聞く。
「告白されて、嬉しくなかったのかよ、シイナは?」
「それは、嬉しかったです。でも、驚きの方が大きかったです。何で私、みたいな」
う~む、相変わらず自己評価が低い。
俺からするとシイナもバッチリ可愛い部類に入ると思うんだがなー。
しかし、相手がユウヤとなればこれは聞かねばなるまい。
「なぁ、シイナ。夏におまえが言ってた件については、どうなんだ?」
「ユウヤさんが私を商売の道具にしていたこと、ですか?」
「ああ、それだ」
「その点については、あの人は真摯に謝ってくれました。その上で付き合いたいと」
「へぇ、謝ったのか、あいつ……」
「はい」
シイナが指摘するでもなく、自ら反省して謝ってきた。と。
それだけを聞くと、ユウヤのヤツはシイナに対して本気なようにも見える。
「シイナ」
「はい、何でしょうか、母様」
「あんた、好きな人でもいるの?」
「え……?」
ミフユのいきなりな質問に、シイナが固まる。だが、母親は娘にさらに切り込む。
「ユウヤさん、こっちでも事業をやってて、いわゆるセレブなんでしょ? さらに言うと顔もセンスもよくて、気遣いもできるって、どう考えても超優良物件じゃない」
「それは、はい、そうですね……」
シイナもそこは認める。
ま、話聞いてる限り、漫画の登場キャラかってくらいのイケメンっぷりだからな。
「その上で、過去のことも謝ってくれて、あんたに告白してきたなら、何であんたはその手を喜んで取ろうとしないのかしら。待望の彼氏ができるのよ?」
「それは……」
「でも、今のあんたはそんな嬉しそうには見えないのよ。だからきいたの、あんたに好きな人がいるかどうか。どうなのシイナ、本当は好きな人がいるんじゃないの?」
ズバズバ行くねェ、ミフユったら。
だけど、俺も同じことが気になっていた。シイナは何故、ここまで悩んでるんだ?
相手は非の打ち所がないイケメンで、過去についても反省している。
その上で、シイナを大事にすると言ってくれてるらしいし。
それだけを見れば、シイナが悩む要素、どこにもないように思えてしまう。
だが実際は、かなりの懊悩が見て取れる。悩む理由があるってことだ。
「シイナ?」
俯いたままのシイナに、ミフユが突っ込む。
すると、しばし黙りこくっていたシイナが思いっきり顔を上げた。
「そんな人いたら、とっくにそっちにアプローチかけてますよォ――――ッ!」
「きゃっ!」
「うぉぉ、びっくりしたぁ!?」
いきなり雄叫びあげるのやめてくれませんかねぇ、四女! 今、真夜中よ!
「何なんですか、母様。いじめですか? 真夜中に相談しに来た娘に対していじめでお返しですか? そんなね、好きな人とかいたら、私はこっちから仕掛けてますよ! アラサー女子のカレシ欲求を甘く見ないでくださいッ! 先週だって、短大の後輩から結婚のお知らせが来て、悔しさから一晩半飲み明かしたところなんですから!」
「そこはせめて一晩に収めなさいよ!?」
ああ、うん。はい。そうですね。
と、しか納得できない俺なんですけど――、
「じゃあユウヤと付き合えばいいんじゃないの?」
「そ、それは、そのぉ~……」
それを言った途端、シイナは急に勢いをなくして、俺から目を逸らした。
「ああいうパーフェクトイケメンを相手にすると、私の中の庶民ソウルが縮みあがると申しますか、恐縮しちゃうと申しますか……。私、一般人でしかないので~、ああいう人類の上位存在のそばにいていいのかな、それって『普通』なのかなって……」
「結局、自分に自信がないだけなのね、あんたは……」
ため息をつくミフユに、シイナがワッと泣き出す。
「そーですよォ~! 私は自分一人じゃ占いしかできないチキンなんですよ~! だから父様、母様、どうぞ愛する娘の私の背中を押してください。私は、どうするべきなんでしょうか、あの人と付き合っていいと思います? やめた方がいいです?」
「「いや、自分で決めて?」」
「イヤァァァァァァァァァァ――――ッ! 夫婦で異口同音ンンンンンンッ!?」
頭を抱えて絶叫するシイナ。
我が娘ながら面白いが、さすがにそれは自分で決めろ。としか言えない。
「全く、次から次へと、飽きさせないわよねぇ……」
「はへ? 次から次へと? ……私の他に、何かあったんですか?」
両手で頭を抱えていたシイナが、ミフユの言葉に反応して顔を上げる。
ちょうどいいから、今のうちにこいつにも今日あったことを話しておくとするか。
「ああ、実はな――」
そして俺は、マヤとの再会とジルーに関する一件についてシイナに語った。
「……マヤさんが、タクマ君のところに」
「ああ。それが現状ではベストだと判断して、な」
「そうなんですね。ほへ~。マヤさんかぁ、久しぶりに会ってみたいなぁ」
そういえばシイナもマヤとは仲がよかったっけな。
「あ、すいません。私、帰りますね」
「オイオイ、もうすぐ夜が明けるぜ。泊まってきゃいいじゃねえか」
「いえ、父様達にお話しできて少しスッキリしたので、今日は帰っておきます」
「そ、わかったわ。ちゃんと休むのよ?」
「はい、母様、父様。お休みなさい」
そして、シイナは帰っていった。何か、嵐みたいだったな、あいつ……。
「なぁ、ミフユはどう思うよ?」
「シイナのこと?」
「ああ、あいつ、またはぐらかしたよな」
はぐらかした。そう、シイナははぐらかした。
好きな男がいるのかどうか、その話題になるとあいつは話を逸らそうとする。
異世界でもそうだったし、今もまた、同じだった。
「これについてはいつもどおりよ、なるようにしかならないでしょ」
「だな……」
何か事情があることは、当然、わかっている。
だが、シイナがそれを話したくないのならばそれは仕方がない。俺達は聞かない。
俺達は親だが、子供達の心は、子供達のものなのだから。
「それよりもあんた」
「はい?」
「明日、逃げるんじゃないわよ。お義母様と一緒に、スマホ契約しに行くからね」
「…………はい」
こうして俺は、ついにスマホデビューを果たすことになったのだった。
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