第157話 慣れ親しんだ空気の中で、おまえと
四人の男達を始末した場所から少し離れて、車中。
ランプに照らされた車の中で、マヤが状況の説明を始める。
「……連中、実験体だったんだよね」
実験体という単語に、俺もタクマも、軽く眉をひそめる。
「実験? 何の?」
「あたしの『
言って、マヤは自分の左腕をまくる。
その肘辺りに、注射痕のようなごくごく小さな傷跡があるのがわかる。
「……そゆッことかよ、マヤ。おめッ、『人外の出戻り』か」
「うん、そう」
タクマに指摘されて、彼女は微妙な顔つきでうなずく。
そう、マヤ・ピヴェルは正しくは人間ではない。いや、人間であり人間ではない。
マヤの一族は『
長年の研究によって自らの肉体を『魔力最適合体』に作り変えた一族だ。
その姿は人と同じで、その生態も人と同じ。
ただ、その身に本来人にはあり得ないレベルの魔力を宿す。それが『魔女』だ。
特に血液には豊潤な魔力を宿し、それは『魔血』などと称されていた。
いや、マヤの魔力量はね、すごいんだよ。
何ていったって、ヒメノに匹敵するくらいの魔力量だからなー。
……いや、逆だな。ヒメノの方がおかしいな、これ。
でも、ヒメノの血は別に『魔血』ではない。
それは『魔女』だけが持つ特徴、ではあるんだが――、それが狙われた?
「じゃあ、マヤ。おまえはこれまで誰かに捕まってたってことか?」
「はい、あたしを捕まえたヤツについては、知ってます」
マヤは神妙な顔でうなずき、そしてその男の名を口にした。
「こっちじゃ『邇郎』って名乗ってるクスリの密売人で、あっちの世界じゃ『薬師にして詐欺師』って呼ばれた錬金術師の――」
「……ジルー・ガットランか!」
それは、俺も知っている名前だった。
俺がクレヴォスを潰した一件で手に入れた魅了薬。あれを作ったのが、ジルーだ。
天才的な錬金術師だが、自作の薬品を派手に使いたがる迷惑な変態でもあった。
しかも、その薬品を自分ではなく他人に使わせる狡猾さも併せ持っていた。
「じゃあ、あの野郎の狙いは……」
「あたしの『魔血』を素材にしたクスリ――、『魔薬』の調合だと思います」
「なッンだよ、そりゃ……」
運転席で、タクマがハンドルを強く握りしめる。その顔には激しい憤りがあった。
「人をクスリのッ素材にするッだァ? ザケッてんのか、そいッつァよぉ!」
「……別に、それ自体は昔からある考え方さ」
人の一部を使った薬。それは、どこの世界でもある考え方だ。
だが、言いながらも俺はわかっている。タクマが怒っているのは、そこではない。
「ッがくてよ、俺ァ、マヤがンなくだらねッコトに使われてンのが許せッねンだ!」
「だよな、おまえならそう言うよなぁ~」
「タクマ……」
三男タクマは情に厚く、義理堅い性格をしている。
そんなこいつが、元とはいえ嫁がモノみたいに扱われるのを許せるはずがない。
「父ちゃん、わりッけどよ……」
「そうだなぁ、こうして関わった以上は、仕方がないだろう」
「え、え……?」
キョトンとするマヤに、タクマが一言告げる。
「俺ッ達がおめッを助けるッつー話だよ、マヤ」
「え、えええ!?」
タクマに、マヤは仰天するがそう意外な話でもない。
「おまえがいなくても、ジルーがいるなら遅かれ早かれ、俺らは巻き込まれてたさ。あいつは劇場型の愉快犯だからな。異世界でも、自作の薬で色々やらかしてたしよ」
「そ、それはそうかもですけど……」
異世界でジルーを仕留めたのはウチの四男。
タクマの一つ下の弟で『剣にして盾』と謳われた聖騎士のあいつだった。
それまでにジルーは百以上の事件を起こし、ヤバイ規模に発展した事件もある。
あっちに巻き込まれる前にこっちから先手を打つのは大いにありだ。
「それじゃあ、マヤはおまえが世話しろよ、タクマ」
「うェッ、なッんで、そーなんだッよ!?」
「そうですよ、アキラさん! タクマ、この見た目で喧嘩できないんですよ!?」
「うッせーわ! それの何ッが悪ィッてんだよ!」
「悪いに決まってるでしょ~! イザというときに頼りになンないのよ!」
俺が見ている前で、いきなり口喧嘩を始めるタクマとマヤ。
あ~、懐かし。まさか、また往年のようにこの二人のやり取りを見れるとは。
異世界でのマヤは、タクマと幼馴染だった。
タクマが生まれる一年くらい前に、ある事情からウチで預かることになった子だ。
預かっていた期間は、結構長かった。十年ほどは一緒に暮らしていた。
そういう意味では、彼女は血の繋がりこそないが、半ば家族のようなものだろう。
特に、タクマとは相性がよかったのか、小さい頃から常に一緒にいた気がする。
タクマが結婚相手としてマヤを選んだときは、ミフユと共にやっぱりと思った。
その結婚生活も、十年ももたなかったワケだがなー。
そこは二人のことなので、俺達が立ち入るべき部分ではない。
で、それはそれとして――、
「俺ントコはダメ。これまで俺が派手に動いてきたから、ジルーならすぐに嗅ぎ付けるだろうし、あっちに先手を打たせたくない。同じ理由でミフユとタマキもアウト。スダレは、今は東京に旦那に会いに行ってるから、これもアウト」
「マリク兄はッよ?」
「おまえ、マリクとジルーって、劇物×劇物だぞ? 最悪、宙色と天月、滅ぶぞ?」
「そーな。俺ッちが悪かッたッシょ……」
わかればよろしい。
次に、ヒメノはヒーラーだから戦闘能力はないので、これもアウト。
シイナ? 占い師が荒事で何をしろっていうのさ。当然ながら、アウト。
「タクマは戦えないが、色々と小回りが利くだろ。知り合いも多いし、裏の情報を得やすい立場でもある。俺達がジルーに対処してる間、マヤはおまえのところに置くのが、今のところのベストだと俺は考えるよ。どうだ、マヤ?」
俺が水を向けると、マヤは少し俯きつつ、チラリとタクマの方を見る。
「あたしは、タクマがいいなら、それで……」
「タクマは?」
「父ちゃんがそッ言うなら仕方ねッしょ。やッてやんよ」
こうして話は決まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アキラが、飛翔の魔法で帰っていく。
以降、数日間は彼との接触はしないこととなった。
連絡は、ミフユのスマホを通じてRAINにて行なう。
アキラがスマホを契約した場合には、アキラのスマホで連絡を行なう。
ここは、異世界より優れている現代日本の情報通信技術を頼りにすることとなる。
問題はアキラがいつスマホを契約するかだ。
だが、ミフユならばこの話が伝わればアキラのケツを蹴りつけるに違いない。
一日、遅くても二日。
それくらいでアキラはスマホを手にするだろう
と、現実逃避代わりの思索はそれくらいにして――、
「……気ッまず」
「それ、あたしのセリフよねぇ? 何であんたと二人なのよ」
タクマは、マヤにジロリとねめつけられてしまった。
目つきの悪い彼女にそれをやられると、タクマはどうにも居心地が悪くなる。
単にビビってるというのかもしれないが、その事実は認めたくない。
そんな意地に動かされ、彼はマヤを睨み返す。
「しょッがねッだろ。父ちゃんの言ッてッことももッともだしよ」
「それはそうだけどさ~……」
不満げに唇を尖らせて、マヤはソファに背をもたせた。
その仕草もタクマの記憶の中にあるマヤそのもので、懐かしくも複雑だった。
「まさか、こっちであんたと会うなんて思わないじゃん……」
「俺ッもだッての」
「気まずいのはあたしも一緒よ。あんたとあたし、離婚してんのよ?」
「俺ッちに言うなッての」
「あんたに言わないで他の誰に言うのよ!」
「知らんッての」
こうやって噛みついてくるマヤを、タクマが適当にあしらう。
それが、幼い頃からずっと続く二人のやり取りの基本的な流れだった。
「言っておくけど、あたし、まだ覚えてるからね」
「何をッよ?」
「あんたが最後にあたしに言ったことよ」
「……あれは」
憮然となっているマヤに、タクマは低い声で呻く。
彼の中にも、そのときの記憶がよみがえる。
結婚して、九年と半年程度が経った頃の話だった。二人が別れたのは。
特に、きっかけとなる出来事はなかった。
どちらかが浮気をした、ということもなかった。
子供こそできなかったが、それ以外は問題のない日々のはずだった。
しかし、共に過ごすうち、二人の歯車は徐々に噛み合わなくなっていった。
最初は小さなすれ違いから、齟齬は少しずつ大きくなっていった。
気がつけばそれは治しようのない大きな傷口となり、二人は別れることとなった。
そのときの記憶を、タクマもそしておそらくはマヤも、はっきり覚えている。
「あんたのあの一言さえなきゃ、多分、あたし達は別れずに済んだわよ、違う?」
「わッかんねぇよ、んなことァ……」
即答はしないタクマだが、その声にさっきまでの力はなかった。
思い出す、そのときのこと。自分が言ったことに負い目は感じているのだ。
「ま、でも、昔のことよね」
だが、マヤは一転してあっさりした調子でそう言うと、肩をすくめた。
「お、おッま……!?」
「前世の話は前世の話よ。違う? あんたはそうじゃないの?」
「むッ、そッりゃ、そーだけどよ……」
そこは、言われればそうなのかもしれないが――、
「だから今は今のことよ。しっかりあたしを守りなさいよね、片桐君?」
「ッたく、るッせぇよおめー、マジでうッぜェわ!」
タクマが怒鳴ると、隣に座るマヤがキャハハと笑う。
ああ、でも、前世のことではあるけれど、この感覚もまた懐かしい。
何かと立ち止まりがちなタクマを、マヤはいつだってグイグイ引っ張っていく。
それは、タクマ自身にとっても慣れ親しんだといってもいい感覚だった。
「じゃ、車ッ出すぜ」
「出発進行~!」
そして二人は、ひとまずタクマの家へと向かう。
かつて異世界で、タクマが御者を務める馬車にマヤが乗ったときと同じように。
――今このときに、タクマは確かな安堵を覚えていた。
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