第156話 煌びやかな世界で、あなたと

 ――前話の終わりより、数時間ほどさかのぼる。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 どうも、しがない一般占い師のシイナ・バーンズです。

 本日は夜からデートです。


「…………」


 え、デート? 誰がです? 私がです? え、私が!? デートッ!!?


「信じられない……」


 宙色街のとある駅前にて、私は夜空を見上げます。

 思わず呟いてしまいましたが、信じられない。本当に、信じられないです。


 しかもここ、いつも私が飲みに使ってる繁華街ではありません。

 それより一段上、いえ、二段三段は上な高級店が軒を連ねる、高級繁華街です。


 東京でいえば銀座とか六本木とか、そんなイメージが近いでしょうか。

 つまり、本来であれば私如き庶民が足を踏み入れることなどできない禁断の地。


 天領、そう、天領ですよここは!

 何でです? どうして私は今、ここにいるんです?


 ここにいていいのは私ではなく、母様かヒメノ姉様では?

 そうですよー、そういえばヒメノ姉様も『出戻り』してたんですよねー。


 あの、身も心も名前も徹頭徹尾お姫様なパーフェクト上流階級姉!

 しかもこっちじゃ、名家で知られる眞千草の現当主らしいじゃないですか!


 何ですかそれェ! どういう格差なんですかぁ!?

 いえいえ、しかしそれくらい差がある方が諦めがつくというものです。


 そう、私は庶民。私は一般人。

 どうあがいても中流。どう転んでも中級。中の中が一番落ち着く。


 だから、今、この場にいること自体が怖くて仕方がないんですよォ――――ッ!


 一応、出来る限りのおめかしはしてきました。

 慣れないお化粧をして、数少ないお高いお洋服を着て、アクセサリもキメました。

 これで、多少は見れる格好にはなっていると思います。……思いたい。


 でも、駅前に立っていると、どうしてもそこを行き交う人々に目が行きます。

 そして、やはり差というか『違い』を感じてしまうのです。


 みんな、キチッとしています。

 男性はスーツをパリッと乱れなく着こなし、女性は凛とした冴えた姿を見せます。

 どなたも綺麗で、カッコよくて、清潔で、まるで隙がありません。


 何ていうか、圧倒されてしまいます。

 我ながらどうにも場違い感が拭えません。


 私、変じゃないかな。

 笑われてないかな。ちゃんと『普通』にできてるかな。


 一人で立っていると、そんな不安ばかりが頭をよぎります。

 くぅ、こういう場所でここまで心細くなる。これぞ私が庶民の証。逆に安心する!


 変、じゃないよね。

 私は、ちゃんとできてますよね……。私は――、


「シイナ、ごめん。遅れた!」

「あ――」


 俯きかけたところに、ユウヤさんの声が聞こえました。

 彼は、私を見つけて小走りで近づいてきました。


 わぁ、イケメン。

 駆けてくる彼を見て思ったのが、まずそれでした。


 明るいグレーのスーツを着て、髪もきっちりセットしてあります。

 撫でつけているのではなく、ナチュラルな感じに整えてあるのがわかります。


 髪色は、やや明るい茶色。

 それは染めたのではなく地毛だと、前に再会したときに聞きました。

 何代か前のご先祖様にヨーロッパの方がいたとのことです。


 ユウヤさんは、背はそれなりですが体は男性としては細い方でしょう。

 だけどそれは頼りないのではなく、スマートなのです。異世界でもそうでした。


 シンラ兄様も『デキる男』ではありますが、ユウヤさんも負けてはいません。

 ただ、ユウヤさんの方が兄様よりも『若手!』な感じが強いです。


 顔も、非の打ちどころもないくらいに整っています。

 うわ~、隣に立ちたくな~い。と思いましたが、これからこの人とお食事ですよ。

 もう、もうすでに、胃が痛い……!


 それと、彼の顔を見ると、どうしても前回のコトを思い出してしまいます。

 スダレ姉様に泊めてもらった帰り道、私は彼と再会しました。


 お互いに、あまりに突然のことでしばらくは固まっていました。

 でも、ユウヤさんはお仕事に出かける途中で、そのときはすぐに別れました。

 ただお互いの連絡先を交換して、RAINも登録しましたけどね。


 そこから、先週約束するまでの数日、彼と私はRAINでやり取りをしました。

 そして驚きました。私のRAINの書き方、変だったんですねッ!

 くぅ、流行りの構文とかを調べて、なるべく『普通』にやってたつもりなのに。


 まぁ、いいんです。それはいいんです。大したことではありません。

 それよりも、先週のことです。お食事に誘われて、そして今日、そして今。


「待たせちゃった、か?」

「いえ、私も今来たところですので……」


 少し不安げな彼に、私は愛想笑いを作ってそう返します。

 何でしょうか、この会話。まるでデートの待ち合わせみたいな……。デートだ!?


「あ、ぁぁぁ、あの、えぇ、だ、だだ、大丈夫、でするよぉ~?」

「シイナ? いきなりバグってどうしたんだ、シイナ?」


 くぅ、自分がこれからデートをするという事実を再認識して、テンパりました。


「いえ、大丈夫です。あの、庶民なので、こういう場所に慣れてないだけです……」

「そうか、相変わらずだなぁ、シイナは……」


 私が言うと、ユウヤさんはホッとしたようでした。

 そのときに香ってきたのです。彼がつけている香水の匂い。


 鼻孔を軽く触るそれは、きつすぎず、でもしっかり存在を主張するよい香り。

 一度嗅ぐだけで、誰しもその質の高さに感じ入ること請け合いです。


「いい香水つけてますね、ユウヤさん」

「わかるか? ま、今日はな、俺もおめかししてきたから」


 ユウヤさんはそう言って笑います。

 でもこの人、仕事帰りのはずなんですよね。全然そうは見えませんけど。


 ちなみに、彼、会社社長だそうです。

 社名を聞いたら、新興ではありますが宙色でもそれなりに有名な会社でした。


 正直言って、ビックリです。

 まぁ、異世界でも大きな商会の主ではありましたが。


「ああ、それとこれ、もらってくれると嬉しいな」

「え、これは……」


 ユウヤさんが言って、懐から取り出したのは小さな巾着のような袋でした。

 綺麗な桃色の袋で、受け取ってみると心地のよい香りが漂ってきます。


「サシェ、ですか?」


 サシェは、ヨーロッパの匂い袋のことです。


「ああ。最初は花束にしようと思ったけど、君はこういう小物が好きだっただろ」


 そういえば、そうでした。

 異世界にいた頃の私の、数少ない趣味の一つが小物集めでした。

 よく覚えてましたね、ユウヤさん……。


「ありがとうございます、ユウヤさん。嬉しいです」

「喜んでもらえれば、贈った甲斐があったよ。さ、行こう。予約した時間が近いし」


 そう言って、ユウヤさんは私に笑いかけてきました。

 甘いマスクが見せる甘い笑顔は、世の女性から嬌声浴びるに足るものでしょう。


 でも、私がその笑顔を見て覚えるのは、懐かしさです。

 私とこの人は、異世界で一度添い遂げた夫婦です。

 今さら、ユウヤさんの笑顔を見て照れるなんてことはありません。妻でしたから。


 さて、無事に合流できた私達は、ユウヤさんが予約したお店に向かいました。

 そこは高級店でした。超、がつく高級店でした。

 お店を前にして、私は心の底から「わぁ……」と感嘆の声を出してしまいました。


 中に入って、席に案内されて、椅子に座って、私は彼と向き合います。

 お店は、外もそうでしたが中も立派で、広くて、とても上品な雰囲気でした。


 耳に聞こえるのは、格調高さを感じさせる古いクラシック。

 周りには着飾った紳士淑女の皆様が、上品に、かつ優雅に食事を楽しんでいます。


「あ、あの、ユウヤさん……」

「どうかしたかい?」


 と、こっちを振り返るユウヤさんに、私はつい、尋ねてしまいました。


「わ、私、変じゃありませんか……?」


 それをきく私は、きっと青ざめていたと思います。

 こんな場所、今まで来たことありません。私などが来ていい場所なのでしょうか。

 自分という存在があまりに場違いに感じられて、とても、肩身が狭く――、


「変じゃないよ」


 でも、ユウヤさんはそう言ってくれました。


「この場にいる客の中で、君が一番、この店に相応しい客に見えるけどな、俺は」


 またそんな、歯の浮くようなセリフを軽々しく言うんだから……。

 この人は『出戻り』しても変わりませんね。本当に、異世界の頃と一緒です。


 でも、おかげで緊張がほぐれました。

 そして、私と彼はお食事を楽しみました。ええ、すごく美味しかったです。


 味がよくて、店員さんのサービスも最高で、そこに不満はありません。

 ただ一点、高級店ってどうして量が少ないんでしょうね。

 私、一般庶民なので、食事はがっつりいっぱい食べたい派なんですよね……。


「美味しかっただろ?」

「ええ、とっても」

「でも多分、シイナには、量が少し物足りなかっただろ」


 み、見透かされてるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!?


「そ、そ、そ、そんにゃことないでしゅぅ~~~~?」

「シイナ、目が泳いでるぞ。図星を突かれるとすぐそうなる。変わらないよな」


 くっ、イケメンに笑われてしまいました。これは恥ずかしい。


「と言いつつ、実は俺も少し物足りなくてね。近くに行きつけのバーがあるんだけど、少しだけ寄ってかないか? 二人の再会を祝して、乾杯し直すのはどうかな?」


 お、お酒! しかも、高級バー! これは、あまりに悪魔の誘惑すぎる……!


「い、行きましゅ……」

「瞳が輝いたな、じゃ、行こうか」


 ユウヤさんは苦笑しますが、さすがに紳士ですね。

 ずっと、私に恥をかかせない振る舞いをしてくれています。懐かしいなぁ。


 異世界でもそうでした。

 この人は、ずっと私を気遣ってくれました。いつも、いつでも。

 前に父様達に話した『大事にしてくれた』ということに、偽りはないのです。


 私とユウヤさんは、それからバーに行って、軽く飲みました。

 ビックリするくらいセンスのいいバーでした。

 古風な、そしてシックな感じの、とてもゆったりできるお店です。


「いいだろ、ここ? 時々、一人で飲みに来るんだ」

「はぇ~、確かに、これは落ち着きますね~。お酒が美味しく飲めそうです」

「そんな酒好きだったっけ、君?」


 うるさいですよ、ユウヤさん。今の私はビールとチューハイの使徒なのです!


「あ、カクテル美味しい……」


 でも、同時にカクテルとウィスキーとバーボンとかの使徒でもあるのです。

 そんな調子で、一時間ほどでしょうか、彼とお酒を酌み交わしました。


 話のネタは幾らでもあります。

 私と彼は、共に生涯を終えるまで添い遂げた夫婦でしたから。

 思い出なんて、それこそ数えきれません。


「……へぇ、お義父さんとお義母さんもいるのか、こっちに」

「いますよ~。今度会ってみてください。ビックリしますから」


 そんな風に話して、お互いに少し気持ちよくなったところで、お店を出ました。

 時間的には、まだ終電まで余裕があるくらいの頃です。


「近くに公園がある。ちょっと、風に当たっていかないか?」

「あ~、そうですねぇ。そうしましょうか……」


 ユウヤさんに誘われるがまま、私は彼についていきました。

 思えば、何とも無防備な話ではあります。

 でも、相手がユウヤさんなので警戒はほとんどしていませんでした。


 九月を迎えて、気温も少し下がり始めたここ数日。夜の風が気持ちいいです。

 公園は、散歩道とベンチがあって、彼と私はそのベンチに座りました。


「シイナ、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「いえいえ、こちらこそ色々とお話しできてよかったです。ありがとうございます」


 ベンチに座って、彼と私はお礼を言い合います。

 そして――、それからでした。


「それと、すまない。俺は君に謝らなきゃいけないことがある」

「え、な、何です、いきなり。そんな、改まって……」


 ユウヤさんが、私に向かって深く頭を下げてきたのです。

 突然のことすぎて、全然頭がついていきません。え、何ですこれ、ドッキリ?


「ずっと、謝ろうと思ってたんだ。ひそかに後悔していた。そしてその後悔を抱えながら、俺はあっちの世界での人生を終えてしまった。君に、謝れないまま……」

「ユ、ユウヤさん、一体……?」


 何なんです? 一体、ユウヤさんは何を言ってるんですか?


「すまなかった、シイナ。俺は君を自分の商売のための道具として扱ってしまった。君に望まない形で占いをさせたことを、俺はずっと、後悔してたんだ……」

「ユウヤさん……」


 まさか、でした。

 まさか今さら、そんなことを言われて、こんな風に謝ってもらえるなんて……。


 彼の様子に、演技っぽさは微塵もありませんでした。

 ユウヤさんは真摯に、そして真剣に、私に謝ってくれていると、そう感じました。


「もう、いいですから。大丈夫ですから、頭を上げてください。ユウヤさん」


 私はそう言って、彼に促しました。

 確かに、私にとってそれは望まざることでしたが、でも、もう過去の話です。

 今となっては、それもまた思い出の一つでしかありません。


「言いたいことはそれだけじゃないんだ、シイナ」

「ユウヤさん、他に、何か……?」


 問い返す私に、ユウヤさんが下げていた面を上げます。

 その顔は真剣で、そのまなざしは真っすぐに私を見据えて、その頬は赤くて、


「シイナ、俺と付き合ってほしいんだ」

「そんな、ユウヤさん……」

「今度こそ俺は、君を幸せにしてみせるよ。必ず」


 私の心に、激しい風が吹き荒れました。

 これ、私はどうするべきでしょうか。ねぇ、スダレ姉様? ねぇ、タクマさん?


 ……私、リア充になっちゃいますよ?

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