第155話 その夜に起きた三つの出来事

 あれ、タクマいねぇじゃん。


『む、タクマのヤツはどこに行きおった?』

「あ~、車ン中だな、これ」


 タクマを探すガルさんに、俺は車の窓ガラスを見せる。

 内側から、金属符が貼ってある。


 理由は知らんが、車の中を『異階化』してるっぽい。

 その状態になると金属符は現世に残るが『異階化』してる間は破壊不可能になる。


『車の中か。何しとるんじゃ?』

「さぁ。女でも引っかけてコマしてんじゃね?」


『笑うわい』

「それ、俺のセリフ~。特許出願中です~」


 とりあえずタクマが戻るまで待つしかない。

 俺はガルさんを右手に携えたまま、突然できたヒマをどう潰すか考えた。


 今は真夜中。

 辺りにひとけはなく、街灯だけが夜の闇を照らしている。

 まだ九月なので肌寒くはないが、やや涼しい。


「ん~……、ん?」


 腕を組んで考え込んでいると、何やら幾つかの足音が聞こえてくる。

 だいぶ急いでいる様子だが、近づいてくる。そして、四人の男達が姿を現す。


 どいつも、いかにも『僕、グレてます』と言わんばかりの容貌をなさってる。

 いつものチンピラか、と思ったが、どうにも様子がおかしい。


「ふぅ、ふぅ……!」

「ちくしょう、違う! 麻夜まやじゃねぇ!」

「クソッ、ハズレだと、クソッ!」


 全員が目を血走らせ、呼吸をきつく乱している。汗だくで、口からはよだれ。


「こんな時間に出歩きやがって、紛らわしいんだよ、クソガキ!」


 一人がいきなりキレ散らかして、近くの壁を蹴り始める。明らかに尋常ではない。


「……な、なぁ、オイ」


 そして、別の一人が俺を見て顔に不気味な笑みを浮かべる。


「もう、あのガキでもいいんじゃねぇか……?」

「は? 何言ってんだよ、おまえ。いいワケねぇだろ。麻夜じゃなきゃ……!」

「……いや、もう何でもいいんじゃねぇか、なら」


 四人が、ゴクリとのどを鳴らして俺を見る。

 その瞳に宿る光は、飢えと渇きに満ちている。これは、人を見る目じゃない。


『何じゃあ、こいつらは』

「さてなぁ~」


 こっちを睨みつけてくる四人を前に、俺は手の中のガルさんをクルクル回す。

 殺気、じゃないんだよな。あの連中が俺に向けてくるもの。

 そして、この感覚には身に覚えがある。日本ではなく異世界で、だが。


「オイ、見ろよあのガキ、刃物なんか持ってやがる……!」

「何てアブねぇガキだ。絶対にヤベェことしてやがるぜ、ありゃあ」


「ああ、そうだな。じゃあ生きてても仕方がないよな」

「そうだな、ついでに、行方不明になっても仕方がねぇよなぁぁぁ~!」


 四人の男達が、瞳をギョロギョロと動かしながら、口を大きく開ける。

 そして、俺とガルさんはそこに、今までにない変化を見る


『……我が主、こいつは』

「ああ、何でかわかんねぇが、こいつらが発してるのはだ!」


 木が軋むような音がして、男達の体が一回り肥大化する。強化魔法。


「クワセロォォォォォォォ――――ッ!」

「チ、血ィィィィィィィ~~~~!」


 四人が、俺に向かって襲いかかってくるが――、


「遅いわ」


 先手を打ったのはこっち。

 襲ってきた先頭の男の首を、ガルさんを振るって軽々刎ね飛ばす。


 実のところ、この場はとっくに『異階』。

 連中が色々騒いでるうちに、俺は近くの電信柱に金属符を貼りつけ済みだ。


「ギッ!」

「驚いてるヒマがあるといいですね、ッとぉ!」


 仲間の死に硬直するもう一人のこめかみに、収納空間から出したダガーをグサッ!

 そして崩れ落ちるのを見届け、これで残りは二人。


「あっち側だ。行け」


 俺はハザマダイルを召喚し、残り二人のうち一人に向かわせる。

 空間ごと餌を喰らうオオアギトが、バツンと音を立て男の上半身を噛みちぎった。


「ェ、あ、あれ……?」


 一人残った男は、途端に我に返って足を止め、周りを見る。

 そこに転がる三つの死体を見て、それから俺を見て、男は力なくへたり込んだ。


「な、何だよぉ、おまえ……」

「ただの傭兵」


 泣き声できいてくる男に俺はそう答える。

 すると、男はその顔をグシャグシャに歪めて、妙なことを言い始めた。


「な、何だよそれ、ワケわかんねぇ! ぉ、お、俺達はトクベツになったんだぞ! なのに何で、こんな目にあわなきゃいけねぇんだ! 俺はトクベツなのに……!」

「あ?」


 何だそれと思いながら近づこうとすると、男が恐慌に顔を歪めて後ずさる。


「ち、近づくな、近づくなよぉ! 俺は、トクベツなんだぞ! お、俺は……!」

「あ~……」


 俺はしばし考えて、


「よし、見なかったことにしよう!」


 関わるのも面倒だったので、マガツラでその男の頭を踏み砕いた。

 死体はゴウモンバエに処理させて、と――、


『何だったんじゃ?』

「さぁ? 仕事外での厄介ごとはめんどくせぇし、深く考えずにいこう」


 俺は肩をすくめて、電信柱の金属符を剥がしに向かう。

 そういえば、あの連中、マヤがどうしたとか言ってたな。誰か追ってたのかも。


 だけどまぁ、いいや。

 降りかかる火の粉は払ったし、それ以上はどうでもいい。

 俺はこのとき、そう思っていた。しかし――、


「父ちゃん、ごッめん、マヤ拾ッちまッた」

「ご、ご無沙汰してます、アキラ、さん? 君?」

「マジか、おまえ……」


 現実に復帰した俺を待っていたのは、タクマと、タクマの元嫁のマヤだった。

 え、何があったの、これ……?



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――その日起きた出来事の二つ目は、天月市のとある溜まり場にて。


「……ダリィな」


 潰れて放置された元ライブハウスに彼はいた。

 ボロボロのソファに座っている、筋骨隆々の大男。身長は190を優に超える。


 繰り返し染め続けた髪は、今やすっかり色が抜け落ちて白に近い灰色。

 タンクトップにジーンズというシンプルな格好で、浅黒い肌には無数のタトゥー。


 顔は非常にいかめしく、海岸の岩場を思わせるゴツさがある。

 髭は伸ばしたままで、本人はそれをワイルドだと思っている節がある。


 何より、瞳。まるで人間の眼光ではない。

 虎、あるいは獅子、そうした獰猛さをウリとする肉食獣の眼光にも近しい。


 事実、周りにいる彼の仲間ですら、まともに顔を合わせられない。

 視線が合っただけで、本能が恐怖から遁走を命じる。それほどの圧を、彼は持つ。


 彼は――、弓削清晴ゆげ きよはる


 多くのワルがひしめく天月市に名を馳せるチーム『アダマンタイト』のボスだ。

 つい数か月前までは、事実上、天月最強の座に君臨していた猛者である。


 ちょっと前に現れた『喧嘩屋ガルシア』のおかげで最強の看板も揺らいでいるが。

 だが彼自身は、喧嘩屋とはまだ直接やり合ったことはない。

 清晴はどちらかというと、天月の外で活動することが多いからだ。


 彼を買ってくれている先輩がいる。

 その先輩は、とある暴力団の構成員で、そのツテで外に出ることが多いのだ。

 清晴も、あと一、二年すれば、その組織の一員となるだろう。


 いわば彼は、ワルの中でのエリートなのだ。

 ゆえに、自分から自分の評判を落とすような真似はしない。


 この界隈は、何より面子が重んじられる界隈だからだ。

 喧嘩屋だか知らないが、清晴は別に相手をするつもりはなかった。


 負けるつもりはないし、やっても負けないだろうが、万が一の可能性もある。

 そう考えて、この先、何を言われようとも喧嘩屋の相手をするつもりはなかった。


 なお、ネタバレすると、彼がどれほど本気を出してもタマキの足元にも及ばない。

 虎だろうが獅子だろうが、バハムートに勝てるワケがないのである。


「つまんねぇな。何かねぇか?」


 さて、そんな清晴だが、今現在、非常にヒマだった。

 少し前までは宙色市で名の知れた北村理史の失踪や芦井組の壊滅など色々あった。


 ワルガキは大きな出来事があると、自身に関わりなくとも興奮する生き物だ。

 清晴も同じで、それらの出来事があった直後には、様々に暴れたりしたものだ。


 夏の始まり頃には堕悪天翼騎士団ダークウィングナイツの壊滅などもあった。

 しかし、騒ぎがあったのはそこまでだ。


 以降、特に大きな騒ぎが起こることもなく、夏は終わってしまった。

 さらにいえば、北村の組織や堕悪天翼騎士団など、宙色・天月の両市で名を馳せた組織が消えたことで、事実上、自分達『アダマンタイト』がトップになった。


 何も、労することなく、だ。

 これがもう少し年齢が高い連中であれば、その事実を素直に喜べたかもしれない。


 しかし清晴も、彼に従う『アダマンタイト』のメンバーも、まだまだガキだ。

 彼らのような存在は、勝ち取ることにこそ価値を見出す。

 漁夫の利のような形で転がり込んできたトップの地位などさして嬉しくなかった。


 だが、トップはトップであり、それゆえに恐れられる。

 今や『アダマンタイト』に喧嘩を売るバカはいない。本物のバカ以外は。

 ゆえに彼は、そして彼らは、ヒマだった。


「どっかから女さらいますか?」

「飽きた」


「じゃあ、クスリでも……」

「飽きた」


 手下に言われるも、どれも食指が伸びない。

 オンナもクスリも大方やり尽くして、かけらも魅力を感じない。


 退屈だ。どうしようもなく退屈だ。

 こうも退屈だと、無性に何かを壊したくなる。暴れたくなる。


 つまらないと感じたらすぐに癇癪を起したくなる。

 それは、清晴という人格の幼稚さの表れでもあったが、指摘できる者はいない。

 代わりに、彼の退屈を拭い去ってくれる人間が、その場に現れた。


「こんにちは~、清晴さん」

「……おう、邇郎ジロウか」


 やってきたのは、胡散臭い風貌をしたやせぎすの男だった。

 男の名前は、邇郎。当然偽名だが、清晴はそこには別に頓着していない。


 邇郎は、清晴が以前から懇意にしているドラッグの密売人だった。

 彼に頼めば、おおよそどんなドラッグでも入手できる。やり手の売人だった。


「今日はどうしたよ?」

「はい、実はですね~。自分共が取り扱うことになった新商品の営業に参りました」

「新商品……。へぇ、珍しいな」


 自分の側から求めることはあっても、売人側から売り込みに来たことはない。

 今までなかった出来事に、清晴は少しだけ興味を持つ。


 手下が用意したボロテーブルの上に、次郎が手持ち鞄を置く。

 そして口を開けて、中から出てきたのは、血のように真っ赤な錠剤だった。


「こちらが自分共の新商品になります~」

「ほぉ、面白い色をしてるな。こいつは何系だ? コークか? アシッドか?」

「どれでもないですよ」


 邇郎は笑顔のまま首を横に振る。それが、また清晴の興味を掻き立てる。


「これはね、清晴さん、これまでのクスリとはワケが違うんです」

「どんな風にだ、説明しろよ、売人」


 言われて、邇郎は笑みを深める。

 そして、赤い錠剤が収まったシートを一つ取り上げ、にこやかに告げる。


「こちらの『再誕の赤リボーンブラッド』はですね、清晴さん――」

「ああ」

「何と、誰でも『トクベツ』になれるクスリなんですよ」


 のちに『赤の汚染』と称される大規模薬物事件は、この日、始まった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――その日起きた出来事の三つ目は、宙色市のとある公園にて。


 この出来事は、多くに人間にとってはどうでもいい、些細な出来事だ。

 そう、探せばどこでだって見られる、ありふれた光景だ。


「シイナ、俺と付き合ってほしいんだ」

「そんな、ユウヤさん……」


 シイナ・バーンズが、愛の告白を受けた。

 出来事として起きたのは、たったそれだけのことだった。

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