第106話 初日/異階/国府津隆我のデッドエンド
国府津隆我――、ドラガ・ゼルケルの姿が、どんどんと変容していく。
「ォォォ……、ォォ……」
額の角は長さと鋭さを増し、瞳孔は縦に割れ、口は裂けて牙が生え揃う。
皮膚は鱗にとって代わり、色はメタリックな光沢を持った青、そして長い尻尾。
「ハァァァァァ……、ァァァァ……!」
「随分しっかり変わっちまうモンなんだなァ、こうして見ると」
今や、ドラガの姿は完全に人の形をしたドラゴンそのものだった。
なるほどね。種族名『竜人』、そして異名が『人竜兄弟』。まさにその通りだ。
「しかし、そうかい。異面体もなしにそこまで人間をやめられるのか……」
カイト・ドラッケンの場合は、能力はともかくその容姿は人間そのものだった。
しかし、目の前にいるドラガはモンスターと見まごうばかりの異形と化している。
「ぐぅ、何故だ。何故、俺の居場所がわかった!」
竜人の姿をとりながらも、だがドラガはまだ動揺しているようだった。
まぁ、教える義理もないが、こいつはここで
「おまえは知らんだろうが、ウチには最高の探偵がいるんでね」
うん、スダレに調べてもらっただけなんですよね。
こっちを狙ってるってわかってる時点で、あいつに探してもらって一発だった。
「夕飯どきなんて、襲う側からすれば絶好のチャンスだからな、近くにいると踏んでたが、想像してたよりずっと近距離で割とビックリだわ。おかげで手間が省けた」
「く……」
俺がにじり寄ると、ドラガは一歩下がる。
ケントを狙っている割に、俺に対しては何か消極的だな、こいつ。
「アキラ・バーンズ、何故だ!」
「……? 何がだよ?」
「俺達が狙っているのはケント・ラガルクだ! 何で貴様がそれに首を突っ込む!」
「な~に言ってんだ、おまえ。ケントだから首を突っ込むんだろうが」
「ぐ、そうやって、自分以外に固執して群れて徒党を組む。人間の惰弱さだな!」
「おまえは本気で何を言ってるんだ……?」
そういうこいつだって、兄貴と組んでるだろうに。
さっきだって、スマホでどこかに電話かけてたじゃねぇか。どうせ兄貴だろ。
と、そう思ったので、俺はそれを指摘する。
「徒党を組むとかなら、おまえだって『人竜兄弟』とかやってんじゃねぇか」
「フン、人間と俺達を一緒にするな! 俺達兄弟は互いの半身、一心同体だ!」
う~む、ダブスタ。
これはよくいる『俺は特別だから』系のあれかな。
「ま、いいや」
俺は考えるのをやめる。だって、そんなモノは無駄な思考でしかないから。
「おまえの思想も価値観も興味はないよ。どうせおまえはここで終わりだ」
「このッ、クソガキがァァァァァ――――ッ!」
激昂したドラガが、瞳を見開いて襲いかかってくる。
俺は一歩下がり、それに呼応して傍らに控えていたマガツラが俺の前に立った。
「グゥゥゥゥゥゥオオオオオォォォォォォォ――――ッ!」
ドラガの全力での突進を、マガツラが壁になって受け止める。
ズシン、と、地面が震えた。さすがは竜人、人間とは馬力が違う。だが、しかし、
「俺なら即死だったぜ、俺なら、な」
「バ、バカな……!?」
マガツラは、ドラガの突進をしっかり受け止めていた。
残念だったねぇ、ドラガ君! ウチのマガツラはパワーが自慢でしてねぇ!
「ブチかませ、マガツラ!」
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
マガツラが咆哮をあげて拳を振りかぶる。
ドラガは腕を交差させ、笑いながらそれを受け止めようとする。
「ナメるなよ、人間ごときが! 力任せの一撃でこの俺がグギャアァァァァッ!?」
黒い巨腕にブン殴られて、ドラガが派手に吹き飛んだ。
何だ、今のは。ものすごく綺麗なコントの流れを見た気がしたんだが……。
「ぐ、ぅ、おのれェ、人間めぇ……!」
地面に倒れたドラガが、憎悪満面という感じで俺を睨んでくる。
「人間ごときが、俺を地に這わせるだと……? おのれ、俺は竜人だぞ、誇り高きドラゴンの裔、本来は人間ごとき、この俺に触れることすら許されぬ――」
「マガツラ、ボコせ」
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
「ふんぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
もうね、ボッコボコよ、ボッコボコ。
別に種族がどうとか俺はどうでもしいし、ドラガの話を聞く気もないし。
話は、尋問時にたっぷり聞かせてもらえばいい。
「ヌオオオオオオオオオオオ! 人間めェェェェェェェェェェェ!」
マガツラから何とか逃れ、距離を取ったドラガが絶叫して俺を指さす。
「貴様ァ! どうしてこんなに酷いことができるんだ! 俺を見ろ、こんなにケガをしているんだぞ! その俺を少しでも可哀相と思う心はグギャアァァァァァッ!?」
とりあえず、隙だらけだったのでダガーを二、三本投げて突き刺しておいた。
う~む、前世の俺は一時とはいえこんなのを傭兵団に入れてたのか……。
「ク、クソッ、貴様には人の心はないのか!」
「散々、人間ごときとか言ってたやつが何を抜かしてやがるんです?」
また尻もちをついてダガーを引き抜くドラガに、俺は呆れつつ言った。
しかし、こいつ治癒魔法は使わないのか。竜人は魔法苦手なんだっけ……?
「フゥ、フゥ……!」
呼吸を荒げ、ドラガは立ち上がる。
俺に対する敵意はますます強まっているが、今のところ敵じゃないな。
「その、力だ……」
「あ?」
「その
マガツラを指さし、怨嗟の声を漏らすドラガ。
最初は何の話かと思ったが、これは、ケントとの一件のことを言ってるのか。
全ての発端となった、異世界でのタマキの拉致。
そのときにケントは『人竜兄弟』を異面体を使って打ち負かしたのだろう。
「あのときは、俺自身、自らが転生者であることに気づいていなかった。だから負けた。そうだ、異面体さえ使えれば俺も兄貴も、負けるなどありえなかった。そうだ、そうだとも! 俺は勝てる。俺は最強だ。異面体を使える俺は、誰にも負けない!」
「そうかい、だったら試してみればいいじゃねぇか」
「言われずともォォォォォォォォ――――ッ!」
空間が小さく歪み、ドラガの手に何かが現れる。
それは異世界では見慣れていた、俺もよく使っていた道具だった。
「……ポーション?」
「見ろ、これが俺の異面体――、『
俺が見ている前で、ドラガがそのポーションを飲み下す。
すると空になった瓶は消え去って、飲んだ竜人の身に大きな変化が発生する。
「フ、フハハ! 来たぞ、来た来た来た来たァァァァァァ――――ッ!」
バキバキと音を立てて、ドラガの背中に竜の翼が生える。
さらに、その肉体も一回り巨大化し、鱗もより硬質に、より鋭角さを増していく。
「……竜化を増進する異面体、か」
「そう、その通りだァ! 貴様のように、自分以外の何かに頼るような弱者の発想を、俺はしない! この身一つで全てを粉砕する。貴様も、ケント・ラガルクも!」
全身から強烈な圧を放ち、ドラガが俺に向かってそう告げてくる。
俺は、それに反応を返さず、ただ沈黙を貫いた。
「どうした、アキラ・バーンズ。何を押し黙る。……クック、そうか。俺の圧倒的な力に恐れをなしたか。だが、俺の力はこんなものではないぞ、ゴウコイン!」
ドラガがさらに異面体を召喚し、それを飲み下す。二度、三度、四度、五度。
もはや身長は俺の四倍を優に超え、腕の太さも巨木をも上回るほど。
指の鉤爪も、それ一つで人間を両断できるほどの大きさと鋭さを感じさせてくる。
まさに正真正銘の『人竜』――、人の形をしたドラゴンだ。
今のドラガの能力は、確実に俺のマガツラを越える。それは理解できた。
「ハハハハハハハ! フハハハハハハハハハ! どうしたことかな? 貴様の異面体が今はやけに小さく見えるぞ、アキラ・バーンズよ! グハハハハハハハハハ!」
「実際に小さいんだよ、マガツラが。おまえ、デカくなりすぎ」
俺からすれば、もはや家にも等しいデカさだ。
そんな巨体のドラガが、その身を震わし呵々大笑する。もはや勝利は我が物、と。
「そうだ、俺にはこの力があった。これだけの力があれば、俺に恐れるものなど何もなかった。殺してやる。貴様も、ケント・ラガルクも、全員、殺してやる!」
「わかったわかった。ああ、しっかりと――、理解したよ」
マガツラが、ドラガに向かって突っ込んでいく。
それに対して巨躯の竜人は笑いながらも迎撃をしようと拳を構える。
「悲しいな、アキラ・バーンズ。勝てぬと悟って特攻か! 愚か者めが!」
「ああ、そうだな、悲しいな。おまえのその、愚か者っぷりがよ」
ドラガの拳をすいとかわして、マガツラがその懐に入り込む。
「え」
驚きから、青い竜人は動きを固まらせ、その腹に、マガツラの拳が叩き込まれた。
ボンッ、と、爆発音がして、ドラガの腹にデカイ風穴が開く。
「グ……ッ」
ドラガは両腕で腹の穴を押さえ、その場に膝をつく。
「グオオオオオオオオオオォォォォォォォ~~~~……ッ、な、何故……」
「『
ご丁寧に自分の能力まで説明してくれて、非常にやりやすい相手だった。
そして、腹に穴を空けた程度で、俺は手を緩めるつもりはない。
「マガツラ、喋る以外の機能を全て破壊しろ」
「ウギッ、や、ゃ、やめろ、やめ、ギャアアアアアアアアアアアア――――ッ!?」
大丈夫だよ、ドラガ・ゼルケル。
ドラゴンは生命力が強い。だったら、四肢をもがれた程度じゃ死にやしない。
た~っぷりと、情報を搾り取ってやるからな。
「仮に死んでも、俺が優しく蘇生してやるさ」
「あ、兄貴、助けてくれ兄貴! あ、ぁぁ、兄貴ィィィィィィィィィ――――ッ!」
ドラガの悲鳴を聞き届けてくれる者など、この『異階』にいるはずがなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――ドラガから情報を得ることはできなかった。
「あ、ァハ、いひ、ぅ、ひひ、ぇへへ……」
こんな感じで、目は空を見上げたまま、よだれダラダラ垂らしてます。
いや~、参った。ちょっと脅したら、いとも簡単に壊れちゃったよ、この竜人。
蘇生用アイテムはあっても、壊れた精神を治すアイテムはないんですよ。
それがあったら、俺だってミフユだって、とっくに心の傷を治してるって話よね。
「あ~、しかし、こんな簡単に壊れちまうモンかね。竜人ともあろうものが」
と、言ったところでドラガの様子を見るに、演技の気配もなし。
ウチの次女でもいれば、もしかしたらドラガを治すこともできたかもしれんけど。
いない以上はないものねだり。
そんなモノはするだけ無駄なので、ドラガはただの邪魔でしかない。
「ほい、イバラヘビ」
「あ、ぁ、ああ、ぎひっ! ぃぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
イバラヘビは宿主を狂わせない力を持つが、それは心を治すわけじゃない。
ただ、寄生した時点での精神状態を保つに過ぎない。う~む、片手落ちだなー。
「あと五分くらいしたら殺せ、マガツラ」
ドラガの悲痛な声を意識の外に聞きながら、俺は辺りを軽く探す。
俺が投げたダガーを、ドラガはスマホで受け止めていた。
スマホ自体は壊れてるだろうが、スダレなら何か情報を抜けるかもしれない。
今となっちゃ、もう一人の竜人の情報を得る手段はこれくらいしか――、
「……んん?」
最初にドラガがいた辺り、そこに落ちていたモノを俺は見つける。
ダガーが刺さっているから、これに間違いないとは思うんだが……、え、何これ?
「スマホじゃなく、ただの木の板?」
俺がそれを拾い上げたとき、マガツラがドラガの頭を殴り潰していた。
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