第105話 初日/炊事場/カレーだカレーだ! ブチ殺す!
ボートでたっぷり二時間楽しんだのち、俺達はテント前に戻った。
すると、そこには! 何と! 大量の釣果が! お魚の山がァ――――ッ!
「うわぁ、何もないじゃん……」
あるワケがなかった。
「釣れなかったね~。何ッにも釣れなかったね~」
「でも楽しかったよー!」
「ひなたが楽しいなら、パパも楽しかったぞ~、うん!」
風見親子は楽しそうだったのでOK。
「ツッレ~! 何にも釣れねぇのツレェわ、ッぱ! 次はッこーはいかんッしょ!」
リベンジに燃えるタクマ。
まぁ、これもこれでOKだな。特に声をかける必要もない。
「……問題はこっちか」
「お魚~! お刺身! 焼き魚! お刺身お刺身お刺身お刺身ィィィィ~~~~!」
「おシイちゃ~ん、もうお夕飯の準備の時間だよ~?」
一人、未だに湖岸でしつこく釣りを続けているシイナと、それを呼んでるスダレ。
シイナの傍らにクーラーボックスがあって、中には氷と6缶パックの缶ビール。
「完全に臨戦態勢整ってんじゃねぇか……」
「そもそも、今日のお夕飯ってカレーよね。お刺身なんて誰が作るのよ?」
と、俺とミフユが言うと、シイナの首だけがギュルンとこっちを向く。怖いわ!?
「えっ、今日の夕飯ってカレーなんですか!?」
「最初からその予定だったじゃない。これから炊事場に移動してカレー作るのよ」
「この大人数だしなー、テント前での調理じゃ間に合わんだろ?」
最初からその予定だったし、それはみんなに通達していたはずだが……。
「えー! 私、カレーでビール飲めない人なんですけど~!?」
「いや、知らん知らん知らん。今日の晩メシはカレーだってずっと前から言っとる」
「じゃあこの缶ビールどうするんですか~! キンッキンに冷えてますよ、今!」
「明日飲めばいいんじゃないの?」
ミフユも若干投げやりに言う。
そりゃ投げやりにもなるわな。人の話はちゃんと聞きなさいよ、四女ちゃんよ~。
「明日じゃダメなんですよ~! 今日はビールを飲む舌になってるんです~!」
「ああ、もう! うるさいわね、この子は! だったら今飲めばいいじゃないの!」
若干キレ気味なミフユ。だが、言われたシイナは目を丸くして手をポンと叩く。
「なるほど、母様、それです!」
「え」
「え」
俺達が見ている前で、シイナは釣り竿を放し、鼻歌混じりに缶ビールを手に取る。
「夏です! 暑いです! 汗ダラダラの私に、冷たい冷たいおビール様!」
瞳をキラキラさせながら、シイナがビールを俺達に見せつけてくる。
そして、缶ビールのプルタブをカシュっといって、そのまま口をつけて飲み出す。
「んっく、んっく、んっく……、ッッはァ~~! 最の高! 幸の福! です!」
「う~~~~ん、どこに出しても恥ずかしいダメ人間っぷりね」
自分の娘に対し容赦のない評価を下すミフユであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
炊事場までは歩いて数分。
すでに、カレーの材料は運んであった。野菜と肉とお米が大量よ!
「ほぉほぉほぉ、野外なのに結構しっかりした炊事場になってるじゃない、ここ」
「キャンプ場は昔からあるけど、この辺は少し前に建て直したんだってよ」
すでに調理を始めているお袋達を眺めつつ、俺とミフユはそんなやり取りをする。
シイナは、さすがに6缶を一度に空けるのは無理だった。
大人しく残りは明日飲むことにして、今はスダレと共に調理に加わっている。
一応、家事はできるんですよ、ウチの娘達。
スダレは兼業とはいえ主婦だし、シイナは一人暮らししてるし。
「……で、おまえは加わらんの?」
俺が尋ねてみると、ミフユはそちらは見ずに一方を指さした。
そこには、相変わらずキャイキャイやってるタマキと真理恵と颯々の姿がある。
「センパァ~イ、見てください、ジャガイモ、こんなにいっぱい切りました~!」
「あら、本当に上手ね。それじゃあ、美沙子さんの方に持っていって」
「はぁ~~~~い!」
と、いいお返事をする颯々を、タマキが横から覗き込む。
「って、ちっちゃくね? もっと豪快にデカくやった方がいいんじゃね?」
「えぇ~、何言ってるんですか環ちゃん、これでも十分大きいですよぅ~!」
「そうか? つか、ジャガイモって切る必要あんの? そのままでもよくねーかな」
かなりあり得ない発言をするタマキに、真理恵と颯々が「え?」という顔をする。
「切るでしょ? ……カレーよ、環さん」
「うん、知ってる知ってる。オレ、カレー作るときはそのまんま入れるけどなぁ」
「それは、その、素材の味とかそういうレベルの話じゃないですよ~?」
「だってその方が手間かからないじゃん。芽が生えてたのも入れたことあるぞ」
「「芽ッ!?」」
いや、ジャガイモの芽はヤバイだろ。普通に毒物だろ、あれは。
「カレーにちょっと隠し味程度の苦みが加わるから、オレはよく入れてたけどな」
「「よく入れてたッ!!?」」
「え、何か変か?」
激しく反応する二人に、キョトンとなるタマキ。
だが、さすがに衝撃的だったらしく、真理恵は顔を青ざめさせてかぶりを振る。
「えっと、何か変か、じゃなくて……。環さん、あなた、人類?」
「何をゥ!? 見た目通りの高校生だぞ、オレは!」
「ジャガイモの芽を隠し味程度にしか思わないのは、人類以外の何かですよぅ……」
颯々が、俺が思っていることをそのまま代弁してくれた。
そして俺は、視線をミフユへと戻す。なるほど、納得できたぜ……。
「ただでさえタマキが常識から外れたことしてるのに、それに加えておまえが七歳にあるまじき料理の腕前とか見せたら、さすがに違和感がヤバいってことか」
「理解してもらえて何よりだわ」
以上の理由より、俺達は本日はひなたと共に子供に徹する。
ちなみに、ケントもせわしなく色んな場所に目を配りつつ、雑用をこなしている。
タマキと真理恵からつかず離れずを保ちながらなのは、器用だなって。
「今のところは、ひとまず大丈夫そうか」
それを確認した安堵したところで、鼻先に香るスパイスの匂い。
そしてさらに、肉と野菜が炒められる匂いも加わって、胃袋に衝撃がドーン!
「はぁ、腹減ったなぁ……」
「本当ね~、お義母様が主導して作るカレー、美味しいに決まって――」
「あらら」
お袋が、何やら短く声を漏らす。
その手に持っているのは、市販のカレールーのようだが……?
「悪いね、アキラ、ミフユちゃん」
「え、何? 待って、お袋待って、そこで謝られるの、イヤな予感しかしない!」
最悪の予感に背筋が凍る。俺は両手で頭を抱えた。まさか、まさか!
「ルー、間違って辛口しか買ってなかったみたいだよ。アッハッハッハッハ!」
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
「ああ、子供舌……」
告げられた絶望の事実に膝を折る俺を、ミフユが憐憫のまなざしで見下ろした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ご飯が炊けました~!
カレーもできました~! やった~!
「カレーの! 色の! 赤みが! 強いんじゃあァァァァァァ――――ッ!?」
明らかに辛いヤツの色でしょ、これはさァ!
「一応、牛乳入れて辛みは幾分殺してあるけどねぇ。アキラは子供舌だからねぇ」
「苦笑してんじゃねぇよ、お袋! 誰? カレールー買ってきたの、誰だよ!」
俺が我ながら泣きそうな声で叫ぶと、手を挙げたのはシンラだった。
「ごめんなさい」
ちくしょう、素直に謝りやがって!
そんな殊勝な態度されたら、もう何も言えなくなるわ! こっちこそごめんね!
「ほ~ら、カレーだよ、アキラ」
「ぐぬぅ……」
お袋から、木製の皿に盛られたカレーライスを受け取る。
くっはぁ~、いい匂いしてやがりますねぇ、こいつは。だけど辛そうだよぉ……。
「みんなに行き渡ったかい?」
「は~い、大丈夫です!」
炊事場脇にある野外食堂で、俺達は並んで座っている。
時刻は午後六時。しかし夏だけあって、空は朱だが、まだ全然明るい。
カレーが食欲をそそる匂いを放っている。
それを前に、さすがに大人達も期待に瞳を輝かせていた。空腹が極まる頃合いだ。
「ハハン、そんじゃ、いただきます!」
「「「いただきまぁ~す!」」」
お袋が言って、皆がそれに続く。よっしゃ、夕飯タ~イム!
「わ、美味しい!」
まずそう言って驚いたのは、誰であろう菅谷真理恵だった。
そういえば、お袋が作る料理を食べるのは初めてか。フフフ、美味かろう!
「すごいですぅ、何ですこの味! 市販のルーとは思えないですぅ!」
橘颯々もそれに続いて反応を示す。
スプーンを持つ手が止まってませんよ、あのちびっこ成人女性。
「はい、ケントしゃん、あ~ん!」
「ちょっ、お嬢、何すか!? じ、自分で食べられますから!」
「え~? だって全然食べようとしてないじゃん。だからオレが食べさせたげる!」
こっちはこっちで、タマキがグイグイいってますねぇ。
それを見るシイナの目が血走ってるのが怖いけど、タマキ気づいてないし、無視!
「ちょっと、環さん。賢人君が心配なのはわかるけど、スプーンに乗せた一口が大きすぎるわ。それじゃあ、賢人君が食べにくいでしょ。私がやってあげるわ」
言って、今度は真理恵がケントにスプーンを差し出して「はい、あ~ん」ですわ。
これを無自覚でやってるんだとしたら、実は菅谷真理恵、相当な天然では?
「菅谷さんもやめてくださいよ!? みんな見てますからァ!」
と、さすがにケントが悲鳴をあげるも――、
「は? 郷塚君、ウチのセンパイからのカレーが食えないって言うんですかぁ?」
「何でそこで橘さんが因縁つけてくるんだよぉ~!?」
ああ、これ、ケントに逃げ道はないですね。
ケント君、合掌ばい!
「で」
と、俺の隣のミフユがこっちをジ~ッと覗き込んでくる。
「あんたは、いつ食べるの?」
「……そうですよね。すみません」
カミさんの監視のもと、俺は覚悟をキメてスプーンを握りしめた。
美味かったけど、口の中がジンジンするくらいには、辛かったです……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
野外の食堂で食事をしているケント・ラガルクとその一行。
それを、少し離れた茂みの中から監視する視線があった。
「クソ、こっちは何も食べてないってのに……ッ!」
数時間前に逃げだしたキャンプ場スタッフの国府津隆我である。
金鐘崎アキラに素性を言い当てられて、彼は混乱の末に逃げ出してしまった。
たかが子供と侮ったのが運の尽き。
よもや、あのガキがアキラ・バーンズだったとは。
「兄貴め、そんなこと、俺には教えてくれなかったじゃないか……!」
隆我は噛み締めた奥歯をギリリと鳴らす。
ケントに対する恨み、アキラへの怒り、そこに加えて激しい空腹感。
イラ立つ。どうしようもなく、イラ立つ。
こっちにまで流れてくるカレーの香ばしい匂いが、イラ立ちをさらに加速させる。
「クソ、クソ、クソッ!」
彼は、幾度もスマホに耳を当てた。
だが出ない。何回かけても、いつまで経っても、一向に兄が出てくれない。
「どうなってるんだ、クソ!」
今度こそと思いながら、画面を乱暴にタップする。
一部へこんでしまっているが、構うものか。繋がれ、さっさと繋がれ。
いつ、ケント・ラガルクを襲うのか、指示が欲しかった。
ずっと狙いはしているものの、ケントはまるっきり警戒を解かずにいる。
これでは、チャンスも何もあったものではない。
どうするべきか、兄の意見が聞きたかった。だが、電話に出ない。
どうすればいい。
どうすればいい。
兄貴はどうして電話に出てくれな――、
「…………ッ!」
咄嗟に、スマホを盾にした。
飛んできたダガーが、スマホに突き刺さって止まる。
「へぇ、やるじゃん」
ダガーが飛来した先から、聞き覚えのある子供の声がした。
まさかという驚愕に、体が一瞬硬直する。迂闊。そこに隙が生じる。
「今度は、逃がしやしないぜ」
言って、そのガキ――、アキラ・バーンズは金属符を木に張りつけた。
一瞬の浮遊感と共に、辺り一帯が『異階化』する。
「な、な……ッ!?」
「本当はケントに任せようと思ってたが、今のあいつは少し危ういんでな」
そして、アキラ・バーンズは自らの
「おまえはここで俺にブチ殺されろ、ドラガ・ゼルケル」
「アキラ・バーンズ……!」
ドラガの額に、二本の角が露わになった。
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