第104話 初日/狩間湖/ボートでワイワイ、できればいいな!

 テント、デッケェ!


「「「うわぁぁぁぁぁ~~~~、すごいおっきぃ~~~~!」」」


 俺とミフユとひなたの子供三人が、出来上がったテントを見上げて声を揃えた。

 今の俺達の身長からすると、五人用の大型テントはそれだけで山みたいだ。


 それが三つ、湖のほとりに建てられている。

 いや~、壮観。そしていよいよ『これぞキャンプ!』感が出てきて、イイゾこれ!


「ふぅ、何とかなりましたね~」


 シイナがそう言って汗を拭う。

 時間はまだ夕方と呼ぶには早いが、昼過ぎというにはやや遅い時間。


「これからど~するのぉ~?」

「炊事場は午後五時に予約を入れてあるから、それまで時間を潰す必要があるね」


 スダレに問われてシンラが答える。

 う~む、皇帝口調じゃないシンラか……、何か、少し違和感があるな。

 いや、皇帝口調の方が違和感なんだけどさ、日本じゃ。


「何~? 時間あるのか~?」


 そこにヒョコッと顔を出すタマキ。


「そ~だよ~、おタマ姉~。二時間くらい空いちゃった~」

「そっか、じゃあオレ、アレ乗りた~い!」


 言って、タマキが指さしたのは、湖に浮かんでいるボートだった。

 俺もそれがさっきから気になってて、乗れるなら乗ってみたいなーとか思ったり。


「ボートか、いいね。借りに言ってみようか」


 という、保護者総監督シンラの判断によって、俺達はボート乗り場へと向かう。

 提案者のタマキ、歩いている間もものすごいウッキウキです。


「ヘヘッ、ボートって初めてだ~。楽しみだね~、ケントしゃん!」

「…………」


 しかし、隣を歩くケントはいかめしい表情をしているだけで、無言。

 タマキはそれに一瞬驚いたような顔をして、すぐに頬を膨らませて怒り出す。


「ケントしゃ~ん? オレの話、聞いてたかよ~?」

「うん? あ、あぁ、はい。聞いてましたよ、大丈夫ですよ、お嬢」


 腕を軽く引っ張られて、ケントはやっと反応を示す。

 そして、菅谷と一緒に前を歩いていた颯々が、クルリと振り返ってニヤける。


「いけませんよぉ~、郷塚君、女の子の話はちゃんと聞いてあげないと~?」

「ッ、わかってますよ……」

「颯々ちゃん、いちいちからかうようなことは言わないの」


 不機嫌そうに顔をしかめるケントと、颯々を軽く叱る菅谷。どうにも空気が悪い。


「……失敗したかもしれねぇな」


 軽く四人の様子を見て、俺はそんな呟きを漏らす。


「どうしたのよ?」


 ミフユに問われたが、ここでは他の連中に聞こえてしまう可能性がある。


「ボートでな」


 とだけ返して、俺はそこでは口を閉じ、それ以上は何も言わなかった。

 そして、ボート乗り場に到着するも、待ち構えていた現実は、残酷なモノだった。


「乗れるボートが、二人乗り一隻と、四人乗り一隻だけ!?」

「ええ、すいませんねぇ。この時期は利用者が多くて……」


 ボート乗り場にいたスタッフが申し訳なさそうに頭を下げる。

 しかしこれはさすがに責められない。要するに俺達のような連中が多いだけだし。


「じゃあ、ボートは子供達を優先しよう。どうかな?」

「ハハンッ、いいんじゃないかい。ただし、ひなたちゃんはやめときなよ」


 ひなたは小さすぎるということで、今回はボートは乗らず。

 そうすると、年齢順で小さい方から、俺、ミフユ、ケント、タマキ、か?


「じゃあ、保護者役で私も乗るわ」


 ここで手を挙げたのは菅谷だった。

 そうすると、あと一人余裕があるが、颯々が出しゃばってきそうだなぁ。


「それならぁ、あぶれたメンバーは釣りでもどうですぅ~?」


 だが意外なことに、それを提案したのは颯々だった。


「颯々ちゃん?」

「私もぉ~、センパイとボートに乗りたいのは山々なんですけどぉ~、実は午前中にたっぷり乗っちゃったんですよね~。ね~、おじさ~ん?」

「ああ、そっちのお嬢ちゃんは午前中ずっとボートに乗ってましたよ」


 颯々が「お嬢ちゃんじゃなくて成人です」とか言ってたけど、それは置いておく。

 これにて、ボートに乗る面子が決まった。


 俺とミフユ、そしてケントとタマキ、菅谷真理恵だ。

 うわぁい、よりによってこの組み合わせか~い。勘弁してくれませんかねぇ……。


「あの菅谷って刑事さんとタマキちゃん、ちゃんと見ておくんだよ」


 別れ際、お袋からそんなことを言われちまった。

 ああ、なるほどね。そういう意図か。だったら何とかしてやるさ。


「それじゃあ、大人組は釣りにでもいくかねぇ~」

「釣り、ってことはお魚ですね! お魚、お刺身、焼き魚、おビ~ル様!」


 お袋の号令に、シイナが瞳を輝かせるが――、


「釣りの餌って~、ウニョニョしてて可愛いよねぇ~。お魚はあれ食べるんだね~」

「何でそういうコト言うんですか、スダレ姉様! 想像しちゃうでしょ~!?」


 シイナ、何と愚かな……。

 いや、スダレのセンスもなかなかわからんけどね。


「それじゃあお袋、またあとでな」


 そして俺達子供組と大人組は、ボートと釣りとに分かれた。

 俺とミフユは二人乗りの小型ボート。ケント達三人は四人乗りの大きなボートだ。


「ちゃんと守ってやれよ」


 女子達がボートに乗り込んでいる間に、俺はケントに言って背中を叩く。


「わかってますよ。何があっても守ります」


 声が硬い。顔つきも厳しいままだ。

 どうやら俺の懸念は的中してしまっているらしい。こいつは参ったな。


「アキラ~、乗るわよ~!」

「ケントしゃ~ん! 早く来て~! オレ、この変態と二人だけはヤダァ~!」

「変態じゃないって言ってるでしょ! 賢人君、こっち準備できてるわよ」


 さてさて、このボート、楽しめるんですかねぇ……。

 俺は小さく、ため息をついた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 四人乗りのボートというが、六人くらいでも平気で乗れそうな大きさがあった。


「どりゃどりゃどりゃどりゃあァ~~~~!」


 タマキが、そのバカ力でオールを操作する。

 当然、ボートは手漕ぎにあるまじき加速をして、波しぶきを立てて湖を駆ける。

 そして――、


「ちょっと、やめなさい環さん! やめて、やめなさい! や~め~て~!」


 ボートのへりに捕まりながら、菅谷真理恵が悲鳴をあげる。

 これだけの加速をすれば、当然、ボートは揺れる。激しく揺れる。

 ほとんど、絶叫マシーンさながらに。


「うゎっぷ! み、水が跳ねて……!」


 そして、ボートが揺れればそれだけ水も激しくしぶきを上げるワケで。

 もう、乗って数分で三人ともビッショビショになってしまった。


「アハハハッ、いいじゃん、涼しくて! 服なんて、すぐ乾くって~!」

「もぉ~、あなたと一緒にボートに乗ったのが間違いだったわ! 何て子なの!」

「むっ」


 文句を言う菅谷に、タマキが反応をする。そして、オールを回す手を止めた。

 ボートもピタリと止まって、菅谷は安堵のため息を長々とついた。


「た、助かったわ……」


 しばしグッタリしていると、そんな彼女を覆う陰があった。

 見れば、彼女の前にタマキが立っている。ボートの上なのに見事な仁王立ちだ。


「オイ、菅谷真理恵」

「な、何ですか、環さん……」


「おまえが漕げよ」

「え?」

「だから、オレに文句があるなら、おまえがボートを漕げばいいだろ!」


 それがタマキからの菅谷への反撃だった。

 しかし、言われた菅谷はすぐには理解できず「え? え?」と目を丸くしている。


「何だよ、人に文句言う割に、自分はやらない気かよ。おまえ、ズルいなー!」


 タマキの物言いは子供っぽく、それだけに、菅谷にはダイレクトに伝わった。


「な、何を言うのかしら。ボートくらい、普通に漕げるわ!」

「へ~、じゃあやってみろよ~!」

「言われないでも……!」


 タマキと菅谷真理恵が位置を変えて、今度は菅谷がオールを握る。


「大人のボート操縦を見ていなさい、環さん!」

「おう、しっかり見届けてやるぜ~」


 そして、菅谷はオールを動かそうとする。が――、


「あ、あれ……?」


 重い。オールが、重い。

 動きはするのだが、とてもゆっくりになってしまい、ボートがまともに動かない。


「な、この。こン、の……!」


 それでも菅谷は必死にオールを動かそうとするも、左右のオールの動きがチグハグで、ボートの先は右に左に曲がるだけで、全然前に進んでくれない。


「どうしたんだよ~、菅谷真理恵~? 全然進まないぞ~?」

「む、むむむ……ッ! むぅ~~~~!」


 だが、菅谷真理恵がどれだけ頑張っても、ボートは思うように進まなかった。

 そもそも彼女は非力だ。

 警察官なので護身術のレクチャーを受けてはいるが、それは主に関節技などだ。


「アハハ、見てよケントしゃ~ん、菅谷のヤツ、ちょー必死だぜ~!」

「こら、環さん。賢人君にそういうコトを言うんじゃないの、全く、恥ずかしい……」


 と、二人が言い合う。が、ケントはどちらにも反応を示さなかった。

 どころか、せっかくのボートなのに、彼は今まで二人と言葉を交わしていない。


 ただ、せわしなく辺りに視線を巡らしているだけだった。

 気づいた二人の目の前で、キョロキョロとあちこちに目を走らせている。


「ケントしゃ~ん?」

「賢人君、どうかしたの?」


 二人が声をかけて、ハッと身を震わしたケントが、二人の方を向く。


「あ、な、何かありましたかッ!?」


 その反応もまた、過剰にしか思えない激しいものだった。

 だが、驚き顔で自分を見るタマキと菅谷に、ようやく彼も気づいたようで、


「え、あ~……」


 しばしそんな感じに目を泳がせて、


「菅谷さん、俺が漕ぎますよ。ボート。お嬢も、それでいいっすかね?」

「あ、うん。お願いね、賢人君」

「おー、オレもそれでいいぞー……」


 いつも通りの優しい笑顔を浮かべて、ケントがオールを受け取る。

 だが三人のボートには、しばらくの間、ぎこちない空気が残り続けた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 なぁ~んてこったい。


「何あれ、ラブコメの波動も何もあったモンじゃないじゃないのよ……」


 俺と共にケントの方を見ていたミフユが、半笑いで頬を引きつらせている。


「参ったな~、不安的中かぁ~……」


 ボートのヘリに肘をつき、俺は頬杖をする。


「何よ、ジジイ。こうなること、わかってたの?」

「さっき言ったろ、失敗したかも、ってよ」


「そういえば言ってたわね、あれ、どういう意味だったの?」

「簡単だよ。ケントに事情を話すタイミングを間違えた。話せば、ああなるのは予測できるコトだったんだが、俺も色々と見逃しちまってたかもしれん……」


 ケント・ラガルクへの信頼が、俺の目を曇らせていた。

 それは、確実にあるだろう。だがさすがにそれは言い訳にはできんわな……。


「何なのよ、一体。何だっていうの?」

「『出戻り』をしても、俺達は根本的な部分で変われてないってコトさ」


 俺が金鐘崎アキラであることを変えられないように。

 ミフユが佐村美芙柚であることから逃れられないように。


「ケント・ラガルクは、郷塚賢人であることをやめられない。ってことさ……」

「やめられない……」


「元々、郷塚家は二番目に生まれる子供を故意に無能に育てて、一番目の子供の反面教師にするっていう教育方針があった。ケントは、それの被害者だ」

「うわぁ、ヒくわね……」


 さすがのミフユも、これには顔をしかめる。

 俺も、初めて聞いたときは意味わからんかったモン、その教育方針。


「だから、ケントは郷塚の家に対して根深い恨みを抱いていたのと同時に、決定的なまでに『自分に自信がない』んだよ。根っこの部分でな」

「あぁ~、なるほどね。抱え込んじゃったのか~……」


 俺の説明に、ミフユも納得する。

 今回の一件の事情を知って、ケントは自分が元凶だと考えてしまっている。


 そして菅谷真理恵とタマキを絶対に守るべく、異常なまでに力んでいる現状だ。

 誰が見ても、今のケントは危うい。色々と意識しすぎてテンパっている。


「こうなるとアブねぇんだ、全部を見ようとして、足元の落とし穴に気づけない」

「灯台下暗しの『即死ゲー』バージョン、みたいなね……」


 そうそう、まさにその例えは言い得て妙だ。


「どうするの、アキラ」

「敵さんが出てこない以上、待ちで行くしかないだろ」


 スダレの情報結界も、さすがに狩間湖はカバーしてないしな。


「ってことで、とりあえずだ」

「うん、とりあえず?」


「ボート、漕ぎま~す!」

「わ~い!」


 何だかんだ言いつつ、楽しんではいる俺達であった。

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