第107話 初日/林/一件落着、めでたしめでたし!

 キャンプ初日の夜に、郷塚賢人はアキラに呼び出すを受けた。

 皆が騒いでいる中、そそくさと場を離れ近くの林に行けば、そこには複数の人影。


「団長に、女将さん。それに若と……」


 その場には、アキラ達の他、スダレと美沙子もいた。

 ケントが来たあとで、アキラは自分が寄っかかっていた木に金属符を貼りつける。

 その場が『異階化』する。密談をするからだろう。


「これは、一体?」


 呼ばれたケントとしては、何が何やらではある。

 てっきり『人竜兄弟』に関する何かが判明したのかと、そう思ったのだが。


「ケント」


 アキラが、彼を呼ぶ。


「何ですか、団長。ドラガとドラゴについて、何かわかったんですか?」


 もしそうであるのなら、是非とも教えてほしい。

 この一件だけは、何としても自分自身の手で片づけなければならない。


 あの連中が狙っているのは自分なのだから、他の誰も巻き込むワケにはいかない。

 そう強く思うケントの脳裏に、異世界での記憶が蘇る。


 きっかけは、ほんの些細なことだった。

 アキラの傭兵団では、戦場での仕事の際、その働きに応じた報酬が支払われる。


 だが傭兵団に入ったばかりの『人竜兄弟』はそれを不服とした。

 自分達は人間よりも強い種族なのだから、その分、報酬を上乗せしろ、と。


 今思い返してもなかなかの戯れ言だ。頭の悪さが感じられる。

 しかし、可愛げのないバカはときとして常識や道理を派手に蹴散らすことがある。


 よりによって連中は、一瞬の隙を突いて三歳になったばかりのタマキを拉致した。

 報酬の金額が不服だからという、それだけの理由で。


 その話がアキラに伝わるよりも先にタマキを助けたのが、ケントだった。

 彼は、激昂をもって兄弟のもとに向かい、圧倒をもって兄弟を散々に蹴散らした。


 のちにアキラもミフユもケントに感謝して、周りも彼を称賛した。

 しかし、実はケントにとっては、あの一件は苦い記憶だった。

 当時、傭兵団の報酬に関する一切を取り仕切っていたのがケントだったのだ。


 彼からすれば、自分はタマキを救ったのではない。巻き込んだのだ。

 自分と『人竜兄弟』の因縁が、幼い彼女を危険に晒した。それが彼の認識だ。


 ゆえに、今度こそは巻き込めない。自分の手でカタをつける。

 過去の経験もあって、ケントの中に燃え滾るその一念は、殊更に強い。


「教えてください、団長。連中の居場所がわかったんですよね?」


 ケントはアキラに問いただす。

 この場にスダレがいるということは、そういうことなのだろう。


 居場所でないとしても、あの兄妹に関する重大な情報が手に入ったに違いない。

 彼はそう考えていた。しかし、口を開いたアキラから告げられたのは――、


「もう、全部終わったよ」


 すでに、カタがついたという報告だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 信じられない思いで、ケントはその話を聞いた。


「……単独犯?」


 それが、アキラ達の結論であるという。


「うにゅ~ん、多分だけどねぇ~。だってぇ~、本当に一人だけだったんだよね~」


 と、スダレが説明する。

 一人、というのはもちろん、アキラが始末したドラガ・ゼルケルのことだ。


「その人ね~、どこにも電話もかけてないし~、ずっと一人だったのよ~、このキャンプ場でぇ~、お兄ちゃんとか全然どこにも出てこなかったのよ~ん」


 それは、スダレが今日から過去二日間を遡って得た調査結果だった。


「ただね~、これがね~」


 言って、彼女が取り出したのは真ん中に穴が空いた、表面がベコベコの木の板。

 大きさとしては手の中に収まる程度。かまぼこの板のような感じだ。


「何です、それ……」

「スマホ」

「……はい?」


 アキラの言葉の意味がわからず、ケントは問い返してしまう。


「正確には、ドラガがスマホだと思い込んで話しかけてた木の板だよ。ドラガのヤツ、多分精神安定のためなんだろうが、しきりにその板に話しかけててな……」

「ドラガのやつが、これに……?」


 ドラガ・ゼルケルの末路は、すでにアキラから聞いていた。

 スダレに場所を調べてもらったアキラが奇襲し、最終的にドラガは心を壊した。


「何かに寄っかかってないと自我を保てない。そういうタイプだったんだろうが、なぁ~んか、どっかの誰かに似てると思いませんか? 母親さんよ?」

「ん~? ハハンッ、前の『あたし』とじゃ似ても似つかないねぇ、そんなチンピラ。根っこは同じようでも『あたし』はもう少し頭を使って生きてたさ」


 笑顔で切り込むアキラと、同じように笑顔でいけしゃあしゃと切り返す美沙子。

 普段のケントであれば、そこに一言なりとも割って入れただろう。


 しかし、今の彼にはそこに気を回す余裕などない。

 渡されたスマホという名の穴の開いた木の板を見つめ、今さらなことを口にする。


「……じゃあ、兄の方は、ドラゴ・ゼルケルは、このキャンプ場にはいない?」

「いないどころか元々『出戻り』してない可能性の方が高いのよ」


 ミフユに告げられた言葉は、ケントを軽く打ちのめす。


「そんな……」

「元々、ドラガは一人だった。だが、俺やおまえを見つけて、恨みを晴らしたくなった。しかしドラガは一人じゃ何もできないヘタレ野郎だ。だから自分のメンタルを支えるために妄想のドラゴを作り上げて、木の板をスマホに見立てて会話してたんだ」


 アキラが、これまでの状況から組み立てた推論を披露する。

 それはただのホラ話のようにも聞こえるが、現状、最も可能性が高い推論だ。


「警戒はする必要はありましょう。されど、それも杞憂に終わる可能性が高いかと」


 シンラまでもが、そう結論づけている。

 少なくともそれは、この場にいるケント以外の五人の共通見解のようだった。


「……終わった? 全部が?」

「ああ。そういうことだよ、ケント」


 呆けるケントの肩を、アキラが叩く。

 だが、いきなり過ぎる報告と急展開に、正直、ケントはついていけていなかった。

 頭の中でここでの話を幾度も反芻する。終わった。全部終わった。と。


「――そうか、終わったんだ。ゼルケル兄弟はもういない。全部終わった」


 頭の中で考えるだけでなく、ケントは実際に口に出して自分に言って聞かせる。

 周りの五人は、それを無言で見守っている。そしてやがて、


「……そうですか。そうなんですね。解決、したんですね」


 低く呟くケントの中に、その認識がジワリと広がっていく。

 だが、それから彼に訪れたものは納得ではなく、胸を焦がす不快な黒い熱だった。

 笑みは浮かばない。代わりに、奥歯をギリと鳴らす。


「団長、どうしてです? 何で……!?」


 何で俺に任せてくれなかったのか。そんな言葉が、ケントの口から出かける。


「どうしておまえに任せる必要があるんだ、ケント」


 しかし、アキラに機先を制された。

 彼は先に、その疑問を言葉にしてケントへと突きつける。


「『人竜兄弟』の一件は、確かにおまえの因縁なんだろう。だから、ゼルケルとおまえの間で決着をつけるなら、俺は何も言わないしおまえに任せたさ。でも、それにタマキや菅谷真理恵も絡んでるなら、話は変わる。俺達が動かない理由はない。それなのにどうしておまえに遠慮して、おまえの因縁を優先しなきゃいけないんだ?」

「だって、これは俺の問題なんですよ! あの連中は、俺が原因でお嬢や菅谷さんを襲うかもしれなかったんだ! だったらそれを止めるのは俺でなきゃ……!」


 必死であった。ケントは、アキラに必死に反論した。

 納得できてしまうから。目の前の親友の言い分が正しいと、理解できているから。


 だから、抗った。理解できても、納得はしたくなかった。

 それを認めてしまったら、自分の中の決意が、ただの空回りで終わってしまう。


 このまま道化で終わるのはイヤだと、心が悲鳴をあげている。

 しかし、そんな彼をアキラは無情にも抉る。


「……そんなに、自分の納得が大事か、ケント」


 抉ってしまう。


「そんな納得のために、おまえはタマキと菅谷を巻き込むことを、よしとするのか」


 心臓が、止まった気がした。

 ケントは呼吸ができなくなって、指先はジンと痺れ、足から力が抜けかけた。


 しかし、言ったアキラの方こそ、浮かべる表情は痛々しかった。

 自分こそ傷を抉られているかのようだ。


 きっと言いたくなかったに違いない。ギリギリまで、口にしたくなかった。

 彼の表情がそう告げている。

 だが、ケントの愚かさが、アキラにそれを言わせてしまった。


「団長、俺は……」


 漏れた声は、今までにないほど震えて、弱々しかった。

 泣き声といわれれば、自分でも納得してしまいそうなくらいに。


「なぁ、賢人」


 アキラが彼を呼ぶ。

 しかし、その呼び方のニュアンスはラガルクではなく、郷塚の方。


「おまえは今、ケント・ラガルクから郷塚賢人の方に限りなく寄ってるよ。自分の父親に恥をかかせたいからと、考えなしに死体を魔法で隠したときのおまえに」


 その指摘を受けて、ギクリとした。

 そして気づく。心が竦んだのは、無意識のうちに自分でも気づいていたからだ。


 ああ、そうか。そうなのか。

 今の自分はケント・ラガルクの記憶を持った、ただの郷塚賢人なのか。


 そう思うと、色々と腑に落ちた。

 胸の奥に滾る黒い熱は、一向に消えてくれないが。


 諸々に決着がついた今、この熱も消えてくれるのだろうか。

 ケントには、それはわからなかった。ただ、今の彼でもわかることもある。


「すみません、団長。俺の一人相撲でした」


 そう言ってから、ケントはアキラに頭を下げる。

 どれだけ納得できずとも、それはタマキ達を傷つけていい理由にはならない。


「納得してくれるならいいんだ。俺もすまなかったよ、ケント。おまえだって不完全燃焼で、消化不良で、色々とやり切れない気持ちだろうに。それなのに……」

「団長……」


 優しい言葉をかけてくれるアキラに、ケントも顔をあげる。

 これで、シイナの予言に関する一件は終わった。ひとまずだが、終わったのだ。


 未だ、心にささくれ立つものは残るが、ケントも区切りをつけることにする。

 そして、彼は誰にも聞こえない程度の声で一つ、零した。


「……俺は、弱いな」


 自嘲にもならない程度の、つまらない弱音だった。

 そこからは気分を取り直して、と思っていたところでアキラが言ってくる。


「それじゃあ、ケント」

「はい、団長」

「タマキと一緒に風呂に入ってこい」


 何を言われたのか、わからなかった。


「…………何です?」

「風呂」


「いや、それはわかりましたけど、誰と一緒にって?」

「タマキと菅谷真理恵」


 何を言われたのか、わからなかった。


「…………何です?」

「お~っと、無限ループはさせねぇぜ! 『いいえ』を選んだら『そんなひどい』で永遠ループ、ひどいのはどっちだって話だぜ! いいかケント、おまえはこれからタマキと菅谷と一緒に、混浴風呂に入ってくるんだ! なお、これは確定事項だァ!」

「あんたは何を言ってやがるんですかァ~~~~!?」


 目の前の、七歳児の形をした一家の長が、突然理解できないことを言い始めた。

 かと思えば、他の四人は特に反応を示さず。その事実にケントはハッとする。


「えっ、まさか本当に確定事項!?」

「然り。実はキャンプ場の近くに天然温泉がございまして、こちらが水着を着用しての混浴となっておりまする。これから、そちらに赴こうかと考えておりますれば」


 水着着用とはいえ、混浴。混の浴。こ・ん・よ・く!?

 シンラの説明を受けたケントの顔が、みるみるうちに真っ赤に茹で上がっていく。


「わぁ、中学生男子の反応ォ~……」

「ハハンッ、いいじゃないかい。何とも可愛いモンさね!」


 半眼になっているミフユに、美沙子が豪快に笑い飛ばした。

 そしてアキラが腕を組み、威風堂々と宣言する。


「言っておくがな、ケント。おまえに逃げ場はない。何故ならこれからその温泉に直行だからだ! 今のうちに精々逞しい想像力で妄想を膨らませておくがいいぜッ!」

「あんた、最低だよ!」


 哄笑を響かせるアキラにツッコミを入れるのが、ケントのせめてもの抵抗だった。


 次回、情け無用の温泉回!

 ラブコメの波動よ、天を衝けェ――――ッ!

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