第74話 あなたは『私』を愛してくれますか?
結局、生かして帰すことになってしまった。
だぁくういんぐ何たらとかいう連中、全員殺したよ。鉈でブチ殺してやったさ。
だが、そのあとだ。
外にはバイクが停まったままだし、受付にはおばさんもいる。
このまま連中が消えてなくなったら、さすがに怪しまれてしまう。
おばさんの記憶操作はミフユから「しなくていいでしょ」と言われちまった。
俺としては是非この連中にイバラヘビ辺りをけしかけたかったが、我慢した。
あ~、こういうときめんどくせぇなぁ~。
もっと俺に気持ちよく仕返しさせてほしいんだよぉ! 腹立つなぁ!
「あれだけやっておいて、どうしてそんな不満げにできるんです?」
恐る恐るといった感じで、シイナが俺に尋ねてくる。
「そりゃ、もっとあの連中に『生きててごめんなさい』って思わせたいからだよ」
「その考え方がすでに怖いんですって! 母様、どう思います!?」
「カッコいいわよね」
「もう、バカッ! 本当にバカ夫婦ッ!」
何でそこまで言われにゃならんのか。解せぬ~。
まぁ、バカ共はさっさと逃げていったので、やっと七星句の確認ができるな。
「で、シイナに見てもらったこの七星句だけど……」
「おう」
「はい」
俺達は三人で、七星句が書かれた紙をジッと見つめる。
改めて、その内容を見ていこう。
――『七つ目石』。
――『宙船坂』。
――『観神之宮』。
この三つについては、おそらくは地名か、建物の名前のように思える。
だが、俺もミフユも三カ所とも知らないし、聞いたこともない。
――『1844』。
これはきっと、西暦。
1844年にこの宙色市があった場所で、何かがあったのだろうか。
そして……、
――『鬼詛』。
――『カディルグナ』。
この二つだ。
一体これはどういうことなのか。どうして異世界の言葉が出てくるのか。
やはり、宙色市と俺達がいた異世界には何らかの繋がりがあるということか?
――『集』。
最後の、このキーワード。
俺個人として最も気になってるワードだ。あの人なのか、それとも全く別なのか。
「あの~、いいでしょうか~?」
俺とミフユが「う~む」と唸っているところに、シイナがおずおず挙手をする。
「どうしたシイナ、何か気づいたか?」
「いえ、あの、そうじゃないんですけど~……」
「じゃあ、何?」
「あの、これぇ~……」
「何だよ、勿体ぶんなよ」
「本当に宙色市の歴史調査の七星句なんですかぁ~?」
…………ギクッ。
「な、なな、何をこここ、根拠にそ、そ、そんなコト言うの、かか、かしらぁ!?」
「母様、声も体も震えてるし、語尾裏返ってるじゃないですかァ!?」
チィッ、ミフユめ、娘が相手だから誤魔化すのも下手になってやがる!
こうなれば、俺が完璧にして非の打ちどころのない理論を丸め込むしかない。
「まぁ、待て、待てシイナ。確かに、おまえに見てもらった七星句のうち、二つは明らかに異世界の言葉だ。歴史を調べるだけならそんなワードが入るのはおかしい」
「そうですよ、明らかにおかしいじゃないですか」
「違う、違うんだって、シイナ。違うんだ」
「何が違うんですか」
「いいか、七つのワードのうち、二つはおかしいが五つは別におかしくない。つまり、七分の五はおかしくないってことだ。過半数に達してるじゃねぇか!」
「占いに多数決を持ち込まないでくださいよ!?」
クソッ、完璧にして非の打ちどころのない正論を返されてしまった!
「どうする……」
「もうこれ、無理じゃない……?」
俺とミフユは顔を見合わせ、首をかしげるシイナに全て打ち明けることにした。
「何です? 何なんです?」
「「実は――」」
――かくかくしかじか。
「このッ、裏切り者ォォォォォォォォォ――――ッ!」
いや、さすがにその逆切れのしかたはわからないッ!
何でジュンの依頼であることを明かしたら、俺とミフユが裏切り者になるの!?
「ひどいです、父様、母様! 私にとって既婚者が恨んでも恨み足りない、妬んでも妬み足りない、まさに怨敵、宿敵、不倶戴天の存在であることを知りながらッ!」
「たった今知ったんだがッ!?」
っていうか、おまえの中で既婚者はそこまで天敵設定なのォ!!?
「既婚者っていうのはですね、パリピな陽キャと並んで私のような陰キャ独身オタにとっては魔王のような存在。ダメージ三倍特効なんです! くぅ~、嫉妬と羨望に私の心がジリジリと焼かれていくのを感じます。でも勝てないッ! 悔しい!」
本気で悔しがって、どこからか取り出したハンカチを噛むシイナ。
えええええ、そ、そこまで嫌いだったんか、ジュンのこと……。
「はぁ、笑えないわねぇ……」
と、ミフユが軽く息をはく。
「シイナ。あんた、まだあっちでの扱いのコト、気にしてるの?」
「……別に、そんなんじゃありません」
「大元はそこでしょ。あんたのその既婚者アレルギー」
ミフユの指摘に、シイナは唇を尖らせてぷいとそっぽを向く。
何だ、どういう話だ、これ。一向に話が見えないんだが。
「アキラは知らない話よ。異世界の頃、わたしだけが相談された話だから」
「何だよ、シイナに何かあったのか……?」
「…………」
シイナは、顔をそむけたまま何も話さない。
だが、ミフユが俺に教えてくれる。
「シイナの旦那さんの話よ。覚えてるでしょ、商人だった彼」
「ああ、お見合いしたあいつだろ。シイナを大事にしてくれてたと思うけど?」
「そうね。大事にしてくれたわよ、妻としても。……商売の道具としてもね」
「…………あ?」
「簡単な話よ。彼、自分の商売の吉兆をシイナに占わせてたのよ」
ああ、なるほどね。得心が行った。
シイナの占いは、正しく活用すればかなり正確に未来を知ることができる。
商売人からすればのどから手が出る能力だろう。
「おい、まさか、あいつ。最初からそれを知ってて見合いを……」
「それはないでしょ。シイナのことは、バーンズ家でも秘中の秘だったんだから」
そうだな。そうだった。
シイナの能力は予知に留まらず、様々な形で活用することができる。
だけど俺達はそれだけを見て、シイナ本人を無視するようなことは絶対にしない。
シイナに能力を使ってもらうときだって、命令はしない。
必ず、お願いという形で入って、本人の了承を得る。だって俺達は家族だから。
「……あの人は」
ポツリと、シイナが小さく零す。
「私を大事に扱ってくれました。でも、やっぱり透けて見えるんです。彼の中での私は妻であると同時に、商売を上手く運ぶための道具でもあるんだ、ってこと」
「幸せじゃ、なかったのか……?」
俺がそれをきくと、シイナは眉を下げて、困ったように笑った。
「幸せ、だったと信じたいです。胸を張って『幸せでした』とは言えませんけど」
「そうか……」
俺は、そんな返事しかしてやれなかった。
シイナと俺との間に、何とも気まずい沈黙が流れる。――かと思いきや、
「でも結局、あんたの既婚者アレルギーは別名『ただの嫉妬』よね」
ここでミフユがブッこんでいったァ――――ッ!
「そーですよ! 自分でもわかってますよ! ちくしょう、世の既婚者共は揃いも揃って幸せそうにしてッ! みんなみんな、私と同じになればいいのに!」
そしてシイナにも自覚があった~!? こ、これは醜い……!
「そんなシイナに朗報よ、何と、ジュン君からあんたへの報酬を預かってるわ!」
「はぁ~? 既婚者野郎が私に報酬? 何様です? スダレ姉様の旦那、本気で何様なんですか? 私をあごで使ったつもりですか? ゆ、許されざるすぎますよ!?」
「今度、ジュン君が宙色市に帰ってきたときに開く飲み会へのご招待。彼のお友達、みんな違った方向のイケメン揃いだそうなんだけど、その反応だと、やめとく?」
「何を言っているんですか、母様。さぁ、ジュン義兄様のため何としても『出戻り』が発生する原因を探らなくちゃ! 私、すげー頑張りますから、ジュン義兄様にはその辺りを特にしっかりとお伝えいただければ嬉しいです! やってやりますよー!」
唖然となる俺の前で、シイナは勢いよく立ち上がって本棚に走っていった。
シイナ、おまえは、おまえってヤツは……!
「儚いのか、たくましいのか、本当にどっちかにしてほしいんだが……」
「アハハ、バカねぇ。わたしとあんたの子が、そんなヤワなワケないでしょ~?」
「……そうだな」
あまりに当たり前のこと過ぎて、何ていうの、逆に笑うわ。
「じゃ、そろそろ本格的に調べるか」
「まずは『1844』辺りから攻めていくのがいいかもしれないわね」
やる気を漲らせるシイナに続き、俺とミフユも棚に並んでいる資料を調べ始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――こちら、ついさっき資料館を追い出された『
「クソッ、とんでもねぇ目に遭った……!」
「俺達、殺されたよな? あのガキに、鉈で頭割られてさ……」
「そんなワケないでしょ。だったら今ここにいるあたしらは何なのよ!」
「そ、そうだよな……」
あのあと、資料館から逃げた彼らは、少し離れた駐車場まで逃げていた。
アキラに一度ブチ殺された彼らではあるが、蘇生されたため、死の記憶は曖昧だ。
「あのガキ共、次に会ったら……」
「会ったら、どうするんだよ」
最初にブチ殺されたピアス男が憤りを見せるが、そう言われて何も返せない。
完全に、アキラのコトがトラウマとして刻まれている。しかし、
「だからって、ナメられたままにしておけねぇだろ。ヘッドに知られたら……」
「う、そ、そうだよな……」
ピアス男の言葉に、他の全員が顔を青ざめさせる。
彼ら『堕悪天翼騎士団』のボスは、この辺りじゃ最強のワルとして知られる男だ。
最近、天月の方で暴れている喧嘩屋ガルシアも避けて通ると言われている。
言われているだけで、そういった事実は一切ないのだが。
「じゃあ、どうするんだよ」
「仲間を集めろ、あのガキ共を、俺達で潰すんだよ」
「そんな、子供相手に……!」
「情けねぇのはわかってんだよ、だが、おまえは勝てるのか、あのガキに!」
「う……」
激昂するピアス男に、言われた方の不良は言葉を詰まらせる。
「あのガキを潰すか、ヘッドに潰されるか、俺達にはどっちかしかねぇんだよ!」
「わ、わかった。大至急、人を集めてくる……!」
ピアス男が、バシッと手に拳を打ちつける。
「あのクソガキ、大人をナメたらどうなるか、教えて――」
「あ~、もしもし、ちょいとそこのイカしてるお兄さん。ねぇ、お兄さんや」
言いかけるピアス男に、妙にノリの軽い声が話しかけてくる。
「あ?」
「おお、怖い。そんな睨まんでください。ちょっと道をお尋ねしたいだけですよ」
話しかけてきたのは、見た目三十代半ばほどの男性だった。
ラフな格好で、どこにでもいる一般人のように見える。
「ンだよ、てめぇは?」
「え、ボクですか? う~ん、そうだなぁ、ツリーマンとでも名乗っておきます」
「ふざけた名前しやがって、そのツリーマンが俺に何の用だ!?」
「だから道を尋ねたくて――、あれ?」
ピアス男を見て、ツリーマンと名乗った男性が何かに気づく。
「お兄さん、もしかして――」
「な、何だよ……?」
得体の知れなさにあとずさるピアス男に、ツリーマンは言った。
「もしかして、最近、一回死にました?」
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