第73話 どこでも湧いて出るのはGを彷彿とさせる
息子に
そう、俺の名前は親父がつけたものだ。
そこはお袋、あっさり流されたに決まっている。
諦める、という言葉にも使われる俺の名前。
だがそこには『真理』とか『真実』とかって意味もあるらしい。
でもやっぱ、子供の名前に使う文字じゃない気がする。
親父が何を思ってこの文字を俺の名前にしたのかはさすがにわからない。
ただ、そうだな。
俺はこの名前をイヤだと思ったことは、一度もない。
名前の漢字難しい、くらいはしょっちゅう思ってるけどな。
もう少し簡単な『明』とかでもよかったんじゃないですかねぇ、実の親父殿!
だけど、なぁ、親父。
俺の記憶の中のあんたは、優しかったよ。
優しくて、大きい人だった。
幼い俺をいつだって笑顔にさせてくれた、懐の広い父親だった。
でも、ちょっと隙も多かったよな。
自分の周りの平和がいつまでも続くと信じて疑わなかった、ボケ野郎でもあった。
お袋のことだって、流されやすい性格を矯正しようとはしてた。
でも、あんた自身もどこかで『この平和は壊れない』って高を括ってたんだろ。
だから、あの豚に全てを持ってかれた。
あ~、何か腹立ってきたな。あの豚生き返らないかな、また殺してやるのに。
次は俺の異能態で、存在自体を消し去ってやるのになぁ。
「金鐘崎、集……」
なぁ、実の親父殿。
あんたは、俺が『出戻り』したことに、何か関わっているのかい?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そば屋を出て俺達は公園の周りをぶらぶら歩いていた。
「これからどこに行くんです?」
「ここからもう少し歩いたところに、宙色市の郷土資料館があるのよ。そこ行くわ」
「ああ、なるほど。さっきの七星句と突き合わせてみるんですね」
シイナとミフユが話している。
俺達がこの星降ヶ丘に来た理由の半分は遊ぶこと。もう半分は、その資料館だ。
便宜上、歴史の調査ってコトにしちゃいるが、本命は『出戻り』の原因究明。
前々から感じてはいたことだが、俺達の周りには『出戻り』が多すぎる。
俺が最初というワケでもなく、何年も前に『出戻り』をしたタマキなどもいる。
シイナだって『出戻り』をしたのは三年前。
しかも、それは宙色市を中心とした現象のようにも見受けられるのだ。
その辺については、きっと今まで誰も調べたことがないのではないだろうか。
俺も、ジュンから頼まれるまでは別に調べようなんて思ってなかった。
だがこの依頼を受けて、俺自身、興味が湧いているのもある。
ただね、シイナに『ジュンからの依頼』って言うと、また荒れるかもしれんので。
何故だか既婚者を敵視してるからね、シイナ……。
あれかね、ああいうのを、時々テレビとかで見る『喪女』っていうのかね。
俺はそういった知識は薄いので、よー知らんけど。
「それにしても、暑いですねぇ……」
手をひらひらさせて顔をあおぐシイナ。
「いや、今さら過ぎ。あんた、午前中どんだけ走り回ってたのよ」
「おそば屋さんの冷房で思い出しました。私のテリトリーは文明の中だと!」
力いっぱい叫ぶのはいいけど、おまえは野生児の才能あるよ、シイナ。
だって、大自然の中であれだけキャッキャできたんだし。
「さてさて、そこの角を曲がれば目的の郷土資料館――、うわぁ」
古びた資料館を前に、俺は思わず声をあげてしまった。
郷土資料館はそこにあった。それはいい。
俺が声をあげた理由は、資料館の前に何台も停められてる、ゴテゴテしたバイク。
「あら~……」
それを見て、ミフユも声を漏らして立ち尽くす。
「これ、完全に溜まり場になってるわね」
「やっぱそうかなぁ……」
「え? え? 何ですか? 怖いお兄さんがいるんですか? やめてくださいよ!」
おまえよりは年下だからお兄さんではないよ、アラサー。
「どうすんの?」
「そりゃ、行くよ。ここまで来たんだし」
「え~!? 行くんですかぁ! 怖いですよ、帰りましょうよぉ~!」
いやいや、別にチンピラ程度どうとでもなるじゃろ。
「ほら行くぞ、観念してついて来るんだよ!」
「父様の言い方が悪役ゥ!?」
元々善玉になったつもりもないんですけどね。
イヤがるシイナを引きずって、俺とミフユは資料館の中へ。う~ん、冷房涼しい。
「あ、あら、坊や達、いらっしゃい……」
受付のところに、五十代くらいの職員のおばさんがいた。
しかし、その顔は完全に青ざめていて、何かにビビっているのが丸わかりだ。
「せっかく来てくれてなんだけど、早く帰った方がいいわよ。今、奥の方に悪い人達が来てるから、見つかったらどうなるかわかんないわよ……?」
声をひそめつつ、おばさんは俺達にそう言ってくれる。
この人の言う通り、奥の方から遠慮なしの笑い声が幾つも聞こえてきてる。
ま、別に気にせんけど。
「あの~、おばさん。僕達、夏休みの自由研究で宙色市の歴史を調べてるんですけど、そういうのの資料とかがある場所って、どこですか?」
「え、ああ。そうなの。えぇと、そういうのは確か……」
おばさんはしばし考えこみ、すぐに気まずげな表情になって建物の奥を見る。
なるほど、さっきから笑い声が聞こえてる場所、かぁ。
「よっしゃ、行くべ」
「は~い」
「ち、ちょっと、坊や達!? 大丈夫なの?」
おばさんが、保護者(のように見える)のシイナへと視線で問う。
シイナは泣きそうになって「あうあう」と日本語を忘れて首を振るばかりだった。
俺とミフユは、構わずズンズンと奥へと突き進んでいく。
「ひぃん、待ってくださいよぅ~!」
一人になるのも怖いのか、シイナが慌ててついてきた。
どんどん大きくなる笑い声を聞き流しながら、俺達はその部屋の前で足を止める。
「『資料保管室』。ここか」
「バカ笑いもこの部屋からね。何でわざわざここを選んだんだか」
「だ、大丈夫ですよね? いきなり首ちょんぱとかないですよね……?」
どんだけバイオレンスな資料館だよ。ウイルス感染モノのホラゲか何かかな?
「お邪魔しま~す!」
「ああッ、そんな無駄に元気よく挨拶しないでも!?」
シイナの悲鳴を聞き流して中に入ると、そこには男女合わせて七名ほどがいた。
女二人は髪の毛キンキラキンで、化粧派手め。露出してる腕にタトゥー。
男五人はタンクトップか上半身裸で、タトゥーマシマシ。顔も全員相当いかつい。
ほほぉ、見た目はそれなりにブラフ利いてるね、こりゃ。
今まで相手をしてきたヤのつく方々とは、また若干違った路線だなぁ。
「うひぃ~ん……」
ほら、ウチの四女も完全に委縮しちゃってる。
ま、いいか。さっさと調べ物を始めることにしましょうかね。
「まずはどの辺から調べるよ」
「とりあえず、七星句の確認から始めるべきじゃない?」
ミフユが、空いてる席に座って七星句を書き写した紙をテーブルに置く。
それもそうだなと俺も納得して、ミフユに向かい側に座ろうとした。
「オイ、ガキ」
そこに、上半身裸のおにーさんが声をかけてくる。
口とか鼻にピアスしてるので、仮名・ピアス君と呼称することにする。
「ここは俺達の貸し切りだ。さっさと出ていきな」
お、見た目に反してちょっと優しいじゃん、ピアス君。
ちゃんと警告してくれるのは、なかなか紳士的だぞ。出てくつもりないけど。
「わたし達、自由研究の調べものをしに来ただけだから、邪魔はしないわよ」
と、ミフユがピアス君を見上げて言う。
うんうん、そうやって意志の伝達を試みるのは大事なことだね。
「邪魔だから消えろって、言ってんだろうが!」
「あ、わたしの帽子……!」
ピアス君が、いきり立ってテーブルに置かれたミフユの麦わら帽を手で打ち払う。
帽子は床に落ちて、ピアス君はさらにそれを上から踏んづける。
「あ~~~~!?」
悲鳴じみた声で叫ぶミフユ。
それを見て他の六人が一斉にギャハハと笑い出した。
「聞いたか? 『わたしの帽子』、だってよ!」
「かわいそ~、その子、泣いちゃったらどうするのよ~?」
「俺達『
フハハ、なるほど。こっちは不干渉を宣言したのに、そう来るワケね。
「ひッ」
と、シイナがのどを引きつらせるが、もう遅い。
俺は、テーブルに金属符を貼りつけて資料室の中を『異階化』する。
「おまえらはたった今、俺の恨みを買ったぞ」
収納空間から鉈を取り出して、俺は『堕悪天翼騎士団』に宣戦布告をした。
「…………え?」
分厚い鉈を前にピアス君が呆けるが、そんなヒマはあるのかなぁ!
「おまえら全員、ここで一回人生に終止符打っていけやァ――――ッ!」
「「ひぎゃあああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」」
郷土資料館の一室で、肉が爆ぜて命が散る。
それを遠巻きに眺めて、シイナが震えながら悲鳴をあげた。
「もぉ、やっぱりこうなるゥ~~~~!」
悪いのは『堕悪天翼騎士団』であって、俺じゃないモンね!
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