第75話 調査・考察:1844について

 何やら色々回り道をしたような気もするが、まずは『1844』の調査だ。

 幾つかそれっぽい資料を持ってきて、机の上にドサっと置く。


「そんなに、数はないわね」


 机の上の資料を前に、ミフユがそんなことを呟く。

 俺も、そう思った。

 古い本が数冊ある程度で、それ以外は特にこれといったものは見つからなかった。


「ちなみにネットでざっと調べてみたんですけど~……」


 シイナが、スマホを指で操作している。


「西暦1844年は、日本だと江戸時代後期で、年号が天保から弘化に変わった年みたいですね。って言っても、ピンときませんよね~……」

「うん、そーな。何が何やらだよ、ぶっちゃけ」


 江戸時代の後ろの方っていうと、幕末とかくらいしか知らないし。


「この年の少し前には、有名な『大塩平八郎の乱』があったみたいですね。へ~、こんな後の方だったんだ、知らなかった……」

「俺からすると、大塩? 誰? ってなるんだけどな」

「小学二年生からすると日本史なんてそんな感じですよね~」


 なお、1844年は年代的には幕末の直前くらいだそうな。

 約十年後、俺でも名前くらいは知ってるペリーさんが黒船に乗って来るんだとよ。


「あ、沖田総司が1844年生まれですって」

「え! マジで!? スゲーッ!」

「父様、これまでと食いつきが全然違うんですけど……」


 そりゃおまえ、名前も知らんヤツと天下の新選組じゃ扱いも変わるってモンよ。


「あんた達~、ダベってないでちゃんと調べなさいよ~」


 早速資料の閲覧を始めているミフユに叱られてしまった。

 っつっても、本も少ないし、そこまで時間がかかるようにも思えないけどなぁ。


「それじゃあ調べますかねー」


 俺は、一番近くにあった本を手に取る。

 だいぶ古そうな、随分と分厚い表紙の本だ。どれどれ――、と。


「私も調べますね~」


 シイナもそう言って、本を一冊持ち上げた。

 そこからはしばらく調査の時間……、調査の……。え~と……。


「シイナ、シイナ」

「はい、何ですか父様」


「これ、何て読むんだ?」

「この漢字ですか? これは『鎮撫ちんぶ』と読むんですよ」


「ほぇ~」

「あ~、そうかぁ、そうだったわね……」


 俺が感嘆の声をあげると、何故かミフユが片手で頭を抱え出した。


「アキラ、あんたは外で待ってていいわよ」

「うぇぇ! 開始早々に戦力外通告っすかァ!?」


 資料室の外を指さして言うミフユに、俺はあごを外さんばかりに驚く。


「あの、母様?」

「こいつね、漢字全然読めないのよ。……昔の本にルビなんてほとんどないでしょ」

「あ~……」


 ミフユの説明を受けて、シイナがこっちをチラリと見てくる。

 その視線に含まれている憐れみを、俺は確かに感じ取った。


「小学二年生なんだから漢字読めなくて当たり前だろ~!」

「それは当たり前かもしれないけど、今この場じゃあんたは足手まといなのよ……」

「ぐふぅ……ッ!」


 ミフユの言葉が、俺の腹に強烈な一撃を叩き込んでくる。

 ヘ、ヘヘ、そうか、俺ァ、この戦場にゃあ、いない方がいいんだな……。


「あとは任せたぜ、ミフユ、シイナ。もう、俺の時代は終わったんだな……」

「母様、父様が世代遅れのゲーム機の擬人化のセリフっぽいことを言い出してます」

「それはわかんないけど、こっちが調べ終わるまでは外で遊んでていいわよ」


 というワケで、俺は資料室を出ていっちゃったんだなー、これが。

 フハハハハ、漢字が読めないってツレェェェェ~~!


「母様、こちらの資料なんですが……」

「あ、これはちょっと気になるわね――」


 あーあーあーあー、いいなー! 二人で調査とか、何かズルいなー!


「……のど渇いたし、ジュースでも買うか」


 俺は資料館の入り口近くにある自販機へと向かう。

 途中、受付のおばさんが俺に気づいて話しかけてこようとする。


「あら、坊や。どうしたの?」

「ちょっとジュース買いに来ただけだよ。僕は役に立てないみたいだしー」


「あらあら、そうなのね。でもそんな、拗ねた顔しないの」

「別に、拗ねてないし~……」


 尖らせた唇をプルルルと鳴らし、俺は自販機にコインを投入してジュースを……。


「…………届かない」


 ボタンの場所が! 高すぎて! 届かないッ!?

 チキショオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――ッ!


「はいよ、ちょっと待ってね」


 おばさんが受付用のカウンターからわざわざ出てきて、ボタンを押してくれた。

 くぅ、このちょっとした優しさが、今の俺にはひどく染みるぜ……。


「はい、ジュース」

「ありがとー!」


 ここは子供のふりをして、素直にお礼を言っておくことにした。

 受付近くには椅子も置いてあって、俺はそれに座ってジュースのふたを開ける。


「それにしても、珍しい子達だねぇ」

「何が~?」


「今日び、こんなところまで歴史を調べに来るなんて」

「あ~、ここ、あんまり人来なさそうだしね……」


 プッハ、ジュースうまッ!

 汗をかいた体に冷たいジュースはもはや反則だぜ!


「さっきの連中みたいなのが来るようになっちゃってねぇ。ここ、目立たないから」

「あのお兄さんたちなら、もう来ないと思うよー」

「そうだといいんだけどねぇ……」


 おばさんは不安げだが、もう二度と来ることはないだろう。

 次に見つけたら、今度こそ行方不明にしてやるし。


「坊や達が調べてるのは、宙色市の歴史についてなんだっけ?」

「そーだよー」

「じゃあ、宙色市が何で『宙色市』っていう名前になったかは、知ってるかい?」


 ……ん?

 何だそれ、ちょっと興味深い話だな。


「知らな~い」

「江戸時代まではね、この辺りには『白風しらかぜ』って呼ばれてたんだよ」


 白風?

 今とは全く違う地名だなぁ。でも、昔の話ならそういうこともあるんだろう。

 じゃあ、それがどうして『宙色』になったのか、ってコトだ。


「江戸時代の終わり頃にね、大きな星が降ってきたんだって」

「星が……?」


「そうさ。そのとき、降ってきた星が一番よく見えたのが、この星降ヶ丘なのさ。それでみんなが空を見上げて、星空の色が綺麗だってことでここは『宙色』って呼ばれるようになったんだって。私が小さい頃におばあちゃんから聞いた話だよ」

「へぇ~……」


 俺は素直に感心した。

 口伝、のような形で宙色の名前の由来が今に伝わってたワケだ。


 こういった話は、聞いていて本当に面白い。

 本に書かれていることかもしれないが、人から聞くのはまた違った楽しさがある。


 それに、今このおばさん、江戸時代の終わり頃と言っていた。

 もしかして、西暦1844年ドンピシャなんじゃねぇのか、星が降った時期。


 仮にそうだったら、これは思いがけない収穫だ。

 宙色市の名前の由来が『出戻り』が現れる原因に関わってる可能性がある。

 その辺、もう少し突っ込んで聞きたいな。


「ねぇ、おばさん。降ってきた星はどうなったの?」

「降ってきた星は掘り返されて、星降ヶ丘の向こう側にある神社に奉納されたよ」


「神社……」

「そうだよ。『九ツ目神社ここのつめじんじゃ』って場所でね」


 ――九ツ目神社。


 確か、ワードの中に『七つ目石』とかあったな。

 それと何か関わりがある、のか?


「アキラ~、こっちは終わったわよ~」


 と、そこにミフユの声が聞こえてくる。

 見ると、シイナを伴って、ミフユがこっちに歩いてくるところだった。

 俺の情報収集も、どうやらここまでのようだ。


「おばさん、ジュースのボタン、ありがと。僕、そろそろ行くね!」

「はいよ、自由研究、頑張ってね」

「うん!」


 そして俺達は、郷土資料館をあとにする。

 情報のすり合わせは、歩きながらすることにしよう。


 今まで知らずにいた歴史を調べるのも、なかなか面白いもんだ。

 俺は、そんなことを思うようになっていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――同時刻、とある寂れた駐車場。


「集めたぜ。十五人も来てくれたのは意外だったな」


 アキラに一度殺されたうちの一人、木屋きやがそんなことを言って笑う。

 その場には、彼の号令によって集められた『堕悪天翼騎士団』のメンバーがいた。


 殺された六人を加えれば、その数は二十一人にもなる。

 アラサー女一人と子供二人を襲うにしては、あまりにも仰々しい数といえる。


 だが、ピアス男こと柳原やなぎはらは、まだまだ不安を抱えていた。

 それほどに、アキラによって刻まれたトラウマは根深かった。


「よー、柳原さん、これだけ集めるってことは喧嘩かい、こんな真っ昼間から!」


 集められたうちの一人、真っ赤な単車を乗り回している金髪の男がそう叫ぶ。

 彼は三ツ谷みつや

 今年、騎士団に入ったばかりの新人で、マガコーの一年坊だ。


 しかしかなりの武闘派で、周りからは『暴れん坊ミッチー』として知られている。

 かの『喧嘩屋ガルシア』にも幾度となく挑んでいく根性の持ち主だ。


「おめぇら、言っておくがかなりヤベェ相手だ。この数でも、油断するなよ」


 声を低くして言う柳原に木屋もうなずき、三ツ谷は嬉しそうに笑った。


「いいねぇいいねぇ! 歯応えのある相手は大歓迎だぜ! で、そいつ今どこよ?」

「あ、それは……」


 そういえば、確認していなかった。

 今さら、柳原はそれに気づいた。郷土資料館にまだいるだろうか。


「九ツ目神社です。今、そこに向かってますよ」

「あ? 誰だよ、あんた」


 急に口を挟んできた怪しい三十路のオッサンに、三ツ谷が眉を顰める。

 オッサンは胡散臭い笑みを浮かべて、軽く肩をすくめた。


「ボクはツリーマン。お兄さん達が狙ってるお相手に、ボクもちょっと用事がありまして。一緒に行かせてもらいたいな~、って。いいですよね?」


 ツリーマンを名乗る男は、三ツ谷ではなく柳原の方を見る。


「俺達の邪魔をしねぇなら、別にいいけどよ。何で居場所がわかるんだよ?」

「残念ながら貴官はその情報を閲覧できる条件を満たしておりません。ご容赦を」


 やはり軽い調子で答えるツリーマン。

 彼は、左の耳たぶにリング型のピアスを通していた。


 わかる者が見れば、一発でわかるだろう。

 そのリングは、スダレやシイナが使うものと、全く同じものだった。

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