第67話 中学生、郷塚賢人の幸福すぎる悩み:前

 中学生、郷塚賢人。またの名をケント・ラガルク。

 異世界においては三十になる前に友人を庇って死んだ、元傭兵である。


 彼には妻がおらず、また、結婚を誓い合うような恋人もいなかった。

 モテないというワケでもなかったが、異世界では娼館通いで十分だったのもある。


 恋がしたくない、というワケでもなかった。

 ただ、自分の友人の家族と仲が良すぎて、半ば家族の一員のようになっていた。


 その友人の息子や娘が、何だか我が子のように感じられてならなかったのだ。

 そんなこともあって、自分自身の結婚は後回しにしてきた。

 結果として、死ぬまで独身を貫く羽目になってしまったワケなのだが。


 ――ああ、でも、プロポーズしてくれる子はいたな。


 と、『出戻り』してからふと思い出した。

 誰であろう、我が子同然に思っていた自分の友人の娘さんである。

 その子が三歳だか四歳だかのとき、言われたのだ。


「あたち、おとなになったらケントしゃんのおよめしゃんになるの~!」


 何だっけ、あの子のおままごとに付き合ってたときだったっけ。

 そんな風に言われて、ケントも「ああ、いいぜ」と答えたことを覚えている。


 その後、友人である傭兵団の団長に本気で睨まれたのが怖かった。

 その団長の家に向かうさなか、何故か思い出した、とても懐かしい記憶であった。


 ケントは、知る由もなかった。

 それが、彼自身の防衛本能の発露であったことなど……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 警察はやっぱ忙しいワケであった。


「クッソ~、チケット無駄になったァ~!」


 せっかく取れた、映画のチケット二枚。

 勇気を出して女刑事の菅谷真理恵すがや まりえを誘っては見たものの、


「ごめんね、ちょっと数日、家に帰れそうになくて……」


 ダメでした。ああ、もう、思いっきりダメでしたとも。

 そりゃね、相手は社会人で、しかも刑事で、多忙なのはわかってたけどね。

 中学生が考える、さらに数倍忙しいらしかった。


「今日行かなきゃ無駄になっちまうんだよな~、も~!」


 と、いうことで彼は友人である、とある小学生を誘いに来たワケである。

 アニメ映画なのが功を奏した。

 これなら相手が小学生でも特に問題はないはずだ。


 まぁ、女性を誘うのにアニメ映画って……、とういう向きもあるかもしれない。

 しかし、昨今はアニメ映画でも十分にデートに使えたりもするからいいのだ。


 それに友人にも久しぶりに会う気がする。

 ここ数週間は、テストがあったり、郷塚の家の諸々もあって、彼も忙しかった。

 六月に入ってからは、ロクに友人とも遊べていない。


 こうなりゃ心機一転、一緒に遊びに行こうぜと誘うつもりだった。

 だが、向かった先のアパートで、彼は思わぬ人物と遭遇する。


「あら、ケントじゃないの」

「あれぇ、女将さんじゃないですか」


 そこにいたのは、ヘソ出し、肩出し、太もも丸出しの派手な格好をした少女。

 彼女も友人同様に小学生だが、ケントにとっては目上の相手。同じ『出戻り』だ。


 名前は佐村美芙柚。もしくはミフユ・バビロニャ。

 市内でも特に有名な名家の跡取り娘の彼女が、何故こんなところに?


「ああ、そっか。知らせてなかったわね。あいつの隣に引っ越したのよ」

「え、マジですか。そうだったんだ……」


 こっちも色々あったが、あっちも色々あったらしい。

 その辺の話は、また友人から色々聞くことができそうだ、とのん気に思った。


「ところで団長は?」

「今、出かけてるわよ~。戻ったらわたしとお出かけ」

「うぇ、マジですか~?」


 フフンと笑うミフユの言葉は、ケントの目論見を打ち砕くものだった。

 友人のアキラ・バーンズは、間違いなくミフユとのデートを優先するからだ。


「何よ、どうかしたの?」

「あ~っと、いえ、別に……」


 と、言いかけたところで、そこにもう一人加わってくる。


「あれ、誰?」


 ミフユの部屋のドアが開き、現れたのは自分よりも年上に見える女子だった。

 そこまで歳は離れていないように見える。おそらくは高校生か。


 髪は濃い茶色で、髪型はセミロングほどの長さを後ろで軽くまとめてあるだけ。

 服装もグレーのパーカーにスカートという出で立ちで、しゃれっ気は皆無。


 そんな、女らしさなどほとんど見られない恰好のクセに、どちゃくそ可愛い。

 大きな瞳の上に乗った太めの眉が、気の強さと可愛げを見事に両立させている。


 しかも、胸が大きい。

 パーカーの上からでもはっきりわかる。


 これはいけません。

 ケント・ラガルクは二十代で死んだが、郷塚賢人は中学生。十代真っただ中です。

 言い換えると、何でもエロに繋げかねない、おサルさんなお年頃です。


 ――結論、ヤベェ、好みドストライクすぎる。


 ケント・ラガルクには、想いを寄せる女性がいる。

 本日、デートに誘うことに失敗した女刑事の菅谷真理恵だ。


 彼の想いは純粋で、そして確かなものだった。

 しかしそれはそれとして、好みのタイプってヤツはどうしても存在するのである。


「えぇと……」


 いきなり現れた好みのタイプど真ん中の少女に、ケントはもごもごしてしまう。

 そんな彼を見て、少女は怪しむように眉を寄せて目を細める。


「……あのさ、おまえ」


 ああ、やや乱暴な口調もまたいい。ますます好みなんだが!

 と、胸中に吼え猛るケントをよそに、少女はポツリと小さな声で尋ねてくる。


「もしかして、ケント・ラガルク?」

「あれ、俺の名前――」


 ミフユの部屋から出てきたから、関係者。もしかして『出戻り』かと思った。

 次の瞬間、少女の顔にパッと笑みがはじけた。


「ケントしゃ~ん!」

「うわぁぁぁぁぁ、お、お嬢ォ~~~~!?」


 いきなり抱きついてきた少女の嬉しそうな声に、ケントは彼女の正体を知る。

 タマキ・バーンズ。

 友人であるアキラの長女で、異世界では我が子のように思っていた女の子だった。


 そして、先述した『ケントにプロポーズしてくれた女の子』が、彼女だ。

 そんな彼女が、いきなり年上として現れた。しかもメチャクチャ好みの容姿で。


 ケントの心に、怒涛の如き動揺と混乱が押し寄せた。

 そしてそんな彼の顔面は、今、タマキの大きな胸の間に挟み込まれていた。


 ――ウゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!?


 郷塚賢人の中学生マインドが、防御不能の奇襲によって沸騰しかけた。

 柔らかい。何という柔らかさだ。

 これが、あの可愛らしかったお嬢の感触なのか。手もあんなに小さかったお嬢の。


 かつての記憶と今という現実とのギャップ。

 そして容赦なく押しつけられる柔らかなお胸の感触に、郷塚賢人は死を覚悟する。


「こらこら、何してんのよ、あんたは」

「いてッ!」


 ミフユがタマキの頭をペシンと叩いた。

 それでようやく、ケントが地獄の柔らか責めから解放される。


「会えて嬉しいのはわかるけど、いきなり抱きしめるとかやめなさいよ、あんた」

「あうぅ~、ごめんよぅ。おかしゃん……」


 母親に対する呼び方が全く変わってないのが、これまた激しいギャップだった。


「あ~……」


 何かを言おうとするが、色々鮮烈すぎて頭の中が真っ白だ。

 それでも数秒かけて思考をまとめて、何とか言葉を整えて口に出す。


「お嬢も『出戻り』してたんですね……」

「そうみたいなのよ。天月の方にいたみたいなんだけどね、今はここに住んでるわ」


 と、ミフユが説明してくれた。

 何とまぁ、宙色市以外にも『出戻り』っているんだなぁ、とか思ったり。


「エヘヘ~。今日はいい日だ~、ケントしゃんに会えちゃった♪」


 ホクホク顔で笑って言うタマキ。それがまた、ケントには可愛く映る。


「それでケントは今日はどうしたの? アキラに用事?」

「あ、ああ。そうでした。実は――」


 ケントは、ミフユに映画のチケットのことを説明する。

 もちろん菅谷真理恵の件については『友人』という形で適当にボカしておいた。

 デートを断られた、なんて話、カッコ悪くて口に出せるワケもない。


「なるほどなるほど」


 話を聞き終えたミフユが、チラリとタマキの方を流し見る。


「じゃあ、あんたが行ったら、タマキ?」

「えぇぇぇぇぇ、オ、オレェ!?」

「ちょっと、女将さん……?」


 驚き、自分を指さすタマキに、いきなり過ぎる展開に目が点になるケント。


「だってあんた、今日はヒマだって言ってたじゃない。ちょうどいいんじゃない?」

「お、おかしゃんは……?」


「このあとアキラとデートよ~。って、昨日から言ってたでしょ……」

「そーでした」


 待て待て待て待て、待ってくれ!

 と、ケントは叫び出しそうになるが、考えてみると、特に断る理由もなかった。

 タマキはヒマっぽいし、自分もチケットを余らせている。むしろ都合がよかった。


 いや、でもまさか『行く』とは言うまい。

 彼女はどう見てもアウトドア派に見えるし、アニメなど見るとは思えない。


 それに中学生とはいえ自分は男子。

 一緒に映画など行ったら、それこそまるでデートのようではないか。

 そこを、年頃の女子であるタマキが気にしないとは思えない。


「……え、じゃあ、お嬢。行きます?」


 OKが出るなどとは全く思っていないケントが、一応尋ねてみる。

 すると、タマキの顔に見る見るうちに喜色が溢れ、


「うん、行くゥ――――ッ!」


 と、元気のよいお返事をされてしまうのだった。

 ミフユが、ケントにニッコリと笑う。


「じゃあ、この子のこと、よろしくね。ケント。一応、お金は持たせるから」

「あ、はい。わかりました。女将さん……」


 もはや、退路はない。

 傭兵ケント・ラガルクとしての感覚が、それを確信してしまう。


 ――郷塚賢人、人生初デート、決定ッ!!!!

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