幕間 『出戻り』達の平穏ならざる日常

第66話 占い師ミスティック・しいなの受難

 皆さん、こんにちは。

 宙色市の駅ビルで占い師をしているミスティック・しいなです。


 デパートの隅っこなんかでやってる占いの部屋。

 あれみたいに、目立たないようにしつつ最低限の自己主張をしてやっております。


 さて、皆さんは占いについてどれくらい知っているでしょうか。

 手相、人相、生年月日、星座、その他パーソナルデータから未来を予測する技術。

 そんな風に思う人が多いのではないでしょうか。


 実際、そういった向きはあります。

 というか、占いは人類が登場したどの文明、どの歴史にも必ず登場するものです。

 遥か昔は神の声を聴いたり、亀の甲羅を焼いたりして占っていました。


 斯様に、占いとは人の歴史と密接に結びついてきたものなのです。

 ではそれは魔法・神秘のたぐいかといえば、決してそんなことはありません。


 いえ、そういったものと結びついたから『占い』なんですけどね。

 でもその実態は、言ってしまえば『未来への不安を希望に変える技術』なんです。


 皆さん、未来に不安、ありますよね。

 人生、一寸先は闇。とはよく言いますけど、それはつまり不安ってことですよね。


 でも、闇っていうのは『わからない』ってだけで、悪いことじゃないんです。

 ただやっぱり『闇』っていうもののイメージが悪いのか、不安が先行しがちです。


 それをあの手この手で多少でも『未来への希望』という光に変えるのが占いです。

 もちろん、実際に未来を言い当てられるワケじゃありませんから、嘘は嘘です。


 だけど占いはきっと『ついた方がいい嘘』なんです。

 嘘も方便と言いますが、占いはまさにそれ。

 占いっていうのは、人類が数千年かけて磨き上げた『よい方便』の技術なんです。


 ――まぁ、私、占いの学校とかいったことないんですけどね!


 はい、占いについて勉強したことなんて一度もありません。

 今のも、ちょっと占い師っぽいことを言いたくて言ってみただけです。


 占星術とか知りません。タロットもわかりません。四柱推命、なぁにそれ?

 カバラも全く分かりません。カバさんは可愛いかなって思いますけど。


 だけど、私は駅ビルの片隅で『ミスティック・しいなの占い館』を開いています。

 おかげさまで、毎月そこそこのお客様にご愛顧いただいております。

 リピーターの方もそれなりにいらっしゃいます。本当にありがたいことです。


 本物の占い師の方からすれば、私は邪道かもしれません。

 でも、私には私なりの占い方があります。

 それが何かと言いますと、言ってしまうと私、お客様の未来が見えるんです。


 本当にほんのりと、断片的で、完全な未来予知ではありませんけど。

 でも、見えるんです。私の目には、その人の少し先の未来が。

 こんな不思議な能力を身に着けたのは、今から三年前、大病を患ってからです。


 とても大変な病気で、一度は生死の境をさまよいました。

 そして持ち直したあとで、私は、それまでの私でなくなっていたのです。


 私は、ミスティック・しいな。本名、山本詩奈やまもと しいな

 もう一つの名前はシイナ・バーンズ。『夢見にして星見』と呼ばれた占い師です。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 前世、最悪ッ!


 記憶を取り戻した三年前から、私がずっと思っていることです。

 何なんですか、前世の記憶って。どこのラノベの設定なんですか、一体……。


 しかも、ただの前世じゃなくて異世界転生ですよ。

 今期のアニメでも幾つあったかわからない『なれらぁ系』のヤツですよ?


 あ、ちなみに『なれらぁ系』とは、そういう名前のジャンルの総称です。

 小説投稿サイト『小説家になれらぁ!』ですごく流行ったんです、そういうのが。


 でも、流行ったのはあくまでも異世界への転生です。

 私は異世界に転生して、またこっちに転生し直したんです。似て非なる!


 いうなれば『出戻り』転生、でしょうか。

 おかげで、何か色々なことができるようになって、未来予知も可能になりました。

 元々、占いは好きだったから、占い師の道に進めたのはよかったです。


 でも、前世、最悪ッ!


 ミスティック・しいなこと、山本詩奈は自分でいうのも何ですが、小市民です。

 特に大きな夢とかはあったりしません。


 普通に趣味を楽しんで、恋愛して、結婚はしたいな、子供欲しいな。

 くらいのささやかな夢しかない、どこにでもいるありふれたモブAな女です。


 学生時代だって、決して目立たず騒がず、静かにオタ活をしていました。

 いつもキラキラしてた、カースト上位の陽キャパリピ勢にも近づきませんでした。


 勉強そこそこ、運動そこそこ、大学も短大で成績もそこそこ。

 全てにおいてそこそこの、無難で、普通で、穏やかで、誰の邪魔にもならない人。

 そうしたものに、私はなりたかったのに……。


 それなのに、私は前世の記憶に覚醒してしまいました。

 何故です、どうしてです? 何で私のような小市民がそんなのに目覚めるんです?


 しかも、私の前世シイナ・バーンズの人生がまたひどい。

 異世界で、バーンズ家は『最悪にして災厄なる一家』とか呼ばれてたんですよ?


 やめて! そんな強すぎるワードを使わないで!

 私は、毒にも薬にもならない人生を送りたいだけの一般人なのに!


 滅びとか災いとか、私の人生には一番欲しくないワードです。

 なのに、そんなモノがてんこ盛りに日常茶飯事なのが、バーンズ家でした。

 もう、本当に、本当にッ、本当にッッ、前世、最悪ッ!


 だから記憶が戻ってからの三年間、私は今日までずっと気を配り続けていました。

 もしかしたら、私以外にも『出戻り』がいるんじゃないか、そう危惧して。


 きっと、遭遇したらそこから波乱万丈な運命がスタートするんです。

 私が願う、ささやかで穏やかな波風の立たない無難な人生はクラッシュ確定です。


 それはイヤです。絶対にイヤです。

 何があっても、私は必ず、無難に生きてみせますから!


 だから私は日々を無難に乗り切るべく、今日も周りを警戒しながら生きています。

 ああ、お願い神様。どうかミスティック・しいなにありふれた日常を……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――六月も終わりが近づき、湿気に暑さも加わったある日。


「ふぅ、今日は雨が強いせいか、お客さんも少ないですね……」


 空調のおかげで駅ビル内は快適ですが、外はもうお水で濡れ濡れですよ。

 帰りが今からめんどくさいです。

 これから夜にかけて、もっと雨が強くなるらしいので、さらに気が滅入ります。


 もう、今日は早めに店じまいして、帰っちゃおうかな。

 それでコンビニに寄って、チューハイとおつまみ買っていこうかな。


 撮り溜めしてたアニメを見ながら、除湿ガンガンの部屋でお酒におつまみ!

 もちろん気楽にジャージです。くぅ~、一人暮らし万歳。今から夜が楽しみです。


 結婚なんかしてたら、絶対にできない所業です。

 うんうん、独身貴族もいいモンですよね。……ああ、カレシ欲しい。


 はい、本当は彼氏欲しいです。

 私も今年で二十六。容赦なきアラサーです。辛いです。キツイです。

 短大の同級生や後輩から結婚の報告があるたび、自分の現状を思い知らされます。


 私、他人の未来は見えるんですけど、自分の未来は見えないんですよね。

 ホント、キッツイ。ホント、ホント、キッツイです……。


「本格的に滅入ってきました……、もう今日はお店をしめちゃって――」

「おとうさん、おそと、あめすごいよ~!」

「あ~、そうだなぁ。どこか寄って雨宿りでもしようか~?」


 聞こえた声に、ハッとしました。

 私の無難センサーに激しい反応があったのです。


 あ、この人とは関わってはいけない。

 関わったら、その時点で私の無難な人生が根底から破壊される。

 そんな危機感が私の中でビンビンのガンガンでビートなグルーヴィーなのです。


 私は、お店の入り口の隙間から声の主をチラッとだけ覗きました。

 そこには小さな女の子と手を繋いで歩く超絶イケメンが。超、絶、イケメン、が!


「……ヤッバ、シンラ兄様だわ、アレ」


 一発でわかってしまいました。

 あいつシンラです。バーンズ家の長男です。皇帝です。危険度A++++です。

 しかもあれ、手を繋いでるの、ヒナタちゃんじゃ? ウチの末っ子じゃ?


 あれ、でも何だか違うような?

 どうなんだろう、う~ん? う~~~~ん? ……ま、いいか!


 私はお店の中に戻りました。

 そして息をひそめながら、シンラ兄様が通り過ぎるのを待ちました。

 まさか、兄様が『出戻り』してたなんて思いもよりませんでした。


 一般人からすれば、皇帝なんて無難の対義語のような存在です。

 会話するだけで一大イベントです。胃が痛くなるだけです。

 幸い、シンラ兄様は私には気づくことなく、そのまま歩き去っていきました。


「よかった……」


 私は胸を撫で下ろしました。本当によかった……。


「ケントしゃん、ケントしゃ~ん! ねぇ、映画のあとどうする? どこ行く~?」

「いや、お嬢。呼び方、その呼び方はさすがに恥ずかしいっす。勘弁っすよ」


 うひぃ!?


「え、……え?」


 新たに聞こえた声に、私の背筋は凍りました。

 まさか、そんなまさか、そんなそんな、まさかまさか……!?


「え、嘘、ですよね……?」


 戦慄に身を震わせながら、私は再びチラッと店の外を覗きました。

 そこには、中学生の少年と、快活な雰囲気の女子高生が並んで歩いていました。

 女子高生の方が、中学生の少年に積極的に話しかけています。


「(――タマキ姉様だァァァァァァァァァァ!!?)」


 声にならない声で私は絶叫してしまいました。

 間違いありません。あの子タマキです。バーンズ家最悪のトラブルメーカーです。

 危険度EX+EXの二乗です。


 それと、一緒にいる男の子はケント? もしかしてケント・ラガルクさん?

 そういえば、あっちの世界でタマキ姉様がいっつも話していたような。


 うん、どっちにしろ危険信号です。

 関わりたくありません。

 タマキ姉様一人だけでも詰みです。役満です。デッドエンド直行です。


 二人が店の前を通り過ぎるまで、私は呼吸を止めることにします。

 存在も極限まで薄めて、自分自身をお店の一部と化します。


 そう、私は石。私は草。私は木。

 誰も私を見つけられない。私は無機物。私はお店。私は壁の一部分。私は――、


「あ、もうすぐ映画始まっちゃうよ、行こうぜ、ケントしゃん!」

「やっとかぁ~。それじゃあ、行きましょうかね~」


 私が息を殺している間に、二人の声が聞こえて、足音が遠ざかっていきました。

 そこからさらに一分ほど私は壁の一部になり続け、やっと息をつきます。


「やりました、私の勝利です……」


 汗に濡れた額をグイと拭って、私は勝利を噛みしめました。

 一時はどうなるかと思いましたが、私は私の平々凡々な人生を守り抜いたのです。

 タマキ姉様まで『出戻り』してるとは思いませんでしたが……。


「お店、別の場所に変えた方がいいかもしれませんね」


 この先のコトを考えると、県外に出た方がいい。まであります。

 とにかく、疲れました。もう、今日はお店をしめましょう。そうしましょう。

 閉店の準備を始めるべく、私はお店の入り口に背を向けます。そこに、


「あの~、まだやってますか~……?」


 何ということでしょう。お客様のようです。

 声の幼さからして小学生でしょうか。足音が二つ。二人組のようです。


「あのさぁ、何を占おうっての? ねぇ?」

「え、決まってるでしょ~。わたしとあんたの相性よ~♪」


 あらあら、男の子の方が恥ずかしがっているようです。可愛らしいですね。

 こういうことには女の子の方が積極的なのは、古今東西、どこでも同じようです。


 小学生カップルの可愛らしさに、萎えきった私の心も少しだけ癒えました。

 お礼というワケではありませんが、最後に占ってあげようかな。と思いました。


「はい、お店はまだやってます――」


 と、振り返って、そこにいた二人の子供を目の当たりにして、私は気づきました。


「あ、父様、母様」

「え、あ、シイナじゃん」

「あ、ホントだ、シイナだわ」


 …………。…………。…………。…………。…………。…………ぶわッ!


「うぉぉぉぉぉぉッ!? 何か、いきなり泣き出したぞ、この四女!」

「何? 何? どうしたのシイナ。何かあった? は、話なら聞くわよ!」


 涙を溢れさせる私に、父様と母様は優しく寄り添ってくれました。

 でも違うんです。そうじゃないんです。


 ただ、私の無難な人生がお亡くなりになられたのが悲しくて泣いただけです。

 うぇ~~~~ん、この世界に、神様なんかいないんだぁ~~~~!


 ――前世、最悪ッ!

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