第41話 宙色銀河商店街、最後の夜:後

 俺の足元から、黒い火柱が噴き上げる。


「吼えろ、兇貌マガツラァ!」

『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


 現れた巨大な漆黒の人影が、裂けた口をいっぱいに空けて咆哮を轟かせる。


「ひぃっ!?」

「な、何だァ、ありゃあ!」


 コワモテのヤクザ達が、いきなり現れたマガツラを前に動揺を見せる。

 そこにできた隙を使って、俺は賢人に必要なものを投げ渡した。


「ほれ、これを嘗めろ」

「何だこれ、あ、飴……?」

「新人の傭兵に支給するモンでな。とけてなくなるまでの十分間、肉体を強化する」


 バフ魔法の飴ってことだが、注意点もある。


「ぶっちゃけ、麻薬の一種だ」

「ま、麻薬ゥ!?」


「中毒性は低し、効き目も薄いから、一回程度なら問題はないけどな」

「ぅ、ぐ、でもさ……」


 俺が言っても、賢人は逡巡しているようだった。

 仕方ねぇな、俺はこいつが見ている前で、自分も同じ飴を取り出し、口に入れる。


「アキラ!」

「一蓮托生だ、俺の『友人にして恩人』。一緒に行こうぜ?」

「……ッ、後戻りできなくなること、言うな!」


 そして、賢人は意を決して飴を口の中に放り込んだ。

 歯が、硬い飴の表面をこする音がして、直後に賢人は大きく瞳を見開いた。


「うぉお、すごっ!」

「力が溢れるだろ? でも無茶したら死ぬぞ。強化度合いはそこまで高くねぇから」


 武器として使うダガーを賢人に渡して、俺は商店街の奥を睨みつける。

 拳銃は弾丸が尽きたので、今回は使えないのだ。


 スダレの『誘い蜘蛛の陣』によって、この場にはヤクザ以外には誰もいない。

 一般人は、見えない糸によって商店街に近づかないよう誘導してある。


 その中には、商店街の人間も含まれている。

 別にそっちはどうでもいいんだけど、去年の夏、一度は俺を助けてくれた礼だ。


「さぁ、来るぜ、戦いのは始まりだ。音を鳴らせ、曲を奏でろ!」


 収納空間の中から、俺は愛用の品を取り出した。


「な、何だそれ、天使の人形?」

戦空機奏楽団ウォースカイ・ウォークライ。俺の自慢の、お抱え楽士さ!」


 空中に飛び上がった人形が、いきなり音を奏で始める。

 それは、ここ最近お気に入りの、異能バトル系アニメのテーマ曲だ。

 好きな音楽を簡単にインプットできるのが、こいつの便利なところである。


「な、何か、何だ? 体が、熱い……?」

「こいつが奏でる音はな、味方陣営に『高揚』のバフを与える。これで準備完了だ」


 ヤクザ達が、刃物や木刀を片手に、こっちに向かってくる。


「こんなトコで幼稚な歌流しやがって、ふざけてんじゃねぇぞぉ!」

「手足の一本でも折ったるわ、このガキャア!」


 最初に襲ってきたのは、十人ってところか。

 三秒もせず接敵と判断し、俺は最後のアドバイスを賢人に送る。


「連中の目的は俺達の捕縛だ。賢人、おまえはその刃に殺意を込めろ!」

「……わかった」


 ヤクザ達が、迫ってきた。


「派手に行こうぜ、マガツラ!」


 角材で殴りかかってきた角刈りのヤクザに、マガツラが鉄拳を撃ち放つ。

 その一撃は角材をブチ折って、そのままヤクザの頭部を粉々に砕け散らせた。


「……は?」


 仲間の凄惨な死を目の当たりにして、動きを止める別のヤクザ。

 その右膝に、賢人が思い切り前蹴りを食らわせた。


「ぅぎッ!」


 ヤクザが短く鳴いて体勢を崩す。

 そののど元に、賢人はあっさりとダガーを突き立てる。


「……すごいな、これ」


 倒れ伏すヤクザの傍らで、その身に血を浴びながらも、賢人はそんなことを言う。

 人を殺したことよりも、強化された今の自分に感動していらっしゃる。


 郷塚理恵への仕返しのときに、人を殺す経験をしたおかげか。取り乱してない。

 だけど、それが危ないってんだよ、おバカめ。


「賢人、ここは戦場だぞ! 感激してるヒマがあったら、敵を殺せ!」

「わ、わかってるよ!」


 俺が叱り飛ばすと、賢人はビクッと身を震わして、すぐにそう返してくる。


「な、何だこいつら!?」

「死んだ、のか? オイ、こいつら、まさか本当に殺したのかよ!」


 しかし、攻めてくると思われたヤクザ達は、そんなことを言い出していた。

 ありゃあ、こりゃあ何だァ。今の俺達のやり取りなんて、完全に隙だったろうに。


「……あー、そっか。ここが日本だからか」


 俺は気づいた。

 いかにヤクザとはいえ、ここは令和の日本。戦争なんて縁遠い場所だ。

 要するに、鉄火場での経験値が絶対的に不足してる。根性が足りてねぇんだな。


「連中はビビってる。今のうちに、行けるところまで進むぞ!」

「了解!」


 マガツラを前に出して、ヤクザの集団にぶつける。

 中でもガタイのいいヤクザの足をマガツラが掴んで、勢いよく振り回した。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」

「な、永松ゥ――――!」


 こいつ永松っていうのか。

 じゃあ、必殺技の名前に使わせてもらおうかな。


「やれ、マガツラ! 永松ブーメラ、あ」


 振り回すのに力込めすぎて、掴んでる足首から先が千切れちゃった。


「ふんぎゃあああああああああああああああああああああああ! げぶぅ!?」


 すっぽ抜けた永松は他のヤクザ数人を巻き込んで、クリーニング店に突っ込んだ。

 狙いは外れたけど、結果的には同じようなものなので、よし!


「な、何だこいつ~!?」


 と、敵の意識が暴れるマガツラに集中しているところに、脇から賢人。

 素早く背後に回って、うなじ部分にダガーをサクッと。


 なかなかいい感じだ。

 無駄な動きはまだまだ多いけど、力が弱いなりの戦い方をしている。


「武田? おい、武田、いきなり寝るなよ、武田!」


 賢人に仕留められた武田とやらを仲間が呼ぶが、もちろん起きることはない。

 戦いが始まって、およそ二分。

 ロック調のアニソンが流れる中、俺達は一方的にヤクザを圧倒していた。


「何やってやがる、てめぇら!」


 そこに、奥にいる郷塚健司が怒声を響かせる。


「チャカ使え、チャカ! この際、殺しちまっても構わねぇ!」

「来るか。賢人、おまえは後ろに退がれ」


 俺が言うと、賢人は意外そうな顔でこっちを見つめてきた。


「お、俺はやれるぜ?」

「そう思ってるときが一番怖いのさ。ここから先は、本当の戦場になる」


 健司の指示に、ヤクザ達が各々隠し持っていた拳銃を取り出す。

 人間ってのはどこまでも希望に弱い生き物だ。

 マガツラと賢人に二十人近くも殺されながら、拳銃を持った途端に余裕が蘇る。


 半ば追い詰められた鼠になっていることもある。

 これから連中は、拳銃という最大火力で状況の逆転を狙ってくるはずだ。

 この環境は、さすがに『出戻り』しきっていない賢人には、まだ早い。


「俺の役割はおまえを健司の前に連れていくことだ」

「でも……」

「言うこと聞いとけ。その代わり、健司には手を出さねぇよ」


 個人的に、郷塚健司には何の恨みもないからな。

 郷塚家への仕返しを終えた今、俺は純粋に傭兵としてこの場に立っている。


 この戦いは、賢人の戦いだ。

 賢人に雇われた身として、俺はこいつを健司の前まで連れていく。それが仕事だ。


「おまえのクラマックスは、まだここじゃねぇ。そうだろ、賢人」

「ああ、そうだ。そうだったよ! この手で、クソ親父を泣かしてやる!」


 叫んで、賢人はマガツラの後方へと退がっていく。

 ふと見れば、ヤクザ達は銃を手に、汗に濡れた顔にいびつな笑みを浮かべている。


「撃て、撃てェ! あのガキ共、ハチの巣にしちまえ!」

「盾になれ、マガツラ」


 俺は、マガツラを前に立たせた。

 そして始まる、銃撃の嵐。前方にチカチカと火花が瞬いて、十重二十重の銃声。


「無駄な労力、お疲れさん」


 俺と賢人を殺すのなら、その火力で十分だ。

 だが、マガツラを貫くには到底足りやしない。全然、少しも、微塵も効かない。


「な、し、死んでねぇのか!?」

「そんなはずはねぇ。撃て、もっと撃つんだよ!」


 ここからは、相手が弾切れになるまで待つだけの簡単なお仕事。

 それも大体五分くらいで終わって、火薬臭さが俺のところにまで届いてくる。


「たかが火薬で加速しただけの鉛玉じゃ、こいつは仕留められねぇよ」


 幾度もトリガーを引き続けるヤクザ達の前に、俺はヒョコッと身を晒す。

 おうおう、さっきより全然追い詰められた顔になっちゃって。


 カチッカチッ、と乞い縋るようにトリガーを幾度も引き続けるも、弾丸は出ない。

 頼みの綱だった拳銃が通じなかったのが、よっぽどショックだったっぽい。


「それじゃあそろそろ、反撃行かせてもらうぜ」


 近くに小絵のブティックが見えたので、あれを使うことにする。

 マガツラがそこまで歩いて、広げた両腕でブティックの壁をガシッと掴んだ。


「お、おい、アキラ? 何するつもりだ?」

「ん~? ああ。大したことはしねぇさ。ちょっとした――」


 ミシミシ、バキバキと壊れる音と共に地面が揺れて、ブティックが傾き始める。


「投石機代わりの質量兵器さ」


 マガツラが、その太い両腕でブティックを引っこ抜き、持ち上げていた。


「「「うわァァァァあああああああああああああああああああああああ!!?」」」


 ヤクザ達が揃って悲鳴を響かせて逃げ出そうとするが、もう遅い。

 マガツラが投げつけた建物が、その大質量で上から連中を押し潰し、圧殺する。


「オラオラ、もう二つ三つ、行くぞォ!」


 俺はさらに、マガツラに他の店舗も持ち上げさせ、質量兵器に使っていく。

 地響き、轟音、上がる土煙。悲鳴と、肉が潰れる濡れた音。


「ああ! ぁ、あ! あああああああああ!」


 生き残ったヤクザも、恐慌状態に陥って一目散に逃げ出そうとする。

 しかし、ここは隔離された『異階』。

 出ようとしてもループして、再び商店街に戻ってきてしまう。手詰まりだ。


「さぁ、残党狩りと行こうか」


 積み上がった瓦礫の山の上から、俺は戦意を喪失したヤクザを見下ろす。

 今の商店街投げによって、連中の士気はいよいよ総崩れだ。


「ひぃ、こ、こんなの勝てるか! 勝てるかよぉ~!」

「助けてくれ、助けてくれ、お、お願いだ、助けてくれェェェェ~!」


 絶望を叫ぶ者。無様に命乞いする者。

 その姿は様々だが、しかし一切関係なく、マガツラが全員を殺していく。


「ひぎゃあああああァァァァァァァ!」

「やだ、死にたくない、死にた、ァ、あああああああああああ!?」


 こいつらは俺と敵対した。

 だから死ぬ。それが俺のいる戦場なのだと、生ぬるいこいつらに叩き込んでいく。

 次々に上がる断末魔の声。末期の叫び。そして、ゴール。


「俺の仕事はここまでだ」


 最後のヤクザの首を握り潰し、マガツラが虚空へと消えていく。

 俺の目の前には、血の気の失せた顔で棒立ちになっている、郷塚健司がいる。


「う、ぅあ、てめぇ、ら……!」

「来たぜ、親父」


 賢人がそう言って、前に出てくる。

 BGMは、ちょうど後期オープニングのサビに入るところだった。

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