第40話 宙色銀河商店街、最後の夜:前

 いざなわれたその先に、待ち構えるは絡新婦じょろうぐも


「いたか?」

「いえ、こっちにゃあいませんねぇ」


 尋ねたのはパンチパーマのチンピラで、答えたのは角刈りのチンピラだった。

 パンチの方が立場が上らしく、次に向かう場所を考えているようだ。


 ここは住宅地の端っこ。

 道は細く、しかも幾つにも分かれて入り組んでいる。


「どっちに行きます、兄貴?」

「そうだな……」


 角刈りに尋ねられたパンチが「よし」とうなずき、一方を指さす。


「あっちに向かうぞ。何となくだが、いるような気がしてならねぇ」

「兄貴の勘は当たりますからねぇ、行きましょう!」


「ったく、組中の人間総出でガキ二匹の捜索なんざ、親父は何考えてんだか」

「郷塚さんからの依頼じゃ、仕方ないっすよ」

「やれやれ、めんどくせぇなぁ……」


 ボヤきながら、二人のヤクザは歩き去っていった。

 こちらの目論見通り、宙色銀河商店街がある方角へと。


「すごいな、本当にどんどん商店街の方へ集まっていくんだな……」


 俺が貸した『隙間風の外套』を纏い、賢人がヤクザが歩いてった方向に目をやる。

 これでヤクザとの遭遇は四度目。全員が俺達を探している。


 そして、全員が商店街へと向かっている。

 これも俺がスダレに指示して仕掛けた『誘い蜘蛛の陣』による効果だ。


「どういうものなんだよ、その『誘い蜘蛛の陣』ってのは」

「そうだな、簡単に説明するなら、感覚情報の操作による誘導、かな」

「かんかくじょーほー?」


 さすがに一回ではわからなかったらしく、賢人は首を傾げた。


「例えばだが、賢人、おまえが俺を探してるとする」

「ああ」


「目の前には分かれ道、どっちに俺がいるかはわからない。どっちを選ぶ?」

「どっち、って……、それは、う~ん」


 考え込む賢人に、俺はヒントを与えようとした。しかし、


『ならそこにぃ、パパの声が聞こえたらぁ、どうなるかしらねぇ?』


 割り込んでくる、甘ったるく粘性の高い声。

 金色に透き通った蜂蜜のように、それは耳から入って意識をねっとり冒してきた。


「急に割り込むな、スダレ」


 顔をしかめる俺に、念話を介してスダレが『あはぁ♪』と笑う。


「ス、スダ……? え、スダレさん!?」


 ほ~ら、賢人もビックリしてるぅ。

 まあ、こいつが知るスダレは黒縁眼鏡の情報バカの方だからな。こうもなるか。


『情報を『集める』んじゃなくて『使う』ときは、スダレはエロくなるのよ……』


 ホテルに帰ったミフユが『念話』で補足してくれた。

 とんでもねぇ説明だが、そうとしか言えないので俺も何も訂正できない。


『全く、スダレがいつもこのモードなら、娼婦としてわたしの半分くらいには大成できたのに、惜しいわよね~。あ~ぁ、本当に惜しいわ~。笑えないわ~』

「し、娼婦……」


 ゴクリと生唾を飲む賢人。


「おい、やめろミフユ。郷塚の次期当主の健全な中坊が前かがみになっちゃうだろ」

『さすがは十代前半。娼婦の単語だけでそこまで想像できちゃうのね……』


 はいはい、脱線し過ぎですよ、貴様ら! 話を戻すぞ、オラァ!


「とにかくだ。スダレが言った通り、俺の声が聞こえたら、どうなる?」

「そりゃあ、聞こえた方に行ってみるだろ」


「じゃあ、俺の声が聞こえるか聞こえないかってくらい小さかったら」

「え、それでもやっぱり聞こえた方に……。あ、そういうことか」

「そうだ。それが俺が今言った『感覚情報の操作』だ」


 人は、自分が思っている以上にその五感で多くの情報をキャッチしている。

 しかし、そのうち意識的に感じ取れる情報は、さほど多くはない。

 むしろ意識の外で肉体だけが認識していることの方が、情報量が多いくらいだ。


 この戦術は、そうした断片的な情報を駆使する。

 非常に微細な音、匂い、光、空気感を魔法で発生させ、気配を演出するのだ。


 そうすることで『何となくこっちな気がする』と思わせれば、こっちの勝ち。

 あとはそれを繰り返して、対象を指定の場所まで誘いこむのみ。


 目に見えない糸に導かれて、気がつけば蜘蛛の巣の中。

 これぞ、バーンズ家が誇る敵軍誘導戦術――『誘い蜘蛛の陣』である。

 有効範囲はスダレの情報結界内に限られるが、強力な戦術だよ。


『ウフ~♪ あらぁ、来てるわぁ、どんどん来てるわよぉ、これからパパに無残にコロコロされちゃう働きアリさん達。そろそろ、現場に向かったらどうかしらぁ~?』


 スダレが、ねちょっとしたエロい声で俺達に指示を出してくる。


「ぅ、ぅおぉおおお、アキラ! 今の声、ヤバいッ、ぉ、俺ッ、俺ェ――――ッ!」

「うるせぇ中坊、黙れ! 内股になるな! 叫びと仕草が生々しいんだよ!」


 こいつ、絶対河原でエロ本探すタイプだよ。と、俺は確信した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――日が暮れる。空が闇黒に染まる。そして夜がやってくる。


「ついたぜ、賢人」

「ああ……」


 外套で身を隠しながら、俺達はやっと宙色銀河商店街に到着した。

 かつて真夏に見た安っぽい入り口のアーチが、ささやかな電飾で照らされている。


「オイ、何だァ、何でどこもしまってんだよ!」

「ひぃ……!」


 俺達が見ている先で、さっきのパンチパーマのヤクザが店の壁を蹴っている。

 商店街のいたるところで、同じような光景が見て取れる。


 今や、郷塚家の遊び場であるこの商店街は、ヤクザホイホイと化していた。

 この場に集まったヤクザ全員、スダレの情報操作によって誘導されてきた連中だ。


 こっち世界の人間は魔力が使えない分、魔法に対する耐性が皆無だな。

 異世界でも、ここまで『誘い蜘蛛の陣』が上手くいったことはなかったと思うぞ。


「さてさて、そっちはどうだー?」


 俺は念話を通じて、他二か所に待機しているミフユ達に尋ねる。


『はいはい、こちらジジイが愛するミフユちゃん。ホテル上空から確認してるところよ~。数は、十五人かしらね。拳銃での武装も確認済みよ~。わたしをその程度でどうにかできると思ってるのかしらねぇ。笑えないわねぇ……』

『こちら、風見家のシンラにてござりまする。こちらも、アパート前に敵勢力の集結を確認致しました。数は同じく十五。美沙子殿の拉致が目的と思われまする』


 こっちも見事にスダレに誘導されてるねぇ、笑うわ。


「それじゃ、そっちの連中はおまえらが適当にプチッといっといて。よろしく頼むわ。あ~、あとスダレ。お~い、スダレ~。いるか~?」

『にゃは~、何かな、おパパ~?』


 あ、エロくなくなってる。

 もう『誘い蜘蛛の陣』を敷く必要もなくなったからか。


「念のための確認だ。おまえからもらった例の情報、間違いないな?」

『そうやって確認するのはいいことだけど~、情報持ってきたウチからするといい気分しないっていうか~、おパパはおパパだなって感じでいいなぁっていうか~』


 結局、どっちなんだよ。


『でも、渡した情報に間違いはないよ~。現実、これが現実です~』

「そうか、わかった……」


 俺は念話を終わらせ、チラリと隣の賢人を見る。


「何だったんだ、最後の……」

「ま、ちょっとな。それよりもほれ。着けてみろ」


 適当に濁して、俺は偵察用のゴーグルを渡す。

 それを装着した賢人は、商店街のずっと先、反対側の入り口を見て身を震わせた。


「……親父」


 そこには、多数の芦井組の組員を引き連れた郷塚健司がいた。


「あそこがゴールだ」


 俺は、収納空間から金属符を取り出して、そう告げる。


「スダレからの情報によれば、俺達を探すために駆り出された芦井の組員は百十人。そのうち十五人がミフユのホテル、十五人が俺のアパートに向かった。残りは八十人。その全員が、見えない糸に誘われて、この商店街に集まってきてる」

「は、八十……」

「悪ィが、ブルってるヒマはないと思え。これから、全員潰すからよ」


 ミフユから、くれぐれも全員仕留めてね、とも頼まれている。

 あいつも、今回の件を奇貨として、芦井組そのものを潰す魂胆だからなぁ。


「ブルッたりなんぞ、しねぇよ」

「そうかい。ま、そこは信じてやるよ、俺の『友人にして恩人』殿」


 上に投げつけた金属符が、商店街入り口のアーチに張りつき、効果を発揮する。


「うぉっ」


 一瞬の浮遊感に賢人が反応した。

 これで、宙色銀河商店街全域が『異階化』し、現実空間から切り離された。


「行くぜ、賢人」

「ああ、行こうぜ。決着をつけに!」


 俺と賢人は纏っていた『隙間風の外套』を脱ぎ捨てて、姿を現す。

 近くにいたパンチのチンピラが、真っ先に俺達を発見する。


「あのガキ、あんなところにいやがったぞ!」


 宙色銀河商店街、最後の夜が始まった。

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