第三章 宙色銀河商店街懺悔録
第28.5話 この刑事、人の話を聞かないし勘も大体当たらない
彼は言った。
「こりゃあ、ウラにデカい犯罪組織があるに違いねぇよ」
「ないです」
彼女はそれを即座に否定した。
宙色東警察署に勤務している女刑事、
というのも、配置換えによってコンビを組むことになった相手が最悪だからだ。
今年で二十二になる彼女の相棒は、
年齢は五十六で、真理恵の父よりも五歳以上も年上だ。
宙色東署きっての変人で、周りからは『日本語を話す風船爆弾』と呼ばれている。
そんな彼の変人たる由来は――、
「いいや、俺の勘が告げている。こいつは裏にデケェヤマがあるぞ。新入り、おまえにゃわからんだろうが、俺ァこの道のベテランだ。俺の勘は、当たるぜェ?」
と、豪語するその勘が大抵外れるところにある。
「……そう言ってリュウさん、この間の中学生の万引き事件にも顔突っ込んで、無駄にコトを大きくしようとして署長に怒鳴られたばっかりじゃないですか」
「ありゃあ、おめぇ、例外よ例外。何事にも例外は付きモンだ、違うかぁ?」
付き物ではあるのだろう。
ただし、隆一の場合はその『例外』が全体の九割を越えているのだが。
勘が外れた場合、隆一はそれら全てを『例外』としてさっさと忘れてしまう。
その切り替えの早さは大したものだと思うが、見習いたくはない真理恵である。
「っていうかですね、リュウさん」
「おう、何でぇ、新入り」
「何やってるんですか、私達……」
「決まってんだろ、張り込みだよ。張り込み」
言いつつ、隆一は電信柱の影でさっき買ってきたあんパンをかじる。
自分はいったい何をしてるんだろう、と自問しつつ、真理恵は息をついた。
隆一が見ている先には、一軒のアパート。
どこにでもある、ごくごくありふれた二階建ての賃貸住宅だ。
そこの監視を始めてから、早二時間ほどが経過している。
「……本当に、何やってんだろ、私」
二度目の自問は一度目よりも切実で、ため息の大きさも倍以上になってしまった。
こんなはずじゃなかったのになぁ、と、真理恵は天を仰ぐ。
彼女が警察官になったのは、祖父に憧れたからだった。
祖父は警察官で、小さい頃に暴走トラックから彼女を救って事故で死んだ。
その英雄的な死に様を目の当たりにして以来、真理恵は正義に目覚めてしまった。
両親からは警察官だけはやめてくれと言われた。
皮肉なことに、それが彼女の背中を押してしまい、真理恵は警察官になった。
祖父のように、人のために何かできる人間でありたい。
そう願い、踏ん張って仕事して、二年足らずで刑事にまでなったのに……。
「いいかぁ、新入り。あのアパートにゃあ絶対に何かある。俺の勘がそう言ってる」
これだよ。
どうして転属直後に、他の署でも知られる『風船爆弾』のお守りを任されるのか。
人に何かできる人間ではいたいが、それは爆弾を抱えたいという意味ではない。
「仁堂小学校で起きた奇病発生の事件と佐村夫妻事故死の事件、覚えてんだろ」
「どっちも事件になってませんよね? 勝手に仕事増やさないでください」
事件ではないものの、両方とも、つい最近起きた珍しい出来事ではある。
仁堂小学校の小学二年生が発症した、激痛に苛まれる謎の奇病。
今現在も原因は不明で、その子は東京の病院に移されているという。
そして佐村夫妻の事故死。
こちらはまぁ、事件といえば事件だが、事故ということでカタがつくだろう。
話題性は高いが、刑事が一般人みたいに無駄に事件性を見出してどうするのか。
「どっちもたまたまですって。署に帰りましょうよ、リュウさん」
「いいや、ありゃあどっちも事件だね」
と、真理恵が何度説得しても、この初老刑事は聞きやしねぇのであった。
「おめー、考えてもみろ。佐村の事故と奇病の発生が同日同夜で、しかも佐村の娘と奇病を発症させた三木島力也はクラスメイトだって話じゃねぇか、おかしいだろ?」
「それはまぁ、確かに奇妙な一致ですけど……」
「さらに言うと、そのクラスじゃ前の担任教師と他にも一人、生徒が行方不明になってるらしいじゃねぇか。もうここまで来るとよ、何もないと思う方がおかしいぜ」
「う~ん……」
隆一の言葉も、説得力がないワケではない。
今、話題に上がっている仁堂小学校二年四組には、確かに妙な点が多い。
だが、妙ではあっても一連の出来事に繋がりは見られない。
これまでも隆一が同じことを言っていたので、真理恵なりに調べてはみたのだ。
結果、わかったのは、三木島力也と佐村美芙柚がとある生徒をいじめていたこと。
行方不明になった真嶋誠司と枡間井未来は、腹違いの兄妹であることだ。
だが、わかったのはそこまでで、その他、怪しい繋がりなどは見られなかった。
この前、仁堂小学校では全校集会があったが、こちらも特には何も起きていない。
「考えすぎじゃないですか、やっぱり」
「新入りよぉ、おめーにゃわからねぇだろうが俺ァ感じるんだよ、匂いをな」
匂い、ねぇ。
いかにもそれっぽいことを言うが、それが何でアパートの監視になるのだろうか。
「あそこに住んでるの、いじめられっ子の方ですよ……?」
「おう、金鐘崎アキラってヤツだろ、知ってるよ」
あんまり、この手の話題は外でしたくない真理恵である。
昨今、個人情報の取扱いはどこの業種でもナイーブになっている。警察も同じだ。
「ところで知ってるか、新入り」
「何をですか……?」
「その金鐘崎だがなぁ、少し前に旦那の方がいなくなっちまってるんだよ」
「え……」
呆れかけていた真理恵だが、そこで小さく目を見開く。
いなくなった、とはどういうことか。行方不明? 失踪? 一体どうして?
「離婚したらしい」
「…………」
実家に帰っただけだった。
「それとな、このアパートの向かい側にある風見って家でもな、妻がいなくなった」
「それはやっぱり?」
「離婚しやがったらしいな」
それも実家に帰っただけだってば。そう叫びたい真理恵である。
「リュウさん? 私達は刑事なんですよ? 民事には立ち入れないんですよ?」
どうして新人の自分が、その道ウン十年の大先輩にそんなことを教えているのか。
たまらなく悲しくなってくる真理恵だが、隆一は「ふん」と鼻を鳴らす。
「わかってらい、ンなこたぁよ。だが俺の勘が言ってる、こいつはヤバイヤマだ」
「だから、どこにそんな事件があるって言うんですかぁ!?」
ついに悲鳴をあげる真理恵に、隆一は親指をあげて白い歯を覗かせた。
「事件はこれから起きるんだよ」
ぶん殴ってやりたい。
新人刑事菅谷真理恵の偽りなき本音である。
「俺が考えるに、全ては一本の線で繋がってるに違いねぇ!」
「ないです」
「金鐘崎アキラとかいうガキが全ての中心。あいつには必ず、裏の顔がある!」
「ないです」
「行方不明になった連中も、全てあのガキが関わってる。俺の勘がそう告げてる!」
「ないです」
「オイコラ、新人! おめー、俺の勘が頼りにならねぇってのか!?」
「今までその勘が頼りになったことはあるんですか!」
真理恵が言い返すと、隆一は自信満々に腕を組んで胸を張った。
「あるぜ、通算四七六回中、二回な!」
「メチャ渋のガチャでSSRを引き当てるより確率低いじゃないですかァ!」
「こらー、ちょっとそこの君達ー」
言い合っているところに、第三の声。
真理恵が見ると、何と二人の警官がこっちに向かってきているではないか。
「ほらぁ、リュウさんが怪しいから通報されちゃったじゃないですかぁ!」
「チッ、二日連続で署長にドヤされてたまるかってんだ。ズラかるぜ、新人!」
「言い方が犯罪者ァ! も~、何でこうなるのよ~!」
さっさと逃げ出す隆一と、半泣きになってそれに続く真理恵。
二人の警官が「待ちなさい!」とそれを追いかけ、アパート前は静かになる。
貫満隆一は『日本語を話す風船爆弾』と揶揄されている。
そう呼ばれる理由を、菅谷真理恵は勘違いしている。
四七六回中二回だけ当たった隆一の勘。
その両方が日本の犯罪史に名を刻んだ大事件に繋がったことを、彼女は知らない。
――風船爆弾が起爆したとき、果たして何が起きるのか。
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