第25話 魔王と悪女の初デート:前夜
……デート。
…………デートねー。
………………デートかー。
土曜日の夜、家には俺とお袋しかいない。
シンラとひなたはお向かいの風見家に帰ったし、ババアも帰宅済みだ。
う~~~~ん、しかし、デート、デートね~~~~。
「むむむむむむぅ~~~~ん」
リビングをゴロゴロしながら、俺はひたすら考え続けた。
ミフユから突きつけられた『プランを考えて明日一緒にデート』とかいうヤツ。
……デートって何? どうやるの?
まず、俺はその時点からしてわからなかった。
ミフユとは、あっちの世界でそれこそ六十年以上一緒に連れ添った仲だ。
だが、じゃあデートしたことあるのか、と問われると途端にわからなくなる。
さすがにしたことがない、ってことはないんだと思う。
第三者視点から見れば『これはデート』っていうこともあったはずだ。
が、六十年の数多の記憶の中の『どれ』が『それ』なのかが、俺にはわからない。
あっちの世界で一緒にいたときに、俺はそれを意識したことはない。
だが、それはきっと言い訳にはならないだろうし、そんな言い訳したくもない。
というワケで、俺は悩んでいた。
「何やってんだい、アキラ……?」
転がっているところに、お袋が不安げに俺を見てくる。
「ん~、ちょっとした考えごとだよ。あっち行ってろ」
「そうかい?」
「ああ、いや、待って待って、お袋」
俺はお袋を呼び止めた。
考えてみりゃ、俺一人で悩むことないじゃん。
ここに経験者がいるんだから、話を聞いてみればいいんだよ。
と、気づいた俺は、早速お袋に尋ねてみることにした。
実の親父と付き合ってるときに、デートだって行ったことはあるだろ、きっと。
「なぁ、お袋」
「何だい?」
「あのさ、デートってヤツについてなんだけどさ……」
俺がそう切り出すと、お袋はズザザッ、とすごい勢いで後ずさった。
「……アキラ、も、もう聞いたのかい?」
「え、何、え……?」
ものすごいリアクションを見せてくれたお袋に、俺の方がキョト~ンとなる。
そして、真っ白になりかけた頭の中に、突如として閃くものがあった。
「まさか、シンラか! シンラにデートに誘われたのか、お袋ッ!?」
ガバッと身を起こす俺に、金鐘崎美沙子は狼狽えながらも、頬を朱に染める。
「……その、お昼の片づけのとき、一緒に台所にいるときに、ねぇ」
さ、誘われたのか。誘ったんじゃなく。
いや、そうか。お袋だもんな、自分からそんな大胆な行動できるワケねーよな。
じゃあ、そうか、シンラの方が誘ったのか。
え、こいつを?
この、実の息子を生贄に捧げるような人間性ザコクソの高スペック主婦を?
「マジかよ、シンラァァァァァァァァァァァァ~~~~ッ!」
「あ、あれ? その話じゃなかったのかい?」
「ちょっとお向かいさん行ってくる」
「え、この時間にかい? あ、アキラ? アキラ~?」
俺はお袋を放置して風見家へと向かった。
インターホンを鳴らすと「はい?」というシンラの声が返ってくる。
「俺。ちょっと話あるから開けて」
「父上、このような時間に、どうかなされましたか?」
「いいから」
強引に言って、シンラに鍵を開けさせ、家にあげてもらう。
すでにひなたは寝ているのか、リビングにいたのはシンラだけ。話がしやすい。
「父上、一体何事でありましょうや?」
「単刀直入にきくけど、おまえ、お袋のこと好きなん? そーなん?」
テーブル越しに向かい合い、俺は率直に問う。
「本当に単刀直入でありますな……」
シンラはやや面食らいながらそう返したのち、
「そうですか、美沙子殿より余がお誘い申し上げたことをお聞きになられましたか」
そこからしばし思案する。
やがてシンラは、俺の問いにはっきり答えた。
「まことに失礼ながら、今はまだ愛情がどうだという段階ではありませぬ」
「今はまだ、なんだな……?」
「隠すことでもなきゆえ正直に申し上げますが、余が美沙子殿をお誘い致しました理由としまして、まずは第一にひなたのことがございます」
「……ひなたのこと?」
「は。今生におきまして余は風見慎良としての人生を過ごして参りました。そして今現在、余は一国の主ではなく、一人の娘を育てる父親として生きねばなりませぬ」
神妙な面持ちで語るシンラに、俺も何となく察するものがあった。
「ひなたの母親、か?」
「さすがは父上にございますな、話が早うございまする」
シンラは満足げにうなずく。
「余はまず、己のことよりもひなたの健やかなる成長について考えねばなりませぬ。そうしますと、やはり母親というものの存在を意識せぬわけにはゆかぬのです」
「まぁ、そりゃあわかるが……」
ひなたはまだ五歳にもなってない。
その年で母親がいないのは、確実に今度の成長に影響を与えるだろう。
片親が悪いってワケじゃない。
両親がいる子供と片親の子供とじゃ、子育ての難易度が変わってくるって話だ。
「……だからってウチのお袋はねぇんじゃねぇか?」
我が息子ながら、ちょっとそのセンスはどうかと思うよ、俺は。
「父上から見ればそうも映りましょう。されど、美沙子殿は見どころがありますぞ」
「ぇぇぇぇ……ッ、そ、そう?」
見どころ、あの金鐘崎美沙子に、見どころねぇ。あるか、そんなの?
一応、こいつには俺が『出戻り』になった経緯は全部伝えてあるんだがな……。
「はい、見たところひなたも苦手としている様子もなく、さらには父上のお家も掃除が行き届いており、清潔感に溢れておりました。料理の腕は今さら語るまでもなく、美沙子殿ご本人も自身の身だしなみには常に気をつけておられる御様子。総合的に判断して、今風の言い方をするのであれば、まごうことなき『優良物件』かと」
「一方で人間性は『事故物件』だぞ」
俺はそれを言ってみるのだが、
「心の弱きは人の常。確かに美沙子殿は流される性分の持ち主でありましょう。父上に伺ったお話しなどからもそれは明白。が、当時の状況を察するに、美沙子殿が父上を身代わりに差し出した行為につきましては、情状酌量の余地もございましょう」
「第三者だから言えることだよなー……」
「第三者ですので」
シンラがいけしゃあしゃあと笑いながら言う。減らず口を叩きやがって。
「しかしおまえ、やけにお袋のカタを持つよな。本気で惚れてんじゃねぇの?」
「さて、どうでしょうな。可能性は無きにしも非ず」
「煮え切らないねぇ。おまえにしちゃあ」
「好意を抱いているのは確かですゆえ。でなければ誘いなどいたしませぬ」
「わっかんねー! アレのどこがいいんだよー! お袋やぞ!」
「父上は見ておられましたでしょうか、祥子に銃を向けられ、肩を穿たれながらも勇敢にも立ち向かった、美沙子殿のあのときの見事な啖呵を」
ああ、うん、あの余計な行動ね。
おかげで俺の仕事にケチつきかけたんだよね、ホントふざけんなだよね。
慎良がシンラじゃなけりゃ、俺の看板に早速ドロ塗りたくられてたわ。
「余は皇帝なれば、物事を判断する際に情よりも実利を優先させまする。その上で、美沙子殿の啖呵に余はあの方の『母親として確かな資質』を見出したのです」
「見捨てられた立場としては何とも言えねぇ~……」
まぁ、俺が見捨てられたときも、お袋は極限状態だったんだろうけどさー。
「美沙子殿は父上を見捨てた事実を心より後悔し、恥じておりますよ。で、なければ、銃を向けられながらあのようなことは口に出せますまい?」
「言葉と気持ちじゃ過去と事実は覆せねぇよ。おまえだってわかるだろ」
俺がお袋を生かしてる理由は、今の年齢では保護者が必要だからに過ぎない。
それがなければ、俺はお袋を生かしたりはしなかった。
頑なとか意固地とかではなく、単に俺にとってお袋の価値はその程度ってことだ。
「父上には父上の事情がございましょう。それについて、余がどうこう言う筋合いはございませぬな。父上と美沙子殿の間で解決すべきことにて」
「どーでもいいよ、そんなこたぁ。で、他にも何かあるんだろ?」
つついてみると、シンラは「無論」と軽くうなずく。
「美沙子殿が『優良物件』たることもございますが、他にも、ひなたを育てるに当たり、父上がそばにおられるという利点を最大限活かしたくも考えておりまして」
「俺をひなたの義理の兄にするのが、一番安心できるよな、って?」
「然様にてございまする。それも美沙子殿を娶ることで得られる実利の一つなれば」
ニヤリ、と、シンラが笑う。大概食えないヤツだな、こいつも。
「わかったよ、おまえとお袋の話は、おまえとお袋の話だ。二人で俺に迷惑かかんねぇ範囲でやってくれりゃいい。こっちはこっちで、今、別件で頭が痛ェんだ……」
チクショー、気がつけば結構な時間が経っちまってた。
お袋の話を聞いて、勢いだけでシンラの真意を確認しに来たのが間違いだったぜ。
「ああ、母上との明日のデートのことですかな?」
「…………おまえに言ったっけ?」
驚いて、目ん玉ひん剥いてシンラを見ちまったよ。
「余は皇帝の座に上り詰めし者にありますれば、常に周りに飛び交う数多の声を聞き逃さぬよう、意識して参りました。聖徳太子と同じようなものとお思い下されませ」
下されませ、って言われてもねぇ……。
「差し出口ではありましょうが、まずは父上の思う通りになされるのがよろしいかと存じまする。母上も、きっとそれをお望みでございましょう」
「俺の思う通りに、ねぇ……」
結局、答えになりそうなものは何も思い浮かばず、俺は帰宅した。
そして、一応念のため、お袋に尋ねてみた。
「お袋さぁ、デート行くなら、どこ行きたい?」
「え、そうだねぇ。全部、相手さんにお任せするかねぇ」
ああ、そうだね。あんたはそうだよね。
これまでの人生も、常にシェフにお任せコースで生きてきたモンね。
シンラ、おまえ本当にこいつでいいのか、シンラ!
ちくしょう、毒にも薬にもなりゃしねぇよォォォォォォォォォ――――ッ!
「……こうなりゃ、ぶっつけ本番で行くしかねぇ」
そして、日曜日の朝が来てしまった。
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