第26話 魔王と悪女の初デート:当日(1)

 一睡もできんかった。

 緊張とかではなく、ひたすら『デートとは何か?』を考え続けてたせいで。


 何なんだ。

 一体、デートって何なんだ。


 考えてるうちに、いつしか俺は『愛とたわしの関係性』について悩んでいた。

 どういうプロセスを経てそこに到達したのかもわからない。


 完全に、忘我の内にそこに到達していた。

 そして俺は一つの結論に至ったんだ。

 愛とたわしの関係性を解明したとして、それ別にデートに関係ないよな。って。


 日曜日、朝。

 俺とミフユのデートが始まる。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――午前四時。


「ミーフーユちゃーん、あーそびーましょー!」


 市内の最高級ホテルの最上階超高級スイートルーム。

 を、『異階化』させてマガツラで天井ブチ抜いて空からやってきた俺。


「…………」


 パジャマ姿のミフユが、掛け布団を掴んで俺をまじまじ凝視している。


「おはよう」

「……おはよう。って、まだ外、暗いんだけど?」


 完全に暗いわけじゃなく、朝3:夜7くらいの割合の時間帯っすね。


「え、何? ドッキリ? 夜這い?」

「第二次性徴前に夜這いとか、なかなかアクロバティックだな。デートだ、デート」


 俺が言うと、目をパチクリさせていたミフユは「でーと……」と呟く。


「って、待ちなさいよ、ジジイ! この時間からなの!?」

「そう言う割に、普通に起きてたじゃねぇか、おまえ」


「あんたがいつまでも待ち合わせの時間の連絡してこないから、待ってたのよ!」

「……デートって、待ち合わせとかするモンなんだ?」

「ちょっ!!?」


 何故か絶句するミフユ。


「そ、そこからなのね、あんた……」

「だって、ねぇ? あっちの世界でも俺、エスコートとかした記憶、ないし」


「はぁ? わたしを色んなところに連れてってくれたじゃないの?」

「デートとかの意識はなかった。だから改めて意識すると、全然わからんのよ」

「……笑えないわねぇ」


 そうねぇ、これは俺も笑えないねぇ。それが逆に笑うわ。


「ま、まぁ、いいわ。方法が方法すぎて、デリカシーなんてかけらどころか分子構造の一部たりとも感じられないけど、そっちから迎えに来るのはポイント高いわよ」

「事前にホテルに泊まってるってきいてなきゃ、佐村の家に行ってたわ」

「あんなマスコミの餌場に一人で暮らす気はないわよ、さすがに……」


 大変だねぇ、有名人ってヤツは。


「これから出るなら、ちょっと待っててくれる? 準備しなきゃいけないから」

「ああ、いいけど。ついでに『異階化』も解いておくわ。で、どんくらい?」


「そうね、シャワー浴びて、お洋服選んで、お化粧してだから――」

「おう」

「三時間くらいかしら」


 …………え?



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――午前七時。


 本当に三時間かけやがった。


「フフ~ン、どう? 我ながら会心のコーデだわ!」


 待ちくたびれて精神的に朽ちかけている俺の前で、ミフユがシャラランと一回転。

 うん、キンピカだね。どこから見ても輝いてるよね。物理的に。


 系統としては美芙柚時代のドレスではなく、ミフユ以降のパンクでポップな感じ。

 しかも、当社比でいつもの三倍以上はレインボー。まさに歩くSSR。


 他のヤツが着れば間違いなく下品、ケバい、派手、悪趣味の極み。

 なのに、ミフユが着ると途端に綺麗、可愛い、個性の塊、になるのはさすがだが。

 でもよ~、疲れたよ~、待つの疲れたよ~。


「……腹減った」

「あら、朝食抜いてるの? ダメよ、朝はちゃんと食べなきゃ」

「お袋が起きる前に外出たんだよ……」


 言うと、ミフユは「しょーがないわねー」とルームサービスを注文してくれた。

 運ばれてきたのはパンに、卵焼きに、ソーセージ、オレンジジュースなど。


「お~、いかにも洋風~」

「何か言い方がダサいわよ、ジジイ」


 うっさいよ。


「ここのルームサービスはホテルのグレードの割に美味しいのよ。値段も手頃だし」

「へ~、そうなん? いくらくらい? いただきます!」


 俺はソーセージをかじる。


「一食3000円」

「ぶっほ!?」


 俺はソーセージを噴く。


「ちょっと、きたないわね!?」

「さ、さ、さんぜんえっ!」


 何がお手頃なのォ!?


「も~、何よ、3000円ぽっちでそんなにビックリして~」


 ミフユが面倒そうに言いながら、俺に紙ナプキンを渡してくる。

 それを受けとりながら、俺はさらに幾度か咳き込んだ。


「おおおおおお、びっくりした。……つか、このメニューで3000円かよ」

「庶民的な驚き方するわねぇ……。モノがいいんだからそのくらいは当たり前よ」


 そのモノのよさがわからんのよ、こっちは!

 パンはパンだし、卵焼きは卵焼きだったし! 美味しかったけど差がわかんね!


「や~い、庶民舌~、庶民舌~」

「その庶民舌がこれまで通算で一番長く味わったのは、カミさんの舌の味だけどな」

「…………」


 痛ッ!

 こらっ、いきなり叩くな! 無言でバシバシするなァ!


「も~~~~ッ、ホントデリカシーないッ!」

「拗ねんな、膨れんな。食ったら出るぞ。外もすっかり明るいしな」


「フンッ、だ! ……ところであんた、今日はどこに連れていく気なの」

「おう、それな。今日の本題だよな。いやぁ、ず~っと考えてたよ、ソレ」


 突き詰めれば、一睡もできなかった理由もソレなワケで、悩んだよ、実に悩んだ。


「で、どこなのよ?」

「それはな――、『おまえが行ったことがない場所』だ」


 それを告げると、ミフユがいかにも興味ありげな表情を見せる。


「おまえ、アレだろ。有名なスポットとかは大体行ってるだろ、どうせ」

「まぁ、そうね。国の内外問わず、休みのたびに観光地とかは連れていってもらってたわね。何せ父親がわたしのことを大事にしてくれる子煩悩だったもので」


 ハンッ、と鼻で笑うミフユ。


「だろうと思ったんで、そんなおまえが絶対に行ったことない場所に行く」

「へぇ、それはなかなかいい着眼点よ、興味深いわ。一体どこなのかしら?」


 問われ、俺は答えた。


「遊園地」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――午前八時半。


 俺達が住んでいる街は、宙色市そらいろしという。

 その一角に、昭和の前期から続く、由緒正しいかどうかは知らん遊園地がある。


「それがここ、宙色ユニバーサルジャパンスタジオだ!」


 遊園地の入り口で、俺はミフユに啖呵を切った。

 ミフユが、そんな俺をポカンと眺めている。


「すたじおじゃぱん?」

「ジャパンスタジオ!」


「何なのよそのネーミング、モロパクリじゃない!」

「こっちの方が先に名乗ってたから、USJの方がパクッてるらしいぞ?」

「誰がそれを言ってるのか知らないけど、とことん怖いもの知らずな主張ね……」


 言いつつ、ミフユはさらに周りを見て、


「さらに言うと、明らかに名前負けしてるでしょ、ここ」


 そんなことをのたまうのだった。

 まぁ、言わんとしてることはわかる。だって、ボロいしね!


 入り口とか狭いし、普通の公園っぽいし、何より人がいない。

 閑、散! みたいな感じで本当に俺達以外に人がしない。日曜日の開園前だぞ?


「もう、今の時点でつまらなさ臭がハンパないんだけど……」

「つまらんかどうかは、実際に遊んでみて判断することだろ。違うか?」


「そうだけどさぁ……」

「それに、おまえはここ来たことないだろ?」


「それもまぁ、そうだけどさぁ~」

「じゃあいいじゃん。おまえが行ったことない場所って条件、満たしてるじゃん」


 俺は胸を張っても、だがミフユは「そうじゃなくて」と肩を落とす。


「こんなに人がいないなんて、ここが楽しくない証拠なんじゃないの? 言っておくけどね、わたしはこう見えて遊園地ソムリエ検定一級の資格持ちなんだからね?」

「言ってることはわかるが、その資格がそもそもおかしいし、七歳で一級に合格できる程度の資格にどれだけの権威と説得力があるってんです?」


 ただまぁ、人がいないのはね、確かにその通りなんだよね。

 本当にいない。周りを何度見渡しても、俺達以外にだ~~~~れもいない。


「さすがにちょっと早く来すぎたか?」

「そうかも。まだ八時半だし……。この手の遊園地って、大体十時前後に開園よね」


 待たなきゃいけないか、と思っていると、そこに職員らしきオッサンが!


「おじさ~ん!」

「お、何だい坊や。こんな朝早くから?」


 箒とちり取りを手にしたオッサンに、俺は率直に尋ねた。


「ねぇねぇ、ここって何時から始まるんですか~?」


 九時半か、それとも十時か。

 まぁ、一時間以上は待つことになりそうだよな~、と俺は思っていた。

 オッサンは答えた。


「開園時間かい? 十二時からだよ」


 …………は?


「ここの機械も古いからね、一日に動かせる時間も短くなってるんだよ」


 あ、あ~、そういうこと……。なんですかぁ。


「パパとママにもう少し待っててください、と伝えておくれよ。じゃあね」


 そう言って、オッサンは去っていった。

 あ~、なるほどね。そっかー。機械の老朽化で営業時間短縮か~。あ~。


「……どうすんのよ?」


 立ち尽くす俺の背中に、ミフユの視線が突き刺さる。

 開園までの三時間半、完全にノープラン。完全に、ヒマッッ!


「信じられない! どうして事前に開園時間、調べておかないの!?」

「いや、あの、調べ方がわからなくて……」


「そんなのネットで検索すれば一発じゃない!」

「家にパソコンないし、俺も携帯持たせてもらってないし……」

「あんたは本当に令和の人間なの!?」


 一応、はい、そのつもりです。はい……。


「いや、だが待て! この事態が予想外だったわけじゃないぞ!」

「はぁ? 何その言い訳、見苦しいわよ?」


「本当だって、こんなこともあるんじゃないかと、対策は練ってある!」

「え、本当に? 全く人に気を遣ったためしがない、あんたが!?」


 すげぇ失礼な驚き方をするミフユ。

 俺は背負っていたリュックサックを開けて、中に手を入れる。


「ふぅん、本当にあんたなりに頑張ってくれてるじゃない。で、どこ行くの? リュックから何出そうとしてるの? 次に行くところのパンフレットか何か?」


 俺はリュックから出したモノを、自信満々にミフユに見せた。


「トランプ!」

「…………」


「花札もあるし、リバーシもあるし、ンノもあるぜ! あ、何なら麻雀も!」

「……………………」


 次々にヒマつぶし用アイテムを出す俺に、ミフユが体をプルプルさせる。


「もぉ、本ッ当に最低よ、あんた!」

「何でだよ!?」

「二人っきりのトランプなんかで、三時間半も潰せるワケないでしょ――――ッ!」


 二人ぼっちの遊園地入り口に、ミフユの絶叫がこだました。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――午前十二時。


「そ~れ、フルハウス~!」

「ウッソだろ、おまえェ!?」


「ふふ~ん、所詮はジジイ。ザコね、ザコ。ざぁ~こざぁ~こ♪」

「キェェェェェェェェ――――ッ!? も、もう一戦!」


「そこの僕、お嬢ちゃん、そろそろ開園の時間だよ~」

「「あれ?」」


 ……がっつり遊べたじゃん、トランプ。

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