第24話 異世界帝国初代皇帝陛下vsピーマンの肉詰め

 シンラから受け取った情報をもとに、前田聡美への仕返しを完了させて数日。

 土曜日の午後、アパートの俺の家にて。


「……うわぁ、本当にシンラだわ」

「母上、お久しぶりにございまする。お会いしとうございました!」


 ミフユを前にして、正座して深々頭を下げるシンラ。

 俺とひなたとお袋が、それを脇から眺めている。


「こりゃあ、何事なんだい?」

「深入りすんな。こっち案件だよ」


 チラチラこっちを見てくるお袋を、俺はそう言って黙らせる。

 お袋は一瞬だけ顔を青くして「わかったよ」と応じる。

 自分が殺された記憶でも思い出したのだろうが、大人しくなるならそれでいい。


 シンラとミフユの顔合わせはつつがなく終了。

 どっちも涙もろいってワケでもないので、特に泣いて抱擁などのイベントはなし。


 ただ、長男が三十路である事実にミフユは「笑えないわねぇ」を連発してたが。

 そんなモンかねぇ。俺なんかはもう、一周回って結構笑うわ。そして、


「あなたが、ひなたちゃん?」

「……おねえちゃん、だぁれ?」


 推定末っ子と母親の感動の再会(?)である。

 ジッとひなたを見つめるミフユに、ひなたが首をかしげる。


「母上……」


 シンラが、若干の緊張を顔に出すが、


「……ぅ~ん、やっぱわかんない」


 眉間にしわを寄せていたミフユが、そう言って息をついた。


「然様でございまするか。いや、やはり世界が異なりますと勝手も違ってくるのでしょうな。しかしながらひなたは確かに『ヒナタ』に相違ございません。それはこの、兄にして父たる余が保証いたしましょう。余が抱きし愛ッ、にかけまして」

「何よあんた、ムカつくわね……」


 ミフユがハンカチでも噛みそうな顔してて、俺は見てて面白い。


「お父さんがヘンなしゃべり方してるぅ~」

「あ~、ごめんごめん! 別にヘンなしゃべり方じゃないよ、ひなた。でもビックリさせたねぇ~。驚いた? 怖かった? 大丈夫だぞ、何も怖くないからな~!」


 シンラが口調を風見慎良のそれに変えて、ひなたを抱き上げる。

 娘を膝の上に乗せてあやすその姿は、確かに父親のそれ。何か変な心地だな。


「何か変な心地よねぇ……」


 ミフユとかぶってしまった。笑うわ。


「で、ジジイ」


 とか思ってたら睨まれたんだが?


「何だよ」

「わたしを呼んだ理由は、シンラのことだけなの?」


 何かを気にしている風な言い方をするミフユに、俺は「ああ」と手を打った。

 まだ、今日のメインイベントをこいつに教えていなかった。


「実はもう一つある」

「へ、へぇ、そうよね。シンラのことも驚いたけど、それだけじゃないわよね」


「あのな」

「うん、何よ。聞いてやるわよ」


「シンラが」

「え? シンラが?」


「これからピーマンを食う」

「…………えっ」


 シンラの名前を出した辺りで意外そうな顔をしたミフユが、ピーマンと聞いた瞬間にその目を限界まで見開いて、そしてひなたを遊んでいるシンラの方を見る。


「……………………はい、その、これから」


 視線を逸らしたシンラ君、だが、汗ダラッダラ。


「こないだの話なんだが――」


 と、俺はミフユに事情を説明した。


「ジジイから獲物を譲ってもらうため、ねぇ……。随分体張ったわね、シンラ」

「父上が相手でありますれば、余も身を擲つ覚悟が必要でありました」


「おとうさん、また変~」

「変かな~、そうかな~? ひなたが言うなら変なのかもな~!」


 ここで慎良にスイッチするシンラ。う~ん、この。


「で、その会場がここなワケ? 何で?」


 何故かミフユはジトッとした目つきで、俺の部屋の中を見回す。


「そういうことなら、こっちに話を通してくれれば最高の環境を用意したわよ。最高の素材に、最高のキッチンに、最高のシェフ。三ツ星レストランも及ばない程のね」

「おうおう、言うねぇ。何だい、うちのお袋じゃご不満ってかい?」


 今回のシンラピーマンチャレンジ、調理担当はうちのお袋である。

 というか、ぜひ自分が、と積極的に挙手しやがったのだ、あの流され人間が。


「そうは言わないけど……、あんたのお母様、信頼できるの?」

「人間としては全く」

「そ、そう……。ウチと同じ感じなのね」


 俺がぴしゃりと断言すると、ミフユが若干たじろいだ。


「ただ、料理の腕は信じていいぜ」

「ふぅん。あんたがそこまで言うなら、いいわ。確かめてやろうじゃない」


 何でそこはかとなく上から目線なん?

 おまえは今日は直接的には関係してねぇだろうがよ……。


「ご飯できたわよ~」


 と、台所からお袋の声がする。ついに、そのときは来た。

 いざ、決戦の食卓へ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 土曜日の昼。

 我が家の居間、そのテーブルの上に、料理が並べられていた。


 炊き立てご飯に、わかめとお豆腐の味噌汁。

 きんぴらごぼうと酢の物、煮物、そして――、ピーマンの肉詰め!


 あ~、いい匂い。

 実に食欲をそそりますなぁ、こいつは。


「ちょっと張り切り過ぎたかもねぇ」


 そう言って笑うお袋だが、気合入ってる分には全く問題はない。

 問題はないが――、


「……ピー、マン」


 緑の天敵を目にした瞬間から、シンラがすでに白目を剥いている。

 火が通って深みを増し、ヌラリと光沢を放つ緑色が、その目には一体どう映るか。


「む、無理はしなくていいんだからね? まずは命を第一に考えなさいよ?」


 向かい側に座るミフユがそんなことを言う。

 だが、それが過保護でも何でもないのが、シンラのピーマン嫌いなんだよな……。


 今この場でガタガタ震え出さないだけ、成長してる。

 と、いえば、異世界でのこいつの様子を多少なりとも想像できるだろうか。


「とにかく、一口食えばいいから、な?」


 事情を知る者として、さすがの俺も全部食えとは言いにくい。


「い、いえ……」


 だが、シンラは決然とかぶりを振った。


「父上との契約が成立した以上、余は自らが示した条件を履行しなければなりませぬ。己が率先して範を示し、あとに続く者のしるべとなる。それができずして、何が皇帝か、何が父親か。ひなた、お父さんのこと応援しててね、お父さん頑張る!」

「あーい、おとうさん、がんばってー!」


 って、娘の前でいいカッコしたいのはわかるけど、シンラ君、涙目やん。


「いざ、実食!」


 ついに箸を手にしたシンラ、皆が注目する中、まっすぐに肉詰めを掴む。

 行くのか、シンラ。行くのか――――ッ!


「いただきます!」


 叫ぶように言って、シンラがピーマンの肉詰め(一番小さいの)を口に入れた。


「「おおっ」」


 俺とミフユの声が重なってしまう。

 そして、シンラは目をきつく閉じて、口をムグムグさせる。


 いつの間にか手が祈りの形を作っているミフユ。

 シンラから目が離せずハラハラする俺。

 酢の物を食べて「すっぱーい!」と言って顔をしかめるひなた。


 全身を縮こまらせながら高速で口を動かしていたシンラが、やがて力を抜く。

 口の動きも少しずつ緩慢になり、そののどが、ゴクリと動くが見えた。


「の、飲み込めた……?」


 お祈りポーズのまま、恐る恐る尋ねてみるミフユ。

 するとシンラは目を開けた。……いや、目を大きく見開いた。


「これは……ッ!」


 と、一声吼えて、何とさらにピーマンの肉詰めを箸でキャッチ。口に頬張る。


「「ええっ!?」」


 俺とミフユ、それにはさすがに驚愕。


「何という美味! ピーマンが、苦くないッ! 青臭さもないッッ! いや、むしろ甘い! 熱の通ったピーマンの甘さと、若干残る苦いとも言い切れない程度の味わいが、中に詰められたひき肉の旨味を存分に引き立てている! て、手が止まらぬ!」

「「ええええええええええええええええええええええええええッッ!!?」」


 二度驚愕する俺とミフユの前で、シンラが白米をガツガツかっこんでいく。


「ピーマンは苦手って聞いたから、苦みは消してありますよ。どんな野菜も、やり方さえ知ってれば、美味しくできるんです。あ、おかわり、ありますからね」

「まことか! では、是非ともお願いしたく!」


 空になった茶碗を差し出され、お袋がおかわりを盛りに行く。

 その横顔の、何とまぁ、嬉しそうなこと。美味いって言ってもらえたからか……。


「……あの、シンラ?」

「母上、食事中でございまするが故、後程に。むむッ、この味噌汁もまた美味!?」

「…………」


 あ、ミフユがキレかけてる。

 まぁ、そりゃそうか。

 たった今、こいつはお袋に主婦として完全敗北を喫したのだから。


 いや、しかし、お袋すげーな。

 あのシンラの超合金製のピーマン嫌いを一発で克服させるとか。

 主婦としてはマジで高スペックだったんだな。人間性クソカス底辺のクセに。


「ふ――ッ、ふざけんじゃないわよッ!」


 そしてミフユが爆発した。


「この程度のメニューが何だっていうのよ、ちょっとご飯が少しも粒が潰れてなくて艶があっていかにもおいしそうで、味噌汁だって味噌の色合いが絶妙でお豆腐の大きさもちょうどよくて、ワカメもしっかり生ワカメ使ってていかにも食欲をそそる深い緑色をしてるだけじゃない! ピーマンの肉詰めもいい匂いね、ちきしょー!」

「言外に、非の打ちどころがないって言ってるワケだが?」


 俺が指摘すると、ミフユがハッとなって頬を紅潮させる。


「ふんっ、こんなの見た目だけよ! 今はCG技術が発達してるから、あんまり美味しくない料理でも、いかにも美味しそうに見せることだってできるんだからね!」

「ここの部屋にはパソコンなんて一台もないワケだが?」


 俺が指摘すると、ミフユがハッとなって頬をさらに紅潮させる。


「うるさいわね! 食べればいいんでしょ、食べれば! 言っておくけど、私の舌は肥えてるわよ? 高級レストランのシェフ程度じゃまず合格は出さないんだから!」

「いいから早よ食え」


「こんな庶民の食卓で私が満足すると思わないでよね! 絶対に酷評してやるわ!」

「早よ食えッ!」


 俺に二度叱られ、ミフユもやっと箸をとる。

 ふてくされてんじゃねぇよ、ババア。気持ちは半分くらいはわかるけど……。


「ふん、何よ。ふん、こんな肉詰めなんか、ふん」


 まだプリプリしつつ、ミフユが積年の恨みとばかりに肉詰めをかじる。


「…………ッ!」


 すると、その顔つきが一気に変わった。

 そこからは、シンラと同じコースをまっしぐら。食べて、食べて、がっついて。


「ごちそうさまでした」


 空になったお椀と箸を置き、ミフユは再び祈りのポーズでお袋へ瞳キラキラ。


「……お義母様!」

「しっかり胃袋掴まれてんじゃねぇか!?」


 まさに、お手本のような手のひら返しを見せつけられた。

 と、こんな感じで、シンラvsピーマンの肉詰めは平和に完結したのだった。


「あ~、食べたわ~、くるし~」

「おなかいっぱ~い!」


 昼食を終えて、俺とひなたが絨毯の上に寝転がる。

 シンラは「食べてばかりでは」ということで買って出た食器洗いをしに行ってる。

 隣ではお袋が夕飯の仕込みなんかをしてて、まぁ、幸せそうなこって。


「あ~、太る~、絶対太る~……」


 そして、テーブルに突っ伏して一人静かに嘆いている、ミフユ。


「何なのよ、あんたのお母様のお料理、美味しすぎて何なのよ……」


 今さら我に返ったミフユが、そんなことを言い出す。笑うわー。


「……ちょっと、ジジイ」

「あ?」


「準備はどう? 進んでるの? わたし、できれば明日がいいんだけど」

「んん?」


 意味がわからず、俺は身を起こしてミフユを見る。

 それだけで察したか、ミフユは盛大にため息をついて、言ってくる。


「デート。風見家調査のお代なんだから、きちんと支払いなさいよね」


 ……あ、はい。

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