第14話 あの子はみんなが憧れる正義の味方です

 枡間井未来は、暗殺者アサシンだ。

 その考えは、俺の中に生まれたと同時に強い確信を帯びる。


 正体を現す直前、すぐ背後に迫るまで俺に気配を感じさせなかったこと。

 これまで、一度たりとも俺に怪しい素振りを見せなかったこと、など。


 それらから、こいつの『隠れること、目立たないこと』への特化っぷりが窺える。

 だが今、素性を露わにした未来は自らの存在を激しく主張する。


「私を見て、金鐘崎君! 私を見て、私を見て、キャハハハハハハハハハハハッ!」


 マガツラの剛拳をひらりひらりと紙一重で避け続け、未来はわめき立てる。

 その目は丸く見開かれ、口には大きく裂けた傷口のような笑み。

 そういう顔をしたバケモノの仮面を着けてるのかと思うほどの変わりっぷりだ。


 従える異面体スキュラも四本腕の七色に輝く人骨標本というゲテモノ。

 これがまたデカく、常人と比較してもデカいはずのマガツラよりさらに大きい。


 ただし、その代わり人骨標本なので中身はスッカスカ。

 色こそ目にうるさいが、動きは俊敏でいかにも軽量形でございって感じだ。

 身長は4、いや5m近くはあるかもしれない。


「聞いて、ねぇ、聞いて金鐘崎君! あのね、あのね私、とっても可哀相なの! 望まれない子供だったの、悲劇の子だったの! 何でかわかる? ねぇ、わかる?」

「知るか! さっさと殴られてくたばれ!」


「キャハハハハハハハ! 私ね、お父さんの愛人が本当のお母さんなの! でもね、お父さんは自分の家族が好きで、誠司お兄ちゃんが好きで、私もお母さんも全然見てくれなかったの! だからお母さんは私が四歳のときに私の目の前で首を吊って死んじゃったのよ! ね、可哀相でしょ? 私、悲劇の子でしょ!」

「なッ、真嶋はおまえの腹違いの兄貴かよ!?」


 なるほど、そういうことか。

 RAINを通じてじゃなく、こいつが真嶋に直接指示を出してたってことか。


 しかし、何でこいつはこんなにも楽しげなんだ。

 語る内容は重々しいクセに、語る口が大笑いしながらだからてんでチグハグだ。


「でもね、お母さんが死んだあとでね、お父さんが私を引き取ったの!」


 ええい、まだ喋るか、こいつ!


「それでお父さんが離婚しちゃった! お父さんの奥さんが言ってたわ、私が悪いんだって! 私がいるから離婚することになったんだって、だから私、首を吊ったわ! お父さんの奥さんの目の前で、私が悪くてごめんなさいって言って、首を吊ったの! お母さんが死んだのと同じやり方で首を吊ったのよ。ブラ~ンブラ~ンって!」

「わぁ、とんだ当てつけ……」


 ミフユが、そんな感想を漏らす。

 ちょうど、二年四組の連中にNULLの触手注射をしているところだった。

 おまえもおまえで興味津々で聞き耳立ててんじゃねぇよ……。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 それにしても、未来がだだっ広い体育館の中を躍る、躍る。

 まるで重力などないかのように、縦横無尽に動き回り、天真爛漫に跳ね回る。


 俺もマガツラも、動きは鈍い方ではない。

 しかし未来のそれは、未来の異面体たるガラジャラのそれは、常軌を逸している。

 全身のバネの強さに、一つ一つの動きのキレ。身軽さ。隙の少なさ。


 さらに、それに加えて先述した『隠れること、目立たないこと』に特化した適性。

 目に見えてるのに、確実にそこにいるのに、まるで存在を感じられない。


 おかげで、非常に捉えにくい。

 動線が不規則で読めなさすぎるのもあって、目で動きを追いきれない。


「キャハハハハハハハハハハハハハ! 金鐘崎君、ねぇ、金鐘崎君! わたしはあなたにお仕置きをするわ! 悪いことをしたあなたに、これからお仕置きをするの! だって私は正義の味方だから、悪人は成敗しなくちゃいけないの!」


 あんなにもけたたましく笑い、傍目に見ても騒々しいのに、だ。


「それでね、死んだの、死んだのよ私! でも異世界に生まれ変わってたの、あなた達もそうなんでしょ! ねぇ、金鐘崎君! 佐村さん! あなた達は何になったの? 私はね、暗殺者よ! 生まれたときから殺し方を教わって、その生き方しか知らないの! ねぇ、やっぱり私、可哀相よね! 悲劇の子よね、そう思うでしょ!」

「……まさか、おまえがあの『無音にして無残』なのか!?」


 俺の推測を裏付ける未来の独白に、俺は異世界の記憶からその異名を思い出した。

 俺が活動していた地域とは遠く離れたとある地方にいたという伝説の暗殺者。


 極めて高い仕事の成功率を誇り、その正体は一切不明。

 仕事の痕跡をほとんど残さず、存在が疑問視されていた時期もある殺しの名手。


 こいつには、一つ大きな特徴があった。

 それは、自分が暗殺した相手の死体で現場を派手に飾りつけること。


 あるときは血文字、あるときは血絵画、あるときは臓物オブジェ、などなど。

 暗殺者自らの手による『自分はここにいる』という、強烈で猟奇的なメッセージ。


 ――重なる、今の枡間井未来と、確かに。


「あっちの世界でも死んだわ、私。結局同じ死に方をしたのよ、首を吊ったの! だって誰も私を見てくれないんだもの! 頑張って殺したのに! 頑張って飾り付けをしたの、やり方も色々変えたの! それでも誰も、私を見てくれなかった! だから首を吊ったわ、前と同じようにブラ~ンブラ~ンって!」

「それで、こっちに戻ってきたってワケかよ……!」


 俺の質問に対する答えは「キャハハハハハハ!」という甲高い笑い声だった。

 未来のガラジャラが、四本の手それぞれに持ったダガーで俺を狙ってくる。


 間一髪、マガツラを前に立たせてそれを阻むが、クソ、避け辛ェ!

 とにかく動きが迅い上に、気配が薄い。こりゃ、暗殺者としちゃとびっきりだ。


 そして、だからこそ枡間井未来は異世界でも首を吊る羽目になったんだろう。

 暗殺者の在り様を本能レベルで叩き込まれ、それ以外の生き方ができなくなった。


 誰かに自分を見てほしいのに、自分で自分を見えなくしてるんだ。

 自分の意志じゃどうもできないレベルで、暗殺者の生き方に染まり切ってる。


 ああ、そりゃあ死にたくもなるだろう。

 未来自身の言う通り、随分と悲劇的な話だよ。


「で、それを俺に語ってどうするんだよ! 助けてくれとでも?」

「違うわ、違うわよ! ただ知ってほしかったの、可哀相な私の生まれと過去を。だってだって、主役ってそういうものでしょ! 人と違う過去があって、悲劇を背負ってるものでしょ! だから、可哀相で悲劇的な過去を持つ私は主役なの!」


 言ってることの意味がわかんねぇ! ……が!


「そこぉ!」

「あら?」


 未来が笑っている一瞬の隙を突いて、俺は束縛の鎖でその身を縛る。

 長話しすぎだ、幾ら何でも。倒れた生徒共の間に罠を仕込むくらいはできたさ。


「マガツラァ!」


 俺は、未来を仕留めるべくマガツラを走らせる。

 それを防ごうとガラジャラが立ち塞がるが、その身の軽さが仇になったな。


「俺の異面体を、そんな軽量級で止められると思うな!」


 マガツラが、ガラジャラをタックルで吹き飛ばし、右拳を未来の腹に叩き込んだ。


「か、ごぶ、ぁ……!」


 口から大量の血を吐き出し、未来の小柄な体が体育館の中を高々と舞う。

 肋骨、脊髄を丸々粉砕。主要な内臓も全て潰した。常人なら間違いなく再起不能。

 しかし――、


全快全癒ヒール・パーフェクション


 クソッ、やっぱり使えやがったか!


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 無理、無理よ金鐘崎君! 私は主役だもの、正義の味方だもの! そんなくらいじゃ私は倒れたりしないのよ!」


 関節を外して鎖を抜け、何事もなかったかのように再び駆け出す未来。

 あの回復魔法は、死んでさえいなければ肉体を完全な状態に戻すことができる。


 つまり『出戻り』同士の戦闘では、半端なダメージは意味がない。

 戦いに勝つには相手を殺すか、それとも――、


「ねぇ、金鐘崎君! どうして金鐘崎君がいじめられたか、知りたい? 知りたいでしょ? 知りたいわよね? 教えてあげようか? 知ってるよ、私、知ってるよ!」

「知ってるよも何も、おまえが画策したことだろうがッ!」


 叫び、マガツラに攻撃させるも、不発。またしても避けられた。

 広域範囲攻撃魔法で面制圧、という手段も考えたがおそらくそれは効果がない。

 そんな手段が通じる相手が、伝説の暗殺者になれるワケもないからだ。


「あのね、私考えたの! こっちで失敗して、あっちで失敗して、どうしたらみんなが私を見てくれるか、どうしたら私が主役になれるか考えたの! そして思いついたの、私は正義の味方になればいいのよ、いいことをして、誰かを助ければいいの!」

「それが、何だってんだァ!」


 空振り、空振り、空振り、三振でアウト。ああもう、ムカつくぅ!


「まだわからないの、金鐘崎君? やっぱり頭が悪いわね! でも、だから金鐘崎君を選んだの、私がいいことをする相手。私が助けてあげる、私の正義を証明する人を、金鐘崎君にしてあげたの! ねぇ、嬉しい? 嬉しいでしょ、嬉しいわよね!」


 ……おいおい、それって。


「未来。おまえ、?」

「そうよ! やっと気づいてくれたのね! 金鐘崎君!」


 未来が、笑顔を弾けさせる。


「私はいいことをしてみんなに感謝される正義の味方で主役なの! でもそうなるためには、いいことをしてあげる相手が必要でしょう? それがあなたよ! バカでノロマで、無能で貧乏で、生きてる価値も意味もないあなたを私が助けてあげるの!」

「……完全無欠にマッチポンプだぁ」


 高らかに笑う未来に、ミフユが呆れ果てる。気分的には俺も同じだよ。

 いじめの真の動機が『自分のことを知ってもらうため』とか、誰が思うよ……。

 枡間井未来は、異常なまでの『知られたがり』ってワケだ。


「キャハハハハ、大丈夫、大丈夫よ金鐘崎君! 私は優しい正義の味方だから、ちゃんとあなたを助けてあげるし、守ってあげるわ。だから安心していじめられてね。無力さに打ちひしがれて、悔しさに奥歯を噛みしめながら、いじめられ続けてね! いいのよ、弱いままで、無力なままで、私が守ってあげるから! だから私を見て!」


 刃が、俺の肩をかすめる。

 未来が、さらにギアをあげてきた。自らを囮として使い、攻撃役はガラジャラ。

 しかも――、


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ねぇ、私を見て、私を見て! 主役の私を見て、正義の味方の私を見て! いいことをする私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! 私を見て! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 ガラジャラが、どんどんを数を増やしていく。

 一体が二体になり、三体、四体、五体、さらに、さらに、際限なく。


 しかも、それら全てが高速で体育館の中を動き回っているのだから手に負えない。

 もはや体育館のどこを見てもガラジャラが視界に含まれてしまう。


「……分身能力。どうあっても『私を見て』、ってか」


 異面体は、本体の精神性に応じた特殊能力を持つ。

 ミフユのNULLであれば毒薬・劇薬を含む多数の薬物の合成がそれに当たる。

 未来のガラジャラの場合は、これ以上なくわかりやすい能力だなぁ。


 ――だが、こっちもそろそろいいか。


「決めるの、アキラ?」

「ああ。聞きたいことはもう聞けたし、いいかなって」

「そうね。こっちもそろそろ終わりそうよ」


 ミフユの言葉にうなずいて、俺はマガツラを自らの傍らに置く。


「ねぇ、何のお話をしていたの? 二人だけでズルいわ! 私も混ぜて。私にも聞かせて。私を見て、私を見て、私を見て、ねぇ、私を見て、私を見て、私を――」


 聞こえる声。感じない気配。周囲を駆け巡る無数の虹色髑髏。

 手にしたダガーが閃いて、俺の身を浅く切り裂き、幾つもの傷を刻んでいく。


「そこだ」


 マガツラがおもむろに伸ばした右手が、ガラジャラの頭蓋を鷲掴みにした。


「え」


 初めて、未来が叫び声以外の声を出した。

 自分の異面体がこうも容易く捕まるなどとは、夢にも思ってなかったのだろう。

 ガラジャラの分身は全て消えて、未来自身も動きを止める。


「ほれ」


 マガツラが、ガラジャラの頭から手を放す。

 すると表情を失っていた未来の顔に、再び笑みが戻った。


「せっかく捕まえたのに、どうして放してしまうの? 何で? あ、わかったわ、金鐘崎君の頭が悪いからね! 何も考えられない能無しの、低能の、無能の、バカな人だからね! やっぱりあなたは、私の助けが必要なんだわ! キャハハハハハハ!」

「よー喋る、ホント、よー喋る……」


 これも『知られたがり』の特徴の一つ、なのかねぇ。

 そう思っている間に、ガラジャラがまた分身し、未来も走り回ろうとする。


「そこだ」


 だが、数秒後にはまたしてもマガツラの手が虹色の頭蓋骨を掴んでいた。


「な、何で……」


 自分の異面体を捕らえられ、未来が呆然と立ち尽くす。


「どうして自分が捕まるかわからないか、未来? 言っておくが、もう何度繰り返しても同じだぜ。どれだけ気配を隠そうと、死角を突こうと、数を増そうと、関係ない。俺の兇貌マガツラは確実におまえの骸邪螺ガラジャラを捕まえるぜ」


「嘘、嘘! そんなの嘘よ、あなたなんかに、あなたみたいな無能のいじめられっ子に、私のガラジャラが捕まるはずはないわ! 絶対に無理、無理なんだから!」

「なら、試してみな」


 マガツラが、ガラジャラから手を放す。

 と、同時、ガラジャラの数が増えて、さらに目まぐるしく動き回る。


「そこだよ」


 そしてみたび、マガツラの手がガラジャラを捕らえた。


「な、どうし、て……」

「まだ言ってなかったよな、未来。俺のマガツラの固有能力を」


 マガツラが左手でガラジャラの首を押さえ込み、きつく右拳を握り締める。


「俺のマガツラの能力の一つが――、絶対超越オーバードライブ


 そして繰り出した右の一撃が、ガラジャラの頭蓋骨をあっさりと破砕する。


「『相手の全力を必ず上回る能力』、だよ」


 と、俺が言ったところで、未来には聞こえていなかったろう。

 完全回復魔法が使える『出戻り』同士の戦いで勝利を掴む方法は、二つ。


 一つは、相手を完全に殺すこと。

 もう一つが、精神の具現化である異面体を破壊し、相手の意識を奪うことだ。

 全身から力が抜けて倒れる未来の首根っこを、俺が掴み上げる。


「やっと捕まえたぜ、『まーくん』。さぁ、本番といこうじゃねぇか」


 枡間井未来の地獄は、これからだ。

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