第13話 まーくん? まーくん! まーくん!?
悲鳴があがる。
「あああああああああ、ひやあああああああああああああああああああああああ!」
両手で頭を抱えて騒ぐ天野次郎に、マガツラが拳を叩きつける。
「ぴゃ」
漏れる、変な声。
頭を潰れた粘土のようにひしゃげさせた次郎が、他三人と同様に崩れ落ちる。
「う、うわああああああああああああああああああああああああ!」
「逃げろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
巻き起こる騒乱と、おののき惑う狂乱。
次郎の悲鳴と死。
それが、ようやく周りにも現状を認識させたようだった。
四人の死体をその場に残し、生徒や教師が体育館のドアへと殺到する。
しかし、
「あ、あれ、開かない! 何で!?」
「こっちも!? どうして、何で開かないんだよ!」
生徒達が必死の顔つきでドアに体当たりしたり引っ張ったりするが、開かない。
それは『異階化』が発生した影響だ。
今や、この体育館だけが世界から切り離されて独立している。
ドアはそこにあるが、体育館だけで世界が完結しているのだから『外』などない。
「あ~ぁ、うるさい。笑えないわねぇ~」
という声がして、体育館に白いモヤのようなものが広がっていく。
すると、外に出ようと躍起になっていた生徒と教師達が、次々に倒れ出した。
「
見上げれば、そこには宙を漂う巨大なくらげ。
そして、その上に乗って寝そべっているミフユの姿。彼女はこっちを見る。
「そうよぉ。その方が都合いいでしょ?」
「ああ、そうだな。ありがたい。ついでにもう一つ、頼んでもいいか?」
「あら、ジジイがわたしに頼みごとなんか珍しい。聞いてあげてもいいわよ」
「ナチュラルに上から目線やめろ、ババア。この場の全員から、記憶を消してくれ」
俺がそれを頼むと、ミフユは「はぁ?」と聞き返してくる。
「できるだろ、NULLなら。忘却毒の生成くらいはやれるはずだ」
「できるけどさぁ、全員に? それ系の毒って直接注入しないといけないのよ?」
人数にして七百人くらいか?
まぁ、面倒なのは確かだ。ミフユが嫌な顔をするのもわかる。
「だけど必要なんだよ。頼めるのはおまえだけなんだ」
「タダ働きはやーよ。ちゃんと何か、お代を払ってくれるんでしょうね?」
「当たり前だ。あとで書面にして正式に契約を交わそう」
「ふぅん、傭兵のあんたがそれを言い出すってことは、本気なのね。で、お代は?」
「俺の童貞」
言うと、ミフユが顔色を変えて身を起こした。
「何ですってェ……!?」
「だから、俺の童貞。まだ数年先の話ではあるが、精通が来たらおまえにやるよ」
「ほ、ほ、ほ、本当ね!? 絶対だからね! やっぱなしはなしだからねッ!」
えぇぇぇぇぇぇ、何、この食いつき……。
この人、目が血走ってるんですけど。何か怖いんですけど。
「あ、ああ。もちろん、傭兵として契約を交わす以上、反故にはしねぇよ」
「よっしゃあ! ……わきゃあ!!?」
あ、全身でガッツポーズしたら、勢い余ってNULLから転げ落ちやがった。
まぁ、いいか。これで懸念は払拭された。
「さて――」
俺は壇上へと目をやる。
すると、そこには眠りの魔法にやられて横たわる未来と、まだ無事な真嶋の姿。
ミフユのやつ、真嶋を魔法の対象にしなかったのか。
気が利くと思えばいいのか、余計なことをと思えばいいのか、あのババアは。
「何だ、一体、何なんだ! 何でみんな倒れてるんだ! 何が起きてるんだ!?」
何とまぁ、お手本のような狼狽っぷりですこと。
壁に背をもたせて、顔面は蒼白。肩が小刻みにプルプル震えていらっしゃる。
「俺ですよ、真嶋先生」
マガツラを率いて、俺は壇上へと赴く。
「こ、金鐘崎、アキラ……!」
「そう、俺です。ついさっき、先生にいじめっ子として名指しされたアキラです」
「これは、おまえがやったのか……?」
「そうです。っつったら?」
「嘘をつくな、おまえみたいなガキに、こんな大それたことができるものか!」
おお、言う言う。
「まぁ、そうだよなぁ。信じられるはずがないよな。クソみてぇな『公平さ』で俺に『クラス全員のサンドバッグ』なんて役割を押しつけたあんただ」
何もできない俺に、それに応じた役割を与えてクラスの皆のはけ口に使った。
結局のところ、二年四組にあったいじめはそれが全てだ。
共通の敵がいれば多数の人間は一つにまとまる。
それと同じように、共通の『殴っていい人間』がいても人はまとまれるのだ。
「目的はわかるが、くだらねぇ、っつーか、こすっからいっ、つーか……」
「たった一人を犠牲にして、他の全員が仲良くやれるなら、誰だって選ぶ方法だ!」
他の全員、ねぇ……。
俺は、演壇の片隅で健やかな寝息を立てている未来をチラリと見た。
「まぁ、いいわ。本題はそこじゃねぇ」
そして早々に真嶋へと向き直って、マガツラを真嶋の方へと歩ませていく。
「こ、こいつは何だ……?」
「あんたをこうするモノだよ」
マガツラが真嶋の右手を包むように掴んで、そのまま握り潰した。
「あっ、ぎゃ――」
生徒達が眠りこける体育館に、真嶋誠司の悲鳴がこだまする。
「ひぃ、ひぃぃぃ、ひぎぃぃぃぃぃ……!」
右の五指をグシャグシャにへし折られ、真嶋は床に転がって息を喘がせた。
だが、これはほんの序の口。
マガツラが真嶋の首を掴んで、軽々と持ち上げる。
「ぐ、ぉ、げほ……ッ」
「真嶋、今のでわかったろ。おまえは俺には勝てない。おまえに逃げ道はない」
そのまま真嶋を壁へと押しつけ、俺は真嶋へとさらに続ける。
「理解できたか? 理解できたな? それじゃあ、俺の質問に答えろ」
そして、俺は尋ねた。
「『まーくん』は誰だ?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミフユの声が聞こえる。
「は~い、ちょっとだけチクッとしますよ~。……はい、おしまいで~す!」
何で朗らか笑顔なの、あいつ。
そんなことを頭の片隅に思いつつ、俺の目線はまっすぐに、真嶋。
「全校生徒の前でのいじめの告発なんてよ、おまえにできるワケがねぇんだ」
軽い調子で、俺は断言してやる。
「今までを振り返れば、誰でもわかる。何故なら真嶋、おまえは小物だからだ」
「ぐ、ぅ……!」
首を絞めつけられながらも、俺の言葉に真嶋は眉間にしわを作る。
「おまえにそんな大胆なこと、怖くてできるはずがないんだよ。おまえが何かするとき、まず考えるのは『どうやれば周りにバレずに済むか』だ。違うか?」
「…………ッ」
俺の指摘が突き刺さったのか、真嶋は目を逸らした。
「だから、いるはずなんだよ。おまえに指示を与えたヤツが。美芙柚の一件から俺へのいじめがバレないよう、あえて『俺がいじめた』って話を広めてコトを大きくして、真実を有耶無耶にしようって、おまえに提案したヤツが」
そいつこそが、二年四組の真のいじめの首謀者『まーくん』。
助言や提案という形で真嶋を誘導し、俺へのいじめを誘発させた張本人だ。
真嶋誠司自身は、よくいるタイプのことなかれ主義の教師でしかない。
いじめの件についても『まーくん』がいなければ、見て見ぬふりをする程度の。
「候補は、今さっき俺が殺した四人。美海、善太、吉彦、次郎だ。違うか?」
俺は本物の『まーくん』の容疑者を挙げていく。
こいつらはSNSのRAINで特に真嶋とよく会話していた連中でもある。
そもそも、RAINなんてモンを使ってることが容疑の理由にもなる。
何を言ったところで、俺達は所詮小学二年生のガキでしかない。
親からスマートホンを持つことを許されてるヤツなんて、かなり限られてくる。
RAINを使っていて、しかも真嶋とよく話す、力也とミフユ以外の人間。
その中に本物の『まーくん』はいる。
俺が先に容疑者四人を殺したのも、絶対に逃がさないためだ。
本物の正体がわかり次第、そいつを蘇生して、改めて地獄を見せてやる。
そのためにまず、真嶋に本物の『まーくん』のことを吐かせなければ。
「『2ねん4くみ』のグループ会話内にそれらしい会話履歴はなかった。別の会話窓でも作って裏でやり取りしてたんだろ? 吐けよ真嶋。『まーくん』は誰だ?」
「が、ぁ、あ……ッ」
マガツラが、さらに強く真嶋の首を絞めあげる。
口からダラダラとよだれを垂らし、真嶋の顔色がどんどんと変わっていく。
さらに両手がマガツラの腕を激しく掻きむしるが、無駄な抵抗でしかない。
「……ぇ……」
そして、真嶋が何かを言いかけた。
「何だ、真嶋。何が言いたい。聞いてやるぜ?」
真嶋の言葉をしっかり聞き届けるべく、マガツラの力を少しだけ緩めた。
すると、真嶋は完全に心が折れた顔になって、泣きながら言う。
「た、助けてくれぇ……」
「考えてやるよ。おまえが『まーくん』の正体を喋れば、な」
と、俺は返すが、しかし、それはこっちの早とちりだった。
真嶋は、俺に向かって命乞いをしたワケではなかった。
「助けて、助けてくれ……!」
「真嶋、おまえ、誰に言ってやがるんだ?」
必死に懇願する真嶋の様子に、俺は自分の勘違いに気づいた。そして、
「助けてくれ――、未来!」
「……何?」
真嶋が叫んだ名に、俺の意識が一瞬、空白を作る。
その空白に滑り込むようにして、背筋を舐めてくるヌルリとした不快な感触。
すぐ後ろに、誰かがいる。
気づいた俺は、肩越しに後ろを向く。
――丸々と見開かれた彼女の目が、至近距離で俺を見つめていた。
「枡間井、未来……ッ!」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
マガツラが、未来に向かって殴りかかる。
しかし、けたたましく笑う未来の前方で、突如として空間がグニャリと歪む。
「
現れた虹色の巨大骨格標本が、マガツラの拳を受け止めた。
「
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 私を見て、私を見て! みんな、私のことを見て! 私は主役なんだから、正義の味方なんだから! だから金鐘崎君も佐村さんも、私のことを見て! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
枡間井未来が――、本物の『まーくん』が、背を弓なりにして哄笑を響かせた。
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