第12話 阿鼻叫喚はLIVE感が大切
朝から、体育館にて緊急全校集会が開かれることになった。
何を話すかについては、考えるまでもないだろう。
近しい場所で、名の知られた人間が死ぬ事件があった。
令和の日本では、たったそれだけのことでも騒動となる。何とも平和なことで。
「ふゆちゃん、その格好どうしたの!?」
体育館への移動前、二年四組に赴くと、クラスメイトが予想通りの反応を見せた。
取り立てて特徴のないこの女子は、
RAINのグループには『みうみう』のアカウント名で参加している。
他にも『KMR』こと
それと『かめ吉』こと
あとは『ジロ~』こと
RAINグループで力也や美芙柚以外で目立つのはその辺り。
いずれも『リッキー』、『ふゆちゃん』に突き従う取り巻きポジションの生徒だ。
で、ミフユの恰好を見て驚いたのは、取り巻きだった美海って感じ。
「ちょっとしたイメチェンよ。何か文句あるの?」
ミフユが、美海をキッと睨んで黙らせる。
その一瞥だけで、善太や吉彦、次郎らも閉口して何も言わなくなった。
「……ふゆちゃん、あの」
と、ここで未来が沈んだ顔をしてミフユに話しかけてくる。
「ご両親のこと、その、何て言ったらいいか。あの、大丈夫……?」
さすがに、ことがことだけに未来の調子もいつもとは違う。
だが、ミフユはいつもの美芙柚そのものの刺々しい表情と口ぶりでそれに応じる。
「うるさいわね。あんたなんかに心配されたくないわ。ほっといてよ」
「う、うん、ごめん……」
高圧的なミフユに、未来は一旦引き下がろうとした。
「でも、何かあったらすぐに言ってね! 私、できることなら何でも手伝うから!」
おうおう、眩しいねぇ。
本当に、誰とでも仲良くしようとするその姿勢は、見上げたもんだ。
それに対し、ミフユは棒付きキャンディを嘗めながら「ふん」とそっぽを向いた。
表面だけを見るなら、本当に死ぬ前の美芙柚そのものだな、こいつは。
「みんな揃ってるか。そろそろ体育館に移動――」
教室に入ってきた『まーくん』こと真嶋誠司が、言いかけて動きを止める。
その見開かれた目が見る先にいるのは、やっぱミフユ。
「……美芙柚、おまえ、どうしたんだ。その格好」
「まーくんまで言ってくるワケ? もう飽きたんだけど、それ」
目を点にしている真嶋に、ミフユがガリと嘗めてた飴を噛み砕いた。
「このくらい、好きにさせてよ。こっちは親が両方いなくなったのよ……」
一見、怒りに表情を浮かべながら、声に多少の悲しみの余韻を滲ませる。
すると、単純な教師とガキ共は、途端にミフユに向ける目を同情のそれに変える。
「……チョロッ」
ミフユが小声でそう呟くのを、俺は確かに聞いた。
真嶋先生、そいつ、心の中で爆笑してます。
「と、とにかくみんな体育館に行くぞ。大事な話があるから」
渦中の二年四組は、他のクラスの連中と一緒に、体育館へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……退屈。
『え~、で、ありまして。やはり親というものは、子供の成長を見守る、欠くべからざる存在でありまして、そう考えますと今回の事故については実に痛ましいものであると考えるところでありまして、先年も私の甥の妻の実父が他界された折――』
校長の話が、長いッ!
「まだ続くのかよぉ……」
と、俺の前に立っている吉彦もうんざりとそう漏らす。
全校集会で、まず佐村夫妻の事故について端的に内容が語られた。
山道での転落事故。
崖下に落下して夫婦は両方とも即死。と、これは俺達が目論んだ通り。
そして、次にミフユの話になって、あいつは壇上に呼ばれた。
ミフユは立場が立場だけに、小学二年生ながら学校ではちょっとした有名人だ。
そんなあいつのイメチェン後の姿を見て、軽く生徒達がザワついた。
何あれ、とかより、カッコいい、とか、可愛い、とかの声の方が多いの笑うわ。
『今、佐村さんは大きな悲しみと戦っている真っ最中です。この格好も、自分がご両親を失った辛さに負けないよう、強い気持ちを持とうとしている証拠にほかなりません。そんな佐村さんを応援してあげてください。元気づけてあげてください』
生徒達の反応を見て、すかさず真嶋がそうフォローを入れていた。
やるねぇ、『まーくん』。こういうところは教育者っぽいことができるのな。
ちなみに体育館は扉は完全に締め切られて、窓もカーテンで閉ざされてる。
それは外のマスコミ対策だが、おかげで暑いし、かなり薄暗い。
死者への黙祷ののち、校長先生のありがたい話が始まった。
あとは、体力勝負の開始ですわ。いや、退屈との戦いの方がメイン、か……。
くっ、だが俺も数多の戦場を戦い抜いた傭兵だ。
この程度の鉄火場、動じることもない。泰然自若として受け流すのみだ。
『――私の母は女性の社会進出が叫ばれる以前より、自ら率先して社会に対して働きかけることを旨としておりまして、思い返しますと私もそんな母より多くの薫陶を授かりまして、教職を目指したわけでして、先年も私の甥の妻の実父が他界された折』
あ、ヤバい、挫けそう。
っていうか校長さぁ、その話何度目だよ、数えるの飽きてるよ俺は、もう!
結局、この全校集会は何のためのものなの?
緊急というからには何か重大な話があるんじゃないのか。校長の話のあとか?
『それでは、わたしからの話は以上となります。皆さん、ご両親を大切に』
ぉぉぉ終わったァァァァァ! やっと校長の話終わったァァァァァァァァァ!
さぁ、これでやっと本番だな。
ちくしょう、勿体ぶりやがって。緊急なら緊急で本題も緊急にしろってんだ。
『それでは、緊急全校集会を終わります』
って、終わりかい!!?
マジで? マジで言ってる? 結局緊急で校長にお話しさせたかっただけ!?
「笑えなさすぎる……」
ほら、ある意味主役のミフユがブチギレそうになってるよ! 校長ォ!
『それでは皆さん、まとまって自分の教室に――』
と、進行役の教師が集会を締めようとする。本気でこれだけなのか……。
『待ってください、まだ戻らないでください!』
お?
『実は、最後に一つだけお話ししたいことがあるんです! 僕に時間をください!』
進行役の教師の隣で、別のマイクを手にしてそう言ったのは真嶋だった。
校長や、他の教師達が戸惑いを浮かべる。予定されていた進行ではなさそうだ。
『え~、ま、真嶋先生からお話があります。皆さん、そのままでいてください』
進行役の教師がそう言うと、真嶋が改めて壇上に上がった。
『皆さん、佐村美芙柚さんが在籍している二年四組の担任を務める真嶋誠司です。僕はどうしても皆さんに懺悔したいことがあり、こうして時間をいただきました』
懺悔、ねぇ?
何だってんだ、まさか俺への謝罪とか、そんなんだったりしてな。
それなら笑うが。思い切り失笑してやるが。
「懺悔……?」
「何の話だよ……」
真嶋の話が唐突過ぎて、俺の周りでもそんな声が続出する。
俺はチラリとミフユへと目をやるが、あいつは首を横に振る。何も聞いてないか。
『実は……』
マイクに口を寄せ、真嶋が言いかけた。
しかし、そこで間が空く。
真嶋の額には大量の汗が浮かんでおり、唇がヒクヒクと動いている。
――こっちを見た?
一瞬だけ、真嶋が俺達の方を見た気がした。そして、あいつは言った。
『実は、僕のクラスには、いじめが横行していたんです!』
おっと、これは意外。
まさか本当に、いじめの自白をしてくるとは。どうした『まーくん』?
何か知らんが急に心を入れ替えたのか。今さら過ぎて笑うぞ。
『僕は皆さんに懺悔しなければなりません。何故なら、僕は皆さんに秘密にしていたことがあるからです! 僕が受け持つ二年四組にはいじめがあったんです!』
無理やり声に勢いをつけて、真嶋はそう続けた。
マスコミまで出てきて、俺へのいじめを隠し切れないと観念したのか、もしや。
そう、俺が思っていたところに――、
『いじめられていたうちの一人が、今回、不幸にも事故でご両親を失った佐村美芙柚さんだったのです! そしてもう一人が、ここにはいない三木島力也君です!』
…………あ?
『力也君は現在、原因不明の奇病によって病院で治療を受けています。非常に痛ましいことです。僕は、それもいじめの主犯格が関わっていると確信しています!』
生徒達が、いや、他の教師も一緒に、さっきより遥かに大きくどよめいた。
まさかの教師自らによるいじめの告発。
それは、内容がどうこうという以前にセンセーショナルで、注目を呼び起こす。
衝撃が体育館全体を襲う。
こうなれば、もはや場にいる全員が『まーくん』の話を聞くしかなくなる。
そうして状況を完璧に整えて、真嶋は話の核心を叫んだ。
『いじめの主犯格は、金鐘崎アキラ君です!』
ああ、そう。そういうこと。
『二年四組のみんなには、今まで辛い思いをさせました。僕も、自分のクラスでいじめが起きてるなんて認めがたかった。でもそれが、金鐘崎君を増長させてしまった』
生徒達と教師の視線が、真嶋から俺へと切り替わっていく。
するとどうだ、それまで黙っていた美海や善太が次々に真嶋に同調し始める。
「まーくん、やっと言ってくれたのね!」
「俺達、信じてたよ、まーくんのこと。信じてた!」
担任教師のみならず、実際にクラスの生徒がそんな反応をする。
そうすると、俄然、真嶋の言っていたことの信憑性が増す。やってくれるねぇ。
ここで俺をいじめの主犯と告発して、それからどうなるのか。
当然、外に漏れるだろうな。
虎視眈々と待ち構えている、情報に飢えたマスコミとかいうハイエナ共に。
そうなれば、もう終わりだ。
さすがに俺でも一度広まった情報をなかったことにはできない。
情報の伝達に関しては異世界よりもこっちの世界の方が格段に優れている。
果てに待ってるのは、ネット拡散、住所特定からの正義の戦士達によるリンチか。
「……ッ、冗談じゃないわ!」
と、そこで未来が言い捨てて走り出した。
血相を変えて壇上に上がった彼女は、真嶋からマイクを奪い取ってしまう。
『みんな、聞いて! 今の真嶋先生の話は真っ赤な嘘よ! 本当は金鐘崎君の方がいじめられてるの! 騙されちゃダメ、ちゃんと事実を調べないといけないわ!』
「こら、枡間井! マイクを返さないか!」
『いやよ! 先生のクセに、生徒を騙すようなことして、最低よ!』
この未来の訴えに、俺に対して高まりかけていたヘイトが混乱で上塗りされる。
教師の告発に、それに対する生徒の反論。
どっちが正しいかとかいう話ではなく、聞いてる方がついていけてない。
「どうするの?」
周りがザワつく中、近寄ってきたミフユが尋ねてくる。
俺は、
「俺が甘かったよ『まーくん』」
符に思念で設定を入力し、俺はそれを体育館の天井めがけて投げつける。
「そうだよなぁ、獲物を前に舌なめずりするなんざ、三流のやることだったよ」
高々と放られた金属符は天井に張りついて、その効果を発揮する。
たった今、体育館そのものが『異階化』した。
「――
俺がその名を呼ぶと、虚空に波紋が走って屈強な漆黒の大男が姿を現す。
「ひっ、な……」
悲鳴をあげかけた美海の頭を黒い巨大な手が鷲掴みにして、そのまま握り潰す。
「え?」
「あれ……?」
床に伏した美海の死体を見て、間の抜けた声を出す善太と義彦。
次の瞬間、横薙ぎに振るわれた黒の鉄腕が、二人の首を刎ね飛ばした。
突然の三人の生徒の死に、周りはしばし固まって、そこに次郎の悲鳴が迸る。
「ちょっと、いきなりはやめてよ。新品の服が汚れちゃうでしょ」
顔をしかめるミフユを無視し、俺はこっちを見て固まる真嶋へと告げる。
「決着をつけようぜ、『まーくん』」
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