第11話 ミフユ・ロリポップ・バビロニャちゃん

 結局、佐村夫妻については事故ってことで処理することにした。


「勲と美遥が夜中にドライブして崖に転落。ってところか?」

「あり得ない話よね~。と、娘ながらに感じるわ」


 もちろん、俺とミフユが共謀してのことだ。

 街からそれなりに離れた山道。ガードレールを一つ超えた先には、もう何もない。


「マガツラで運べたら楽だったんだけどなー」

「仕方ないでしょ。ブツクサ言わないの」


 俺達は今、空にいた。

 佐村家に入る際にも使っていた飛翔の魔法で、山道までやってきている。


 俺と、ミフユと、そして車が一台。

 運転席には勲、助手席には美遥の死体がそれぞれ乗せてある。

 ちなみにミフユはパジャマ姿だ。


「てい」


 山道の急カーブがあるところに、俺は攻撃魔法を放つ。

 ガードレールが吹き飛んで、いかにも車がブチ破りました、という感じに。


「あとは車を、と」


 俺は飛翔魔法を操作して、車にかかっている効果だけを無効にする。

 天高くを浮いていた車は崖下に吸い込まれるようにして落下していき、爆発。


 現在、時刻は午前二時。

 娘の美芙柚がスヤスヤのさなか、真夜中のドライブに出かけて事故でドーン。


 以上、佐村夫妻を襲った不幸な事故の全容だ。

 何てこった、悲しいなぁ。実に悲しいなぁ。独り残された娘が哀れでならないぜ。


「あ~~~~、心底清々したわ」


 とは、独り残された娘談である。クッソ笑うわ。


「それじゃ、帰るか」

「そうね、帰りましょ」


 俺とミフユは街へと飛翔する。


「…………」

「…………」


 俺とミフユは飛翔し続ける。


「…………」

「…………」


 俺とミフユは飛翔し続ける。


「…………」

「…………」


 俺とミフユは飛翔し続ける。


「オイ、ババア」


 ピタリと止まって、俺はミフユの方を振り向いた。


「何よ、ジジイ」

「今さっき、おまえの家の上を通過したワケだが?」


「そうね。それが?」

「家で寝てたおまえが朝起きたら親がいないことに気づくシナリオだろうがー!」


 何で、当然のような顔で俺についてきてんだよ、こいつは!


「あら、あなたの家に行っちゃダメなの?」

「シナリオを企画立案者自らがぶち壊してどうすんだよ!」


 俺が怒鳴り返すと、ミフユは「冗談よ」と言ってあっけらかんと笑う。

 クッソー、サバサバ系女子め。このババア、変なところで気まぐれなのが厄介だ。


「でも、あと少しだけ一緒にいたいわ」

「何で!?」

「デートしたいわ。せっかく再会できたんだし」


 ミフユが和やかに笑う。

 それが作り笑いでないことは、残念ながら俺が一番よく知っている。


 作り物ではない、本心からの笑顔。

 異世界の傑物達は、皆これによってコロッと心を持っていかれたのだ。


 いつでも、誰に対しても本音で向き合う。

 それがミフユが『聖女にして悪女』とまで呼ばれた理由の一つだ。


「――証拠出せ」


 だが、俺相手にそれが通じるとは思うなよ、ババア。


「証拠?」

「そうだ。おまえが現時点で俺の敵じゃないって証拠だ」


 今はミフユでも、こいつは同時に佐村美芙柚でもある。

 佐村家の始末についてはこいつも当事者なので口を出すことはしなかった。


 しかし、二年四組に関わることとなれば多少なりとも話が変わってくる。

 ミフユ・バビロニャが変わらず俺をいじめる側に回る可能性。


 万が一にも満たない確率であることは、俺も重々承知している。

 だが、万が一に満たない確率が存在している。その事実は絶対に無視できない。


「……うふ」


 しかし、俺が睨んでいると、何とこのババア、笑いやがった。


「その、簡単には人を信用しないところ、本当にアキラだね。昔に戻ったみたい」

「懐古はいい。おまえが敵じゃない証拠を出せ」


 感情を含まず言ったつもりだが、少しだけ拗ね口調になっている自分を感じた。


「いいわ。証拠が欲しいなら見せてあげる。ちょうどいいものがあるから」

「そうかい。なら出しな」


 俺はミフユに手を差し出す。


「はい、証拠を一回見るのにデート一時間ね。どこ行きましょうか?」


 証拠を渡せというつもりで差し出した手を笑顔で握り返されてしまった。

 もう完全に、ミフユのペースだった。が、こっちだってやられてばかりではない。


「夜の空中散歩一時間だ」

「もう見飽きてるんだけど、夜空!?」


「イヤならいいぞ。おまえの件は保留にして帰って寝るから」

「わかったわよ、それでいいわよ。もうッ」


 頬を膨らませながらもついてくるミフユと共に、俺は一時間を過ごす。

 とはいえ、この一時間がそこまで長く感じられなかった。


 まぁ、これもミフユだからなせる業だろう。

 多くの人間を相手にしてきた娼婦だけあって、こいつの距離の取り方は絶妙だ。

 近すぎず、遠すぎず、相手にとって一番心地いい距離感を常に選んでいる。


「……チッ!」

「な、何よいきなり、舌打ちなんかして」


 そろそろ一時間経とうかという頃になって、俺がつい態度に出してしまった。


「おい、ババア」

「なぁに、わたし、何かした?」


 尋ねてくるミフユの手を強引に掴んで、握る。


「え……」

「いつまでも俺を客扱いすんじゃねぇ。いいんだよ、そういうのは」

「え、ぁ……」


 ミフユは一瞬だけ驚きを露わにして、すぐに手を握り返し、笑った。


「何よ、わたしに甘えたいの? 仕方がないジジイね」

「減らず口叩きやがって。声が弾んでんの丸わかりなんだよ、バカが」


 そこからの最後の五分だけ、俺達は異世界での関係性で過ごした。

 腕まで絡められるとは思ってなかったけどな……。


「――で、証拠は?」


 一時間が過ぎて、俺達はひとけのない山の上の公園に降りた。

 そこで、ミフユが取り出したのはスマートフォンだった。


「アキラ、これ持ってる?」

「父:毒。母:毒。なご家庭の子供が持たせてもらえるワケねぇんだわ」

「だよねー。じゃあ『RAIN』も見たことないでしょ?」


 レイン。

 個人用のSNSの一つで、広く使われてるやつ、だっけか。


「何なんだよ。それがどうしたんだよ」

「わたしが敵じゃない証拠に、これ、見せたげる」


 そう言ってミフユが貸してくれたスマホの画面には『RAIN』の会話画面。

 そこに記されたグループ名には、こうあった。


 ――『2ねん4くみ』。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日、仁堂小学校は大騒ぎになった。

 佐伯夫妻の事故の一件だ。


 死んだのが有名人だっただけに、朝にはすでに多くのマスコミが詰めかけていた。

 マスコミ連中は登校する生徒や教師に取材を申し込んだりしている。


 しかし、この連中のメインターゲットはそんな雑魚ではなく、ミフユだ。

 社長令嬢でありながら、ミフユは徒歩で通学している。


 その情報は、マスコミなら少し調べれば知れることだろう。

 だから、連中は校門前でミフユが来るときを今か今かと待ち構えているのだ。


「……笑えないわねぇ」


 本人、屋上からそれを見て白けた顔でそう言ってますけどね。

 マスコミの狙いなんざ考えるまでもなくわかるので、さっさと空飛んできたわ。


 登校途中、ミフユとバッタリ出くわしたのは驚いたが。

 っつーかさー、


「おまえその恰好、何? 笑うんだが?」

「え、おかしい?」


 口に丸い棒付きキャンディをくわえつつ、ミフユは俺の前でヒラリと一回転する。

 昨日まで、佐村美芙柚はいかにもお嬢様然とした服装をしていた。

 白と紺色辺りを基調にした、生地も仕立ても金かかってる感じのドレスだ。


 が、今日になったら一変。

 肩出し! へそ出し! 太もも出して、ピンクと黄色と水色がメインでババーン!

 おもちゃの指輪におもちゃのピアス、リボンとかアクセサリもジャラジャラよ。


「ババア、歳考えろ」

「七歳でちゅ」


 ああ、そうだった。七歳だった、この身体。


「ま、これまではあのペド野郎が勝手に決めたコーデを押しつけられてたから」

「だからって一夜にしてそれははっちゃけすぎだろ」

「飴ちゃんおいしいわ~」


 ニコニコと笑ってキャンディをなめるミフユに、俺は長々と息をはく。

 まぁ、しばらくは俺の周りでは何も起きないだろうな。


 真嶋の野郎にしたって、今はマスコミの対応やらで精一杯なはずだ。

 昨日見せてもらった『2ねん4くみ』のグループ会話も特に動きはなかった。


 勲と美遥の死が知られて、朝の内に多少の会話はあったようだが。

 ミフユもそこには加わらず、静観。

 真嶋も参加はしておらず、ガキ共がピーチクパーチク騒いでるだけだった。


「これからどうするの?」

「しばらく『見』に徹する。マスコミに苦戦する『まーくん』をそばで見てたい」

「わぁ、悪趣味ィ~」


 真嶋誠司は、二年四組の標的の中では最もデカイ魚だ。

 一気に銛で突き殺すのではなく、ジワジワと疲れさせてから嬲り殺しにしたい。


 しばらく、それを実行するための材料集めをしようかと、俺は考えていた。

 そこに、ピンポンパンポンとお馴染みのチャイム音が聞こえてくる。


『――生徒の皆さん、緊急集会を行ないますので、体育館にお集まりください』


 聞こえたアナウンスに、俺もミフユも、首を傾げた。


「……緊急集会?」


 このとき、俺は迂闊にも油断していた。

 今の状況で『まーくん』が俺にできることなど何もない、と。そう思ってた。

 だが――、


『生徒の皆さん、僕は皆さんに懺悔しなければなりません。何故なら、僕は皆さんに秘密にしていたことがあるからです! 実は、僕が受け持つこの学校の二年四組にはいじめがあったんです! いじめられていたうちの一人が、今回、不幸にも事故でご両親を失った佐村美芙柚さんだったのです! そして、いじめの主犯格が――』


 おい、この野郎。


『いじめの主犯格は、金鐘崎アキラ君です!』


 真嶋誠司は、体育館に集められた全生徒の前で、俺によるいじめを告発した。

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