第10.5話 まーくんの憂鬱

 佐村夫妻、事故死。

 二年四組担任の真嶋誠司のもとにも、その一報は届いた。

 夜が明けたばかりの頃のことだ。


「……何だって言うんだ?」


 自室にて、ネットでニュース記事を確認して、誠司は軽く頭を抱えた。

 三木島力也が病院に担ぎ込まれたという知らせが入ったのが昨夜。


 そして、今度は佐村美芙柚の両親が死んだというニュース。

 自分が担当するクラスに関わる出来事が、一夜のうちに立て続けに二つも。


 しかも、どちらもクラスの中核にいる生徒に起きた話だ。

 三木島力也は、クラス男子のリーダー的存在だった。


 力が強くて粗暴で、勉強はそこそこだが運動能力に優れた生徒だ。

 しかし、今は原因不明の激痛に覆われ、病院で泣き喚き、暴れているらしい。


 佐村美芙柚は、クラス女子をまとめる存在だった。

 いわゆるお嬢様で、大企業の社長令嬢であり、高飛車で高慢な少女だった。


 そちらの方は両親が死んだ。

 事故とのことだった。

 深夜のドライブ中に運転をしくじって、崖下に転落し、二人とも即死。


 父親である佐村勲は、幾つもの企業が名を連ねるグループの総帥だ。

 実質、この街の陰の支配者のような存在で、力也の父も系列企業に勤めていた。

 それが、死んだ。


 しかも妻と一緒に車で崖下に転落という、かなり派手な死に方だ。

 大企業の長がそんな死に方をしたとなれば、当然、マスコミが騒ぎ出す。


「何なんだ、これは……」


 デスクチェアに座り、パソコンを前に誠司は頭を抱えた。

 何かがおかしいと感じた。


 力也の件については指摘するまでもない。

 全身が激痛に苛まれる奇病なんて、いきなり発症するものなのか、という疑問。


 佐村家に関しても、担任教師の誠司だからこそ見える違和感があった。

 美芙柚の父親である勲は、とにかく娘を溺愛している。

 逆に、妻である美遥にはほとんど関心を向けていなかったようにも見えた。


 ――その勲が、家に娘を置いて妻と深夜にドライブ?


 いや、そういうこともあるのかもしれない。

 しかし、それは誠司の中にある勲のイメージとは、かなりかけ離れているのだ。


 三木島力也を襲った奇病。

 佐村美芙柚に起きた凶事。


 一つだけでも信じがたい出来事が、一晩のうちに二つ。

 もちろん、ただの偶然だと思うこともできる。いや、偶然なのだろう。


 だが、他の生徒ではなく力也と美芙柚が、という点がどうにも引っかかった。

 この二人のことを考えると、どうしてもあのガキの顔が浮かぶ。


「……金鐘崎、アキラ」


 二年四組でいじめられている、気弱な少年だ。

 いつでも被害者面をしてオドオドしていて、それがたまらなく気に食わない。


 誠司は、人間が平等だなどとは考えていない。

 人にはそれぞれ実力と格というものがあって、それに応じた扱いをされるべき。

 そんな『公平さ』こそが、彼という人間の骨子であり、教育方針だ。


 その意味でいえば、アキラはいじめられっ子の立場こそふさわしい。

 アキラは実力も乏しく、人としての格も低い。できることなど限られている。


 ならば、アキラに力を注ぐよりも、その分、他の生徒を見てやるべきだ。

 誠司はそのように考え、実際にそれを実行した。


 力也や美芙柚を使ってアキラをいじめさせ、クラス内の一致団結を図った。

 実質、クラスのために生贄に捧げたといってもいい。


 それは、うまくいっていたはずだった。

 誠司の目論見は昨日まで確実に達成されていて、クラスは実に平和だった。

 アキラへのいじめはあるが、それは教育の一環で問題には含めない。


 そう、うまくいっていたはずなのだ。

 昨日までは。


「あいつか? あいつが何かしたのか?」


 そういえば昨日のアキラはこれまでと様子が違っていた。

 机の落書きに、算数の時間の生意気な態度。

 あれらは今までのアキラにできることではなかったように思える。今顧みれば。


 だが、所詮はアキラのやることとして、深く追求はしなかった。

 長らく生贄としての役割を果たし続けてくれた、アキラ。


 今さら、あんなガキに何ができる、とも思った。

 あいつの両親は揃ってクズだ。アキラが頼ったところで、力になるワケがない。


 そうだ、アキラには何もできない。できるはずがない。

 そのはずだ。そのはず――、


「…………」


 真嶋誠司は、パソコンデスクに置いていた自分のスマートホンを手に取った。

 彼は、気になったことはそのままにしておけない性格だった。


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※サポーター限定近況報告にてこの話の「完全版」を公開しております。

 そちらには今章『二年四組地獄変』の核心となるネタバレが記載されております。


 ただし、そちらを見ずとも今章を読み進める上で特に不都合はございません。

 何ならその核心となるネタバレも読み進めれば明らかになります。

 ですので「今の時点でどうしても核心を知りたい」という方向けのサービスです。


・第10.5話 まーくんの憂鬱/完全版

https://kakuyomu.jp/users/hanpen_thiyo/news/16817139554758485651


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