第15話 まーくんの地獄

 体育館の真ん中で、俺とミフユは眠る未来を見下ろしていた。


「なぁ」

「何よ、ジジイ?」


「未来はさ」

「うん」


「今まで、どんな思いをして人生を過ごしてきたんだろうな」

「……はぁ?」


 俺が呟いたら、思いっきり小馬鹿にされてしまった。


「何よそれ、アキラ・バーンズともあろう者が、敵に情けをかけようっての?」

「まさか」


 声を低くするミフユに、俺は肩をすくめる。


「ただ、俺くらいは未来のことを理解してやらないと、と思ってな。だって」

「だって、何よ?」

「そうしないと、こいつを正しく地獄に墜とせないだろ?」


 俺は収納空間アイテムボックスから、鈍色のナイフを取り出した。


「まぁ、こいつの場合は、一番大事なものなんて明らかなんだけどな」

「うわぁ、邪悪なスマイル。やっぱ『勇者にして魔王』だわ、あんた……」


 ナイフを逆手に持ち替えて、俺は未来に近づいた。


「さぁ、枡間井未来。ここからがおまえの地獄だ。――考えうる限り最高の演目を用意してやったからよ、精々俺を楽しませてくれ。クク、フフフフ、ハハハハハハ!」


 これから未来が味わう思いを想像し、俺は高く笑った。

 そして、魔力の輝きを放つナイフを一息に未来の後頭部に突き立てた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 未来が、目を覚ました。


「ぅ……」


 身を起こせば、そこはまだ体育館の中。

 だが体育館の『異階化』はすでに解除してあり、耳をすませば外の音も聞こえる。


「ああ、そうか……」


 未来は、即座に自分が意識を失った理由を思い出したようだった。

 この辺りはさすがに伝説の暗殺者、無意識に必要な行動の取捨選択ができている。


 未来が周りを見れば、眠っていた他の生徒達も目覚めているところだった。

 睡霧の魔法の効果が終わったタイミングか、とでも思ったかもしれない。


「み、みんな大丈夫……?」


 ここで、未来は暗殺者ではなく『いい子の枡間井未来』として振る舞った。


「な、何で寝てたの、私……」

「ふぁ~、気持ちよく寝れた~」


 未来の近くで、美海と善太も目を覚ます。


「三浦さん、木村君、おはよう。何だったんだろうね」

「お、三浦も寝てたのか~」

「うん、そうみたい。木村君もなの? っていうか、みんなも!?」


 美海と善太が互いに見やって会話をする。

 きっとそれだけで、未来は何かおかしいと感じたことだろう。


「ねぇ、二人とも? ねぇ、あの、ねぇ! 三浦さん! 木村君!」


 未来が少し声を大きくして呼びかける。


「あれ、ふゆちゃんがいないわ。ふゆちゃ~ん? どこ~?」

「トイレでも行ってんじゃないの?」


 だが、すぐ近くではっきり名前を呼ばれたにもかかわらず二人は反応しなかった。

 と、思いきや、美海が未来の方を振り返った。


「……三浦さん」


 一瞬、未来が安堵の表情を浮かべる。

 しかし、美海がおもむろに歩き出したことで、状況が一変した。


「善太君も起きたみたい。おはよー、善太君」


 言って、善太へと真っすぐ向かう美海が、未来の体をすり抜けたのだ。


「…………え」


 未来の顔から、笑みが消える。


「……嘘、三浦、さん?」


 未来の震える手が、美海へと伸ばされる。

 しかし、その指先はクラスメイトに触れることなく、またすり抜けてしまう。


「あ……」


 もう、わかっただろう。未来ならば。


「解けてない。私だけ『異階化』が解けてない……!?」


 そう、その通りだ。

 体育館の『異階化』は解除されたが、未来だけは、それが及んでいない。

 彼女だけがまだ階層の違う世界に取り残されている。


 多くの人間と同じ場所にいながら、もはや未来は誰とも触れ合えない、話せない。

 そこにいるはずの未来に誰も気づけないし、見ることもできない。


「嘘、嘘、嘘……! いやよ、そんなの、いや!」


 顔を青ざめさせた未来が、周りの人間に見境なく触ろうとする。

 しかし、振り回す手はクラスメイト達の体をすり抜けるばかりで、何も触れない。


 すぐ近くにいる子供達は、互いに話をしながら未来の存在に気づきもしない。

 誰も、未来のことを知らない。誰も、未来のことを見てくれない。


「ゃ、やだ! やだよ、誰か私を見て、私を見てよ! 私を見て! ねぇ、誰か!」


 騒ぐ、未来が騒ぐ。


「私、ちゃんといい子だったでしょ! 正義の味方だったでしょ! ねぇってば!」


 嘆く、未来が嘆く。


「ぅ、あああああ、ああああああああ! 骸邪螺、骸邪螺ァァァァァァ!」


 未来が自分の異面体を呼ぼうとする。

 しかし、現れない。

 名前を叫んだ声の余韻が消えても、そこに虹色の骸骨は現れない。


「何でよぉ、何でなのよぉ! どうして出てきてくれないの、骸邪螺!」


 未来は絶叫するが、もうあの虹色の骸骨が出てくることはない。

 何故なら、未来は異面体を呼ぶ能力を失っているからだ。


 眠っていた未来の後頭部に突き立てた短剣。

 あれは、刃自体が魔力で構成された特別な魔剣で、刺した相手を無力化する。


 異面体も呼べないし、魔法も一切使えない。

 もはや未来は、ただの小学二年生の小娘でしかない。


「やだよ、やだ、やだよぉ! どうして誰も私を見てくれないの、ねぇ、何で!? 私、いい子にしてたのに! いいこともしたのに! 正義の味方だったのに! 悪いこと何もしてなかったでしょ、なのにどうして! いや! 誰か私を見てよ!」


 立っていられず、未来はその場に這いつくばった。

 あんなにも『私を見て』と訴えた彼女。あんなにも自分は主役だと笑った彼女。


 だが、もう誰からも見られることはない。

 自分がどれだけ叫んでも、懇願しても、泣いても、それに耳を貸す者はない。


 無視だ。

 無視されるのだ。


 徹底的に、世界の全てから、未来は無視される。永劫、無視され続ける。

 誰より人に見られたかった『知られたがり』を見てくれる者は、もう、いない。


「お願いよ、誰か私を見て! お願い、お願いだから! もう悪いことしないから、だから、だから……! 誰か私を見てえええええぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」


 周りをクラスメイトに囲まれながら、枡間井未来は孤独な慟哭を響かせた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 空から、未来の終わりを見届けて、俺とミフユはゴーグルを外した。

 遠視と透視の効果を持った、偵察用の魔法アイテムだ。


「『異階放逐』ねぇ~、エグいことするわね、ジジイ」

「グッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 誰か私を見て、だってよ! ウヒハハハハハハハハ!」


「悪趣味ィ~」

「うるせぇな。相手から一番大事なモンを奪ってこその仕返しだろうが」

「ま、それはわかるけどねぇ~」


 そもそも『出戻り』相手なんだから、仕返しだって本腰いれにゃならんしな。

 拷問のたぐいは、きっと未来には通用しない。


 能力は失われても、暗殺者の経験や精神力まではなくしてないワケだし。

 だから『異階放逐』を選択した、っていう面もある。


「それにしてもまさかあの『無力化の魔剣』を使っちゃうとは思わなかったわ」

「痛ェ出費でしたよ、ホント。二度と手に入らないんだろうな~……」


 未来から一切の能力を奪った『無力化の魔剣』。

 あれは、俺が異世界でとある大仕事の報酬として手に入れたものだ。


 どんな相手でも無力化できる代わりに、一本だけで使い切り。

 一度使えば、二度と使えないし、手に入らない。俺の切り札の一つだった逸品だ。


「ま、それだけの相手だったってことよ」

「そういうことね。で、これでいじめ問題は決着かしらね。どう思います――」


 ついと、ミフユが視線を横に流す。


「ねぇ、真嶋センセ?」

「う、ひぃ……! ひぃぃぃぃぃぃ~~~~!」


 ここは空の上。

 いるのは俺とミフユと、そして真嶋誠司。


「な、なな、何で空に、どうして! お、おまえ達は、一体何だァ!?」

「混乱してるねぇ。答える気は一切ないんだけどな」


 手足をバタバタさせて騒ぐ真嶋に、俺は冷笑を返す。


「まぁ、ほら、俺の目的ってさ、仕返しなワケ。で、おまえは俺へのいじめに関わってたじゃん? なら、ねぇ? これから自分がどうなるか、わかるよね?」

「ぅひ……ッ」


 軽く脅しただけで、真嶋はゴクリとのどを鳴らした。

 普通の相手なら、これで十分心を折れる。だが、真嶋はここで終わらなかった。


「お、おまえ達なんぞ、地獄に落ちてしまえ……!」

「あら?」

「へぇ……」


 こっちを睨み返してくる真嶋に、ミフユも俺も、小さく驚く。


「よくもまぁ、この状況でそんなことが言えたねぇ、センセ」

「ぐ、ぼ、僕は……ッ」


 恨みのこもった視線で俺を射貫いて、真嶋は何かを言おうとする。


「いいぜ、センセ。最後に聞いてやるよ、何だい?」


 俺がそうやって促すと、真嶋は右目から一滴だけ涙を零し、大声で吼えた。


「僕は、未来を破滅に追いやったおまえ達を、絶対に許さない……ッ!」


 ……は?


「あちゃあ~……」


 俺はポカンとなり、ミフユは片手で頭を抱えた。


「許さない、許さない……! 未来を、僕の妹をよくも……ッ! 地獄に落ちろ!」


 何言ってんだこいつ、と思う俺の中に、真嶋の怨嗟の声が少しずつ染みてくる。

 やがてそれは理解となって俺の意識に組み込まれ、そして――、


「クッ」


 一瞬で笑いの沸点を突破し、俺は爆笑した。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ああ、何! そういうこと? そういうことなの!? ブヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! オイオイ、マジかよ! 何だそりゃ、何だよそりゃあ!? アヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! は、腹痛ェ~~~~!」

「な、何で笑う! 何がおかしい!?」

「何がおかしいって、そりゃあねぇ……。わたしは笑えないけど」


 いたたまれないものを見るような目で、ミフユは真嶋にため息をつく。


「ちゃんといたんじゃねぇか、見てくれる人間が。ここに」


 笑いでこぼれた涙を拭って、俺は眼下に体育館を見下ろした。


「おまえにとっちゃ、主役になるための小道具に過ぎなかったんだろうがな……」


 真嶋の体が、蒼い炎に包まれる。


「う、ぉ、ああああああああああああああああああああああああ!!?」

「終わりだ、真嶋。未来に続いて、おまえもこれから行方不明になる」


 轟と音を立てながら、超高熱の炎が真嶋誠司を焼き尽くしていく。


「ああああああああああああああああああああ! がっ、ぎ、ゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 口を大きく開けて、空の上で必死にもがく真嶋。

 しかし、その絶叫も間もなく途絶えた。

 開けた口から炎が侵入し、声帯やら肺やらを一瞬で焼き尽くしたのだろう。


「じゃあな、真嶋。最後の最後の最後で笑えるオチをありがとよ」

「え~? 全然笑えなかったわよ……」


 真嶋にかけている飛翔の魔法を解除する。

 蒼い炎に焼かれながら、真嶋は落下していき、地面に落ちる前に燃え尽きた。


 俺は再びゴーグルをかけた。

 そして、真嶋だったひとかけらの炭が地面に落ち、風に流されるのを見届けた。


 ――二年四組のいじめ問題は、こうして終わりを告げた。


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 →第一章 二年四組地獄変 終


                第二章 渡る世間は跳梁跋扈 に続く←

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