第6話 リッキーの地獄:後
力也が呆然としている。
手から、鞄がずり落ちて、それに気づかないまま立ち尽くしている。
俺は笑った。
「アハハハアハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハ!」
力也を笑った。
「ハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハハ!」
全力で嘲笑った。
「ヒハハハハハハハハハハハハハ! なぁ、今どんな気分? リッキー、なぁ!? アハハハハハハハハハハ! 自分のせいで家族ぶっ殺されて、どんな気分よ!?」
「アァァァァァキラァァァァァァァァァァァァァァァァア――――ッ!」
キレた力也が、絶叫しながら俺の顔面へ拳を繰り出す。
だがそれを、俺は避けもせずにあえてそのまま鼻っ面で受け止める。
「フゥー! フゥーッ!」
呼吸を荒げ、俺を厳しく睨む力也だが、それに対して俺はまた笑った。
「痛くねぇなぁ、リッキー」
「うぅ、るせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
それから、力也は俺の顔面をめった打ちにした。
右手で、左手で、荒ぶる怒りのままに、激情に身を任せて俺を殴り続ける。
だが、てんで痛くない。
そもそも殴り方がなっちゃいない。完全に手打ち。勢い任せ。ぶつ、でしかない。
「弱ェ、弱ェなぁ~、ガキ大将のリッキー。だが当たり前だよなぁ、だって体が幾分他よりデカかろうと、おまえは小学二年生だ。体が全然できあがっちゃいない。体重も軽い。筋力も低い。握力だってない。それで人を殴り倒せるワケが――」
俺は軽く右手を握って、力也が右拳を振り上げた瞬間を突く。
「あるんだよなぁ!」
踏み込んで、爪先の先端に勢いをつける感覚。
そして腰を起点に体の中の軸を意識し、大きく回す。腕ではなく、全身を振る。
「ひ、ぐぶっ!?」
俺が放った右拳が、力也の顔面を直撃し、その体を後方へと弾けさせた。
「これが『腰を入れたパンチ』だ、勉強になったかなぁ?」
「あ、が……」
力也は血だらけの床の上に転がって、両手で血が溢れる鼻を押さえ、苦しがった。
一方で、俺は殴った手応えに渋面を作る。
やっぱ俺も体が七歳だけあって確実に弱くなってるな。
あっちの世界だったら、御臨終寸前の時点でも力也を一発で逝かせられたんだが。
技術ってのは重要だが、やっぱ元の体の性能も同じくらい大事だね。
そんなことを考えながら、俺は吹き飛んだ力也へと近寄っていく。
途中、目の端に由美の死体が転がっていたので、首根っこを引っ張り上げた。
「ほらよ。おまえの大事な妹さんだ。撫でてやれよ」
そう言って、立ち上がろうとしている力也の上に覆いかぶせてやった。
両目と鼻から血を流したままの妹の顔が、力也の間近に迫る。
「え、ぁ……」
力也と死体の目が合った。
一瞬、それを理解できていないように力也が「由美?」と呟いた。
妹から答えはない。
数秒し、ようやくそれを認識した力也の顔が、みるみるうちに引きつっていった。
「ああああああああああああああああ! あ! ああああああああああああ! ぅああああああああああああああああああああああああああああああ!」
なかなか爽快な悲鳴だった。
家族を殺されたことへの怒りよりも、恐怖が優ったがゆえの絶叫だった。
間近に死を感じて、力也の生存本能が爆ぜたのだろう。
ま、逃がすワケがない。
大丈夫だよ、今は死んでるけど、御家族の皆さんはちゃんと元に戻すさ。
父親は明日も仕事に行けるし、母親も頭のよさを愚かさ全開で自慢できるよ。
何より、妹さんはばっちり学校に行けるさ。
明日も明後日も。ちゃんとな。
「だがおまえだけは違う」
俺の開いた右手に魔法陣が浮かぶ。
それは召喚の魔法陣。豚を喰い尽くしたゴウモンバエを呼んだものと同じ術だ。
「うおおおおああああああああああああああ、クソッ、クソッ、アキラ、ブッ殺してやる! クソオオオオ! ああああ、ぅああああああああああああああ!」
恐怖に泣き叫びながらも、だが力也は俺への殺意を口走る。
へぇ、思ったより根性あるじゃん。そんなに妹が大事だったか、そうか。
仲が良かったんだなぁ、三木島家。
あんな父親で、あんな母親で、でも家族の絆は深かったんだなぁ。
自分の死に震えながらも妹の死に怒れる力也。
さぞかし大事に育てられたんだろうな。愛情を受けてきたんだろうな。
「ク、クク、ハハハハハハ」
――反吐が出るぜ。
「よくぞ言ったな、リッキー」
召喚魔法陣から、スルスルと細長いものが現れ出てくる。
「これが何かわかるか?」
と言っても、わかるまい。
傍目に見るそれは、勝手に動いていることを除けばやや太い針金にしか見えない。
だが俺は命じると、表面に薔薇の茨を想起させる鋭いトゲがびっしりと生える。
「これから、こいつがおまえの体の中を這い回る」
俺が召喚したこいつの名は、イバラヘビ。
ゴウモンバエとほぼ同じ用途ながら、相手への苦痛はこいつの方が格段に激しい。
「俺をブッ殺してやると言ったな、リッキー」
うねうね動くイバラヘビを背に、俺は力也に粘り気のある笑みを寄せる。
「その言葉、すぐに『ブッ殺してください』に変えてやるよ」
イバラヘビの尖った先端が力也の鼻の穴から体内へと侵入していく。
「ぶがっ、が、ぁ……?」
妙に抜けた声を出し、身をビクンと跳ねさせる力也。
悲鳴は消え、しばし身を床に横たえていたが、直後その目が激しくひん剥かれた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああぎゃああああああああああああああああああああああああああ、ッがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!?」
さっきまでの叫びなどとはまるで比にならない、本当の意味での絶叫。
「どうだい、内側から肉をこそがれる感触は? 得難いモンだろ? 皮膚を斬り裂き、肉を食い破り、神経を擦って、骨を削りながら、脳髄を掻き混ぜる。不快だろ? 苦しいよな? 痛いし、気持ち悪いし、生きてる心地がしないよな! なぁ!?」
家族の破片が散らばる床で、力也が吼え、叫び、のたうち回る。
「イバラヘビのすごいところはな、宿主の体内に一切傷をつけずにただ苦痛だけを与え続ける点にある。こいつは半霊体の魔獣で、生物の体内に寄生してそのトゲで感覚だけを攻撃して、宿主の苦痛を養分として吸い上げて生きていくんだ」
霊体である以上、物理的な手段では寄生したイバラヘビを見つけられない。
体内を這い回られる激痛も力也以外は認識できないし、もちろん治す手段はない。
現代医学など、魔獣の前には意味をなさない。
「あと、イバラヘビに寄生されるとな、心身は常に健康状態を保てるようになる。激痛に狂われちゃ、宿主が養分となる苦痛を感じてくれなくなるからな。そういうワケだ。よかったなリッキー、これから死ぬまで、おまえはずっと健康だぞ?」
「ぃぃぃあああああああががががががぎぎッ、ぃぎぎぎぎぎぎぎぎッ、ぎぎゃあああああああああああああああああ、があぁぁぁ、マ、ママ、ママァァァァァァァァ!」
って、聞こえちゃいないか。
「フフフ……」
激しくもんどりうって悶え続ける力也を見ながら、ぬるくなった缶ビールを飲む。
炭酸も抜けかけていて美味くはなかったが、気分はよくなった。
「フフ……」
高揚と共に自然と漏れ出る笑いを、抑えきれない。
「フフ、フフフ、ハハハ……」
「あぁぁぁぁぁぁぁああああああ、ぃぎぃああああああああああああああああッ!」
「フフフフフフフ、ハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「ひぃぎゃあああああああ、ッ、ィギッ、がぁぁぁぁあああああああ――――ッ!」
「アハアハハハハハハハハハハッ! ヒハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「ぎゃあああああ、ッ、ゃ、やだぁぁぁぁああああああああああああああああッッ」
「クハハハハハハハハハハハッ、ブッフ、アハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「ぐごがぁぁぁぁぁぁっ、ご、ごろじ、ごろじでぇぇぇえええあああああッ!」
「え、やだ。生きて。俺のために、死なないで! アハハハハハハハハハハハッ!」
あ~、笑った笑った。
「それじゃ、体の中のペットと仲良くな。俺は帰るわ」
最後に、力也以外の三人に蘇生用のアイテムを使っておく。
ある程度部品さえ残ってれば蘇生させられるこれ、やっぱすごいねー。
取り戻せる命なら、その価値は暴落する。
いやいや、それでも命は尊いさ。だから俺は力也を殺す選択はできなかった。
だって命は一つしかないんだから。クハッ、笑うわ。
「じゃあな、リッキー」
絶え間なく是ようが響き渡り続けるリビングの戸を閉めて、俺は廊下に出る。
これが、俺と三木島力也との今生の別れだった。
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