第5話 リッキーの地獄:前

 三木島力也の家族を一言で評するならば、DQN一家だ。


 父、三木島力雄みきしま りきおは暴走族上がりで総長をしていたという。

 現在は結婚して二児の父親で、職業は金融関係。


 もちろん、まともな金融業者ではない。

 サラ金、もしくは闇金などと呼ばれるたぐいの会社だ。


 その見た目は、力也をそのままデカく、いかつくしたような感じだ。

 顔そのものも相当強面で、さらにはサングラスと金チェーンのネックレスと。

 着ている服装は着崩したスーツで、完全に外見はヤのつくあれだ。


 実際、そこ界隈ともかかわりが深いのだろう。

 杯はもらってないみたいだが、それでも十分以上に稼げてるっぽい。


 何せ、家が大きい。

 一等地にデデンとばかりに建っている二階建ての白い庭付き一戸建て。


 そこが、三木島家の一国一城ってワケだ。

 まさに腕っぷしのみでのし上がった三木島家の繁栄の象徴だな、これは。


 そんな家を守っている母、三木島由希みきしま ゆきは、これまた見た目がケバい。

 力雄と同じく、若い頃はヤンキーまっしぐらだったのがわかる外見をしている。


 きついウェーブの入った明るい茶色の髪なんか、まさにソレ。みたいな印象だ。

 化粧もきつめで、素地は美人なのに化粧のせいでかえって損してると思う。


 そして、力也の妹である三木島由美みきしま ゆみ

 この子は現在、小学一年生。

 力雄と由紀から生まれたとは思えない、可愛らしく可憐な見た目をしている。


 将来的には、母親など問題にならない美人になるだろう。

 誰が見てもそう思えるくらいに、小学生一年ながら魅力的な女の子だ。


 ――由美から、殺した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まずは『リッキー』から地獄に墜とすことにした。

 そう判断した理由は簡単で、あとの二人の方が俺のお楽しみ度が高いからだ。


 あの『まーくん』と『ふゆちゃん』は、色々と企み甲斐がありそうだし。

 それに、本日のいじめについては『リッキー』からの被害が一番大きかった。


 以上の理由から、まずは力也の家族を皆殺しにすることにした。

 日も暮れて、午後七時。

 俺は、街の高級住宅地へとやってきていた。


 この時間、力也は家にいない。まだ塾から帰ってきていないからだ。

 どうやら力雄と由紀は、しっかりと力也に勉強をさせる教育方針らしい。

 自分達に学がないからかな。笑うわ。


 俺にとっては、いない方が都合がいい。

 ま、力也がいたらいたで、やり方を変えるだけだが。


 さて、俺は転生した先の異世界は、どこに行っても戦争真っただ中な世界だった。

 そこで、特に発達していた魔法技術が一つある。


 それは結界魔法だ。

 敵の攻撃から拠点を守る。あるいは敵部隊を孤立させる。など。

 使い道は多々存在し、俺がこれから使うのも、そうした用途のためのものだ。


「時間設定――、12時間。入出制限設定――、三木島家の人間以外不可」


 俺は設定を入力して、ソレを三木島家の玄関にペタリと貼る。

 見た目は、鈍い銀色の紙幣ほどの大きさの金属のプレート。

 その表面には、異世界の魔法紋様がびっしりと刻みつけられている。


 張りつけたのち、俺はプレートに指先を触れさせ、魔力を通した。

 ヴン、と、全身に一瞬だけかかる軽い重圧。

 これで『異階化』が働いて、三木島家は現実世界から異空間へと隔離された。


 対象範囲内を同じ世界の違う階層に移す。それが『異階化』だ。

 世界から切り離された今の三木島家に入れるのは、設定した条件に合う者のみ。


 その他の人間は、三木島家の存在を認識できなくなっている。

 といったところで準備完了。これで何が起きても、それが外に漏れることはない。


 じゃあ、ヤろうか。

 俺は傭兵時代に愛用していたダガーを右手に、呼び鈴を鳴らす。


「はーい」


 と、可愛い声がする。

 それから小さく足音が聞こえて、玄関がガチャリと開いた。


「どなた様ですかー?」


 ヒョコッと顔を出したのは、力也の妹の由美。

 幼いながらも整った顔立ちで、その筋には大変人気が出そうな可愛らしさがある。


「やぁ」


 俺は、由美に笑いかけて、


「さよなら」


 その額に、逆手に持ち直したダガーを突き立てた。

 切っ先が頭蓋を突き破り、ガッ、という硬い手応えが俺の腕に伝わってくる。


「……あぇ?」


 抜けた声を出し、由美の瞳が上を向いてそのまま体から力が抜ける。

 血は噴かず、ただ目と鼻の穴からダラリと血が流れた。

 倒れ伏した彼女の小柄な体を、俺は何ら感慨のない瞳で見下ろし、告げた。


「やっぱ、最初が肝心だよな」


 出てくるのが誰であれ、こうするつもりだった。

 死ぬことに変わりはないが、一番楽に死ねる順番だ。あとの二人よりも、全然。

 まぁ、あとで生き返るし、一回死ぬくらいどうってことないだろ。


「お邪魔しま~す」


 横たわる由美の死体の襟首を掴んで引きずり、俺は三木島家の中に入る。

 すると、奥のリビングから父親の力雄の汚ェ笑い声が聞こえてくる。


「だからよぉ~、考えなしに金借りるようなバカは、本当にありがてぇよなぁ!」

「そのバカがいるおかげで、あたしらもイイ思い出来てるしねぇ~」


 力雄と由紀の声がする。

 どっちも大声で笑っていて、少なくとも知性ってモンは微塵も感じられない。

 その笑い声を道しるべに、俺は由美の死体を引きずって奥へ向かう。


「今日もいい仕事したぜ。金ねェヤツから取り立てて、巻き上げてよ」

「ハッ、返せないなら借りるなって話だよねぇ」


 俺は廊下を歩く。


「世の中よ、弱ェヤツは食い物にされるしかねぇんだ。弱肉強食なんだよ、結局!」

「あら、あんた難しい言葉知ってるじゃないのさ。ジャクショクキョウニク?」


 俺は廊下を歩く。


「バーカ、弱肉強食だよ! ちったぁ勉強しろよ! ビール、おかわりくれ」

「フン、バカにして! これでもチームじゃ頭いい方だったよ! はいよ、ビール」


 俺は廊下を歩いて、着いた。


「こんばんは」


 あけっぱなしのリビングのドアの前で、俺は二人に挨拶をした。


「あ?」

「え?」


 力雄と由紀が、無防備に俺の方を振り向く。

 リビングでテレビを前にソファに座った力也が、缶ビールを開けるところだった。


「誰だ、おまえ?」


 どうやら由美の死体は見えていないようで、そんなことを尋ねられた。

 俺は答えず、引きずっていた死体をリビングに投げ込んだ。


 糸の切れた人形のようなそれが、小さく放物線を描いて二人の前に落ちる。

 力雄達の視線が吸い込まれるようにして由美の死体に集まり、呆け、間が空いて、


「ゆ――、由美ィッ!!?」

「いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」


 力雄がソファから腰を浮かし、由紀が顔を青くして絶叫する。


「はじめまして。俺は仁堂小学校二年四組の金鐘崎アキラ。おたくの息子の力也君にいじめられている者です。今夜は、今日いじめられた仕返しをしに来ました」


 由美の死体にすがりつく由紀に目を向け、俺は自分の目的を明らかにしておく。


「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!」


 逆上した力雄が一直線に俺へと殴りかかってくる。

 だがその拳は、俺の顔に届くことなく止まる。

 俺の頭上、虚空からいきなり出現した、真っ黒くて太い腕によって。


「――異面体スキュラ


 その腕の持ち主の名を、俺は呟く。


「この『異階化』した空間の中でのみ発現できる、転生者特有の異能でね。まぁ、有名な漫画にある精神の具現化能力とか、そういうたぐいのモンだよ」


 絶対に通じないであろう説明をしているうちに、俺の異面体が全身を形成する。

 それは、一言で表現するなら『異形の鎧に身を包んだ大男』だった。


 全身が真っ黒で、背が高い力雄よりもさらに一回り大きく、頭の位置は天井近く。

 四肢の太さは力雄などまるで問題にならないほどで、太い柱のように力強い。


 全身を覆う鎧は人の筋肉を模した形状をしていて、有機的で生々しい。

 顔は鋼鉄の仮面に覆われ、瞳の部分に開いた穴から爛々と赤光が放たれている。

 仮面は口の部分だけ大きく裂けていて、まるで大型捕食者のアギトのようだ。


兇貌マガツラ。俺はこいつをそう呼んでる」


 常に戦場で最前線を駆けていた俺が天寿を全うできた理由が、こいつだ。


「う、ぐ、何だこいつ……!?」


 マガツラを見上げ、力雄の顔から怒りの色が薄れる。


「これからこいつがあんた達を八つ裂きにする」


 俺が言うと、マガツラが大きく裂けた口をかすかに開き、瘴気を漏らした。


「できる限り速やかに死んだ方が、あんたらも長く苦しまずに済むぜ」

「何だ、おまえ、おまえは何で……ッ」


 顔面を蒼白にする力雄に、俺はニッコリと笑みを返す。


「弱いヤツは食い物にされるしかないんだろ。なら、喰われろ」


 マガツラの赤い瞳が、一際強く輝いた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 力也が帰ってきた。


「ただいまー」


 設定した条件に従って、三木島家だけが現実空間からここに入れる。

 それも知らないまま、力也は玄関をくぐって靴を脱いだ。


「あ~、腹減った。ママ~、今日の晩メシ、何~?」


 ママ、ねぇ。ふ~ん。


「……ん? 何だよ、この匂い。何かスゲェ臭いんだけど!」


 家族の反応がないからと、力也が声を大にする。

 きっと、今のママ呼びの時点で、由紀から反応が返されるのだろう。いつもは。


「何だよ、パパも帰ってるんだろ? ママ―? 由美ー?」


 訝しみつつも近づいてくる、力也の足音。

 そして、俺が締めたドアが開き、その向こうにメインターゲットの姿が覗く。


「なぁ、どうしたんだよ、みん……」


 言いかけたところで、力也の言葉は止まった。

 目の当たりにしたのだ。


「よぉ、おかえり」


 父と母の鮮血で真っ赤に染まった、自分の家のリビングを。

 そして、その真ん中に立って出迎えた、家族の返り血に濡れた俺の姿を。


 数分前まで人として生きていた力雄と由紀は、もう原形をとどめていない。

 腕や足など、その一部は形を保っているが部品単位でしかない。


 砕かれ、千切られ、八つ裂きにされ、そして肉塊。肉片。生きててたまるか。

 力也が嗅いだ異臭は、親の腸から漏れた中身の匂いだ。


 親の因果が子に報い、という言葉がある。

 ならば、子の因果が親に報いることだって、十分にあり得るのだ。


「仕返しに来たよ、『リッキー』」


 それでは、三木島力也の地獄を始めよう。

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