第5話

「おめでとう!紗絵子!」

「ありがとう!香夜!」


 凛花が死んでから3ヶ月が過ぎた。あの後、凛花を刺した高尾も意識不明のまま亡くなり、生き残った川北も今だ入院中だ。現場はかなり凄惨な状態だったみたいで、評判が悪くなったバーは閉店したらしい。

 私は携帯の履歴から一度は警察に呼ばれたが、「あの日は旦那の浮気を調べるうちに、たまたま知った交際相手の高尾から凛花の電話番号を聞き、旦那と別れて欲しいとの会話をしただけ」と言った。警察は凛花の携帯履歴から旦那との不倫は知っていたみたいで、私は特に疑われる事なく開放された。警察もまさかあの事件が川北と高尾の性格を知った上での計画的な罠だとは思わなかったのだ。まあ実際に計画したのは私では無く、ダークマッチングアプリなのだが。


「しかし、まさか紗絵子がねー。やる事やってんじゃん」

「何よッ!それって、どういう意味よ!」


 私は旦那に対して浮気の事は何も問い詰めなかった。反省したのか、それとも何も咎めない事に逆にビビったのか、旦那は事件後からまるで新婚当初のようにとても優しく私に接するように変化する。「何を今更」と思ったが、私の方も風俗の件で後ろめたさが少し有ったから次第に受け入れてやった。そして久しく遠ざかっていた夜の営みを続けていたら体調に異変が有り、検査薬で調べたところ――


「紗絵子もついにお母さんか……何か差がついちゃったな……」

「けど陽性だからって、まだ病院で確認した訳じゃないからね」

「あっ!紗絵子!そういえば大丈夫なの?」

「何が?」

「お腹の子、お客さんの子の可能性は無いよね?」

「大丈夫。私、客とは本番してないもん」

「でも最近毎回指名してくれる太客が出来たって言ってたじゃん」

「ああ、蓮矢れんや君ね。彼、強要する子じゃないし、心配しなくても普通のプレイしかしてないわよ」

「そうか。紗絵子、可愛いとか言ってたから、やっちゃったと思ってた」

「正直、昨日までは旦那と別れて蓮矢君と付き合いたいと思ってた。アハハハハハ――」


 最近何もかも順調で、お店の方も良客の指名が増えてストレスが減っていた。風俗のバイトも続けて行きたかったが妊娠したのなら辞めざるを得ない。これからは旦那と3人で幸せな普通の家庭を築いて行こう。


「とりあえず御祝いね!紗絵子!今日、家に居るんでしょ?」

「えっ?今から私ん家に来るの?」

「当たり前じゃん!ピザ頼んどくね!」

「もう、仕方ないわね。けどジュースで乾杯よ!今日から暫く禁酒!」

「オッケー!でも私は飲むけどね!」

「香夜ずるーい!」


 私は香夜との電話を切り、リビングのテーブルの上を片付けて昼下りのパーティーの用意を始める。

 あー、心から祝ってくれる友人まで居て私は幸せだ。

 気分爽快!これからは忙しくも充実した主婦生活が続くのね!

 これも全て私の人生に害を及ぼしていた『山本凛花』って女を排除してくれたダークマッチングアプリのおかげ。本当に感謝だわ。


 クラッカーにサワークリームやスモークサーモンを乗せた簡単なオードブルを用意していた時、スマホの着信音が鳴った。覚えのない番号だったが、もしかして警察からかも知れないと思って普通に出た。


「ハイ。どちら様ですか?」

「もしもし、アユミさん?俺、蓮矢です」


 えっ?蓮矢君?どうして私の携帯番号を知ってるの?教えてないのに。誰かお店のスタッフが勝手に教えたの?


「れ、蓮矢君?あ、ごめんね。お店の決まりでプライベートタイムでの会話は――」

「ああ、突然の電話でビックリしたかな?アユミさん。いや、倉田紗絵子……」


 ど、どうして本名まで!誰がリークしたのよ!信じられない!


「本名だけじゃ無いよ。住所や年齢も全て知ってる。俺と同い年の23歳って、よく真顔であんな嘘を言えたよね。三十路のババアのくせに」

「あなた本当に蓮矢君?何か喋り方が違うわ」

「今まで猫被ってたんだよ。復讐する為に」

「復讐?」

「俺の名前は山本蓮矢。お前が殺した山本凛花の弟だ」


 凛花の弟?まさか……まさか!私の電話番号や本名を教えたのは――。


「そうだよッ!ダークマッチングアプリでお前の事を調べたのさッ!お前を抹殺する為になッ!!」

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