第5話 お披露目
宿舎で寝ているところをいきなりワーズワース少佐に呼び出された。ベッドの上で眠りこけていたはずの同僚が薄目を開けて俺を見ている。自分は呼び出されないと知って、また眠りに落ちる奴を睨みながら、少佐の部屋に向かった。
用件は少佐のお出かけのお供だ。車の中で簡単に事情を説明された。
パンジャンドラムに使われている技術には特殊なものが多い。巨大な鋼鉄の車輪もそうだし、ロケットもそうだ。だからもしドイツのスパイがイギリスの工場を監視していれば、イギリスが何か秘密の作戦を進めているのはすぐにばれてしまう。
そこで立案されたのがこの囮作戦だ。偽のパンジャンドラムを作り、ドイツのスパイの見ている前で、わざとこの兵器が失敗作であることを見せ付ける。イギリスは失敗作の兵器に力を注いでいるぞ、と思わせるのが目的だ。
ワーズワース少佐と俺は途中で揚陸艦に乗り換えて、実験場に選ばれたイギリスの海岸へと向かった。
揚陸艦の中には小さなパンジャンドラムが載せられていた。高さは約十フィート。本物のパンジャンドラムの半分の大きさだ。しかもこいつは無人で、おまけに車輪の周囲に生えているはずのフィンがない。
これはパンジャンドラムの劣悪なコピーだと思った。あの兵器が持つ本来の威圧感も危険な雰囲気も無い。ただの出来の悪い玩具だ。
俺が感想を漏らすと、だからこそ敵の目を欺く役に立つのだとは、ワーズワース少佐の言だ。
揚陸艦は進み、前方に砂浜が見えてきた。
俺は目を見張った。砂浜は人で一杯だ。そうか、今日は休日で、おまけにここらの浜辺には敵の飛行機も飛んでは来れない。絶好のバカンス日和なのだから人が出るのは当然だ。
これだけの見物客の前で何をするつもりだと思う俺の目の前で、ワーズワース少佐が命令を下した。
揚陸艦が砂浜に乗り上げると、銃を持った兵隊達が飛び降り、群集を遠ざけ始めた。これからここで起こることを見ては駄目だし、他人に話しでもしたら国家反逆罪で逮捕するぞと、将校の一人がメガホンを使って叫ぶ。
舞台は整った。
ワーズワース少佐の合図で、偽パンジャンドラムが砂浜に引き出された。電気ワイヤが引かれ、起動装置を持ったワーズワース少佐が揚陸艦へと駆け上がる。それを見て残りの兵隊達も身の危険を感じたのか思い思いに隠れ家を探し、さらにそれを見て、のんびり見物をしていた民間人たちも逃げ出した。
うん、イギリスの国民は空襲慣れしている。危険には敏感だ。
偽パンジャンドラムが動き出した。車輪についた無数のロケットが火を噴出して、車輪が轟音と共に回転を始める。
あれ、と俺は思った。ここでパンジャンドラムは前進するはずなのに進まない。ああ、と遅ればせながら俺は理解した。偽パンジャンドラムには車輪の周囲にフィンが無い。だから車輪が砂地で滑って前に進まないのだ。
その内、バランスを崩した偽パンジャンドラムが横向きになり、砂地の上で回転を始めた。ロケットの一つが外れて飛び出し、海の彼方に消えていった。もしあれが人ゴミの中に飛び込んでいたら、大惨事となっただろう。俺は揚陸艦の船縁に隠れたままそんなことを考えていた。
偽パンジャンドラムの一つがさらに横倒しになり、今度は不気味に振動した後で、車軸ごと折れた。砂を蹴散らしながらぐるぐるとその場で回転し、それから派手に炎を上げて熔け崩れた。ロケットの噴射炎はそれほどに高温なのだ。
あちらこちらで爆発が起こり、砕けた鋼鉄が飛び散り、砂浜に無残な跡を残した。見物客は逃げ惑いながらも興奮に目を輝かせ、写真を必死で撮っている。
実験は大失敗だ。そして作戦は大成功だ。
帰り道の間中、ワーズワース少佐は上機嫌だった。そして俺はひたすら気分が悪かった。 あのパンジャンドラムの中にもし人がいたらどうなっていただろうと考えると、喜ぶ気にはなれなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます