急げよ

 "樹海生成"。それは椿が創り出したオリジナルの複合魔法だ。

 植物の種に"死霊縛魂"を用いて意志を与え、その種に"生命成長"を施すことによってトレントで作られた森が完成する。そこに闇属性魔法で認識を阻害する霧を発生させると完成する。

 魔法だと言ったが、これは椿が手間暇かけて作りだしたものであり、実際の魔法部分は霧だけとなっている。

 だが、


「なるほど。感知系すらも阻害する魔法、か」


 霧に囲まれて周囲を正しく認識出来ていないソルセルリーからしたらどうでもいい話だった。それに


「まだ未完成なのだろう。阻害もまだ弱いぞ」


 払えない霧を無視しながら探し出した椿にソルセルリーは攻撃を仕掛けようとするも、そのソルセルリーの行く手をトレントが拒む。


「トレント……この霧に乗じて作り出したのだろうが、俺には無意味だ」


 立ち塞がるトレントをあっさりと粉砕しながらソルセルリーは向かう。

 だが、そのソルセルリーの行く手を何体ものトレントが拒む。拒み続ける。


「執拗い!」


 圧倒的な火力でトレントを吹き飛ばしても、何度もトレントが出てくる。そして、その間に霧はどんどん濃くなっていく。

 やがてソルセルリーでも、霧の中で椿を探知出来なくなった。


「技能だけでなく魔法による探知すらも拒む霧。おそらく闇属性魔法」


 そして、トレントを倒してる途中でソルセルリーはトレントを倒せば霧が濃くなることに気が付いた。

 だが、


「周囲一帯を消し飛ばせば問題なかろう"魔弾"」


 360度全てに"魔弾"を放った。これで椿は流石に死んだだろうと思ったが、何故か霧は消えない。


「霧が永遠に続くはずがない。奴が魔力を供給しているはずだ。つまり奴は生きている」


 数は同じとはいえ、発射しているのは一方ではなく、全方位。なら椿なら回避するのもたわいもないと思った。

 霧による阻害能力が椿にも通用しているのなら当たったはずだ。なら、椿にはそれに対抗する作がある。


「それに、こちらから行かなくても……」


 瞬間、ソルセルリーの周囲から椿が飛び出してきた。


「分身体か……面白い技を使う……」


 10人の剣を装備した椿が一斉にソルセルリーに斬撃を与える。

 全ての攻撃が当たり、ダメージを与えたと思ったが、


「お前が本体だな」


 10人のうち1人の椿の頭を掴み、その頭を握り潰した。


「幾ら分身といえど、剣は本体だ。他の剣は土人形か、他の剣が全て土で出来ているのならばこの程度の撹乱、見分けるのも造作じゃない」


 だが、手のひらに違和感を覚え、見てみると、そこには土が付着していた。


(何?こいつも分身?いや、分身に本物の剣を持たせて襲わせた!なら、本体はどこにいる?この状況で俺ならどうする?)


 想定外の分身体に、一瞬混乱するも、すぐに冷静さを取り戻し、上を見る。

 ソルセルリーなら、一連の流れを安全な上空から見下ろすと判断したのだ。

 そして、己の直感を頼りに、上空に"魔弾"を一斉放射する。

 そして全ての"魔弾"が発射された瞬間にソルセルリーの近くに待機していた分身体から"極滅の業火"が放たれた。


「な!?」


 分身体から魔法が放たれることは無い。つまりこの人形は本体。

 その身を焼かれながらもソルセルリーは"極滅の業火"を放って応戦する。

 やがて炎が晴れると、そこには


「さて、これならどうだ?」


 霧に囲まれた数千の椿がソルセルリーを囲っていた。


「ほう。中々面白い戦法をとるもんだな」


 感知系の技能や魔法は阻害されている。

 ならソルセルリーがとる手段はひとつ。


「全部纏めて潰す」


 大量の"魔弾"を展開しながら大量の椿を睨みつける。


(やっぱそう来るか)


 飛んでくる"魔弾"を確認しながら、全ての椿は手に刀を持って"魔弾"を冷静に対処する。

 全員別の形で刀を振るい、数人は貫かれて崩れてしまう。


「ほう、刀まで使うのか……全員形がバラバラということは俺にバレることの防止か?」


 やがて、"魔弾"は少し後ろの方に待機していた結界を張っていた椿の結界を貫通する。


「なるほど。お前が本体か……結界で守るのはよかったが、一度防いでしまえばバレるよな?」


 ソルセルリーはそう言いながら、椿の頭を粉砕するも、手には血ではなく、土がついていた。


「今のも偽物か?ならどれが本体だ?」


 ソルセルリーが見た感じ、ざっと三体の分身体に展開している結界が貫通したのが見えた。


「あれも全て偽物か?なら本体はどこに……結界の後ろか?だがこの中で結界なしで生き残るのは困難なはずだ。なら結界に守られているのが最有力候補……」


 そこまでソルセルリーが考察したところで、ある事に気が付き、ソルセルリーは大声で笑いだした。


「ふははははははは!この俺がまさか人間が扱う魔法に夢中になるとはな!これほどの高揚は幹部同士の戦いでもそうはないぞ!お前も同じ気分だろ!?なあ!冒険者!」


 そう言いながらソルセルリーは大量の椿に突っ込んで行った。


 一方椿は結界に隠れていなかった。椿は"隠蔽者"で姿を消しただけで、名刀〈閻魔〉を片手に、"魔弾"を完璧に捌いていた。


 まだ、攻撃を仕掛ける訳にはいかなかった。


(もう少し、もう少しで……)


 何度も何度も襲いかかる"魔弾"。分身体が崩れる度に、適当な場所から土人形を作り出す。霧のお陰で分身体を作っても、ソルセルリーに位置を探られることは無い。


 椿は高速でソルセルリーの周囲を飛行する。

 〈閻魔〉は強力な武器だ。使い所を間違えれば、その身を滅ぼすほどに。

 だから機会を待つ。そして、〈閻魔〉で"魔弾"を斬り裂いて……


「……見えた」


 瞬間、土人形を全て崩して、霧も解除し"隠蔽者"も解いた。


「……なんだ?遊びはもう終わりか?」


 ソルセルリーは椿の頬から血が流れているのを見つける。

 ソルセルリーはそれだけで察した。椿が今の今まで結界も張らずに姿隠しの魔法で逃れていたことを。


「……ああ、やっと解ったからな」


「そうだ。随分と時間がかかったな。お前じゃ、俺には勝てないってことが」


 ソルセルリーは誇らしげに話す。


「お前はどうやらあの第一王女を気にかけていて、そいつを守るために戦ってるらしいな。だが、お前はただの一般人で、あいつは王族。このままではあいつは手に入らないぞ?」


 そうして手を差し出しながら言葉を続ける。


「俺と一緒に来い。俺と来たら女は好きなだけできるし、あの第一王女だってお前のものになるぞ?」


 自信満々に勧誘するソルセルリーに椿は溜息を吐きながら言い返す。


「お前、弱いな」


「……何?」


「お前は全ての攻撃が単調だ。リボーンですらもっと技能に思考を重ねていたぞ。お前はどうだ?確かに魔法の腕は凄い。だが、言ってみればそれだけだ。物理攻撃は俺には到底及ばず、単純な魔法の威力も俺の方が上だし魔法の扱いも下手だ。よくここまで戦えてたな」


 椿は一度だけ飛ばしたエミリーの元を見てから、


「人は弱い生き物だ。故に何かを心の依代にしないと生きてはいけない。そして、その依代のために己を高め続ける。人が生み出す技術一つ一つには、人の思いが込められている。故に夢がある。人の思いは……」


 そこまで言ってソルセルリーを見据える。


「そうか……なら、もういい。死ね」


 ソルセルリーは"神速"を用いて椿に接近しようとするも、


「さて、力借りるぞ?閻魔一刀流ーー」


 "魔閻斬"

 技名を呟いた瞬間にソルセルリーの腕はいとも容易く吹き飛んだ。


「……は?」


 腕には再生阻害の黒炎が今も燃え続けている。


「なあ、ソルセルリー。俺はもう随分と手を尽くしたつもりだぞ?お前はあとどれくらいしたらお前の本気を見せてくれるんだ?後どれくらいお前を追い詰めれば俺を楽しませてくれる?なぁ、急げよ」

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