少しは楽しませろ

 実は椿はエミリーたちがトリストを迎え入れる会場の準備を終えたくらいの時間帯、つまり昼頃には王都の中に入っていた。


「ここが王都ですか。綺麗な街ですね」


 依頼物を届けるためにギルドに向かってる途中、花恋は王都の街並みを見てそう感想を零した。


「まあな。ここは大陸の中心だし他の街よりも質素なものだったら大問題だろう」


 ここは人間族を象徴する街なのだから。

 だが、椿は街に違和感を感じる。

 何か、前と違う何かが。


 椿はそれの確認を含めてギルドに到着する。

 カウンターで依頼の達成報告と冒険者カードを提示する。


 椿はその行動の間に、ギルド内の人達が椿を見ている気がした。

 それも花恋やリーリエを連れていることに対する嫉妬や羨望などではなく。


 カウンターに立っている職員も椿を見て、そして冒険者カードを確認しながら困惑しているようだ。


「なあ、俺なんかしたか?」


 基本的に視線はスルーするが、今まで感じたことのない視線を向けられて我慢できなくなった椿がギルド職員に聞いてしまった。


「い、いえ。ただ……」


 職員の人は言葉を濁らせながら、花恋とリーリエが見ている依頼掲示板を見ている。


 報酬も受け取っていた椿はその掲示板を見に行ったのだが……


「あ、椿さん」


 花恋とリーリエも困惑した表情を見せたので気になって見てみると


「……俺の捜索届けかよ」


 容姿と顔写真まで貼っている椿の捜索届けがあった。そして、ギルドにいる人間が椿のことを見ているのはこの捜索届けが原因だと推測した。

 しかも日付見てみるとこの捜索届け出されたの二ヶ月前みたいだった。ちょうど、椿がリボーンに転移された日くらいだ。


「ってことはエミリーが……?」


 まさかと思いながらも、推測する。

 そして周りの冒険者たちは報告しようにも、本人が最終目的地に来てしまってるのでなんとも言えない感じになってるのだろう。もう報告しても意味無いし。


 花恋とリーリエは椿をどうするの?と見ている。

 はぁとため息を吐きながら捜索届けを剥がしてからカウンターに再度向かう。


「あの……」


「は、はい!」


 なんか緊張してるみたいだ。


「これ、自分なんでもう出さなくていいですよ。後で王城にも向かいますし」


 椿はそれだけ言うとギルドから花恋とリーリエを連れて出ていった。


「そういえば、さ。私たちってお城に入れるの?」


「あ!それ、わたくしも思ってました。もしかして追い出されるんじゃ……」


「まあ心配する気持ちもわからんでもないが、エミリーに俺のパーティーメンバーだって話したら多分通ると思うぞ?二人とも勇者よりも断然強いんだし」


 二人のステータスの平均は3000を超えている。この世界に椿と魔王軍幹部と魔王本人、神以外に比較する存在はいないはずだ。


 と、雑談しながら王城に辿り着いたものの、


「まさか、追い返されるとは……」


 冒険者カードを見せて本人証明をしたが、今は無理だと門番に追い返された。

 どうやら第一王子が帰還するので今は無理だと。


「椿さん。安心してください!まだ希望はあります!」


「それに、もしその王女様に会っても追い出されたとしても、私たちと一緒にいればいいでしょ?」


 椿の心に、二人の優しさが染みる。

 とりあえず椿は悩んでも仕方が無いので、二人を連れて宿に向かった。

 椿は心の余裕が出来たからか、二人が一緒の部屋にすると言っても、あっさりと了承。

 なんなら寝る時は二人を抱き枕にして寝ていた。

 流石に自分から突撃した花恋とリーリエもこれには顔を真っ赤にした。


 そして日を跨いでしばらくしてから、膨大な魔力を感知して、三人は起き上がった。


「?なんだ?」


「王城の方から魔力をかんじましたね……」


「一瞬だけだったから詳しくはわからなかったけどね」


 上から椿、花恋、リーリエの順番で魔力に疑問を抱く。

 椿は悪い予感がしながらも、万能感知を用いて王城を感知すると、


「おいおい……」


 二キロほど先にある王城の状態を完璧に感知出来てる万能感知の性能に驚く間もなく、椿は冷や汗を垂らす。

 なぜなら、そこにいる者の最大戦闘力は……


「リボーンよりも格上かよ……」


 あの日、鬼人族の集落にいた日の自分では到底敵わないと思われる存在がいた。

 そしてその足元には見知った魔力の持ち主が……


「花恋、リーリエ」


「はい」


「どうしたの?」


 二人に悪いと思いながらも、


「俺は、今から王城に向かう。後のことは、頼んだ」


 寝まぎだけを転移で戦闘服に切り替えると、窓から飛翔して王城に向かった。

 感知した魔力の上まで飛ぶと、まずひと塊になっている集団に"次元天蓋"を用いて守る。そしてエミリーをその"次元天蓋"の内部に転移させると、全力で"極滅の業火"をその敵対者に放った。


 ここまでが前回の話である。



 □■



「椿さん……」


 エミリーは上空から降りてきた椿を見てなぜ?という感情が渦巻く。


 戻ってきてくれた言葉を素直に嬉しい。だが、わざわざ自ら死地に飛び込んでくるなんて……


 エミリーは悟っていた。もう誰も助からないと。ソルセルリーはそれほどの脅威だった。

 わざわざ召喚した勇者ですら圧倒された存在。椿が敵うはずがないと、椿の存在を認識した全ての人がそう思った。


「上里……」


 翔が呟く。今まで探していた存在がこんな時に急に現れたのだ。今まで何してたのか、とか。色々聞きたいことはあったが、そんなことは今はどうでもよかった。


 全員が一人だけでも逃げて欲しいと思った。


 椿は無言で"次元天蓋"を解除すると、口から血が垂れているエミリーの口元を拭った。


「うみゅ」


「あーあ。舌噛んでるな。無茶しやがって……"女神の息吹"」


 口調が違うことなど気にならないくらいのことが起こった。"女神の息吹"は最上級回復魔法だが、それを詠唱も行わずに、一瞬で全員に行使したのだ。

 光も殆ど完全に治癒されている。


 回復魔法を使える者は、その現象にただただ驚いていたが、その瞬間、椿の胸元に何者が剣を突き出した。


「!椿さん!」


 エミリーが悲痛な声を出すも、


「大丈夫だって」


 椿が安心させるようにそう言った直後、ガキンッ!という音が響いた。


「……え?」


 誰の声だっただろう。椿の背後から心臓に向かって突き出された剣は、椿の体に傷を与えることなく止められてしまった。


「邪魔」


 椿は一言だけ呟くと、剣を突き出した人物、ウルの頭部に"大炎球"を放って吹き飛ばした。

 あまりにも自然な動作。死者を冒涜するような行為に誰もが息を飲む。


 すると、椿に向かって"獄炎"が放たれた。

 それを椿は腕を振るうことで消し飛ばすと、直後、身体強化を行ってステータスが上がったフロックが剣を持って斬りかかってきた。


「あんたもか。残念だ……」


 その剣を素手で難なく受け止める椿。

 椿は気付いていたのだ。ウルにもフロックにも、既に魂が無くなっていることくらい。だから躊躇わない。

 今、こうして動かされてることこそが苦痛なのだから。


「椿……」


 フロックの口から言葉が紡がれる。

 今更何を言う?と敢えて言葉を待つ。


「頼む……」


 エミリーたちは、助けてくれ、治癒してくれと解釈したのだろう。

 だが、椿は別の意味で捉えた。


「任せろ。師匠」


 かつて、フロックに一度も言ったことの無い言葉を言ってから、躊躇いなくその肉体を消し飛ばした。


 そしてフロックが消し飛ばされた瞬間に、周囲からトリスト王子の元護衛、傀儡人形が椿に襲いかかってきた。

 だが、それを


「"終焉の永久凍土"」


 一瞬で全てを凍てつかせた。


「すごい……」


 それは誰の言葉だったのだろう。

 椿の実力は以前と全く異なっていた。今までいなくなっていた間に、何があったのだろうと、聞き出そうとしたが、


「全員、そこで待機しろ」


 再び"次元天蓋"を展開した、瞬間にソルセルリーが落ちたはずの穴から"極滅の業火"が出現した。


 それを椿は難なく防ぐ。


「椿さん!あの……」


 エミリーは自分たちも手伝うと言おうとした。あれは危険だ。この場にいる全員で力を合わせて打倒すべきだと考えたのだ。だが、


「全員そこで見とけ」


 椿はエミリーの口から提案される前にそれを拒絶した。


「でも、私たちだって……」


「いいから、後は全部俺に任せとけ」


 椿は察していた。この場にいる人を誰も逃げる隙など無いと。

 椿はわかっていた。幾ら彼らが強くなっていようと、自分と奴の戦闘においては足でまといでしかないと。

 だから椿は一人で戦いに赴く。


「でも……」


「上里!」


 エミリーがまだ何かを言う前に、翔が椿に声をかける。


「すまん!助かる」


 翔は椿に全てを託す選択をした。


「宇都宮さん!なんで!」


「考えてみてくださいエミリー様!あの魔王軍幹部の男。相当やばいです!あれほどの魔法を放った上里が任せろと言ってるんです。おそらくまだ健在でしょう。それも少量のダメージしか負っていないはずです!リボーンとは全然違う!図りしれない化け物だ!邪魔なんだよ!俺達は……あいつの戦いに!」


 翔はやけくそ気味に叫ぶ。

 それはそうだろう。椿が居なくなって、絶対に助けると思ってたのに、今までの鍛錬も全て無視して、椿の方が強いのだ。悔しいのだ。


 改めて椿を見ると、ソルセルリーは既に穴から這い出ていた。


「まさか、この俺に開幕即効で魔法を撃つものがいるとはな……」


 椿のソルセルリーは睨み合う。椿はソルセルリーの強さを感覚で鑑定する。

 おそらく、普通の悪魔族は勿論、鍛え上げられた悪魔族百人が束になっても敵わないだろうなと判断した。


「全く……使えん人形を持つと苦労が絶えないな。人間の使う魔法で簡単に死ぬんだからな……」


 ソルセルリーには椿の魔法は殆ど通用していない。

 効いていない筈がないが、おそらく潜在魔力で軽減し、傷は自己再生したのだろう。


「それで?なんなんだ?お前は」


「ただの冒険者だよ…どこにでもいる、な」


 そんなわけあるか!と"次元天蓋"の中にいる全員の心が今ひとつになった。


「冒険者?確か人間族の職業のひとつだったな。確か荒くれ者の集まり。平民がなれる劣化騎士といったところか……なぜ、そんな奴が俺に牙を剥く?そいつの殺害の邪魔をする?」


 椿はポケットに手を突っ込みながら冷静に話を聞く。


「それに、強い騎士や異世界の来訪者は傀儡にしたらいい戦力になるんだ。だが、それさえもお前に邪魔をされたどう考えても穴埋めが必要だとは思わないか?」


「一切思わないな」


 椿の言葉にソルセルリーは不愉快そうに眉を顰める。


「そもそも俺はお前がエミリーを害しようとしたからここに来たんだ。彼女は俺の大切だ。それに手を出してただで済むと思ってるのか?」


 跳ね上がるソルセルリーのプレッシャーに対抗するように、椿も魔力を練り上げる。

 椿の突然の告白に、こんな場にもかかわらずエミリーはつい顔を赤くしてしまった。


「全く、このままじゃ俺の気が収まらない」


「そうだな。君のせいで随分と部下も減ってしまった」


 そして、二人が目を合わせる。


「「なぁ?」」


 その瞬間、二人から今まで感じたことのない殺意の奔流が渦巻いていた。


「「精々楽しませろよ?」」


 エスポワール王国、王都にある王城のパーティー会場にて、魔王軍幹部魔弾のソルセルリーと、Dランク冒険者、上里 椿の戦闘が今、始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る