ヒーローは遅れてやってくる
その日、エスポワール王国の王城の中で、何人もの人が、忙しなく動いていた。
その忙しそうにしている人の中には、勇者一行や、魔法騎士団、近衛騎士団、そして使用人たち、全ての人が動いていた。
その全ての人の現場指揮を行っているのは、第一王女エミリーだった。
今日、第一王子であるトリスト・S・エスポワールが帰ってくるのだ。
馬車の関係で、帰還は深夜になるそうだが、それまでになんとしてでも準備を終わらせなければいけない。
「お兄様が帰っくるのは深夜です!それまでに全ての準備を終わらせられるようにみなさん頑張ってください!」
神聖国ルリジオンに留学していた兄を歓迎するための準備を朝から続けているエミリー。夕方までには終わらせて、迎え入れる準備を整えたいのだ。
歓迎パーティーをすることも、勇者一行を紹介することも既に伝えている。
召喚者たちはお世話になったお礼としてこのパーティーの手伝いをしている。
歓迎後の会食も含め、全員が楽しみにしているのだ。
近衛騎士団長であるウルや、宮廷魔術師であるフロックも今日は責務も置いて手伝いをしている。
元々第一王子は民からも、使用人、騎士たちからも信用が厚かった人物だ。留学する時はエミリーが泣いて止めようとした程に。
そんな第一王子が留学したのは五年ほど前。つまりエミリーと第一王子トリストは五年ぶりの再会となる。
椿と違い、生きていることがはっきりとわかっていて、文通も続けていたので、心配することはあまりなかった。
そうして、会場が完成したのは昼になってからだった。
「みなさん。トリストお兄様のために、朝早くから手伝ってくださり、ありがとうございます!」
終了後、エミリーが全体にお礼を言って、この場はお開きになった。
「ふぅ。疲れましたね」
直接準備をしたのはエミリーでは無いとはいえ、やはりそこそこ疲れるものだ。主に精神的に。
「エミリー様。大丈夫ですか?」
と、そんなエミリーの元にとある人物が近づいてきた。
「あ、高円寺さん。私は大丈夫ですよ。高円寺さんこそ朝からありがとうございます」
「俺たちなら大丈夫ですよ。日頃エミリー様たちにはお世話になってますしね。これくらいはさせてください」
おそらく光は律儀にもお礼を言いに来たのだろう。あと、エミリーの少し疲れた表情を見て、来たのだろう。
「これならきっと、第一王子様も喜んでくれますよ」
「そうだといいのですが……久しぶりに帰ってくるのですから帰ってきてよかったって思ってほしいのです」
エミリーはそう言いながら会場を見る。
部屋全体が装飾されて、いかにも歓迎しようとしている。勇者召喚の時くらいに豪華に用意した。
エミリーはそれくらい力を入れ、使用人たちも、優しい第一王子の帰還をそれほどまでに待ち望んでいるのだ。
その日、昼食は全員食べたものの、夕食は歓迎パーティーのこともあり、トリストが帰ってくるまで全員御預けとなった。
そうして日付が変わっておよそ一時間程の時間が経った頃だった。
「エミリー様。トリスト様が乗った馬車が門前に現れました!」
「!!わかりました。ではその馬車はこちらまでの誘導をお願いします。私は城内にて皆様への連絡に赴きます」
エミリーは使用人からその連絡を受けると、城内の全員に急いで通達した。
そうして全員がパーティー会場に集まり、しばらくしてからトリストが乗っている馬車も王城に入門したと連絡を受けた。
そうして、トリストと護衛の騎士たちが使用人の一人に案内されながら会場に到着した。
「お兄様!」
扉が開いて、トリストたちが入ってくる。
「やあエミリー。久しぶりだね」
「はい!本当に、お久しぶりですお兄様」
「もう、早速泣いちゃって。相変わらず泣き虫だなぁ」
エミリーはトリストに涙ぐみながら近づく。
使用人や騎士、召喚者たちはそんなエミリーを優しく見守る。
大好きな兄との五年ぶりの再開なのだ。水を差すのは野暮だろう。と思い、今はあえて近づかない。
トリストはエミリーの涙を拭いながら笑いかける。
「お兄様……えっと…あの……」
エミリーは何かを言おうとするも、緊張しているのか、中々言葉が出ない。
「変、ですね……話したいこと沢山ありましたのに……言葉が上手く出てきません……」
「……俺もだ」
エミリーとトリストが共に笑い合う。みんなはそんな2人を見て、用意した料理が冷めるという指摘もせずに、暖かく見守っている。
「何を話したもんか。まずは……そうだなぁ」
トリストは少し考える素振りを見せると、頭を掻きながら
「……いや、特にないな」
「……え?」
その瞬間、トリストの顔が邪悪に歪んだ。
嫌な予感がしたエミリーはすぐに言葉を発しようとして……
「【平伏せ】」
「!?うぐっ」
トリストのその一言で、エミリーは地面に倒れた。
会場に居たもの達は、何が起こったのかわからなかった。
だが、行動に移せたものはいた。
「「「エミリー様!」」」
会場の護衛も兼ねていたウルは腰に帯剣していた件を抜いて、フロックは走りながら己が最も火力を出せる魔法の詠唱をしながら、召喚者の中で唯一危険を感じた光が部屋に置いてきた聖剣を勇者の加護の効力により手元に召喚して、全員でトリストに攻撃を仕掛けた。
その三人はわかったのだ。トリストは放置したら危険だと。エミリーの命が危ないと。
だから……
「鬱陶しい」
トリストはウルとフロックの首をそれぞれの手で掴むと、聖剣の攻撃を回避しながら光を蹴り飛ばした。
「全く、人間風情が何を血迷った?」
そんなトリストの瞳は、既に光を映していなかった。
「お兄、様?」
エミリーはなんとか顔を上げながらトリストを見る。
「ほう、女。お前俺の呪言に対抗するか」
トリストは二人の人間の首を持ちながらエミリーを見下す。
ウルとフロックはなんとか逃れようと、暴れているが、
「ふむ。邪魔だな」
トリストがそう呟くと二人の首からゴキッと音が鳴って、二人は抵抗を無くした。
その光景に騎士や使用人、召喚者たちは呆気にとられる。
先程までの空気が嘘みたいだ。
だが、ウルとフロックの首が折られたと認識すると、騎士たちは剣を抜き、魔法騎士は魔法の詠唱を始めるが、
「【平伏せ】」
もう一度呟いたフロックの言葉で、騎士も使用人も召喚者も、戦えるもの、戦えない者関係なく動けなくなった。地面に倒れてしまった。
唯一の例外は光だけだった。だが、光も先程のダメージが少なくないのか、意識を失って動けない。
「ふむ。存外楽な仕事だったな」
トリストは倒れている全員を見渡しながら言う。
「……あなた、トリストお兄様に、何を……?」
「ほう、まだ抗うか。それに俺がトリストだとは思わないのか?今までお前を騙していた可能性があるぞ?」
「冗談を、言わないでください……」
確かに最初から嘘感知は発動しなかった。だが、嘘感知をかいくぐれる種族をエミリーは知っている。
「悪魔族が……何の用ですか」
すぐにその答えに辿り着いたエミリーにトリストは面白いものを見るような目を向けるが、
「残念、半分ハズレだ。俺は確かにトリストでは無い。だが、悪魔族でも無いぞ?」
そう言って、ウルとフロックを持ちながらトリストは会場の真ん中に移動する。
「さて、自己紹介をしようか。俺は魔王軍幹部の一人。魔弾のソルセルリーだ。トリストは死んだ。俺が肉体を奪い、その肉体を改造して、な」
肉体強奪、改造。どちらもエミリーは聞いたことがないことだったが、それが答えなのだろう。
「ああ……そうそう。そこにいる俺の護衛も全員死んでるぞ?俺が殺して降霊術で生きてるように動かしてるだけだ」
そう言うと、ソルセルリーはウルとフロックの肉体にも降霊術を行使した。
「はい。人形完成!っと」
それだけで、王国最強の騎士と、魔法使いは呆気なく敵の手に渡ってしまった。
騎士や召喚者たちは魔王軍幹部というだけで絶望してしまっている。
だが、エミリーだけは諦める訳にはいかない。
「なぜ、お兄様の体を?お兄様の体に、何を?」
「ふむ。折角だから冥土の土産に教えてやろう。こいつの体を奪ったのは都合がよかったからだ」
「……都合、ですか?」
「そうさ、都合だ。元々俺は魔王様からの命令で、そろそろ本格的に神と戦うことになってな。その足掛かりとしてこの大陸で最も領土があるエスポワール王国の王都を乗っ取ってしまおうと考えてな。国王がいないのは誤算だったが、お前を殺せるのなら支障はない」
ソルセルリーは楽しそうに話すが、まだエミリーの心は折れない。
「それとな、こいつの体を奪うのは乗っ取るのに都合がよかったからだ。第一王子だしな。簡単に内部から壊せると思って。だが、こいつの肉体は俺が入るには貧弱すぎた。適性は高いのにな。だから改造して人間族から怪人族に変化させてやった」
怪人族。それはこの世界でも上位にあたる種族。人間族が悪魔族の手によって改造させた種族のことだ。
「だが、トリストも強情だった。怪人族になっても、俺が肉体に入り込んでも、精神だけは保ち続けた。全て、お前らを思ってな」
その一言でエミリーは目を見開く。もう一押しだ。
「妹には手を出すな。民に危害を加えるな。そればかり言っていたよ。脳まで俺に蝕まれ、召喚者の存在まで完璧に知らされた時は、実に必死だった」
周りからもう辞めてという声が聞こえる。悲痛な声が聞こえる。
ソルセルリーはいい声だと笑いながら話し続ける。
「それでも奴は聡明だった。あいつは入り込んだ肉体が死亡すれば、俺も死ぬとわかったのだろう。奴は自殺を選んだ」
エミリーの顔が驚愕で埋め尽くされる。
「だが、俺は奴が死にかける度に即再生を行ったものだ。俺はMPや魔力は高いからな。死にかけの人間を治癒することなど造作もない。それに怪人族の再生能力を用いれば大抵は生き返られる」
エミリーの顔が遂に下を向いた。
「ルリジオンからここまで来る短い時間の間にあいつは何度も死んだ。だが、その度に治癒され、やがてやつの精神は壊れ果て、昨日遂に完全に死んでしまった」
エミリーが涙を流しているのがわかった。
騎士たちや召喚者たちも悔しさで立ち上がろうとするが、ソルセルリーが言った平伏せの言葉だけで誰も動けなくなっていた。
「周りの人間にも言っておく。無駄な行動はするな。この魔法は俺が作り出したオリジナル魔法"呪言"だ。言葉に魔力を乗せて強制力を持たせてる。お前ら程度じゃ対抗できん」
そう言いながらソルセルリーはエミリーの頭を掴み、持ち上げる。
この先の計画のためには、どうしてもエミリーは邪魔だったのだ。
そうして、エミリーを殺そうと考えるも、どうせなら他の幹部の依代にしようと考える始め、その首に目を向けた。
そこには見たことの無いものが着いていた。
「なんだ?これは。トリストの記憶には存在しないな……」
見たことも聞いたことの無いアクセサリー。おそらく異世界のものだろうと予測した。
「気分が悪いな。異世界の代物だと予測するが、誰に貰った?人のものに余計に手を出された気分でいい気がしないな。もしや
強制力を持たせてエミリーを誘導しようとするも、エミリーは舌を噛んで抵抗する。
「エミリー様……」
そのあられもない姿を見て、一同涙を流すが、状況は悪化する一方だった。
「ほぅ。抵抗するのか。兄一人すら満足に守れない分際で?せめてくれた仲間だけは裏切らないと……?」
すると、ソルセルリーの背後からガラガラガラと音が聞こえた。
ソルセルリーが背後を見ると、先程の蹴り飛ばした光が立ち上がっていた。
「高円寺!もう動くな!」
翔はなんとか光を止めようとするが、光はソルセルリーの姿を見据えて、戦意をみなぎらせる。
周りの全員が察した。戦う気だと。
ウルもフロックも倒れた今、光が最高戦力だ。自分がやらなくて誰がやる。そういう思いで光は限界突破まで発動させるが、
「【大人しくしろ】」
その一言で、光の限界突破は解除された。
「な!?なにが……」
起きた?それを言う前に、ソルセルリーが発動した風の魔法で再度吹き飛ばされた。
「ぁ…」
エミリーの口から音が出る。
(椿さん……)
もう声を出す気力も出ない。
「さて、エミリー」
トリストは優しく微笑みながら
「【仲間を売れ】!」
最後の呪言を発動した。
流石にもう抵抗できなさそうで、エミリーは涙を流す。
その口から言葉が紡がれる前に一言。
(助けて……)
椿に対するメッセージ。絶対に有り得ないと思いながらも、理想に縋りついてしまう。
絶対に生きて帰ってくると言った少年を思い出す。
ごめんなさい。出来ることなら生きてまた会いたかった……
エミリーの心が諦めに向かっている。
「【お前にそれを渡したのは、どこの馬鹿だ】?」
瞬間、天から膨大な魔力を感知した。
そして、光や倒れている騎士、使用人、召喚者たちが強固な結界に覆われる。
ソルセルリーは何事だとエミリーから目を離した瞬間、エミリーの姿が消え、エミリーは結界の中に移動していた。
「な!?」
ピンポイントの瞬間転移魔法。その事実に驚愕していると、空からソルセルリー目掛けて誰も見たことの無い威力の魔法が放たれ、ソルセルリーの姿が見えなくなった。
魔法が終わると、全員がソルセルリーがいた場所ではなく、魔法の発生地点を見る。
「……え?」
それは誰の声だったのだろう。空に人が浮いている。そんな状況もよくわからなかったが、エミリーはその人をよく知っていた。
遠くから見たその姿は服装は勿論以前から変わっていた。だが、それ以外も違った。
纏う雰囲気も、魔力の密も、目つきも違う。だが、エミリーは誰かすぐにわかり、思わず声を上げてしまった。
「椿さん!」
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