これからのために
椿たちが鬼人族の集落から旅に出てはや3日。
遂に3人は森を抜けることに成功した。
「よーし!長かったなこの森」
「はい。人里までこれほど遠かったとは……」
「まあ、その分簡単に集落には辿り着けないっていうメリットもあったしね。鬼人族たちは人間族の住んでる場所に用事はないし」
森を抜けた喜びを3人で共有し合う。
森さえ抜ければ、一日もしないうちに街には辿り着くだろう。
だが、時は既に夕暮れ。
「このまま歩くよりも、今日はここで野宿するか」
椿のその言葉で花恋とリーリエは野宿の準備を始まる。
もう慣れたものだ。
花恋はテントの準備や、薪を用意し、リーリエが夕食の準備を済ませる。
夕食はリーリエ、昼食は椿が作る担当になっている。
ちなみに朝食は先に起きた方が作っている。
椿が野宿の準備を進めていると、万能感知が人の気配を感じ取った。
「椿さん?」
ずっと一緒に野宿の準備を一緒にしていた椿が急に動きを止めたので花恋は「どうしたのかしらん?」と首をかしげる。
「いや、ちょっと人の気配を感じ取っただけ」
「そうでしたか。ちなみに椿さんから見て盗賊の類でしょうか?」
「おそらくな。ずっとこっちを見てるし、人数も30人以上はいる」
どちらにせよ、たとえ不意打ちを受けても、連中の攻撃力では椿や花恋、リーリエに傷を与えることは出来ない。
そもそも30人という少ない人数なのに、戦闘力も一人一人が悪魔族よりも下だ。
雑に魔法を放つだけで死ぬだろう。
だが、
「いくら殺す覚悟が出来てても、人を殺したことはないからな……」
そう。大切な存在を守るために、椿は人を殺めることを問題視していない。とくにこの世界では。
だが、問題は椿は悪魔族という、人間のような思考能力を持った生き物を殺したことはあっても、正真正銘人を殺したことは一度しかないのだ。
「ご飯出来たよーって、どうしたの?花恋、椿」
と、どうしようか考えているとリーリエが夕食ができたと言いに来た。
「いや、ちょっと盗賊をどうしようかな、と」
「え?盗賊?……あ、ほんとだ」
盗賊の存在を教えてからとはいえ、少し集中して気配感知をすれば、数キロ単位で離れた人物を探知できるリーリエも十分に化け物だろう。
魔改造したのは椿だけど。
「で、どうするの?」
「そうだな。まあ無理に殺しに行く必要は無いだろ。危険度を見てるだけかもしれないし。的確な判断で敵対すべきでないと判断したら勝手に帰るだろうしな。襲ってきたら当然殺すけど」
リーリエは椿がまともに人を殺したことがないことに気がついていた。
リーリエも花恋も人を殺したことは無い。だが、椿の隣で戦うためにはどうしても必要な事だとわかっている。
だから、
「わかった。じゃあ夕食にしよっか」
「……そうですね。では折角なのでゆるりと過ごしましょうか」
一方その頃盗賊サイドではと言うと……
「お頭、標的、飯を食べ始めました」
「そうか。引き続き観察を続けろ」
森の中から出てきた女二人と男一人。女は上玉なので売れると確信している盗賊の頭は、呑気に食事をしている3人の姿を見てほくそ笑む。
「せいぜい今の楽しい時間を惜しみなく使うんだな。お前らの時間は残り数時間なんだからさ」
と、盗賊の頭は笑みを浮かべるものの、
「やっぱり来るよなー」
「え?じゃあ準備しなくても大丈夫なの?」
椿には盗賊の会話はある程度聞こえていた。
リーリエは盗賊が来るということで戦闘準備を始めようとするものの、
「いや、ここは俺たちがか弱い相手だと思わせて、油断させとこう」
「……椿さんって結構姑息な手を使いますよね」
「おい花恋。慎重だと言って欲しいな」
だが、それでも椿を幻滅したりしないのは、それを含めて椿のことが好きってことなんだろう。
エミリーにこの世界では一夫多妻制があるとは聞いていた椿だが、本気でハーレムを築く予定など無かったので、今はその事で少し困ってたりする。
「さて、夕食も食べて暫く経ちましたが、盗賊の方々動きませんね」
「そうだね。斥候を担ってるっぽい人はちょくちょく近くには来てるみたいだけど、襲撃せずにすぐに帰ってるからね」
「まあ、どうせ俺たちが寝てから来るんだろ。俺たちはテントに入って寝たフリでもしておけば万事解決するさ」
「そうですね。では、わたくしは先にテントで休んでいます」
一番最初に花恋がテントに入って行った。
「それで、リーリエはどう思う?」
盗賊達を殺すのか否か。
「うーん。私としては積極的に殺そうとは思わないかな。命は決して軽いものじゃないしね。でも、殺すと決めた時は殺さなきゃ。躊躇ったらダメだと思うよ」
リーリエはそれだけ言うとテントに入って行った。
「……やっぱり、リーリエにはバレてるか」
夜空を見ながら、椿はぼやく。
リーリエは聡明だ。椿の弱い心なんて簡単に見通してくる。
「やっぱ、勝てないな」
エミリーと花恋とリーリエ。
椿は3人とも大切だと思っている。だから3人が1番幸せになれるような結末にしようと思っている。
「まあ、今回は明確に敵だってわかってるから、折角だし先手を打ってみるか」
そう言うと、椿は盗賊が集まっている場所に転移した。
それを察知したリーリエと花恋は椿がやると決めたその気持ちを尊重して、眠ることにした。
「お頭!男が消えました!」
「なんだと!?クソ!転移系の
「いいや、お前たちにあいつらはやらねえよ」
盗賊の頭が椿がいなくなったすきに花恋とリーリエを攫おうと指示を出そうといたものの、後ろから聞いたことの無い男の声が聞こえた。
それと同時に数人が倒れる音がした。
盗賊の頭が後ろを向くと、先程消えたと報告があった椿がそこには立っていた。足元には盗賊団員が3人倒れている。
「な!?お前、いつの間に……」
頭は一瞬驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻す。転移でここまで飛んできて、たまたま自分たちを見つけたのだろうと。
そして、仲間を狙っているとわかり、襲撃に来たことも理解した。
そして、盗賊の頭は勝利を確信して口元に笑みを浮かべる。
相手は一人で、盗賊は3人やられたとはいえ、残り30人ほどもいる。戦力差がありすぎる。
「だが、残念だったな。仲間が襲われそうになっていることを知り、怒りで冷静さを見失ったと見える。大人しく遠距離から不意打ちを続けていれば、な」
盗賊の頭は勝利を確信して椿を見るが、椿は全く緊迫感を持っていない。自然体で、そこに立っているだけだった。
盗賊の頭はそこに疑問を抱きつつも、
「お前ら、殺れ!」
団員に号令をかける。
それと同時に一斉に椿に攻撃を仕掛けるが、
「【死ね】」
その一言で団員は全員死んでしまった。
「……は?」
一瞬の出来事で、あまりにも呆気なく終わってしまった。そのことで一瞬呆けてしまったのが命取りとなった。
「【跪け】」
その一言で、盗賊の頭はは地面に跪いてしまった。
「な、なにを……」
盗賊の頭はなんとか抗おうとするも、その意志を何が押さえつけてくる。
苦し紛れに椿を睨んでも、椿は盗賊の頭には冷たい目を向けるだけだった。
「……お前らが何を目的で、俺とあいつらを狙ったかは知らん。興味も無い。お前の言い訳を聞く気もない。もう、なにも策がないなら、死ね」
盗賊の頭が最後に見た景色は椿が自分の頭を踏み潰そうとするところだった。
「ふぅ……終わったか」
初めて人を殺した椿は戻ってゆっくりと息を吐く。そうして今の状態を確かめる。だが、
「意外と、何も思わないものなんだな……」
日本では人の命は尊いものとして、教わり、人を殺すことはダメだと言われてきた。
だが、今の椿は少なくともそんな環境で生きてきた人間とは思えないくらい、殺しに忌避感は無かった。
「相手が相手だったから、っていうのもあると思うが……」
相手が目に見てわかるほどの悪だったから。そういう理由もあるのだろうが。
「とりあえず、しばらくは大丈夫そうだな」
そうして椿も眠ることにした。
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