旅立ちの日の夜

 現在椿は魔王軍幹部リボーンを倒し、花恋とリーリエと一緒にエスポワール王国の王都に向かって旅をしていた。

 っと言っても今日はまだ鬼人族の集落を出た日だからもちろん人里になんて辿り着いていない。

 しかも確かに椿たちは近くの街に向かって歩いているが、未だに森を抜けていない(鬼人族の集落がそもそも森に囲まれてた。周りの木は殆ど消滅したけど)。


「花恋、リーリエ。今日はここらで野宿にしようか」


 太陽も傾いて、そろそろ月が出そうな時間になったころに椿は野宿を提案した。

 本来なら、野宿は嫌がるだろうと思っていたのだが、


「わかりました。では、わたくしたちも準備をしますね」


 花恋とリーリエはあっさりと了承して野宿を準備を始めた。

 よく考えなくても、花恋は鬼人族の集落が無くなったことで、一時期外で雑魚寝していたし、リーリエも森の民として外で寝ることにそこまで忌避感も無い。


 嫌がる二人をどう説得しようか考えていた椿だが、その心配は杞憂に終わったようだ。


「じゃ、テント出すから」


 そう言って椿はポーチからテントを二つ取り出した。

 今の椿のステータスならばテントくらい折りたたまなくても片手で持ち上げられるので広げられた状態で収納している。

 ポーチの中身もそこそこ広いし。


 テントを配置すると、適当にそこら辺の枝を斬って薪にすると、魔法で焚き火を作り出す。


「さて、夕食だけど……」


「あ、でしたら椿さん。夕食はわたくしに作らせてください!」


 夕食を準備しようとしていた椿を遮って花恋が料理の準備をしようとして、リーリエに止められた。


「リーリエ?なぜ止めるのですか?」


「なぜ?決まってるでしょ。花恋に料理は作らせない」


 花恋とリーリエが目線で争っている。


「おいおい。ここに来て修羅場はやめてくれ。順番で作ればいいだろ?まだまだ旅する日数は長いことだし……」


 椿の言葉に花恋は全力で頷くものの、


「ダメだよ椿。花恋には絶対に料理させたらダメ」


 リーリエは花恋が料理することを絶対に認めなかった。


「リーリエ、わたくしが料理することの何が悪いのですか?」


 まるでわからないと言うように花恋がリーリエに問いかけるとリーリエは花恋をしっかりと見ながら


「だって!花恋が料理したらよくわからないゲテモノが出来上がるじゃない!」


 リーリエの言葉で、椿は思わず花恋を見てしまう。


「……え?マジで?」


 この一ヶ月間、なんやかんや共に過ごした時間は長かったので、それなりにわかってるつもりだったのだが、料理が出来ないことは流石な予想出来なかった。


「うぅ……」


 どうやら花恋にもそれなりの自覚はあるようだ。


「……花恋」


「…はい」


「お前は、料理するな」


 椿の言葉に、思わずコクリと頷いた。


「じゃあ、すぐに作っちゃうね」


 リーリエはそう言って手際よく料理の準備を始めた。

 ちなみに椿も料理は出来る。バリエーションも豊富だったりする。

 つまりこのメンバーで料理出来ないのは花恋だけだ。

 花恋は椿が料理出来ることを知っているので、余計に落ち込んでいる。


「なぁ花恋。よかったら今度俺が料理教えようか?」


「え!?よろしいのですか!?」


 椿のその言葉で先程まで落ち込んでいた花恋がバッと顔を上げて椿に接近してきた。


「う、うん。まあ少しくらいなら……」


「ありがとうございます!椿さん!」


 そういえばなんで今までリーリエが料理教えなかったのだろうと思っていたのだが、その疑問は花恋に料理を教える時になってすぐに解消されることとなった。


 リーリエが作ってくれた料理に舌鼓を打った後、椿は普通に寝ようとしたのだが、


「椿さん。少し待ってください」


 花恋が呼び止めてきたので、なんだと思いテントに入るのを中断する。


「それで、なんだ?花恋」


 焚き火を囲うように配置した3つの椅子のうちの誰も座っていない一つに座る。


「あの、椿さんのこと色々教えてくれませんか?」


「俺のこと?」


「そう。私たち、椿のことあんまり知らないから。出来れば椿の口から色々聞きたいんだけど」


 花恋とリーリエの期待するような眼差しに椿は両手を上げて降参を宣言する。


「いいけど、別に面白い話しでもないからな」


「大丈夫ですよ。わたくしもリーリエも、椿さんの話しを聞きたいですから」


 椿は苦笑しながらどこから話そうかと少し考えて、


「じゃあ話すぞ。まずは、そうだな。前提として、俺はこの世界の人間じゃないんだ……」


「この世界の人間じゃない?じゃあ椿は別の世界の人間ってこと?」


「そう。天界とか魔界とか、そういう次元じゃなくて、概念的に別の世界、異世界から来たんだ」


 そこから椿は急に異世界に召喚されたこと。初めての野外訓練でリボーンと遭遇して、椿だけどこかに飛ばされたこと。九つの試練についても少し話した。


「それで、試練を脱出して、暫く森をさまよったら、花恋たち鬼人族と遭遇したってところだな」


 そこからは花恋たちも知ってる事だったので、説明はしなかった。


「それにしても、椿がそんなそんなに大変な目にあってたなんて……」


 リーリエは少し疲れたように言う。当たり前だ。椿の今までの事を理解するだけでもかなり疲れるのだ。いきなり異世界だの、初めてのガチ戦闘相手が魔王軍幹部だったことも。

 花恋は先程から少し俯いてしまっている。


「椿さんは、そのエミリーさんの再会したあとは、九つの試練の攻略に行くのでしょうか?」


 ようやく顔を上げた花恋は寂しそうな目で椿に問いかける。

 そんな儚げな花恋の頭を撫でながら、椿は少し考える。

 正直、今の花恋とリーリエを九つの試練に連れていくのには不安が残る。

 彼女たちは椿が好きだからという恋心でついてきてくれた。なるべくなら椿は彼女達の意志を尊重したい。

 だが、態々死ぬような場所に、花恋とリーリエを連れていきたいとは思わない。

 試練の難易度にもよるが、彼女たちを守りながら攻略する自身は椿には無かった。

 そんな椿の考えがリーリエにはわかったのか、


「ねえ椿。色欲の権能の能力って自分だけじゃなくて、他者にも通用するの?」


 しっかり椿の話しを聞いて、理解していたリーリエが自分自身も強くなるために質問を投げかける。


「……正直、俺は他者に昇華の能力を酷使することは苦手だ。俺が自分に使った時ほどの能力上昇は見込めないと思うぞ」


「それでも、構いません!わたくしたちは椿さんの隣で戦えるように、もっと強くなりたいです!」


 そんな花恋とリーリエに敵わないな、と思い、


「じゃあ、テントに入るぞ。行使した後に、急激な肉体変化で二人が倒れられたら困るからな。テントの中で、な?」


 その日、二人は完全に生まれ変わった。

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