安らかな死

「ぐあああ!」


 現在リボーンは追い詰められていた。

 悲鳴を上げながらリボーンは地面に這い蹲る。

 頭を上げると、リボーンを冷めた目で見る椿の姿が。


(禁域解放を使っても、届かないというのか……)


 そのあんまりな事実にリボーンは半ば絶望する。

 こんな化け物、どうすればいいのか、と。


「"獄炎"!」


「はぁ、またそれか。"大炎球"っと」


 リボーンの全力の魔法ですら、片手間に作り出した中級魔法で相殺される。

 リボーンは理解した。これはダメだと。


「"疾走"!」


 だからリボーンは逃走を選択した。

 逃げ切る事が出来れば、まだ希望はある。そう信じていた。

 だが、


「ははっ。既に詰みだったってことですか……」


「まあ、そういうことだな」


 なんてこともないように椿は己の素の速度でリボーンの"疾走"に追いついてしまった。

 諦めた目をしながら立ち止まったリボーンに椿はゆっくりと歩み寄る。


「本来なら、言い残す言葉は?とか聞くんだろうが、あいにく俺はお前の遺言なんか興味がない。お前がなんで魔王軍にいて、なんで鬼人族の集落を襲ったのかとかもまるで興味がない。もう何も手が無いなら、死ね」


 歩み寄る椿から離れるように、リボーンは後ろに飛び退く。


「ははっ。もう、何も無いなら、ですか?」


 だが、それは醜く生き延びようとする執念からではなく、戦おうとする意思からだった。


「本当は、使いたくなんて無かったのですが、出し惜しみしている場合ではございませんしね」


 リボーンはそう言うと、懐から謎の球体を取り出した。


「……魔導具アーティファクト、か」


「ご名答。よくわかりましたね。これから使うのは禁域解放ではない、私の真の切り札。|魔導具アーティファクトを使うなんて、卑怯。だなんて言わせませんよ」


「言うわけないだろ」


 そうして、リボーンは魔導具アーティファクトを起動させた。


「さぁ、目覚めるのです!真の力よ!」


 そうしてリボーンの体はどす黒いモヤに包まれた。


「ふふふ。そうです!これです!これこそが力なのです!この圧倒的高揚感!忘れていました。圧倒的力による蹂躙!部下に任せるのではなく、自分の力によってその欲は満たされる!」


 そうして黒いモヤが晴れると先程までとは圧倒的に威圧感が違うリボーンが現れた。

 遠くで見ていた玄武たちは冷や汗を流す。

 もし、自分たちがあれと対峙していたら、と。

 だが、誰も椿を心配していない。

 信用しているのだ。

 先程まで見せてくれた自分たちが適わなかった相手を倒している椿を。


「奥の手の発動は終わったのか?」


「ええ。これであなたにも勝てます」


 そう言ってリボーンは踏み出し、椿に蹴りを放った。

 それに応戦するように椿も蹴りを放つ。

 二人の足が衝突し、衝撃が発生した。


「やはり、これでも対応しますか……」


 そう言って、リボーンは椿から離れると、椿の周囲を走り出した。

 現在リボーンは禁域解放に加えて、魔導具アーティファクトを使ってステータスを底上げしている。

 そのステータスは最低でも5000を超えている。

 だが、


「お前も、それをまともに使った回数は少ないんじゃないか?慣れてないみたいだぞ?」


 椿はそう言うと、自分よりも速い筈のリボーンを捉え、殴り飛ばした。


「ぐっ。なぜ」


「なぜって。お前がそのステータスに慣れてないからだろ。丸見えだ」


 そう言って椿は拳を握り、リボーンを殴り飛ばそうとするが、さすがに全てのステータスが5000超のリボーン。それを視認すると、すぐさま拳を握り、殴ってきた。

 両者の拳が衝突する。

 さすがに遅れて殴ってきたリボーンの方が勢いも威力も下だが、実質互角。

 もし同時に手を出したならば、負けていたのは確実に椿だっただろう。


「もう、私は負ける訳にはいかないのです!"極滅の業火"!」


 リボーンから放たれる最上級魔法。その起源は衝突している拳から。

 普通ならばこの状況であっても、巻き添えを喰らう可能性があると思い、魔法を使わないと思うだろう。

 だが、今のリボーンの勝利に対する執念はそんなことを気にしないほどには強力だった。

 だが、椿はそれをも凌駕する。


「"魔断"」


 リボーンが放とうとした"極滅の業火"はいとも容易く椿に消されてしまった。

 呆然としているリボーンに、椿は今度は自身の拳に思考加速を付与して殴り続けた。

 二分ほど殴り続け、リボーンを解放すると、リボーンはストレスで顔面蒼白で、髪の色も落ちて白くなっていた。

 二分ほどの時間とはいえ、一万倍思考加速が施されたリボーンにとっては一年以上殴られた感覚に陥ったことにより、リボーンは一年以上恐怖と苦痛が襲い続けた事になる。


「なあリボーン。もう、終わりか?」


 椿は再度リボーンを見下ろす。


「ああああああああぁぁぁ!!」


 リボーンは叫びながら椿に攻撃を仕掛ける。

 しかし、それでもリボーンの今まで積み重ねられた技術による攻撃は椿からしても厄介極まりないものだった。


「はぁ。"完全制御トレース"」


 しかし、それをもコピーして完全に対応する。

 速度上昇の支援魔法も自分に使いながら完全にリボーンを凌駕した。


「ぐふっ」


 そしてリボーンを吹き飛ばした。

 リボーンは再度起き上がりながら椿を睨みつける。

 そんなリボーンに椿は言い放った。


「お前が剣を使うなら俺は剣でお前を圧倒する。お前が魔法を使うなら俺は魔法でお前を圧倒する。お前が大軍を率いるのなら、俺はこれを踏み潰してみせよう。俺は全てにおいてお前の上を行った状態で完全にお前に勝ってみせる」


「……なぜ、そこまで!」


 リボーンの短くも確かな言葉に、椿は少し目を瞑ってから答える。


「もう、誰にも負けないと俺は決めた」


 リボーンに転移させられる前に見た光景を思い出す。

 申し訳なさそうな顔をするウルの顔を。

 悔しそうな表情を浮かべる光たちクラスメートたちの顔を。

 そして転移させられた日から何度も夢に出てきたエミリーの泣き顔を。

 自意識過剰かもしれない。だけど、あの日から何度も何度もあの光景が、その顔が脳裏に浮かび上がる。


「もう、誰も悲しませたくないから」


 だから、


「始まりの敵であるお前を倒して、俺はこの先を進んでいく」


 リボーンは椿の瞳に確かな闘志を見た。


「お前はもう、俺には勝てない。お前との戦闘シュミレーションはあの日から何度もしてきた。今更お前がもう一つ奥の手を持っていたとしてもそれすらも越えられる自信がある」


 ハッタリだ。リボーンはそう言おうと思ったが、椿の顔を、目を見て、それが真実であるとわかった。

 リボーンはそれでも生き残るため、魔王に椿の情報を伝えるために幹部の中では自分しか使えない転生魔法を使用しようとして……


「ちなみにお前、もう生き返れないからな」


 掌をリボーンに向けた椿がそう言った。


「な、何を?」


「言ったろ?俺はお前に勝つって。お前が万が一転生魔法を使ったとしても、この魔法はお前の魂ごと消滅させる」


 椿の手から魔力の奔流が迸る。


「やめろ!おい、やめてくれ!」


 リボーンは必死になって椿の魔法の効果範囲から逃れようと動き出すが、


「消え失せろ、リボーン。"果てなき深淵"」


 最凶最悪の魔法、最上級闇属性魔法"果てなき深淵"が椿の手から放たれた。

 リボーンは何とか"果てなき深淵"から逃れようと模索するも、リボーンの体はあっさりと捕まった。


「ああああああああぁぁぁ!!助けて!助けてくれ!誰か、誰でもいい!ソルセルリー!シュラーゲン!グロル!助けてください、ヴァールハイト様!」


 そこで言うと、リボーンは"果てなき深淵"に飲み込まれて、その魂は終わりなき深淵の中に落ちていった。

 そして、その魂はやがて消え去る。

 強者の魂、弱者の魂関係なく。

 だが、それでもそれまでの間は


「眠れ。安らかに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る