新たな旅の始まりに

「終わった……」


 花恋の口からその言葉が紡がれた。

 だけど、誰もまだそれの事実を信じることはできなかった。

 自分たちを圧倒した、確かに強かった魔王軍幹部リボーンがたった一人の人間族の少年の力によって一方的にやられたのだから。

 だが、それを非難する人はいない。

 寧ろ、


「ありがとう、椿殿」


 玄武の口から、確かに感謝の言葉が紡がれた。

 それから暫くして椿は玄武たちと合流した。

 椿が合流するころには囚われていた鬼人族たちの精神も無事に正常に戻ったようだ。


「よう、玄武」


 椿はそんな玄武の元に気軽に歩み寄る。


「椿殿か。見事な戦いだった」


「まさか、八つ当たりもいい所だったろ?」


 実際この戦いは椿は鬼人族や妖精族のために戦った訳では無い。

 弱い自分と決別するための戦いだった。

 いわばこの戦いはこれからの戦いに対する宣戦布告だ。


「ところで、椿殿はこれからどうするのだ?」


「うーん。そうだな……」


 これからのこと。椿の答えはもちろんエミリーの元に帰る。これ一つだ。

 だが、その前に椿とリボーンが戦った戦場である元鬼人族の集落を見て、


「さすがに、これだけ住む場所荒らしておいてはいさようなら、なんてことは出来ないな……」


 椿はさすがにそこまで図太い精神の持ち主ではない。

 それに、ピンチになった花恋を助けるために地下に入った時、微かに感じたあの気配。

 あの気配は間違えなく九つの試練のものだった。

 微弱すぎたのと、恐らく多少奥に入っても入口が無いことで誰も気づかなかったのだろうが、椿は鬼人族の集落を修復しながら、試練に挑戦しに行く予定だ。


「だから、俺は暫く変な気配がした地下牢を調査しつつ、そこに集落を作り直すのなら、そこで集落の再築を手伝おうと思ってる。ずっとってわけにはいかないけどな」


 そんな椿の返答に玄武はどこか驚いた様子だった。


「なぁ玄武。一応聞くが、なんだ?その顔は……」


「……いや、椿殿ならすぐにでもここを去ると思ってたのでな」


「お前、俺の事なんだと思ってんだ?」


 だが、実際この集落に被害を出させずに、地下に試練の気配を感じなかったなら、さよならバイバイする予定だったので、あまり強くは言えない。


「椿さん!」


 すると、突然後ろから花恋が椿にぶつかってきた。


「か、花恋?どうした……?」


「よかった…よかったです。椿さんが無事で……」


 周囲の鬼人族たちやリーリエたち妖精族のみんなは、実はリボーンが放ったプレッシャーや溢れ出る魔力などで何となく状況を察していただけだが、花恋だけは視覚強化の魔法を使って状況を全て理解していた。

 玄武が近くにいたら危険だと、少し離れた場所まで移動し、それでも状況を少しでも確認しようと、高い場所まで移動していたので、花恋にはよく見えた。

 "絶対支配の呪詛"を見た時も危ないと思ったが、椿の腕が斬り飛ばされた時は生きた心地がしなかった。

 椿に何かあったらと、椿の危険極まりない戦いを見ながらずっと心配していたのだ。

 だから


「悪いな花恋。心配させて」


 そう言って椿は優しく花恋の頭を撫でた。

 すぐ近くから「抱きしめてあげなさいよ」というリーリエのジト目はスルーした。



 □■



 さて、その後どうなったのかと言うと、椿は結局試練を優先した。

 玄武曰く、「椿殿が少し危険な感じがするってものがあるところに安心して俺たちは家を、住む場所を作ることができないからな」との事。

 ちなみに玄武は一応椿を恩人として敬ってくれている。ただ、敬語を使うのが少し苦手なだけだ。

 そして妖精族の集落はそのままに、鬼人族は全員が北の集落に引っ越すことになった。

 そして、玄武とフランクリンは話し合った結果、各族長の許可が無いと発動できない転移魔法陣を村の族長の家に配置することになった。

 ちなみに配置したのは椿だ。


 北の集落の族長は玄武になった。

 全鬼人族が「最後まで一人で魔王軍幹部に立ち向かったその勇気を称えたい」との事。


 椿は試練を4日ほどかけて終わらせた後、鬼人族達に無事を報告し、鬼人族一番の接近戦の技術の持ち主である虎徹と度々訓練をしていた。花恋と一緒に。

 花恋は再建中も、椿の近くにいることが多かった。そして悪魔族と戦い、改めて自分が弱いと感じた花恋は虎徹に戦いを教わることになっていた。


 リーリエは殺されそうなところを助けてくれてありがとうと言った後、普通に椿と仲良くしている。

 花恋ほど距離感は近くない、普通に友達といった感覚だ。


 椿は結局鬼人族の集落に1ヶ月ほど滞在した。

 この1ヶ月で集落は殆ど元に戻っている。

 まあ9割ほど崩壊させたのは椿だったので、3つ目の試練で手に入れた能力を最大限に発動して元に戻したのだが。


 そして遂に椿が旅立つ時が来た。

 ちなみに妖精族は今は鬼人族の集落にいない。元々最低限の付き合いと、ピンチの時の助力だけの同盟だったのだ。

 何度か交流はあっても、そこまで付き合うことは滅多にない。


「じゃ、今まで世話になったな」


「何を言う。それはこちらのセリフだ」


 そう言って椿の玄武は握手する。

 そして、椿は次に虎徹を見る。


「虎徹さん。色々教えていただき、ありがとうございました」


「ほほほ。わしも若いものに技を教えられただけよかったですぞ」


 そう。この1ヶ月で椿は虎徹には敬語を使うようになった。

 ちなみにステータスは兎も角、技術面ではまだ虎徹には及ばない。

 そして、離れようとした椿を虎徹が呼び止めた。


「椿よ。お主にこれを託そう」


 虎徹がそう言いながら取り出したのは一本の刀だった。


「……これは」


「気づいておるだろ?それは強力な力を持った魔導具アーティファクトじゃ。その刀の銘はは〈閻魔〉」


 閻魔。地獄の大魔王の名を冠した刀。


「わしはこう思ってる。いつか、その刀がお主の窮地を救ってくれると……」


「そうか。ありがとう」


 椿はそれだけ言うと、刀をポーチの中に入れた。

 帯剣する場所がないから仕方なくだ。

 そうして最後に集落を一目見ると、去ろうとして……


「待って、待ってください!」


 花恋が走ってきた。……"疾走"まで使って。


「花恋、どうした?」


 近づいてきた花恋に椿は問いかける。

 花恋はゼーハーと肩で息をしながら


「わたくしを……わたくしも、一緒に連れていかせてください!」


「……は?」


 一瞬何を言われてるのかわからなかった。


「えっと、なんで急に?」


「わたくしも椿さんと一緒に行きたいと、そう思ったからです!」


 うん。全然わからない。

 椿はどうやって説得しようかと考えるも、


「無駄だと思う」


 リーリエがそう言いながら近づいてきた。


「リーリエ、か。てか、なんでここに?」


 よく見ると、リーリエの背中にはそれなりに大きなカバンが……


「なんでって。私も一緒に行くから」


 今度はお願いではなく確定事項。

 その事実に椿は頭を抱える。


「……ちなみに、なんで一緒に行きたいんだ?」


「それ聞くのって、野暮じゃない?」


 リーリエがそういうも、椿には全然わからなかった。


「えっと、それは、好き、だからです。椿さんのことが!」


 花恋が大暴露した。


「……は?」


 花恋のいきなりの告白に椿は一瞬頭が真っ白になった。

 花恋の後ろでは鬼人族のみんなが「遂に言いやがった」って表情で見てる。


「えっと、え?なんで?いつフラグ建てた俺」


 思い返すも思い当たる節は……


「本当に、わからないんですか?」


 花恋のジト目に椿は必死に思い出そうとし、その記憶は初めてあった日まで遡り……


「……あ」


 思い出した。

 あの日、椿は花恋になんかギャルゲの主人公みたいなことを言って、その次の日花恋が目を覚ますと顔が赤かったことを。


「あれか……」


 思い出して改めて花恋を見ると、今も耳まで赤くしながら椿の返事を待っている。


「花恋」


 椿が名前を呼ぶと、明らかにビクッと体が震える。

 緊張してるのだろう。


「俺には、好きなやつがいる」


 その言葉を聞いて、花恋は一瞬悲しい目をしたが、それでも真っ直ぐに椿を見つめる。


「それでも、着いてくるか?」


「はい」


 それでも、花恋は確固たる意思で椿を見つめる。

 椿ははぁとため息を吐くと、花恋の目をしっかりと見て言う。


「付いてきたって応えてはやれないと思うが」


「わたくしの心は椿さんのものです。それに、未来に絶対はないですから」


「危険だらけの旅だぞ?」


「わたくしも鬼人族の端くれ。それに、時折椿さんと訓練したお陰で既に鬼人族内ではトップクラスです。十分化け物ですね。お陰で貴方に付いていけます」


 花恋は自分の事を笑顔で化け物と断言した。

 そこまで、本気ということなのだろう。


「辛いだけの旅かもしれない……」


「何度でも言います。それでも、です」


 最後に椿は花恋の目をもう一度見る。揺るぎない、その瞳を。


「ふふっ。もう終わりですか?なら、わたくしの勝ちですね」


 勝ちってなんだよ。そう思いながら椿は次の花恋の言葉を待つ。


「もう一度言います。貴方の旅について行かせてください」


 もう一度、確固たる意志を持って花恋は椿に頼む。

 椿は花恋は諦めないと悟り、


「わかったよ。好きにしろ」


 それだけ言った。

 それだけで花恋は満面の笑みを浮かべて


「ありがとうございます!」


 その笑顔に見蕩れた椿は悪くないだろう。


「ねぇ、私の事忘れてない?」


「……ごめん、完全に忘れてた」


 次はリーリエだ。


「で?なんでお前は付いてきたいの?正直花恋と一緒に居たいってだけの思いなら俺はある程度進んでからお前を転移させることも辞さない」


 椿の容赦のない言葉。

 リーリエはその言葉が本気だとわかるから、嘘は言わない。


「え?そんなの、私も椿の事が好きだからに決まってるじゃん」


「いやいや、お前に関してはマジでどこでフラグ立てた?」


 椿に思い当たる節は……ちょっとしかない。


「あの時、人形の鎌から私を助けてくれたのが始まりかな。お姫様を助ける王子様って感じがした」


 王子様。椿は自分に一番似合わない称号だなと思った。


「あの時は微かな気持ちだったけど、今ははっきりとしてる」


 リーリエも花恋同様、強い眼差しで椿を見て


「あなたが好きです」


 リーリエは椿に好きな人がいることも、旅が過酷なこともさっき花恋に言ったことでリーリエも知っているはずだ。

 だが、そのうえでリーリエは椿にそう言っている。

 なら、敢えて聞くのは無粋だろう。


「好きにしろ……」


 その一言でリーリエの顔はパァーっと明るくなった。

 つまり、椿に同行を認められたということだ。


「というわけで玄武。この二人攫っていくわ」


「大丈夫だ。フランクリン殿も我々も承知の上だ」


 つまり花恋とリーリエは先に玄武たちには話していたということだ。


 椿は改めてため息を吐くと、花恋とリーリエを見る。

 人生で始めて告白された日に二度目の告白を受ける。


「ほんと、人生何があるかわかんねえな」


 そうして椿は二人に「行くぞ」と声をかけて歩き出した。

 花恋とリーリエも玄武たちに、軽くお辞儀をすると、椿に向かって走り出す。

 言葉はもういらなかった。

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