九つの試練 ~怠惰の間~
試練の洞窟に入ってから体が重い。
椿は最初は気の所為だと思って無視して進んでいたのだが、奥に進めば進むほど体の訛りは酷くなっていく。
「また、重くなった。"英雄の加護"っと」
重くなった体を誤魔化すように上級支援魔法を体にかける。
だが、上級魔法ですら意味を成さなくなるのは時間の問題だと思った。
体が重く感じるのは試練に入ってから刻一刻と低下し続けるステータスだ。
体に"鑑定"を使用して状態を調べると、ステータス下降のバッドステータスが掛けられていた。
それを見てもちろん椿も一度は解呪に成功したのだが、解呪した瞬間に再度そのデバフは襲いかかってきた。
「ってことは、このデバフがこの試練のコンセプトなんだろうな……」
色欲の間にもあったコンセプト。
それをこの試練に当てはめると
「七つの大罪+αが試練の間の名称だとすれば、ここは怠惰の間か?」
そう独り言を言いながら魔力感知を使用しながら歩いていると、椿が踏んだ地面がガコッっという音を鳴らしながら陥没した。
「は?」
右足が少し下がったことに驚いた椿は気配感知が後ろから何かが高速で襲いかかってくるのを感じ取った。
「チッ!」
慌てて回避すると、先程まで椿が立っていた場所を巨大な鉄球が転がって言った。
「魔法系トラップじゃなくてまさかの物理系のトラップかよ……これ、もしや怠惰じゃなくて別のやつか?」
わざわざ鉄球を設置する手間を考えれば怠惰じゃなくね?と思ったものの、じゃあ他に何があるの?となり、とりあえず先に進むことにした。
わからなくてもどうせ最奥のバンボラが教えてくれるだろう。
そうしてまたしばらく歩くと、前方から大量の百足が襲いかかってきた。
「今度は昆虫系モンスターかよ!"獄炎"!」
襲いかかってくるの百足を上級魔法で一部焼きながら剣を取り出して対処する。
体が重くてろくに攻撃出来ないが、時折魔法を使用して吹き飛ばしてるお陰で、今のところ一度も攻撃を受けていない。
「これ、魔力のステータスは見るからに下がってるけど、やっぱりMPは通常時のままだな」
急速にMPが減少することが無いことが分かり、とりあえず安堵する。
椿はMPさえ残っていれば起死回生の一手を放つことが可能だ。
それに今のところ体が重いと言っても、未だに色欲の権能を使用してステータスを昇華させる前よりも高いステータスを誇っている。
初期のステータスよりも下になることが無いのなら、椿は進んでいける、と思ってバックステップで百足の攻撃を避けると、何かのスイッチを押してしまった。
そしてその瞬間、真横から巨大な斧が出現した。
「はぁ!?"天蓋"!」
己を守るように"天蓋"を発動して斧の動きを一瞬止めると、その斧の軌道上から回避した。
そして斧が動き出した瞬間に、百足がその軌道上に移動し、百足があっさりと切り裂かれた。
「こっわ」
下がったとはいえ、勇者である高円寺 光よりも高いステータスを誇る魔法攻撃ですら一部しか一撃で倒せていない上に、燃えカスにも出来ずに焦げただけだったのに対し、斧であっさりと切り裂かれた百足。
「物理トラップの殺意が高すぎるだろ……」
一人で愚痴を言いながらも、拉致があかないと思い、"極滅の業火"で百足を一掃すると、再度奥へと向かって歩き出した。
しばらく椿が進むと、またもやガコッっという音が足元から聴こえた。
するとこれまた再度背後から鉄球が転がってくる。
今度は壊そうかと思っていると、鉄球が少し濡れてるではありませんか。
「なんだ?あの濡れてるの"鑑定"……!?」
椿が"鑑定"をすると、それは超即効性の分解粘液だったのだ。
詳しく調べると、無機的物質には効果は現れないが、有機的物質にはこれ以上無いくらい効果を表す、非常に性格の悪い粘液だった。
「MPの無駄遣いは避けるべきだな!"疾風"!」
無駄遣いは避けるべきと言いながら魔法を使ってるのは、鉄球を破壊して、飛び散った粘液によって溶けた体の部位を回復することによって消費されるMPよりも、"疾風"を使って走って逃げた方がMP消費は少ないと思ったからだ。
椿は転がってくる鉄球から全力で逃げた。
「はぁ…はぁ……」
なんとか鉄球から逃げたものの、その後すぐに大量のゴーレムと戦闘になった椿。
しかもそのゴーレムたちは、ゴーレムが動くために必要な、言わばゴーレムの心臓である核が存在しなかったのだ。
周囲を探りながら戦っていると、一つ大きな球体を発見したのでそれを壊してゴーレムは全滅したのだが、それと同時に再度鉄球が転がってきた。
いい加減ストレスも溜まっていた椿はそれを限界突破まで使用して殴り壊したのだが、その鉄球が壊れた瞬間に、もう一つ鉄球が転がってきたのだ。
実にいやらしい。
「ほんと、とっととこの試練終わんねえかな……」
そう言いながら再度奥へと進む。
少しずつ体は重くなっていく。
体感ステータスは100前後にまで落ちているだろう。
椿のステータスが下がっているだけで、モンスターの強さは最初から変わっていない。
途中の百足やらゴーレムやらのいやらしいモンスターを除けばそれ以外のモンスターは至って普通だった。
現に今も椿は襲いかかってきたゴブリンを軽々と倒している。
「でも、本来ならこのゴブリンですら苦戦するんだろうなぁ」
改めてこの試練のいやらしさを実感した。
そうして遂に行き止まりに辿り着いた。
「なんだ?封印されてるな。でも残りのMPでも強引に突破……」
できる。そう言おうとしたが、椿の周りからガコンという音が聞こえて、恐る恐る首を動かすと壁が開けていて、そこに大量のゴーレムが待機していた。
「やっぱり戦闘かよ!」
椿はそう言いながらやけくそ気味に"終焉の永久凍土"を放ってゴーレムを凍らせた。
しかし氷と共にゴーレムは砕け、壁の奥から新たなゴーレムが出てきた。
「お前ら、何体いるんだよ……」
呆れながらそう呟く。
おそらくこの場所は襲いかかってくるゴーレムに対処しながら封印を解除して先に進む試練なのだろう。
ゴーレム一体一体が妙に強く、封印も普通に難しいのがいやらしい。
しかも
「MPのゴリ押しはもう無理か?魔力のステータスがもう50弱しか無いな」
そう。今の椿は技能だけ持っている少し強い一般人になっている。
例に漏れずMPは膨大な量が残っているが。
高速魔力回復のお陰でMP残量も心配ない。
なら
「とりあえず殲滅だな。"女神の息吹"」
最上級回復魔法で体にかかったデバフを一度全部取り払う。
本来なら直ぐにデバフが再度降りかかるのだが、椿が使用したのは"女神の息吹"だ。
"女神の息吹"は昔に失われた魔法で、色欲の間を攻略した際に落ちていた魔導書を拾って読んだ結果性質を理解し、使えるようにした魔法だ。
この魔法はデバフを全て取り払い、傷も全て癒し、一定時間降りかかるデバフを追い払う魔法だ。
試練のデバフなので長い間振りほどくのは無理だろうが、
「少しだけ取り払うだけでも大違いだ。限界突破!"天罰の雷鳴"」
限界突破で本来よりも強力になった最上級魔法をゴーレムに向かって放つ。
これで跡形も残さずにゴーレムを排除した。
だが、最後ゴーレムは壁から出てくる。
しかしゴーレムの再登場にはタイムラグがある。
つまりこの隙に封印を突破する。
「"乱魔"からの、"強制虚壊"」
"乱魔"で封印の魔力を乱して"強制虚壊"で封印を解除する。
そしてその扉を開けると……
「うそん」
まだ先は続いていた。
"女神の息吹"の効果も今切れた。デバフは再度降りかかる。
限界突破も解除した。あるのは倦怠感だけ。
「はぁ……」
一人寂しくため息を吐くと、一歩踏み出した。
その瞬間、椿の足元に魔法陣が展開された。
「ここに来て魔法かよ……」
もう呆れながら呟くと、眩い光が周囲を覆い尽くし、
『ようこそ九つの試練 怠惰の間の最深部へ』
手を広げて歓迎するよと言いたげにバンボラが待っていたので取り敢えず
「死ね」
『……は?』
バンボラに向かって腹いせに"極滅の業火"を放った。
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