一難去ってまた一難

 転移の光が収まると、椿は森の中にいた。


「色欲の間は森の中にあったってことか」


 そう言いながら後ろを向くと、そこそこの大きさの洞窟があった。

 おそらくこの洞窟が正規の入口だったのだろう。


「まあ今は関係ないか」


 ここの試練はもう終わったものだ。

 バンボラが最後に言った言葉。全ての試練をクリアせよという言葉。


 きっと何かあるのだろう。

 それこそ神の力を借りずとも地球に、日本に帰るための力すらも得られるのだろうか。

 わからない。わからないが、


「とりあえず、エミリーに会いに行くか」


 あいにく椿に方位磁針のような便利なアイテムも無ければ、現在地すらもわからないのであてずっぽうで歩くしかない。


 そうして暫く歩くと、気配感知に何が引っかかった。


「おっと。第一住民発見、かな」


 そう呟きながら向かうと、五体ほどのオークが歩いていた。


「モンスターか。わざわざ倒す必要は無いけど、実験がてら倒しとくか。"風球"」


 そうして発射された風の球は、あっけなくオーク達を吹き飛ばした。


「あーあ。弱すぎたか。威力は抑えたつもりだったんだけどな。改めて宝玉の力すげー」


 体の調子を確かめるように椿は軽く体を動かす。

 3日もアイテムを選んでいたとはいえ、色欲の力を試したり、昇華した後は試練に出てくるサキュバスで実験もしていた。


 もはや今の椿は勇者である高円寺 光よりも強い。

 そうして椿は再びゆっくりと歩き出す。

 時折出てくるモンスターを雑な攻撃魔法、または適当に殴ったり蹴ったりして倒す。


 だが、たった一人でなんの楽しみもなく歩くのは正直暇だった。


「あー……暇だ」


 あまりにも暇になったので休憩がてら適当な場所に座る。

 技能に不眠不休があるので正直休む必要はないのだが、まあ気分だ。

 適当に座り、余計に暇になり再度歩き出す。

 あの部屋に空間転移系の魔導具アーティファクトは置いてなかったし、置いていても座標がわからないので使えない。


 そうして適度に進むと、不意に気配感知が人の気配を感知した。


「やっとか。さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。楽しみだな」


 そうして椿はやっと発見した人間にルンルン気分で接触を試みる。


 気配を辿りながら近づくと、気配の相手もこちらに近づいてきた。


「んん?相手もこっちに気づいたか?」


 椿が真っ直ぐに向かっているので相手が本当に椿のことを察知したのかはわからないが、試練で培われた勘と、色欲の力で昇華された直感を信じるならば、彼らは椿に向かっていると思ってもいいだろう。


 人数は四人、か。

 その内三人はおそらく怪我しているのだろう。

 椿が感じるに、気配が全開よりも少し弱い気がする。


 そしてその四人は姿を表した。

 男三人、女一人の計四人で、女は綺麗な和服を着ていた。

 男は防具をつけて、武器も持っていたが存外ボロボロだった。まるで何か強敵と戦ったあとかのように。

 そしてこの世界で和服を着る種族は1種しか存在しない。


 鬼人族と呼ばれる種族だ。

 世界中で見ても少数の部族だが、その戦闘能力はずば抜けていると言われている、世界最強の種族とも言われている種族だ。


「とりあえず、そんなに殺気を放たれてもしょうがない。一旦落ち着いてくれないか?」


 椿はまず、殺気立っている鬼人族の男三人を宥めることにした。


 だが、鬼人族はそんな言葉には反応せず、


「その前に、お前は何者だ?なぜこの森にいる?」


 なぜこの森にいるか、か。

 椿の少し思案して


「少し前に用事でここに来たのだが、道に迷ってな。近くに人里があるのなら教えてほしい」


 用事でここに来たのなら怪しまれないだろうと椿は考えたのだが、


「その用事というのは我ら鬼人族を根絶やしにすることか?」


「……は?」


「とぼけるでない。よりにもよって魔王軍が我ら鬼人族の里に奇襲を仕掛けてきたタイミングでただの人間がこんなところに来るはずがない。どうせお前は怪人族で、生き残りである我らを殺しに来たのだろうが、我らはそれほど甘くはないぞ」


 えぇ……。

 とりあえず先頭に立って話してる人の誤解がすごいと椿は思った。

 ちなみに残りの三人のうち、男一人は近くの木に刀を持ちながらもたれかかっている。だが、決して油断はしていない。なんならずっと椿を警戒している。

 もう一人の男も気配を殆ど消しながらこちらの動向を伺っている。

 気を抜いたら見失いそうだ。

 一方女の子は、少し考えたがらこちらを見ている。警戒はしているが、敵視はしていないようだ。


「誤解だって。とりあえず話を……」


「殺された我らアイ族の同胞の無念。その億分の一でも貴様の死を持って償わせてもらう」


 そう言って鬼人族の一番偉そうな人は椿に刀を向けた。


「とりあえず、何が起きたか冷静になって話し合いたいし、殺さずに戦闘不能にするか」


 そう呟きながら椿は構える。


「さあ来い鬼人族!まずは攻めのお前らを見せてくれ」

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