九つの試練 ~色欲の間~
試練は終了したと伝えたバンボラは、洞窟の方を向き、一瞬だけ椿を見ると歩き出した。
「ついてこいってことか?」
何も言わずに歩き出すバンボラに椿は素直について行った。
殺すなら既に殺してるはずだ。なのに殺さずに、しかも椿の過去まで見せたということは、バンボラに椿を殺す気がないということだ。
なら椿も安心してバンボラについていける。
そうしてしばらく歩くと、物が雑に置かれた空間に出た。
「汚ねえ部屋」
『そう言うのも仕方がないな。僕は誰かが攻略しないと起き上がれないシステムだし。この試練をはじめてクリアしたのが君だったし眠りにつく前の状態のままなのは仕方がないことなのかもしれないな』
はじめての攻略者、か。
「そういえばなんなんだ?九つの試練って」
『九つの試練の伝承すら地上世界には残ってないのかい?』
「俺が異世界から来たからなのかは知らねえが、とりあえず俺は聞いたことねえな。エスポワール王国の第一王女からもそんな話は聞いてない」
そう言うとバンボラは『そうか……』とだけ呟いて椿に向き合った。
『ならば、まずは説明をしなくてはいけないな。九つの試練とはこの世界中に散りばめられた大いなる力を手に入れるための選定場だ。それぞれの試練の内容は異なり、試練に見合った力が我らバンボラに与えられる』
「バンボラってのは量産型のゴーレムか?」
『いかにも。我らバンボラははるか昔、とある使命のために作られた戦闘ゴーレムである』
とある使命。その事が気になったが、今はバンボラの話しに集中する。
『ここはその九つの試練のうちの一つ。"色欲の間"。ここの試練をクリアした君には"色欲の宝玉"を与えよう』
バンボラはそう言うと、部屋の真ん中に立ち、散らばっていた物を雑にどけると魔法陣を展開し、それなりの大きさの球を取り出した。
「それが、"色欲の宝玉"とやらか?」
『そう。これを手にするとステータスの技能欄に色欲の権能が追加される』
色欲の権能。
バンボラ曰く、大いなる力の一つ。
「ちなみにその能力は?」
椿がそう尋ねるとバンボラは
『では、逆に聞くが色欲とはなんのことだと思う?』
「なんのことか?」
『そうだ。それこそが色欲の力の根源である』
色欲。
言わずと知れた七つの大罪の一つの言葉。
人間の性欲を表した言葉だ。
なら、普通に考えれば性欲と答えたら正解だろう。
そう考えると、色欲の力はサキュバスの能力の上位互換。
だが、そんなものが本当に色欲の能力なのか?
それは違うだろう。
なら
「なぜ生物には色欲という感情が存在するか。その先の答えがその色欲の能力か?」
椿の言葉にバンボラは
『半分、正解だね。流石試練にクリアした人物だ』
「それでも半分かよ」
『まあね。じゃあ色欲の能力について説明しようか』
バンボラは宝玉を持って椿に近づいてきた。
『まず、色欲とはどういう感情か。それは生物の性欲を表した言葉。ならなぜ性欲が存在するのか。生物は太古の昔から様々な環境に対応しようと、進化し続けてきた。絶対に消え失せないように。次代への繁殖、生命の連鎖。そして進化。色欲の能力のうち一つはこの世に存在するありとあらゆる力を最低でも一段階昇華させる力だ。個体の才能を見極め、そして進化させる。強力な誘惑にも惑わされず、確固たる意思を持ちうる人にしか与えられない力。それが色欲だ』
最低でも一段階。
つまりそれは極めれば何段階も昇華させられるということだ。
ありとあらゆる力。自分の存在も、才能も、そして他者の力でさえも。
だが、
「一つ?色欲の能力はもう一つあるのか?」
バンボラは言っていた。昇華は色欲の能力のうちの一つだと。
『そうだよ。昇華に続いて便利な能力がある』
便利な能力。
その説明をバンボラは始めた。
『生命が繁殖するのは絶対に消え失せないため。そして次代に己の意志を届けるため。種族が生き残るための力が色欲の第二の能力。それは再生能力』
「再生?」
『そう。再生能力。これさえあればたとえ四肢を失ったとしても新しい腕や脚を生やす事も可能となる』
部位欠陥に対する回復魔法。それは現在この世界には存在していない回復魔法。
最上級回復魔法では部位欠陥などできない。精々回復速度の上昇、または回復精度の上昇くらいで、緊急時でも余程のことがない限り上級魔法で事足りるくらいだ。
『そして、再生能力の真価はそこではない。再生能力は極めれば死んでしまった相手を蘇生することすらも可能になる』
「極めれば、か」
『もちろん。そんな力をホイホイと渡す訳にはいかない。だけど、君ならばいつかその領域に辿り着けそうな気がするよ』
そう言うとバンボラは椿の胸に宝玉を当てた。
その瞬間、宝玉が小さく光、椿の胸の中に宝玉が入っていった。
ステータスを確認すると確かに色欲の権能が追加されている。
「ありがとよ」
『いえ。これは正当な報酬だから』
バンボラはそう言うと手を広げて
『ここにあるものは好きなものを持っていくといい。どうせ僕は使わないものばかりだ』
「なら、遠慮なく持っていくが……」
正直荷物に収まらない。
それを察したのかバンボラはそこら辺に落ちていたポーチを椿に渡した。
『なら、これに入れるといいよ』
「これは?」
『これは僕たちが作った
「随分便利な物作ったんだな」
椿はそういうことならと、遠慮なく自分の役にたちそうな物を一つ一つ選んでいく。
そして色欲の権能によってある程度自己強化をしながら、3日の時を使って必要なものをポーチに入れた。
ちなみに睡眠も取れたし、食事はバンボラが用意してくれた。
「じゃあなバンボラ。世話になった」
椿はバンボラが用意した転移魔法陣を使って試練の入口に転移することになった。
エスポワール王国に飛ばないのは、この魔法陣がそこにしか繋がっていないからだ。
『いいよ。僕も久しぶりに人と話せてよかった』
「そうか」
そう言って椿が魔法陣に乗ろうとする瞬間。
『何があっても、君は九つの試練の全てをクリアすること』
バンボラが不意に真面目な声音で言ってきた。
『それが君の願いを叶えるのに必要なことだから』
「……なんだ?九つの宝玉を全て集めたら願いが叶うとかいうあれか?」
『いいや。そんな奇跡は絶対に起こらないよ』
なら別にと思ったものの、バンボラの真剣な表情と声で真面目に言っていると察した椿は
「わかったよ。場所は分からないがなんとか探してみるさ」
『お願いだよ。他のバンボラ達にもよろしく』
そう言って椿のバンボラは別れた。
□■
『帰った、か』
椿が去った部屋でバンボラは独り言を呟いた。
攻略者が去ったことでもうすぐバンボラの機能は停止する。
だけど、その前にバンボラは洞窟の天井を見ると、その先の天界を睨みつけた。
『ようやく現れたんだよ。試練をクリアするものが。君の喉笛に刃を向けようとする人が。ブジャルド、僕たちの希望は彼に託した。君の願いは叶わない。彼ならばこの世界を最善へと導いてくれるに違いない。僕は、そう信じてる』
それだけ言うと、バンボラは深い眠りについた。
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