失ったもの

「上里くん!」


 光が声をあげても消えた椿は戻らない。


「リボーン!お前、よくも上里くんを!」


 光がリボーンをきっと睨むと、聖剣を手に斬り掛かる。


「おっと。危ないですよ」


 だが、リボーンはその聖剣を軽々と躱すと、ふと、考え込むように下を向いて全員を視界に捉えた。


「ここで、提案なのですが、ここは引き分けということでこの戦いは終わりませんか?」


 その提案にウルは魅力的だと思った。


「な!?そんな、そんな都合のいいことをなんでいまさら!それなら、上里くんを消す前に」


「彼は我々にとっても危険だと判断したので消し去りました。そして彼を飛ばしたことにより私のMP残量も心許なくてですね」


「なら、エネルギーの少ないお前を見逃すより、ここでお前を倒した方がいいに決まってる!」


 そう言って光はリボーンに聖剣を向けるが、


「私のMPが消耗したといっても、それは帰りの分のMPがギリギリなだけであり、あなたがたを殲滅するには十分に残っています」


 その言葉は嘘感知をもつ翔と蕾には本当であることがすぐにわかった。先程の引き分けのことも。


「光、落ち着け。リボーンよ。引き分けにするのはこちらとしても了承したいところだ」


「ウルさん!?」


「落ち着け。椿を失った今の我々ではあいつを討つことは現実的ではない。ならば、一度引き、更に力を得て再挑戦すれば良い話だ」


 ウルの言葉に光は納得してないような表情をしながらも、ウルの提案がこの場で残りの全員が生きて帰るには最も現実的な案ということもあり、引き下がった。


「リボーンよ。最後にひとつ聞いてもよいか?」


「何でしょうか?王国の騎士団長さん?」


「椿は、あいつは……死んだのか?」


「いえ、死んでませんよ?」


 リボーンの椿は死んでいない。その言葉が嘘感知によりすぐさま真実だとわかった翔と蕾は希望の眼差しでリボーンを見た。


「彼は私が所有する魔導具アーティファクトによりどこかに転移しただけです。どこに飛ばされたかはわかりませんが、どこかの街の近くならば生きているでしょう」


 ウルは翔と蕾を見て、その言葉が嘘ではないと判断すると、すぐさま王都に帰還し、椿を探し出すための準備を始めようと思った。


「わかった。では、引き分け宣言が嘘ではないならば、我々はこれにて引き返させてもらおう」


「ええ。よろしいですよ。彼が生きていれば、またよろしくと伝えてください」


 リボーンはそれだけ言うと、椿を転移させたであろう魔導具アーティファクトを使用して、魔界に引き下がった。


「総員!今はとりあえず生きて帰ることだけを意識しろ!」


 ウルは膨大なプレッシャーを放っていたリボーンが消えたことにより、気が緩み出した生徒たちにそう言うと、王都へ帰還の準備を始めた。


 その日、無事野外訓練から帰還した勇者一行を出迎えようと城の入口まで赴いていたエミリーは一人、椿が居ないことに疑問を感じ、ウルに質問した。


「あの、椿さんは?」


 帰ってきたウルから聞かされた話しはとんでもないものだった。

 曰く、魔王軍幹部 リボーンと遭遇し、交戦した。

 だが、騎士だけでなく、状況を打破するため、勇者一行も戦闘に参加し、結界を維持する余裕が無くなるまでは追い詰めることが出来た。

 しかし、結界を維持する必要が無くなったリボーンは最も強大な火力を誇った椿を脅威だと認識し、せめて一人だけでもと椿をどこかに転移させた。

 リボーン曰く、運が良ければほかの街に転移している可能性があるとのこと。


 エミリーは絶対に帰ってくると約束した人が魔王軍幹部との交戦により消し去られてしまったことに悲しんだが、すぐさま立ち直り、椿を捜索するために動き出した。


 エミリーは外交のために、今は獣人国アルテナに留学している第二王子と、神聖国ルリジオンに留学している第一王子の元に、捜索願を届けた。

 また、フロックも愛弟子が消えてしまったものの、生きている可能性があると聞き、捜索に手を貸した。


 一方貴族たちは大層喜んでいた。

 その理由は一つ。

 一人の犠牲を出したとはいえ、未熟な身で魔王軍幹部を退けることに成功したのだ。

 勇者以外の人をなんとも思っていないからこそ出た発言に、エミリーは気分を害したが、そんなものに気を使っている暇はないと思い、椿を探すために日夜動いている。


 リボーンとの交戦から一ヶ月の時が経過した。

 その間、椿の情報は何ひとつ無かった。


 光たちは椿が見つからないことで、既に死んでしまったのだと感じ取り、戦いの果ての死を強く実感してしまった。


 フロックまでもがもう死んでいると思い、他の勇者一行の教育に力を注いでいる。


 エミリーだけが未だ椿の生存を信じている。

 たとえ、椿の目撃情報が無くても、いつか帰ってくると信じて。


「エミリー、いるかい?」


 ふと、夜中に業務を行っていたエミリーの元に、誰かが訪れた。


「はい。大丈夫です。お父様」


 エミリーが扉の向こうにそう言うと、エミリーの父であるユスティーツが入ってきた。


「まだ、やってるのか?」


「はい。今は、これしかすることがありませんから」


 そう言ってエミリーは苦笑を浮かべる。


「彼の目撃情報は相変わらず無い」


「……」


「それでも、諦めないのか?」


 もう諦めろと訴える父にエミリーは


「はい。たとえ目撃情報なんて無くても、彼なら生きていると、そう感じるから」


 ひょっとしたら鬼人族の集落にいたりするのかもしれませんねと冗談交じりにそういったエミリーにユスティーツは


「……そうか」


 それだけ言うと、はやく寝なさいとだけ言ってユスティーツは帰っていった。


 一人になった部屋でエミリーはベッドに倒れると静かに涙を流した。


「……椿さん」


 はじめて、自分と対等に話してくれたかけがえのない友人の喪失に涙を流す。

 でもエミリーはまだ耐える。

 帰ってくると約束したのだから。


 椿から預かったネックレスを握りながらエミリーは静かに涙を流した。



 □■



 物語はリボーンと光たちが引き分けとなり、リボーンが帰ったところに戻る。


 そこはエスポワール王国の王都から遥かに離れた場所。

 暗い、最低限の光源しか確保されていない洞窟の中に魔法陣が形成され、そこから一人の男が現れた。


 男は瞑っていた目を開くと一言


「ここ、どこ?」

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