プレッシャー
「よーし全員揃ったな。では早速野外訓練に出発する!ここの近辺は比較的強力なモンスターは居ないが、森の中に入ったら充分に警戒してくれ」
朝。王都の入口前でウルにそう言われて全員が少しだけ士気をあげる。
椿も少しだけだが興奮してないと言ったら嘘になるだろう。
はじめてのモンスターとの戦い。それは異世界の醍醐味だとも言えるものなのだから。
ウルが先頭を歩き、その後ろに光と平一がついて歩く。その後ろにクラスメートが歩いており、周囲を守るように騎士たちが同伴してくれている。
はじめてのモンスターとの戦闘ということで未だ実戦なれしていない生徒たちを守るようにウルが考えてくれた配置だ。
椿は最後尾ながらも後ろには騎士が護衛してくれている。
だが、騎士は護衛といえど、これは訓練なので最低限でしか守ってくれない。
これははじめての実戦なのでピンチになったら守ってくれるし、あまりきつくは言われないだろうが、次からはそうはいかないだろう。
それを踏まえると、やはり気を抜くことは許されることではない。
一行は訓練のための森に近づくにつれ、警戒心を高めていく。
いくら危険が少ないとはいえ、ゼロでは無いのだ。
それにはじめて命のやり取りをするのだ。警戒しないわけが無い。
椿も警戒のために中級魔法である"索敵"を用いて警戒する。
この魔法は継続消費MPが無視できないので長時間使用はできないのだが、椿なら普通に比べて多量のMPを用いてある程度のゴリ押しは可能である。
そうして森に入って数分で感知系の技能や、警戒魔法を用いていた数人が反応した。
その数人が戦闘態勢に入ったことにより、他のクラスメートも戦闘態勢に入る。
その様子を見て騎士たちは感心したように見ていた。
しばらく敵の気配を感知した方を見ていると、数匹のゴブリンが出てきた。
「敵が出てきたな。騎士たちは光たちの戦闘訓練のためなるべく手を出すなよ。光たちははじめての実戦だ。最小限の被害でここを切り抜けろ」
ウルのその言葉から始まった戦闘はものの数分で終わった。
最初からウルから一対多を軸に戦うように教えられていたし、ゴブリンの数も5匹程度ですんでいたので存外はやく終わった。
近接武器を持っている人はその武器を使って敵を斬り捨て、魔法使い系の人はその手に持った杖を使って巧みに杖術をもって倒していた。
椿だけは高速省略詠唱ですぐさま魔法を展開して倒した。
だが、例外はもちろんいる。
それがこのクラスで光を除けば唯一剣と魔法どちらの適性も有している松山 翼という少女だ。
この少女は簡単に言ってしまえば光の下位互換だが、光が聖剣を用いた剣を中心とした戦闘技術であるのに対し、翼は魔法で牽制し、剣で敵を葬る戦略を用いる。
剣も光が一撃に重視した方なら、翼は何回も攻撃をしかけ、確実に相手を追い込む戦い方だ。
その後何度か戦闘を経験した椿達だが
「全員一旦止まれ。一時休憩とする」
ウルがいきなりそのようなことを言い出した。
勿論休憩の大切さはわかっている。
実際ウルも定期的に休憩をとるとは言っていたからだ。
だが、休憩時間がはやすぎる。
椿たちはウルの言葉に従い、休憩をとるが、みんなどこか不審がっている様子だ。
「上里。少しいいか?」
せっかくなので装備の点検をしていた椿の元に光と翔が歩み寄ってきた。
「いいよ。どうしたの?」
「実は上里に頼みがあってな」
「頼み?僕に頼みって……」
「うん。実は急な休憩にみんな戸惑っていてね。君が使えるならでいいんだけどたしか聴覚強化の魔法があったよね?それでウルさんたちの会話を少しでもいいから聞いてほしいんだ」
なんということでしょう。世界を救う勇者様が戦友を警戒してらっしゃる。
「たしかに僕は聴覚強化の魔法は使えるけど……」
「頼む。今は少しでも情報がほしい」
そう言って翔は椿に頭を下げた。
さすがにそこまでされたら気まずいので
「わかったよ。でも、対した情報が得られなくても文句言わないでね」
「わかってる。少しだけ情報があるだけでも状況は変わるからな。感謝する」
翔の言葉を聞くと椿は聴覚強化の魔法を使用した。
『やはり、おかしいか』
『はい。そもそも森に入ってすぐにゴブリンに出会したことも変だったのです。もしかしたらなにかとてつもない脅威が森の中に……』
『実際モンスターの出てくる数もいつもより少ないです。団長如何しますか?』
『……幸いこちらには索敵能力が高いものが何人もいる。それに過去の例を見て、この森に出てくる脅威クラスのモンスターでも我々と勇者一行が力を合わせれば全員生還できるくらいだ。今は全員に一層警戒心を高めるように言っておこう』
なるほどと椿は思った。
たしかに先日椿が本で調べた時よりモンスターが少ないとは思ったが、それは椿がこの森を知らないからだと思っていた。
だけど本当に少なかったのだ。
「どうだ上里。なにかわかったか?」
「うん。どうやら森の奥には今まで戦ってきたモンスターよりも強力なモンスターがいる可能性があるって話してたよ」
椿の言葉を二人は疑わない。
翔には嘘感知があるし、それは光も承知している。
だから翔が信じた時点で光も椿の言葉を信じたのだ。
「でもウルさん曰く、脅威と言っても僕たちと騎士全員が力を合わせれば勝てるくらいのモンスターしか湧いたことが無いらしいよ」
「だからって楽観視する訳にはいかないけど、上里くんのおかげでより一層警戒する必要性が出てきたね。宇都宮くん」
「ああ。気配感知と魔力感知と併用して戦力感知も用いながら前へと進もう。念の為クラス全員には高円寺から警戒するように伝えてくれ。無駄に緊張させる訳にはいかない」
「じゃあ、僕は感知系の技能に特に適性のある七瀬さんにも一部始終説明して警戒してもらうよ」
「そうだね。上里くんには七瀬さんに説明してほしい。宇都宮くん。全員に言いに行こう。君と二人で説明したらみんな納得してくれるはずだ」
「わかった。では、それでいこう」
そう言うと光と翔は全員に警戒心を高めるように説明を始めた。
その隙に椿は蕾の元に歩く。
「七瀬さん。少しいいかな?」
「およよ?どうしたのかな上里くん」
椿は蕾に近づき、ウルと騎士たちが話していた内容を少しだけ話す。
「うーん。そういうことならわかったよ。MPポーションもまだ余裕はあるし戦力感知はなるべく広範囲で使ってるからなにか引っかかったら全員に連絡するねー」
それだけ言うと蕾は翼の元まで歩いていった。
「どうだった上里」
「うん。嘘感知もあるし納得してもらえたよ。広範囲で戦力感知を使用しておくって」
「そうか。さすが感知系の技能に優れた七瀬だ。俺もかなり感知系は鍛えたつもりだったがそれをあっさりと越えるか」
感知系は努力と才能により感知できる範囲が変わる。
翔も最低限の才能はあるが、感知に特化した蕾にはさすがに勝てない。
「おーいお前ら。休憩は終了だ。そろそろ再出発するぞ」
ウルのその言葉に、全員が立ち上がって出発した。
再び出発してからしばらくたった。その間モンスターとは一匹も遭遇していない。
もっといえば感知系にも反応しなかった。
椿や翔の感知範囲にはもちろん、騎士たちの感知能力すら凌駕している蕾の感知にも反応しなかった。
何かがおかしい。そう思いながら一行は森の中心に向かって歩く。
「!反応した」
ふと、持続的に感知系技能を使用していた蕾の感知範囲に何かが引っかかった。
「本当か蕾。どれくらい先にいる?」
ウルが落ち着きながら質問している。
「えっと……2km程先に……気配感知と魔力感知と戦力感知が反応しました。熱源感知に反応はありません」
その言葉を聞いて、ウルたち騎士、勉強を怠らなかった椿を含む一部の者が息を飲んだ。
気配感知と魔力感知に反応しつつ、熱源感知に反応しない存在などこの世界には霊体系モンスターを除けば悪魔族しか存在しない。
「総員。進むぞ。せめて情報だけでも持ち帰る」
ウルのその言葉を聞き、全員が前に向かって歩き出す。
しばらくしてから翔の戦力感知にも強敵の反応がした。
「ウルさん。これ、本当に大丈夫でしょうか?俺の戦力感知にも今までにないくらい強敵の反応をしてます」
「……翔がそこまで言うということは生半可な相手じゃないな。安心しろ、今回は偵察だ。危険そうならすぐに撤退する」
そうして歩くと、急に開けた場所に出た。
開けた場所の中心にいる存在を見て、騎士たちが動揺しているのがすぐにわかった。
「なんだ?私の休暇の邪魔をしようとする愚か者は」
注視すべきはその存在が放つプレッシャーだ。
椿はすぐにわかった。
こいつは、ウルが警戒していたであろうこの森の驚異たちとは格が違うと。
「せっかくだから挨拶でもいようか。私は悪魔族であり、知略の代名詞。魔王軍幹部であるリボーンと申す」
優雅に挨拶した魔王軍幹部はお辞儀をすると、椿達をその目に捉えた。
「よくぞ来てくれた。若き勇者たちよ」
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