月下の語らい 第2章~もうプロポーズでいいんじゃね?~
エミリーと椿が約束をした夜から一週間が経過した。
その間椿はフロックの元で魔法の技術を必死に磨き、今では
「"大炎球"!」
「"魔断"」
訓練相手の魔法騎士団の人が放った中級魔法の"大炎球"を上級魔法である"魔断"を用いて魔法を掻き消す。
この一週間で椿はこの世界の魔法の原理をあらかた理解し、今では魔法だけで戦った場合勇者である光よりも強くなっていた。
ちなみに近接戦では、クラス最下位だ。
この世界の魔法は詠唱を決まった詠唱を唱えることで発動する。
椿の持つ詠唱省略はその詠唱を短くすることが出来るシンプルな技能だ。
勿論持っているだけで省略できるはずもなく、省略できるようになるまでに随分と苦労した。
なぜなら詠唱省略は詠唱過程の魔力の流れを精密に感じ取り、直感でいらない詠唱部分を排除できる技能だからだ。
しかもいやらしいのはそのいらない詠唱は何故か人によって違うため、フロックからどこがいらないかとかも教えられなかった。
ちなみに高速詠唱は詠唱中の魔力を完璧に制御することによって詠唱中に魔力が暴走することを防ぎながらという条件下で通常の何倍もの速度で詠唱できるようになる技能だ。
正直、椿が一週間でここまでできるようになるまですごく苦労した。
だが、他のクラスメートと違い、護身術を習っていないので、それを補うために頑張った結果、完成した。
ちなみに想像構成という技能は魔法をどのような形で放出するかを決定できる。
例えば先程魔法騎士団の人が放った中級魔法"大炎球"。この"大炎球"を大きな火の玉ではなく、龍を模した状態で放出することが出来る技能である。
遊び好きな魔法使いがたまにするそうだ。
あと想像構成持ちはオリジナルで魔法を作れたりするらしい。
難易度が凄く高いらしいけど。
ちなみにこの世界で魔法陣はあまり用いないらしい。
だって手間だし……とはフロックが言っていたことだ。
魔法陣はMP消費を効率よくしたり、複数人で効率よく魔力を注げたりできるらしいが、個人では基本的に使わないらしい。
椿も説明を聞いた時は、魔法陣の手間などを聞いていらないなと思った。
「"大嵐球"!」
魔法騎士が再度放った中級魔法に対し、椿は
「"水球"」
初級魔法を放つことで対処した。
風の魔法と水の魔法がぶつかり合い、そして相殺された。
「そこまで」
ふと、二人の模擬戦の審判をしていたフロックが試合終了の合図を出し、椿たちの足元の魔法陣から構築されている結界を解除した。
ちなみにこの魔法陣は魔法を維持するための陣で、展開していた結界は内部にいるものを持続回復させる結界だ。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
椿がそう言いながら騎士の人に近づくと
「ああ。こちらこそありがとう。にしてもやっぱり勇者一行は強いな!たったの一週間で俺の自慢の魔法が初級魔法で相殺されるなんて思いもしなかったぞ!」
そう言いながら豪快に笑っていた。
これも恐らく才能の差、なのだろう。
ちなみに今の椿のステータスは
【
名前:上里 椿
年齢:16歳
性別:男
Lv.5
MP:800
筋力:20
体力:20
耐久:25
敏捷:30
魔力:200
精神:350
技能:
全魔法適性
想像構成
高速詠唱
詠唱省略
高速魔力回復
精神攻撃耐性(中)
魔力感知
言語理解
】
となっている。
技能は魔力感知が増えただけだが、通常技能が増えるだけでも凄いことらしい。
光のステータスを椿は見てないので知らないが、きっとあの勇者はもっと進んでいるだろうと思った。
聖剣なんて持ってるし。
「ところで椿よ。お主は既に聞いているか?」
ふと、フロックが話しかけてきた。
フロックはこの一週間で気軽な話し方に変化していた。
まあその方が椿もよかったけど。
「いいえ。なにか連絡事項でも?」
「いやなに。明日はモンスターの討伐経験として野外訓練に赴くと聞いているのでな」
「そうでしたか。ちなみにフロックさんは?」
「明日は宮廷魔導師としての仕事でな。明日はウルや他の近衛騎士が同伴するだろうから危険はないと思うが、充分に警戒しておくれ」
椿はフロックの言葉を聞いて「はい」とだけ答えると魔法訓練所から出、ウルに詳しい話しを聞くために他のクラスメートが訓練している訓練所に向かった。
訓練所に着くと、他のクラスメートも丁度訓練が終わるところだったらしい。
椿が訓練所に着くと
「上里じゃないか。食事時以外で会うのは珍しいな。どうした?」
宇都宮 翔が話しかけてきた。
翔の後ろでは隠れるように安藤 優花が立っていた。
「あ、宇都宮君。そうかも、食事時以外では久しぶりだね。少しウルさんに用事があったんだけど今いる?」
椿がそう訪ねると周囲を確認して、
「いや、今はいないみたいだな。だが、少し前にすぐ戻ると言ってここから離れたばかりだし少ししたら戻って来るだろう」
「そっか。ありがとう」
椿は翔にお礼を言って立ち去ろうとしたが
「少し、まってくれ」
その椿を翔が止めた。
「?どうしたの宇都宮君」
「……上里、お前どれくらい強くなった?」
椿を見る翔の目は真剣味を帯びていた。
「どれくらいって?」
「そのままの意味だ。お前は近接戦の才能がないとフロックさんに言われ、魔法の技術を磨くことに注視していたみたいだが、その分確実に強くなっていると俺は確信している。実際俺の技能である戦力感知ではお前の強さは高円寺に次ぐ強さだ」
翔はそんなことを椿の目を真っ直ぐ見ながら言ってきた。
「ね、ねえかけるん。上里くんってそんなに強いの……?」
翔の後ろにいた優花が聞くと翔は静かに頷いた。
「ああ、強い。戦力感知は単純なステータスだけじゃなくて戦闘経験も吟味した上で判断される技能だ。恐らくだが、俺が全力で戦っても相打ちが限界だろうな」
「か、過大評価だよ……」
椿はそう言ったが
「私の技能に嘘感知って言うのがあって、それに引っかかったんだけど?」
翔の優花の後ろからそんなことを言いながら七瀬 蕾が歩いてきた。
椿はため息を吐いた。
なんでこんなに都合のいい技能を持ってる人がいるんだろう、と。
「上里。過小評価をしすぎるのもどうかとは思うし、実力を隠すために嘘をつくのは仕方がないとはいえ、味方である俺たちまで騙すとはどういうことだ?」
「ごめん宇都宮君。なるべく隠したくて」
そう言ってから椿はゆっくりと口を開いた。
「僕自身に自覚はあまりないけどね。フロックさん曰く魔法のみの戦いなら高円寺くんも上回ってるって言ってた。高円寺くんが聖剣も取り出したら勝てないけどね。実際この一週間で魔法騎士団の人にも勝った」
それだけ言うと嘘感知が反応しないと蕾が言い、蕾と翔の強敵感知に引っかかる強さに納得した。
「おーい!お前ら集合だ!明日の予定を話すぞ!お、椿も来てるじないか。お前にも関係あることだから一緒に聞いとけ。どうせフロック殿にある程度説明されてるとは思うがな」
いつの間にか帰ってきてたウルがクラスメート全員に集合命令を出したので全員そちらに向かっていく。
「お前がここに来た理由は今からウルさんが説明することか」
翔はそれだけ言うと、優花と一緒に歩いていった。
「で?なんで七瀬さんは向かわないの?」
「え?向かうよ?上里くんと一緒に」
そう言うとウルの元へ歩いていく椿について行くように蕾も歩いた。
「にしても魔法チートだとは思ってたけどここまで強くなるとはね」
「……七瀬さんも強くなったんじゃないの?」
「私?私は全然だよ。技能も感知系が基本だからね。でも未来感知って技能は重宝してるよ。短剣でも戦えてるしね。その代わりMPの消費が激しいけど」
そう話していると二人はウルの元にたどり着いた。
「じゃあ、上里くんの話しはまた今度聞かせてね」
そう言って蕾は友達である松山 翼の元に歩いていった。
クラスメートは椿の姿を確認すると、何人かは驚愕していたが、軽く会釈はしてくれた。
高円寺に至っては椿に手を上げて挨拶してくれた。
「よし。椿もいることだし明日の予定を発表するぞ。明日は……」
□■
「明日から、野外訓練ですね……」
夜。王女としての業務を一通り終わらせたエミリーはこの一週間毎日通った中庭(最初は訓練所だったけど、さすがに場所を変えた)に今日も訪れていた。
「そうだね。僕、モンスターと戦うのなんて初めてだから緊張するな」
気楽な感じで椿が言うと
「辛くは、無いのですか?」
「……」
「椿さんたちは元々争いとは無縁の場所で育ったはずです。モンスターを、生き物を殺すことが辛くは思いませんか?」
その言葉を頭の中でも反芻した椿は
「勿論、辛いよ」
「……」
「僕はなるべくなら戦わずにこの世界から出たいと思っていたけど、魔法の才能があるってわかって、今更後には引けないよ」
椿の言葉を静かに聞いていたエミリーは顔を上げると
「椿さん。嘘感知って知ってますか?」
「……勿論知ってるけど、どうしたの急に」
「私は王女です。外交のために騙されない技術も必要です。なので嘘感知も習得しました」
その言葉を聞いて椿は真っ直ぐエミリーを見る。
「確かに、椿さんの戦わずにいたいという言葉に嘘は無いのでしょう。ですが、先程の椿さんの台詞では強大な力を持っているのだから戦うのは仕方がないという考えにも見えます」
「……」
「椿さん、あなたはあなたが戦う理由が既にあなたの中にあるのではありませんか?」
椿は答えない。答えられない。
ここで下手なことを言ってもエミリーには全て見破られてしまうと思ったからだ。
ふと、顔を上げると夜空に光月が見えた。
「月が綺麗だな」
「そうですね」
しばらく沈黙が続いた。
「ねえ、エミリー」
「はい」
「この辺りって強いモンスターとかいるのかな?」
不安になって地理に詳しいエミリーに聞くと
「椿さんも勉強したのである程度は知ってるのは思いますが……この辺りにはそこまで強いモンスターはいません。イレギュラーもあまり起こらないと思います」
「そう、か……」
椿が安堵のため息を吐くと
「帰って、きますよね?」
今度はエミリーが悲しそうな表情で言った。
「帰ってくるよ。約束だ」
そう言って椿は懐からネックレスを取り出した。
「……これは?」
「僕が昔から持っているネックレス。今のお母さんが家族の印にってくれたんだ」
「いいお母さんですね」
そう言って微笑むエミリーにネックレスを渡した。
「エミリーに、これを持っててほしい」
「え?でも、大事なネックレスでは?」
「だからエミリーに持ってて欲しいんだ」
帰ってくるって約束の証として。
そう言うとエミリーは顔を真っ赤にして頷いた。
「では、椿さんが帰ってきたらきちんと返しますね」
「ありがとう」
そう言ってエミリーの手のひらの上にネックレスを置こうとしたが、
「かけて、くれませんか?そのネックレスを……」
上目遣いでお願いしてきて椿は少しドキッとした。
「ダメ、ですか?」
卑怯だ。と思いながらも椿はゆっくりとエミリーにネックレスをかける。
「はい。エミリー」
かけ終えて声をかけるとエミリーは顔を上げて首からかかったネックレスを見て、
「ありがとうございます椿さん。約束、ですよ?」
「うん。絶対に帰ってくるから」
そうして、夜は明けていく。
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